ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
その後は、見るも無惨な泥仕合に近かった。一度は水上へと躍り出たものの、やはりあの赤い霧と青い炎の連携はやっかいなもので。機動を封じられ、逃げ場を失い、火炎放射で焼き払われる直前で、私は迷うことなく再び水中へと逃げ込んだ。
――ドブンッ、と冷たい衝撃が全身を包む。
「またうじゃうじゃと……」
静かな湖底を期待した私の目に飛び込んできたのは、狂乱の光景だった。 先ほど蹴散らしたはずの水中型モンスターたちが、まるでパーティーでも開いているかのように踊り狂い、牙を剥いて私にダンスを申し込んでくる。
「やっぱり、あいつ(アンフィス・バエナ)が呼んでるのかな?」
階層主の咆哮に呼応したのか、あるいは流された血の匂いに当てられたのか。 水中に潜っても、今度はこの無数の雑魚への対応に追われ、肝心の
「なるほどね……」
腕を組み、私は冷たい水中で独りごちた。水中戦は比較的安全に立ち回れるけど、決定打に欠けるみたいだ。
朱頭を先に潰せば勝ち筋は見えてくるけれど、青頭との連携が鉄壁すぎて単独では限界がある。やっぱり、チームで飽和攻撃を仕掛け、その隙に朱頭を落として安全を確保した上で青頭を仕留める……。シンプルだけど、一番確実な方法って事か。。
「最初に水中からヒレを落として機動力を奪うのはありだね」
ただ、その後の雑魚の増殖を考えると、水中はあくまで緊急避難場所と割り切るしかなさそうだ。
私の場合は空中戦ができるからいいけれど、普通の冒険者なら足場の確保が難しそうに思えるな。周囲に岩場はほとんどないし、天井を落とすのは自滅のリスクが高すぎるからね。
「どうしようかなぁ」
次の一手を思考しつつ、群がる魚群を無造作に斬り捨てていたその時。視界の隅で、システムが赤く明滅した。
【警告:周辺環境の急激な凍結を確認】
「凍結? なにが……」
アンフィス・バエナに冷気属性の攻撃はなかったはず。不審に思い水面を見上げると、そこには目を疑う光景が広がっていた。ついさっきまでやつの火炎攻撃で煮えくり返っていた湖面が、みるみるうちに真っ白で分厚い氷床に覆い尽くされていく。
「おー、なんか、すごいね」
下から見れば、巨大なアンフィス・バエナの胴体が氷河に浮かぶ小島のようだ。
さらに、HUDのミニマップを確認すると、いつの間にか複数のマーカーが出現していた。
『エルティナ? 上にいる?』
私はアークスの通信でエルティナに問いかけた。
『現在、アンフィス・バエナの出現ポイントに到着。戦闘を開始しました』
アンフィス・バエナが身じろぎをして分厚い氷床を砕き、水上への道が開いた。
『分かった、私も水上に出るよ』
私は頭上の氷山の狭間から降り注ぐ淡い光のカーテンに向かって跳躍し、一気に水上に躍り出た。
「おっと、これは驚いた。おぬし、ずっと水の中におったのか?」
見ると、氷山に乗っかって楽しそうに剣を振る椿さんの姿があった。
「あんまり会いたくない人に会ったなぁ……」
椿さんのことは嫌いじゃない。けれど、得意でもない。あの人は、なぜか私をやたら子供扱いしてくるからね。母性が高いというかなんというか、妙にかまってくるのだ。
「無事かい?
身の丈の倍はありそうな長槍を肩に携え、鋭い眼光を階層主に据えているのは、
ロキ・ファミリアの団長さんがわざわざ来てくれたということは、エルティナにいいところを見せたかった気持ちも、少しはあったんじゃないかと邪推してみた。
「遅くなってすまない、
シャクティさんの言葉に私は胸をなで下ろした。ガネーシャファミリアの人達に任せておけば安心できる。
「分かりました。それじゃ、私が最後ですね」
背後に寄り添ったエルティナが
「
アンフィス・バエナの火炎放射によってすっかりと水上の氷山も溶かされてしまい、足場としての用をなさなくなったところで、椿さんが手持ちの大剣を背中に収め、腰に帯びた細い剣を抜き放ち一閃させた。凄まじい冷気の波動が湖面を走り、瞬く間に新たな氷の戦場が再構築されていく。
「すっごいね」
ガネーシャ・ファミリアの使っていた魔剣も凄かったけれど、椿さんのそれは次元が違う。
「さあ、お喋りはここまでだ。諸君、作戦を伝えよう」
フィンの凛とした声が、氷の爆ぜる音を切り裂いて響き渡った。彼は右手に握った長槍をアンフィス・バエナの朱頭に向け、淀みのない指揮を飛ばす。
「
「分かりました。任せてください」
私は巨剣を握り直し、
私の役割は「囮」。注意を引きつけている間に、第一級冒険者の方々がトドメを刺してくれるはずだ。もしも、ターゲットが別に移ったとしても、その隙を突いて私が首を落としてしまえばいい。
「はは、お主はよく飛ぶな
椿さんが戦場にそぐわない大声で、いらんことを言って私を茶化してくる無視だ。
「お前は……私の団員からうるさく言われていただろうに……」
散逸する氷の足場を軽やかに乗り移りながら、シャクティさんが呆れたような溜息を吐いた。
