ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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道がつながった!

 

 エルティナが同行していれば、もっと広い範囲を効率よく探索できたはずだ。冷静な判断と高性能AIの補助がある彼女の判断は、基本的に誤りがない。本当に地上に残すべきだったのか――その点は、後で反省材料にするしかない。

 

「ベルディナからエルティナへ、応答願う。どうぞ」

 

『こちらエルティナ。メリット4。感度良好』

 

 通信越しの声はいつも通り落ち着いていて、こちらの焦りを少しだけ和らげてくれる。

 

「こちらベルディナ。今27階層を探索中。中継器を24階層の出口に設置したから、問題なく稼働してるみたいだね。どうぞ」

 

『こちらエルティナ。状況了解。アリーゼ様達とはすでに合流されましたか? どうぞ』

 

「こちらベルディナ。まだ合流はできてないね。近づいてる感じはあるんだけどね。それと、アストレアファミリアの遭難の原因は意図的なパスパレードと強化種の出現と断定して良さそうだ。どうぞ」

 

 言葉にしてみると、胸にストンと落ちるようだった。誰かが意図的に仕掛けた可能性が高い――じゃあ誰が? さっき私達を大瀑布のどん底にたたき落とした連中だろう。

 

『こちらエルティナ。状況了解。ガネーシャファミリアにその旨伝えますか? どうぞ』

 

「こちらベルディナ。そうしてもらえるかな? そのまま救援要請もして置いてほしい。あと、戦闘娼婦(バーベラ)という言葉に聞き覚えはないかどうかも聞いてみて欲しい。どうぞ」

 

『こちらエルティナ。命令受領。直ちに行動を開始します、以上』

 

「こちらベルディナ。了解、以上」

 

 通信が途切れ、洞窟の水音だけが耳に戻ってくる。私は深く息をつき、端末をしまった。

 

「これで、何とかなりますか?」

 

 リオンが不安げに問いかけてくる。アリーゼさん達の姿が見えないことに焦れているのか、つま先で地面をコツコツと叩いていた。その小さな音が、逆にこの階層の静けさを際立たせる。

 

「私はエルティナを信じます。それと、聞き忘れてましたけど、戦闘娼婦(バーベラ)って何ですか?」

 

 25階層の入り口で私達を攻撃してきたアマゾネスを見て、リオンはその言葉をつぶやいていた。

 

「確証はありません。しかし、あの者達は……おそらくイシュタルファミリアの眷属でしょう。あなたは歓楽街をしっていますか?」

 

「歓楽街? えっちな女の人が男の人にえっちなサービスをするところですか?」

 

 私が素直に思ったままを口にすると、リオンは一瞬だけ言葉を失ったように目を瞬かせた。

 

「――子供に聞くことではありませんでしたね……。ともかく、イシュタルファミリアの眷属は戦闘娼婦(バーベラ)と呼ばれるアマゾネスが多く所属しています。おそらく、それかと」

 

 説明を続けるリオンの声には、隠しきれない警戒が混じっていた。先ほど私たちを叩き落としたアマゾネスたちの動き――それは、ただ歓楽街で客をあしらう女性のそれとは明らかに異質だった。普段は夜の街で働きつつ、同時に歓楽街の秩序を守る「民兵」としての役割も担っている。そう考えれば、あの場慣れした連携にも辻褄が合う。

 

「なるほどね。でもさ、なんでそんな人たちが、アリーゼさんたちに危害を加えるのかなぁ?」

 

 私の素朴な疑問に、リオンはほんの一瞬だけ視線を伏せた。答えを探しているというより、口にするべき言葉を慎重に選んでいるようだった。

 

「それは分かりませんが……《女神とは、得てしてそういうものだ》という言葉もあります」

 

「うーん。そもそも人間には、神意を理解すること自体が難しいってことかな?」

 

 『女心と秋の空』なんて言葉もあるけれど、それが神様ともなれば、さらに何百倍も予測不能なのだろう。まあ、分かる。私だって、時々ワカヒルメ様のお考えを理解しかねる時があるからね。主神でこれなんだから、他の神様だったらなおさらだろう。

