ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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お金の話は苦手だなぁ

 

 第18階層――中層域のセーフティポイントにて、私たちはようやくアリーゼさんたちと合流を果たした。

 お互いに無事を喜び合いつつも、リオンは重傷のライラさんを「一刻を争う」と判断して地上にあるアミッドさんの治療院へと弾丸のごとくすっ飛んでいった。

 先ほどエルティナの通信機に「無事地上へ到着」との一報が入り、現場にはようやく安堵の空気が流れる。

 

「……ふぅ。私はもう少しここで休憩して行きたいので、アリーゼさんたちは先に戻っていてください」

 

 極限状態だった彼女たちを先に地上へ促し、私は居残ったフィンさんたちに食事を振る舞うことにした。アイテムパックから取り出したのは、あらかじめ地上で丁寧に仕込んでおいたトマトソースと手打ちパスタのセットだ。私の一番の得意料理だから、気合を入れて腕を振るうと、立ち上る食欲をそそる香りに、第一級冒険者たちの目も心なしか輝いた気がした。やっぱり、ダンジョンで美味しいものを食べるのは良いことなんだよ。

 

「おお! お主は料理も得意なのだな。どれ、撫でてやろう」

 

「いりません」

 

 椿さんからのかまい倒し攻撃を避けながら、私はもちもちの手打ちパスタにたっぷりのトマトソースを絡めて頬張る。

 

 しっかりと甘みをつけたタマネギとニンジンのソフリットにトマトの酸味が完璧なハーモニーを奏でる。野菜が多すぎると甘すぎてトマトの風味がなくなってしまい、逆に少なすぎると酸っぱすぎておいしさが全然なくなってしまうのだ。このバランスは結構難しいんだよ(作者も苦労しました)。

 

「なるほど。これは、高級料理店に出しても恥ずかしくないだろうね」

 

 フィンさんは結構大げさに褒めてくれるけど、所詮は家庭料理だ。プロの食材と調理には勝てない。

 

 フィンさんは食事を楽しみつつ、エルティナの通信機を興味深げに観察している。

 

「ギルドから正式発表される前に、ロキ・ファミリアとヘファイストス・ファミリアに根回しをしていたところだったんだ」

 

 シャクティさんが補足してくれた。どうやら、事前の話し合いの最中に今回の緊急事態が発生したらしい。百聞は一見にしかずという言葉があるように、今回の事態で実際に通信機による情報共有の利便性を理解して貰えたんじゃないかな。

 

 それにしても、今回の激闘でアストレア・ファミリアの一台と私の分、計二台が壊れてしまったから、早急に代替品を用意しなければならないわけだ。

 

「それで? 手前らにもそれを提供してもらえるのかい?」

 

 椿さんが身を乗り出すが、シャクティさんが首を振った。

 

「それはギルドの公表が終わってからだ。その後、申請に応じて貸与という形になる」

 

 結局、製造はエルティナが請け負うことになるのだけれど、そこは「極秘事項」にしてもらった。直接私たちに注文が殺到してもパンクしてしまうからね。

 

 

 地上に戻った私たちは、そのままギルドへ帰還報告に向かった。そこでなぜか「捜索依頼書」へのサインを求められ、私は困惑して目を瞬かせた。

 

「ええと、これは……?」

 

「ご安心を。ワカヒルメ様とアストレア様が連名で作成された依頼書です。ベルディナ氏がダンジョンへ向かった時間まで遡及して受理されました」

 

 受付嬢の説明によれば、リオンの「不法侵入」も緊急避難措置として特別に許可されたという。これで彼女がペナルティを受ける心配もなくなり、私は心からホッとした。

 

「ちなみに、この依頼料はお三方に直接お支払いすればいいんですか?」

 

「いえ、ギルドが一度お預かりして、手数料を差し引いた後に引き渡す形になりますね」

 

 ……しっかり手数料取るんだ。まあ、ギルドだもんね。

 

「分かりました。今は手持ちがないので、また後日でもいいですか?」

 

 アストレア・ファミリアには今、金銭的な余裕はないはずだ。ライラさんの義手代もかかるだろうし、ここは私たちが肩代わりするしかないかな……と考えていると、椿さんが豪快に笑った。

 

「手前はいつでもいいぞ。スィデロのランクアップに協力してもらった恩もあるし、今回はタダでもいいくらいだ」

 

「私たちも遠征と通信機の恩がある。報酬は辞退させてもらおう」

 

「なんだか、僕まで辞退しなくちゃいけない流れだね」

 

 フィンさんは苦笑い。けれど、それでは私の気が済まない。

 

「うーん、でも、それだとこちらの『けじめ』がつかないんですよね。ワカヒルメ様、こういうことには結構厳しい人なので……」

 

 腕を組んで唸る私に、エルティナがそっと耳打ちしてくれた。

 

「ではお嬢様。後日、お三方に何らかの『贈り物』をするというのはいかがでしょうか?」

 

「贈り物? なにかいいものある?」

 

「例えば……『時計』などはいかがでしょう」

 

 なるほど、その手があったか。暇なときに試作して貰う予定だったけど、せっかくなのでちょっと贈り物に適した感じのデザインを考えてみるのも悪くないか。

 

「三人とも、それでいいですか? せっかくなので、簡単なお礼の品を贈りたいんです」

 

「ほほう、面白そうだ。なら手前はそうさせてもらおうか」

 

「君たちの気が済むのなら」

 

「私も異論はない」

 

 三人は快く受け入れてくれ、交渉成立。私たちはギルドの前で解散することになった。

 

『ワカヒルメ様、ただいま戻りました。エルティナも一緒です。今どちらにおられますか?』

 

