ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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手を繋いで共に落ちよう

 

 25階層、通称『水の都』。最後にここを訪れたのは三ヶ月前の、ガネーシャファミリアの遠征の時だ。あの時はただここを通り過ぎただけで終わってしまったが、その壮大な風景が変わることはない。

 

 そこに一歩踏み出した瞬間に視界を覆ったのは、巨大な大瀑布が巻き上げる白銀の飛沫と、鼓膜を震わせる轟音だった。洞窟のわずかな光を反射して輝く無数の水しぶきはまるで眼下に広がる星空のようにすら思える。

 

 その圧倒的な光景に、一瞬だけ見とれてしまったのが悪かったのだろう。襲撃者はそんな私を見逃してはくれなかった。

 

「――っ!?」

 

 横っ面から押し寄せてきたのは、逃げ場のない圧倒的な殺意の奔流。 反射的に視線を向けると、そこには大剣を振り抜いた長身のアマゾネスのお姉さんの姿があった。

 

「ヘル・カイオス!!」

 

 解き放たれたのは、巨大な紅色の斬撃波。回避は間に合わない。私は咄嗟に巨剣を正眼に構え、大質量を一点に集中させ、迫り来る斬撃に剣を合わせて攻守一体(ガードポイント)を発動させた。

 

戦闘娼婦(バーベラ)か!」

 

 リオンさんの声と共に衝撃波が私の巨剣にぶつかり、一瞬視界が真っ白に染め上がる。攻守一体(ガードポイント)によって敵の強襲を防ぐことができたが、次の行動に一歩遅れてしまう。

 爆炎と光のカーテンを突き破り、彼女はすでに目の前まで肉薄していた。

 

「隙だらけだよ!」

 

「ぐへぇ……。お腹はやめて……」

 

 おそらく蹴飛ばされたのだろう。私の腹部――というよりは子宮のあたりにたたき込まれた衝撃は重く、衝撃を逃がす間もなく、小さくて軽い身体は否応なしに大瀑布の深淵へと放り出されてしまう。

 

「なんというか、縁があるよねぇ」

 

 アリーゼさんの遠征のお手伝いをしたときも、こうしてこの大瀑布に投げ出され結果的に27階層までショートカットしたのも記憶に新しい。

 

「ベルディナさん! ――っ!」

 

 リオンさんの叫びが遠ざかる。しかし、リオンさんは一瞬も迷うことなく、私を追うように自らも落下する大しぶきの渦中へとその身を躍らせた。無茶するなぁ、もう……。アリーゼさんみたいだよ。

 

 飛沫の中に消えていく私達の姿を見おろすアマゾネスの襲撃者は、大剣を肩に担ぎ直してこちらを見おろしている。

 

「……なんだい、あっけないねぇ。連中の救援かと思ったが、期待外れだったか」

 

 彼女は冷めた瞳で滝の底を一度だけ見やると、失望したようなつぶやきを残して姿を消した。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

 轟々(ごうごう)と鳴り響く落水の音。冷たい水の壁が身体を叩きつけ、視界も上下も判別のつかない激流に飲み込まれる。

 

 今回ばかりは油断したと悔やむばかりだ。HUDのレーダーには直前に敵対存在の警告が表示されていたはずなのに、巨滝の絶景に一瞬意識を奪われてしまって気がつけなかった。

 

 だけど、怪我の功名と言えなくもないか。

 

 虚空跳躍(ネクストジャンプ)を多段展開したら、落下速度もいい感じに低減できて、27階層に余裕で軟着陸できる。たぶん、上のアマゾネスの人たちは私たちが死んだと思ってくれているだろうね。その立場を最大限に利用しない手はない。

 

「リオンさん。返事できますか?」

 

 いったん激流を抜け、空中に身を投じて上を向くと、飛沫の中、何とか姿勢を安定させようともがくリオンさんの姿が目に入った。私は虚空跳躍(ネクストジャンプ)を減速方向に展開し、じりじりと距離を詰め、空中でランデブーできるよう位置を調整していく。

 

「リオンさん、手をつかんで!」

 

 大声で呼ぶと、ようやく私に気がついた彼女が腕を差し伸べ、その細い指先が、私の手を力強く握りしめた。

 

「ベルディナ、さん……! すみません、不覚を!」

 

 濡れた手が氷のごとく冷たい。私の少し高い体温でわずかでも温められればいいんだけど。

 

「このまま下まで降りましょう。直前で急減速しますから、舌を噛まないように注意してください」

 

 私はリオンさんと上下位置を入れ替えるように、さらに軽く減速し、彼女の両の手をしっかりと握りしめてその時に備えた。

 

 私を見上げるリオンさんの瞳は、少しの疑いも混じらない、強い眼差しだった。その信頼に応えなきゃと、不覚にも少し気合が入ってしまう。

 

「ごめんなさい、少し足を踏ん張ってください。――着きます!」

 

 地面が目前に迫る。私は虚空跳躍(ネクストジャンプ)を最大限に発動し、意識を失わない程度の減速を何度か繰り返すことで、大瀑布の底に不時着を果たした。

 

「ゴホッ、ゴホッ! もうちょっと減速するんだった……リオンさん、無事!?」

 

 衝撃を逃がすために私たちは地面を何度も転がり、最後は岩肌の壁にぶつかってようやく停止した。念のため、頑丈な私がリオンさんのクッション役になったけど……まあ、衝撃吸収に関しては私の方が向いている自覚はある。

 具体的にどこがとは言わないけど、リオンさんより“柔らかくて弾力のある部分”が多いのは事実だし、こういう時は役に立つ。適材適所ってやつだ。

 

「……後で回復魔法を使います」

 

 心の声が漏れていたのか、リオンさんは少しむくれ気味だ。とはいえ、額に血がついていたり、手足が変な方向に曲がっている様子もない。ひとまず大きな怪我はなさそうで、胸をなでおろした。

 

「それにしても手荒い歓迎でしたね。でも、これで私達は"死人(しびと)"としてカウントされましたか?」

 

 一般的な冒険者の談だと、この滝を落ちて無事でいられる可能性はほとんどないと言われている。だから、私達は警戒されずに自由に動けるということだ。

 

「おそらくは」

 

 リオンさんはそう言って、先ほど落下してきた滝の先端へと目を向けた。そこで動く物といえば、大瀑布の水しぶきと時折水面をはねる細かい魚介型モンスターぐらいだ。

 

「じゃあ、速やかに移動しましょう。寒くないですか?」

 

 私はアークスの生命維持装置のおかげで殆ど冷気を感じる事はないが、生身のリオンさんはどうだろうか?

