ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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高評価いただきました。本当にありがとうございます。
今後も一般アークスをよろしくお願いします。





閑話:運命の時

 

 水の都――第25階層から第27階層へと続く下層域。そこには、かつて「正義」の象徴として謳われた彼女たちの姿があった。だが今、その面影はほとんど残っていない。

 

「……ハァ、ハァ……っ、輝夜! 追撃は!?」

 

「声が大きすぎます、団長。今のところ気づかれてはいませんねぇ……。まあ、時間の問題でしょうけど」

 

 吐き捨てるように言う輝夜の視線の先――背後の闇では、重苦しい“何か”が空気を引きずるような音を立て続けていた。彼女たちの装備はすでに限界だった。アリーゼの真紅の鎧はひび割れ、輝夜の和装も返り血と泥で汚れ、かつての清廉さは見る影もない。

 

「ごめん、まだ腕が馴染んでなかったみたい」

 

 義手ではない方の肩から血を滲ませながら、アスタは足を負傷したライラを背負い、必死に歩を進めていた。

 

「なあ、団長。足手まといだ、アタシをここに置いてけ。……少しは足止めになる」

 

「馬鹿言わないでライラ! そんなことできるはずがないでしょう!」

 

「アリーゼ、声……」

 

 咳を堪えながら、ネーゼがアリーゼの肩を支えつつ耳元で囁く。

 

「……ごめん」

 

 静寂が戻る。それが余計に恐ろしかった。

 

「チクショウ、せめて通信機さえ壊さなきゃ、ちょっとはマシだったかも知れねぇのに……!」

 

 ライラはアスタの胸の前で組んだ手を、悔しげに握りしめた。

 

「どちらにせよ、この階層ではまともに通話できないって言われてた。ライラのせいじゃない」

 

 アスタは励ますように、背負ったライラの体勢を整え直す。

 

「なあ、アリーゼ。やっぱりライラにエリクサーを使った方がいいんじゃねぇ?」

 

 ネーゼが小声で提案するが、ライラは即座に「バカヤロウ」と吐き捨てた。

 

「アタシなんかに使うんじゃねぇぞ。せめて……あいつとやり合うまでは取っとけ」

 

――24階層までは、すべてが順調だったのだ。

 

 18階層での野営。地上のリューやアストレアと通信越しに会話しながら食事をとり、まるでダンジョンとオラリオの距離が消えたようにすら感じられた。

 

 誤算は、第24階層で遭遇した大規模な怪物の宴(モンスターパーティー)が、まるで呪いのように連鎖したことだ。

 

「あれは間違いなくパスパレードでしたね。それも、かなり悪質な」

 

 輝夜は薄く目を開き、静かに言った。まるで彼女たちを包囲し、25階層へと追い落とすように連続して発生した魔物の群れ。その端々にはアマゾネスの影がちらつき、偶然ではなく意図的な策謀だと確信させた。

 

「イシュタル・ファミリアかな?」

 

「でしょうね」

 

 アスタの呟きに、輝夜が短く返す。だが、最大の謎は別のところにあった。

 

「だけど、あの強化種は何……? シルバーバックの強化種が突然現れるなんて、普通は考えられないわ。しかもあんなに黒くなるなんて……聞いたことある?」

 

 アリーゼの声は虚空に吸い込まれるように消えていった。

 

 あの“黒い猿”。想定を遥かに超える膂力、執拗な追跡能力。にわかに発生した強化種とは思えない、冷徹なまでの狩りの動き。まるで、別の世界の魔物のようだった。

 

 空から流星のように降ってきた、漆黒の一撃。空から流星のように降ってきた漆黒の強化種の一撃は、大地にクレーターを穿ち、その余波でライラは負傷し、通信機は破壊された。

 

 ライラは壊れた端末に何かメッセージを残したようだが、それが意味を成したかどうかは、もう誰にも分からない。

 

「はは……地上と繋がってないってのが、ここまで心細いとは思わなかったなぁ」

 

 ネーゼの自嘲に、誰も返事をしなかった。通信で常に「誰か」と繋がっていられる――その事実がどれほど彼女たちの心を支えていたのか、断絶されて初めて、痛いほど思い知らされていた。

 

「分かれ道よ、ライラ。どっちに行けばいい?」

 

 若干調子が戻ってきて、ネーゼの支えなく歩くことが出来るようになったアリーゼは、二叉に分かれる通路を指さしてアスタの背中のライラに問いかけた。

 

 ライラは「少し待ってくれ」と目を閉じ、指で額を押さえながら記憶を探り、

 

「右は行き止まり……。左は……、階層主(アンフィス・バエナ)の出現ポイントか……」

 

「ギルドの情報では次産はまだ先のはずだったよね?」

 

 アスタがすがるような声を出す。

 

「そのはずね。だけど、ダンジョンは何が起こるか分からないわ。階層主が、次産期間を無視して出現したなんて噂はよく聞くわ」

 

都市(オラリオ)伝説……と言い切れないのがダンジョンの怖いところですねぇ」

 