 

 とにかく移動しなければならない。けれど、目標を見失ったまま闇雲に駆けるのは、精神的にくるものがある。私たちは募る不安を紛らわせるように、とりとめのない会話を続けていた。

 

 しかし、希望は思わぬところから舞い降りてきた。

 

『ベルディナ。今、話ができるか?』

 

 脳内に直接響くリザさんの声に、私は思わず足を止めた。

 

『リザさん。どうしましたか?』

 

 リザさんから発信してくるのは珍しい。いつもは私が一方的に話しかけて、それに答えてくれる形がほとんどだ。つまり――向こうから連絡せざるを得ない「何か」が起きたということだ。

 

『あの後、気になって27階層を見回ってみたのだが……この階層にいるはずのない、黒い猿のモンスターが暴れているようだ』

 

『おっと。それ、たぶん私たちが追ってるやつです。今、近くにいますか?』

 

 胸のざわつきが、確信に変わる。24階層で見つけたあの黒い毛の主は、やはり猿型のモンスターだったのだ。

 

『奴に悟られないよう距離は取っているが、時間の問題かもしれん。……奴は、他のモンスターから奪った魔石を喰らっているようだ』

 

『つまり、これからどんどん強くなるって事か……やったな……』

 

 嫌な予感が背筋を走る。魔石を喰らうことで急成長を遂げる『強化種』。奴はすでに味を占めてしまった。これ以上魔石を摂取されれば、最悪の場合、階層主(アンフィス・バエナ)以上の脅威になりかねない。そうなれば、それこそフレイヤ・ファミリアがお出ましになるほどの大騒動だ。

 

『同胞はアジトの守りを固めるために引き上げたが、私だけが奴の監視を買って出た。今も追跡中だ』

 

『さすがリザさん、頼りになります。私もすぐに行きますから、無理だけはしないで。できる限り穏便にお願いします』

 

『承知した』

 

 通信が切れる。リザさんの正確な位置は、彼に預けてあるアークスの通信機を辿ればすぐに分かる。たとえこの星の裏側にいたとしても、絶対に見失うことはない。。

 

「リオン、黒いやつの居場所が分かったよ。リザさんが今、捕捉して追ってるって」

 

 私が告げると、リオンは即座に戦士の顔へと引き締めた。

 

「なるほど、リザ殿と連絡が取れたのですね。……では、直ちに追いますか?」

 

「もちろん。ここからは全速力で行くから、ちゃんとついてきてね!」

 

 私の言葉に、リオンは不敵に口角を上げた。

 

「……貴方の方こそ、私に追い抜かれないようにしてください」

 

 軽口を返す彼女の声に、張り詰めていた空気がわずかに和らぐ。今日のリオンは、出会った頃よりもずっと反応が柔らかい。……普段は、アリーゼさんたちともこんな風にやり取りしているんだろうな。

 

「それじゃ、行こう!」

 

 私たちは水飛沫を蹴り飛ばし、27階層の深淵へと加速した。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

 リザさんのマーカーとの距離はミリ単位で把握できている。けれど、その点と点をつなぐ迷宮の全容は、私のHUDにまだマッピングされていない。地図のない迷路を、目隠しで全力疾走しているようなものだ。

 

「また、行き止まりか……。この階層、ちょっと構造が複雑すぎない?」

 

 眼前に立ちふさがった無愛想な岩壁に、私は思わず拳を当てた。乾いた音が虚しく響く。

 

「私も、普段の探索ではライラの洞察に頼り切っていました」

 

 リオンが淡々と、けれど悔しげに呟く。そりゃそうだ。餅は餅屋、迷宮探索は専門の者に任せるのが定石だし、ライラさんもそれを自分の仕事と自負している。

 エルティナがいれば、私よりずっと広い索敵範囲と圧倒的な演算能力で、迷わず「正解」を導き出してくれただろう。私のレーダーレンジがもう少し広ければいいのにと、私は小さくため息をついた。

 

「……仕方ない、か」

 

 本来なら、あまりやりたくない手段だ。けれど、背に腹は代えられない。私は観念して、エルティナへの回線を開いた。

 