 

「いえ、我慢できます」

 

 リオンさんはそう強がるが、身体からは未だに滝の雫が雨のように地面を濡らしている。このままでは低体温症になってしまわないか心配だけど、ゆっくりと焚き火をしている時間もない。

 

 エルティナがいれば、炎のテクニックを応用して熱で身体を温めてくれただろうけどね。普段のエルティナのありがたさが身にしみるよ。

 

 身体は冷えたが、心は燃え上がっている。この熱を奴らにたたき返してやろう。

 

「ごめんなさい、リオンさん。このまま行きましょう」

 

 動き続ければ、少しは身体も温まるはずだ。ここはほとんど水源のど真ん中みたいな場所だから、濡れた服が自然に乾くことはまず期待できない。歩きながら対策を考えるしかないか……次はちゃんと着替えを持ってこよう。

 

「承知しました――それと……今更ですが、『さん』付けはもういりません。ここからは、フラットに行きましょう、ベルディナ」

 

「――!! 分かりました! じゃあ、よろしくね、リオン!」

 

 胸の奥がふっと軽くなる。距離がひとつ縮まった気がして、思わず足取りも軽くなった。

これで私も実質アストレアファミリアの一員と言ってもいいんじゃないかな(過言です)。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

 水の流れる音が途切れることなく空間を満たし、無数の滝の流れるしぶきが霧のように漂って視界をわずかに曇らせる。私のHUDに映るミニマップには先ほどから動く存在がちらほら見えているが、それがモンスターなのか襲撃者なのかは分からない。なんとなくだけど、この襲撃は少数で行われているんじゃないかって思う。

 

「実のところ、私が手を握って不快に思わなかった人は、あなたで二人目でした」

 

 ぴちゃり、と水たまりを踏む音が洞窟の通路に吸い込まれていく。

 そのわずかな音に紛れるように、けれど妙に澄んだ声で、リオンがぽつりと呟いた。

 

「えーっと? そうなんだ。 ちなみに、1人目は?」

 

 あまりに唐突で、足元の水音さえ一瞬だけ遠のいた気がした。

 この湿った空間にそぐわないほど静かなその声は、長く胸の底に沈めていた秘密をそっと取り出すようで、思わず身構えてしまう。

 

「アリーゼです」

 

「あー、なるほど。たしかに、アリーゼさんは……なんというか……人なつっこいよね」

 

「よく言えばそうなりますか」

 

 リオンはうっすらと頬に笑みを浮かべた。恋慕というより、もっと複雑で静かな情の色がそこに滲んでいるように見えた。

 

「ちなみに、それは、なにか宗教的な理由でも?」

 

 問いかける声が、洞窟の壁に反射してわずかに揺れた。水音が絶えず響くこの空間では、言葉の重さが普段より少しだけ曖昧になる。

 

「そういうことではありませんが……エルフ族というのは基本的に潔癖で、肌を晒すことや他者との過度の接触を嫌う傾向があります」

 

 リオンは淡々と説明しているようで、その実、どこか探るような目をこちらに向けていた。霧のような水しぶきが彼女の頬に薄くかかり、その表情を読み取りにくくしている。

 

「あー、なるほど。確かにそうだね。私達とは真逆かぁ……」

 

 自嘲気味に返しながら、私は足元の水たまりを避けるように一歩踏み出す。

 アークスはどちらかというとアマゾネスに近いかもしれない。一応、肌を晒すことでフォトンの吸収率を上げるとかいう訳の分からない理由があるみたいだけど、本気で信じている人はあんまりいないんじゃないかな?

 

 思えば、ガネーシャファミリアのエルフのお姉さんも、私に向かって「はしたない」とか「貞淑」とか「淑女」とか、いちいち口うるさかった。リオンが、私が下着の感想を聞こうとした時に即座に叱ったのも、あれは種族的な性質だったのだろう。

 

「それは、すみませんでした。緊急時だったけど、私、リオンの手、握っちゃったね」

 

 ダンジョン探索の最中だったから、綺麗とは言いがたい手だったはずだ。リオンには嫌な思いをさせてしまったかもしれない。

 

「いえ、何も問題はありません。……本当に、何も問題がなかったのです。何一つ嫌悪感を感じず、むしろ――安心した」

 

 リオンは自分の両手をじっと見つめていた。何かが変わりつつあることに、少し戸惑っているようにも見える。やがて、両の手をぎゅっと握りしめ、顔を上げた。

 

「行きましょう、アリーゼ達が心配だ」

 

 リオンは短く言い切ると、迷いを振り払うように足を踏み出した。その背中には、さっきまでの戸惑いよりも、仲間を思う確かな意志が宿っている。

 

「もちろん」

 

 私も歩調を合わせる。水音がふたたび規則正しく響き、洞窟の通路に再び緊張感が戻って来たように思う。冷たい水路のはずなのに、胸の奥にはほんのりと温かさが残っていた。

 

 

 

 

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