「うるさいなぁ。私の勝手でしょ!」
我ながら、思春期の小娘みたいな返しをしてしまったなとちょっと反省した。
ともかく私は、椿さんやシャクティさんに顔を向けようとするアンフィス・バエナの横っ面をひっぱたいて、無理矢理にでも意識を私へと向けさせる。
「さすが階層主。硬いや」
今のは割と全力の一撃だったのだけれど、その強靭な鱗には薄い傷がついた程度だ。何度も同じ場所に打ち込めばいずれは切り落とせそうだけれど、単独では時間がかかりすぎる。
「よい動きだ、
椿さんが裂帛の気迫と共に、背負っていた大太刀を振り抜いた。戦場を震わせる轟音と水面を反射する鋭い一閃とともに、朱頭の首に深々と刃が食い込んでいった。
「ギ、ガァァァァァァッ!!」
アンフィス・バエナは苦痛に狂い、両方の首をめちゃくちゃに振り回した。しかし、椿さんはその猛攻を大剣の腹で鮮やかに受け流し、その勢いを利用して空中で体勢を整える。時には蛇の長い首そのものを足場にするという、常人離れした身のこなしで氷山の足場へと帰還した。
「シャクティ!」
フィンさんの短く鋭い指示が空気を震わせる。その声に反応した青頭がシャクティさんを狙おうとしたが、私は逃がさない。
「そこだ!」
鋼のような鱗を完全には貫けなかったが、わずかに食い込んだ先から鮮血がじわりと滲み出す。ようやく私の攻撃を通すことができた。
その隙に、自由になったシャクティさんがレベル6の驚異的な膂力で跳躍し、朱頭の頭上に達して、椿さんが刻んだ「亀裂」をその鋭い眼光が捉えた。朱頭が最後の抵抗とばかりに赤い霧を放とうとするが、彼女の拳はそれよりも速く、鋼の如き連撃が寸分狂わず一点を穿ち、ひび割れを広げていく。
アンフィス・バエナの悲鳴にも似た咆哮が大気を揺らすが、シャクティさんは微塵も動じず、トドメとばかりに、彼女の手にした槍が深々と突き立てられた。
「これで終わりだ!」
すでに虫の息に近かった朱頭に、椿さんが追撃の大太刀を一閃し、その頭部を完璧に切り落とした。支えを失った頭部がゆっくりと水面に落ち、凄まじい水しぶきを上げて湖底へと沈んでいった。
「鮮やかだなぁ」
まるで長年コンビを組んでいるかのような、歴戦の冒険者たちの連携に私はただ感心するばかりだ。
だが、残された青頭が怒りに燃え、その顎門(あぎと)を開く。さんざん私を苦しめた青い炎が放出されたが、今の私に怯えはない。
「朱がいないとあんまり怖くないね」
私は生命維持装置の出力を通常に戻し、迫りくる火炎に対して全力で巨剣を振るう。一瞬の光の明滅が
「さてと、私も少しは仕返しをさせてもらうよ!!」
私は巨剣を振るう勢いのままくるりと一回転して、虚空を力強く蹴り、加速した巨剣がアンフィス・バエナの眉間を再び捉える。そこへ、影のように滑り込んできた人影があった。
「これで――終わりだ」
まるで私の影に潜んでいたのかと思わんばかりにフィンさんがそのさらに頭上に飛び上がり、眼下のアンフィス・バエナにその穂先を向けている。
「フィンさん、使ってください」
私は瞬時にさらにその上空へと跳ね上がり、巨剣の腹を水平に差し出した。
「感謝する!」
意図を完璧に読み取ったフィンさんが、私の巨剣を「足場」にしてさらに加速。急降下のエネルギーをすべて一点に凝縮し、私が傷をつけた眉間を正確に射抜いた。
巨大な竜の肉体が大きくのけぞり、崩落する巨像のように湖へと沈んでいく。爆発的に広がる灰の霧が視界を染め、やがて第27階層には、耳が痛くなるほどの静寂が戻ってきた。
「ふぅ……お疲れ様。みんな、怪我はないかな?」
フィンさんが何事もなかったかのように槍を肩に担ぎ、こちらを見て微笑んだ。
「やったな、
椿さんがまるで飛びかかるようにやってきて、私の背後から両脇に手を入れてひょいと抱き上げると、そのまま頬ずりをし始めた。
「だから、あなたは私のお母さんじゃないんですから!」
私は密かに
「お前達は、ずいぶん仲が良かったのだな」
槍を収めて拳の汚れを落としていたシャクティさんが呆れたように私たちを見ている。
「皆、よくやってくれた。
「いえ、ありがとうございました、フィンさん。私一人じゃどうにもなりませんでしたよ」
「いやいや、あの階層主を単独で足止めしていたのだ。これはランクアップしても不思議ではないな!」
椿さんは何がそんなに嬉しいのか、なおも私の頭を撫でようとしてくる。私はシャクティさんの影に隠れてそれをやり過ごした。
「椿、あまり構い過ぎると逆に逃げられるぞ」
「猫のようだなお主は。その名の通りか」
シャクティさんの言葉に、椿さんもようやく今回は引き下がってくれたようで胸をなでおろす。
「では、地上に戻りましょう。アストレアファミリアの方々も心配です」
エルティナが全員に
「……やっぱり、第一級冒険者はすごいな」
最後に小さく呟いた私の言葉は、静かな湖面に波紋となって消えていった。
なお、帰還の道中に椿さんがやたら手を繋ごうとしてくるのを逃げ回る私の姿があったとさ。当面はこの人と一緒に行動はしないと心に誓った。