 オラリオには陰謀論や嘘にまみれているが、ことダンジョンについては全て本当だと思えと言われるぐらい、謎に満ちている。

 

「最悪の場合、強化種と階層主、両方とやり合うことになるってこと?」

 

 ネーゼの声が震えている。

 

「そうならないよう祈るしかないわね。大丈夫、私達ならできる! 帰ったらリオンに自慢してあげましょう。見たことのないモンスターを可憐に、優雅に討伐してやったわってね」

 

「アストレア様には嘘は通じねぇぜ」

 

 アリーゼの強がりにネーゼの声の震えが止まった。

 

「まあ、アストレア様なら空気を読んで黙ってくれるでしょうね」

 

 輝夜の口元にも若干の笑みが戻った。

 

「ほら、今日もみんな私の正しさにひれ伏したわね。さっすが私!」

 

「「「イラッ☆」」」

 

 肺の底に澱がたまっていく感触が徐々に強くなることをアリーゼは感じている。深呼吸をしないと意識を保っているのも難しいような感覚にすら襲われる。

 

(頼むからもってよ、私の身体)

 

 全力で攻撃を繰り出せる回数は、おそらく後一回が限界だろう。その時のために今は雌伏の屈辱に甘んじよう。

 

「奴め、詰めてたか……」

 

 薄めをしっかりと開き、鋭いまなこで輝夜はそうつぶやいた。

 

「急ぎましょう。まだ希望はあるわ」

 

 アリーゼはその最後の一撃に心を傾けながら、暗く湿った洞窟を行くのだ。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

 見上げるほどに高く、見渡すほどに広い空間。そこには、青く澄んだ湖のような池が静まり返り、冷徹な静寂を保っていた。だが、その静寂は間もなく訪れる死闘の予感によって、ひりつくような緊張感に支配される。

 

「迎え撃ちましょう。ライラ、立てる?」

 

「ああ、なんとかな。……すまなかった、アスタ」

 

「いいよ。ライラは軽いから」

 

 アスタの背から降りたライラの足取りは、ひどくおぼつかない。

 

「といっても、現状まともに動けるのは私ぐらいですねぇ」

 

 輝夜は自嘲気味に呟き、義手を愛おしむように撫でた。かつてジャガーノートとの死闘で失われた愛刀【彼岸花】――その後を継いだ【曼珠沙華】を抜き放ち、正眼に構える。その握りもずいぶんと手に馴染んできているように思えた。

 

「悪いわね、輝夜……」

 

 アリーゼが静かに歩み寄り、その肩を叩いた。そして、消え入りそうな声で耳打ちする。

 

「ごめんなさい。あなたの命……もらうことになるかもしれないわ」

 

「……以前承知。これが我の生き様ぞ」

 

 返した輝夜の声も、また誰にも聞こえないほど低かった。アリーゼが決死の一撃を狙っていること。そして、それが文字通り「最後」の賭けになることを、この場の誰もが理解していた。

 

(アリーゼだけは、必ずリオンの元へ返す――)

 

 団長の願いに逆らうような彼女たちの想いは、皮肉にもその一点で残酷なまでに一致していた。

 

 その時、洞窟の震動が臨界に達した。暗がりの向こうから、漆黒の輪郭がその姿をあらわしつつあった。。

 

「あいつ……一回りでっかくなってやがる」

 

 ネーゼの声が、再び恐怖に震える。

 

「ここに来るまでに、他の魔石を喰らったんだ」

 

 アスタがボロボロのハルバードを握りしめ、一歩前へ踏み出した。

 濡れた土を叩き潰すような足音。喉の奥を鳴らす、獣の湿った呼吸。反響するその音は、もはや洞窟そのものが獲物を求めて咆哮しているかのようだった。

 

「ふん。どうせ散るのなら、こんな得体の知れない猿擬きではなく、もう少し見栄えのする相手が良かったですが」

 

 輝夜が不敵な笑みを浮かべ、最前線に躍り出る。仲間の命を背負い、自らを「盾」として怪物の真正面に立った。

 

「先に征きます……皆さんはご随意に」

 

 神楽の如き輪郭がゆらりとぶれたかと思うと、次の瞬間、彼女は水流の如き速度で黒猿の足元へとなだれ込み、刀を一閃させた。

 

 鉄同士が激突するような甲高い音が響き渡る。

 

「……っ!! やはり一筋縄ではいきませんか!」

 

 手応えの硬さに顔をしかめつつも、輝夜は止まらない。振り抜いた勢いのまま背後を奪い、袈裟懸けに追撃を放つ。

 

「推定驚異度は――レベル5の上位といったところか。……厄介な」

 

「やぁぁぁぁぁぁーーっ!!」

 

 黒猿が振り向く一瞬の隙。裂帛の気勢と共に、小さな塊が飛び出した。アスタが長柄の戦斧を縦一文字に振り下ろす。

 