『エルティナ。これからフォトンを高出力放出して、27階層を広域スキャンする。……ちょっとびっくりするかもしれないけど、怒らないでね』

 

 かつて、オラリオの広大な街中からリオン一人を探し出すためにしたことと同じ力技。フォトンを全周に照射し、その反射波を拾って強制的に地形を解析する――強引だけど、これ以上ない確実な方法だ。

 

『推奨しません。フォトンの消耗率が規定値を超えます。市街地ならまだしも、ダンジョン内ではあまりに高リスクです。現在、ガネーシャ・ファミリアに事情を伝え、出撃準備を進めていただいています。耐えてください』

 

 エルティナの声は、珍しく硬く、強い拒絶の色を含んでいた。基本的にエルティナは、サポートパートナーとして私の命令に逆らうことができない。そんな彼女が本気で私を止めようとしているのが、回線を通じて伝わってくる。

 

『そっか。シャクティさんたちが来てくれるんだね、ありがとうエルティナ。……でも、たぶん、その時間を待っていたら手遅れになると思う』

 

『高出力のフォトン照射は、星滅種(スターレス)の出現を誘発する可能性があります』

 

『……分かってるよ。でも、じゃあどうすればいい?』

 

 これまでの苦い経験が脳裏をよぎる。ネクス・エアリオ、イバラブジン、アムス・クヴァリス……。連中は、いつだって私やエルティナの高出力フォトンに呼応するように現れた。

 つまり――ダンジョン内でフォトンを使わない、あるいは低出力に抑えれば出現の可能性は極めて低い。今回の高出力の放出がその条件を満たすのか満たさないのか、それはやってみないと分からない事だ。

 

『全周ではなく、指向性を高めてください。範囲を絞れば、低出力でも十分な解像度を得られるはずです』

 

『あ……。ああ、そういうことか。なるほど。……やっぱり私って、バカだなぁ……』

 

 言われてみれば、単純すぎる話だ。360度全力でやるから、出力が跳ね上がる。ならば、サーチライトのように狙った方向にだけ絞って照射すればいい。気づけなかった自分の頭の固さが、少しだけ恨めしくなった。

 

「ねえ、リオン。少しだけ時間をください。何とか、道を見つけてみる」

 

「……そのようなことが、可能なのですか?」

 

「頑張る!」

 

「分かりました。貴方を、信じます」

 

 リオンの力強い言葉に背中を押され、私は巨剣を腰のマウント部に繋止した。深く息を吐き、リザさんの反応がある方向を見据える。そこへ向けて、細く、長く、静かにフォトンを発振させた。

 

 目を閉じ、右腕をまっすぐ伸ばして指先に意識を集中させる。水道の蛇口を慎重に緩めるように、1ミリずつ出力を調整していく。HUDのマップ上に細い白線が浮かび上がり、通路と隔壁が縞模様のように描かれ始めた。

 

 ダンジョンは揺れていない。

 

 星滅種(スターレス)が出現する前兆である、あの不可解な地震は起きていない。まだ安全圏内だ。縞模様の線がリザさんのマーカーに届いたのを確認し、私はゆっくりと腕を左右に振った。扇を広げるように、闇に包まれていた地図が鮮やかに開かれていく。

 

「――――つながった!!」

 

 即座に照射を停止し、更新されたマップを拡大する。扇状に拓かれた最新の地図は、既存の探索済みエリアとパズルのように重なり合い、私とリザさんの位置を一本の明快なルートで結びつけた。

 

「分かったよリオン、行こう!」

 

「本当に、あなたたちは何でもありですね。頼もしいです」

 

「本当にすごいのはエルティナだよ。私はあの子の言うとおりにしてるだけ」

 

「いえ、それを素直に聞き入れ、戦場で実行できる貴方も十分に見事です。私には、真似できそうにありません」

 

 リオンに真っ直ぐ褒められるのは、素直に嬉しい。でも、今は余韻に浸っている暇はない。開かれた道が再び闇に閉ざされる前に、私たちは一陣の風となって滑空を開始した。

 

 

 

 

 

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