ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
リザさんから届いた『何とか間に合ったようだ』という短く、重い通信。それを合図に、私とリオンは限界を超えて加速した。
風が裂け、岩壁が後方へと流れ去る。時間すら圧縮されているような思いだった。
アリーゼさんたちはすでに交戦の最中。
ライラさんとアリーゼさんが深刻な損傷を負っている――その報せに、リオンは奥歯を噛み締め、悔恨を押し殺すように顔を歪めた。
「私が……最初から、なりふり構わずダンジョンに入っていれば――」
「『たられば』は後です! 今は、助けることだけを考えましょう!!」
リザさんのマーカーと重なるまで、残り一分を切った。
私は走行の邪魔になる巨剣をマウントから解放し、正眼に構えて前方へ突き出した。
「リオン、この先に広間があります。皆はそこで戦ってる……準備を!」
「承知しました。詠唱を開始します」
「任せる!」
魔法とは本来、静止して行うもの。だがリオンは、疾走の慣性を微塵も乱すことなく、静かに詠唱を紡ぎ始めた。
【今は遠き森の空。無窮の夜天に
迷宮の複雑な通路を、刹那の油断も許されぬ速度で駆け抜ける。
リオンは熟練の騎手のように最短の軌跡を描きながら、なおも詠唱を続けた。
【汝を見捨てし者に光の慈悲を。来れ、さすらう風、流浪の
洞窟の先に、淡い光が灯る。まるでヒカリゴケの群生のような幻想的な輝きが、闇を押しのけるように徐々に大きく広がっていく。
『到着まで残り30秒です、リザさん!』
『……頼む!』
暗いトンネルを抜けた瞬間、視界が一気に開けた。
そこにあったのは――満身創痍のアストレア・ファミリア。そして、漆黒の巨躯を必死に押しとどめるリザさんの姿。
「リザさんっ!!」
叫ぶと同時に、私は
一瞬で最高速へと跳ね上がり、黒猿のつま先からアリーゼさんを掠め取るように抱え上げ、上空へと離脱した。
足の骨が軋む音がしたが、行動に支障はない。
【星屑の光を宿し、敵を討て】
その場で身を翻すと、正面には緑風の光玉を展開し、空中から黒猿を見おろすリオンの姿。
言葉は不要だった。リオンは力強く頷き、黒猿へと最後の審判を下す。
「――これで終わりです。ルミノス・ウィンド」
爆ぜる光の奔流。幾重にも重なる光弾が、死に体の黒猿を容赦なく貫いていく。
それでもなお、復讐の腕を震わせる怪物に、私は静かに告げた。
「
空中でアリーゼさんをリオンに託し、私は落下の勢いと再度の
夜空の星を仰ぐような――その最期の表情は、不思議なほど穏やかだった。
「……勝った」
真っ二つに裂かれ、爆発するようにその身を灰に変じたそれを見つめながら、ネーゼさんが呆然と呟いた。
「リオン、全員にエリクサーを!」
私はアイテムパックから五本のうち三本をリオンへ渡し、残りを手に負傷者のもとへ駆け寄った。アミッドさんから託された霊薬の半分を使うことになる――だが、これ以上に価値ある使い道はない。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
「……ごめんなさい。あなたたちには、また助けられたわね」
霊薬で辛うじて生気を取り戻したアリーゼが、深々と頭を下げた。
「いえ、私じゃなくてリオンのおかげです。そうじゃなかったら、間に合わなかったと思うから」
アリーゼを支えるリオンに視線を向けると、彼女は頬を赤らめて目を逸らした。
「わ、私はただ……心配だったので……」
「ふふ、ありがとうリオン。……って、ベルディナ。あなた、今リオンのこと“リオン”って呼んだわよね?」
「まあ、いろいろあったんですよ。ね?」
私が悪戯っぽく手を差し出すと、リオンは薄く微笑み、その手をしっかりと握り返した。
「ええ。いろいろありました。あなたに感謝を……リザ殿にも」
その様子を見て、アストレア・ファミリアの面々は目を丸くして固まった。
「あ、あのリオンが……他人に手を握らせてる……?」
「オラリオ最後の日か?」
「いや、それは言いすぎだろ」
「ま、何にせよめでたいこった……いてて……」
だが、その和やかな空気は、次の瞬間、迷宮の震動によってかき消された。
「ダンジョンは……まだ私たちを帰す気はないようですね。リザさん、皆の撤退のサポートをお願いします! リオンは、負傷者を優先してください!」
「承知しました」
「承知した。道は私が切り開く」
退路には新たな魔物の気配が満ち始めていた。
「――
巨剣を振りかぶり、震源へと切っ先を向ける。今回は高出力のフォトンをまったく使っていない。つまり、この条件で
「アンフィス・バエナ……まさか、ここで会えるなんて」
下層の階層主。巨大な双頭蛇。私は通信機をオープンチャンネルに切り替え、声を張り上げた。
「こちらワカヒルメ・ファミリア団長、ベルディナ! 全受信者へ。第27階層にアンフィス・バエナの出現予兆を確認。繰り返す、階層主の出現確実。付近の冒険者は警戒されたし。以上!」
そして、すぐにチームチャンネルに戻す。
「こちらベルディナよりエルティナ。状況は? どうぞ」
『こちらエルティナ。メリット5、感度良好。現在18階層を出発。……なお、ガネーシャ・ファミリアで打ち合わせ中だったロキ・ファミリア団長フィン・ディムナ様、ヘファイストス・ファミリア団長椿・コルブランド様も同行中です。どうぞ』
レベル6が二人。レベル5が一人。援軍としては十分すぎるね。
「こちらベルディナ、了解。私は皆の撤退が終わるまでここで足止めする。なるべく速く来て! 以上!」
『こちらエルティナ。了解。もう一点報告です。ワカヒルメ様にギルドへ働きかけを行っていただいております。以上』
おそらくシャクティさん、フィンさん、椿さんもこの通信をエルティナの側で聞いているはずだから、状況は理解して貰えたと思う。
第一級冒険者が少数でこちらに向かってきているのだから、おそらく到着はまもなくと考えていいだろう。アリーゼさん達の撤退完了が先か、それとも彼らの到着が先か……どちらにせよ、私は私の仕事を全うするだけだ。
地響きはもはや轟音となり、空間そのものが震えていた。大地の奥底から、巨大な“何か”が産声を上げようとしているかのように。
恐怖はシステムが消してくれる。残るのは、純粋な闘争心だけ。
「さあ……おいで。私と戦おう」
石床が裂け、天井が崩れ、湖が狂ったように波打つ。
轟々と落ちる滝の向こう、巨大な影がゆっくりと鎌首をもたげた。
青と朱――二つの頭を持つ巨大な水蛇。下層の階層主、アンフィス・バエナ。
いずれ真っ正面からやり合いたいと願っていた強敵が、ついにその全貌を現した。