 黒猿は声にならない叫びを上げ、丸太のような腕でその一撃を強引に受け止めた。

 凄まじい衝撃に戦斧の先端が砕け散る。だが、アスタは折れた柄を槍のごとく持ち直し、がら空きの心臓目掛けて一直線に突き出した。

 

 しかし、武器としての用をなさない鉄の棒は、漆黒の体表に僅かな傷を刻むに留まり、粉々に散った。

 

「二人とも下がれ!」

 

 ライラの鋭い声と同時に、一握りほどの赤い球体が投げ込まれた。

 

「あぶなっ!!」

 

 アスタは、それがライラお手製の火炎石だと気がつき、両の腕で顔を守るように後ろに飛び退き衝撃に備えた。直後、爆音が轟き、猛烈な熱風が彼女たちの髪を焦がした。

 

「……先に言ってよ!」

 

「わりぃ、だが次はもうない。これで最後だ」

 

 爆煙の中、愚痴を言うアスタの脇をすり抜けるようにライラの軽快な声が黒猿に向かって流れていく。

 

「無茶よ、戻ってライラ!」

 

 アリーゼの制止も虚しく、ライラは自らが生み出した煙の中へと姿を消した。妙に煙が濃いのはおそらくライラがわざとそうしたのだろう。黒猿の視界を一瞬でも奪えるようにと。

 

「これがラストだ、存分に味わいやがれ!」

 

 視界が晴れた瞬間、辺りをおびただしい血の匂いが支配した。そこには、失われた二の腕の付け根を歯を食いしばって押さえるライラと、その口元を赤く染めた黒猿がいた。

 

「輝夜、ライラを!!」

 

「分かっている!!」

 

 ライラは今にも消え去りそうな意識を懸命に押しとどめつつ、不敵に笑って中指を立てた。

 

「……してやったぜ」

 

 直後、黒猿の体内が内側から膨れ上がり、口腔からおぞましい熱気と煙が吹き出した。

 

「お前……腕と一緒に、火炎石を喰わせたのか!?」

 

 駆け寄ったネーゼがライラを抱きかかえ、必死に止血を試みる。

 

「最高だったろ……。腕一本、喰わせた甲斐は……あったな……」

 

 ライラは満足げに目を閉じ、その体から力が抜けた。

 

「アリーゼ、エリクサー使うよ!」

 

 ネーゼが叫びながら、貴重な霊薬を傷口に注ぎ込み、残りを飲ませる。顔色は劇的に回復したが、失われた腕が戻ることはない。

 

「――――オォォォォォォォッ!!!」

 

 膝をつき、動かなくなったと思われた黒猿が、復讐の咆哮を上げて再び立ち上がった。

 

「……まだ立つか。敵ながら、あっぱれな奴だ」

 

 輝夜が再び突撃するが、それは破れかぶれの拳の乱打によって遮られる。動きが鈍った輝夜の腹部に、重い一撃が叩き込まれた。

 

「くぅ……ッ!」

 

 吹き飛ばされた輝夜は、重く沈む義手を殴りつけ、口に小太刀を咥えて構えた。両腕が動かぬなら、この歯で喉笛を喰いちぎる――その瞳には壮絶な意地が宿っていた。

 

「……ありがとう、みんな。これで決める」

 

 そして、アリーゼは来るときが来たと自覚した。

 

「【花開け――アルガ】」

 

 呪文と共に、紅蓮の光が舞い上がる。

 

(リオン……最後に、あなたの声が聞きたかった……)

 

「アガリス――アルヴェシンス!!」

 

 四肢にともった炎がやがて全身を熱く燃やしていく。そしてそれは、爆風のごとく一握の流れ星のごとく疾駆して黒猿の胴体を一直線に突き刺し、そして、最後の言葉を口にする。

 

『アルヴェ――……』

 

 だが、締めの言葉は、おびただしい鮮血に取って代わられた。

 

(私は……もう、だめなの……?)

 

 魔力に身体が耐えられない。喀血と共に熱が抜け、炎が静かに鎮火していく。剣を握る力も失われていく。

 

「くそっ、動けぇぇぇ!!」

 

 ネーゼが絶望的な特攻をかけるが、間に合わない。黒猿の巨大な腕が、無防備なアリーゼに向けて振り下ろされる。誰もがその終焉を悟り、拒絶するように目を細めた。

 

 ――その時。

 

 一陣の風が吹き抜け、巨大な岩同士が衝突したような、鈍く、重い轟音が響いた。

 

(……生きてる?)

 

 死の衝撃を待っていたアリーゼは、戸惑いながら目を開いた。

 

「すまぬ。距離を取っていた故、介入が遅れた。……許してほしい」

 

 そこに立っていたのは、人の丈を優に超える、深緑の鱗に包まれたリザードマンの戦士。

 

「うそ……リザ、なの?」

 

 かつて第30階層で刃を交え、共に異常個体(イレギュラー)に対抗した「知性ある怪物」。彼がその大剣で、黒猿の必殺の一撃を真正面から受け止めていたのだった。

 

 

 








やっぱり、三人称視点は自由度が高いなと思いつつ書きました。



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