 アークスの通信機を起動すると、すぐにワカヒルメ様の明るい声が返ってきた。

 

『お、おかえり二人とも! 今はアストレアのところにいるよ』

 

『星屑の庭ですね。分かりました、私たちもすぐに向かいます』

 

『分かった! みんなに伝えておくよ、気をつけておいで』

 

 通信を切り、私はエルティナと顔を見合わせた。ようやく、本当の意味で私たちの長い一日が終わろうとしていた。

 

「そういえば、エルティナ。時計を作るのになにか特別な素材は必要ないの?」

 

 星屑の庭へと向かう道すがら、私はふと思いついた疑問を口にした。  この世界の「魔道具」としての時計ではなく、エルティナが作るのは純粋な精密機械だ。

 

「機械式時計を予定しておりますので、軸受けに微細な鉱物を使用しますが、それ以外は一般的な金属で事足ります」

 

「鉄とか真鍮(しんちゅう)とか?」

 

「はい。ニッケルなどの合金も使用しますね」

 

「分かった。……ってことは、材料費はそれほど跳ね上がらないってことだね?」

 

「安くはありませんが、今回の報酬額に比べれば、それほど高額にもなりません」

 

 よし、それなら贈り物には最適だ。あまりに高価すぎると、かえって彼らに気を使わせてしまうからね。

 

「それじゃ、デザインを考えないと。フィンさんには、物腰に負けないぐらい優雅なものを。椿さんには……あの豪快さに負けないカッコイイやつを。シャクティさんには――どういうのがいいんだろ」

 

「シンプルで質実剛健なものが適切かと」

 

「いいね、それでいこう。形状は……全部腕時計でいいかな?」

 

 私の問いに、エルティナは少し考え込むように首を傾げた。

 

「椿様は工房での作業も多いでしょうから、腕に巻くものよりは『置き時計』などはいかがでしょうか? 熱や衝撃等のリスクも減らせます」

 

「なるほどね、一理ある。それじゃあ、シャクティさんにはあえて『懐中時計』ってのもありかな。無地のシルバーで、蓋の裏にはガネーシャ・ファミリアのエンブレムを刻んで……シャクティさんの名前も入れようか」

 

「良いと思います。彼女の真面目な気風に、銀の懐中時計はよく映えるでしょう」

 

 構想を練っていると、どんどん楽しくなってきた。こっちの時計のあり方とは全く異なる概念だけど、頭の良い人達だからその有用性にはすぐに気づいてくれるだろう。

 

「よし、帰ったら早速デザイン画を起こしてみよう。ワカヒルメ様にも手伝ってもらわないとね!」

 

 ワカヒルメ様は機織りの神様なので、そういうデザインに着いてはむしろ私達よりも専門家だ。私達の足取りは自然と軽くなり、いつの間にかワカヒルメ様達が待つ星屑の庭の門の前にたどり着いていた。

 

 私はウキウキとした足取りで門をくぐり、勝手知ったる他人の家――「星屑の庭」の応接室へと足を踏み入れた。

 

「ただいま、皆さん! ベルディナが戻りましたよ」

 

 まあ、アストレア・ファミリアの面々も私たちの拠点を自分ちみたいに使う仲だ。これくらいの図々しさは、お互い様ということにしておこう。

 

「あ、お帰りベルディナ。意外に早かったわね」

 

 迎えてくれたアリーゼさんの声に、私は首を傾げた。

 

「流石に心配だったので。……でも、なんだか暗くないですか? 何かありました?」

 

 部屋を支配する、どこか重苦しい空気。ライラさんの姿がないのは、治療院で手厚い看護を受けているからだとしても、命は繋がったのだ。お通夜みたいな顔をすることはないと思うんだけどね。

 

 私はリオンに促されるまま、ワカヒルメ様の隣に腰を下ろした。

 

「あ、そうだ。今回の依頼の報酬についてですけど――いや、睨まないでくださいよ――フィンさんたち、今回はいろいろあって報酬はなしで良いって言ってくれましたよ」

 

 わざとらしくピースサインを作って場を和ませようとしてみたが、結果は惨敗。場はさらに冷え込んだ気がする。

 

「いろいろ借りを作ってしまいましたなぁ、団長」

 

 輝夜さんが肩をすくめ、皮肉っぽくアリーゼさんを見やる。

 

「だけど、今回は通信機も壊しちまったからなぁ。あれ、いくらするんだ?」

 

 ネーゼさんが戦々恐々とした面持ちでエルティナに目を向けた。

 

「うーん。残骸はちゃんと回収できてるよね? エルティナ」

 

「はい、確かに受け取っております。重要部品は、破損しておりますが素材は全て回収可能です」

 

「なるほどね。それじゃ、特に問題ない?」

 

「そうなります。お嬢様」

 

「……ちょっと、どういうこと?」

 

 私とエルティナの間で勝手に完結した会話に、アリーゼさんが戸惑った声を上げる。

 

「えーっと、説明が難しいんですけど……壊れた通信機からでも素材は『再利用』できるので、それを元にしてまた同じものを作るだけですよ」

 

「折れた剣を炉に戻し、再び同じ剣を打つのと同じ、と認識いただければよろしいかと」

 

 エルティナの補足に、ようやく皆の肩の力が抜けたようだ。

 

「それじゃ、作業代を払えばいいって感じ?」

 

 アスタさんの質問にエルティナがゆっくりとうなずいた。

 

「なあ、リオン。今の説明で理解できたか?」

 

 ネーゼさんが隣のリオンにそっと耳打ちする。

 

「概念は分かりましたが、方法はさっぱり分かりません」

 

「だよな」

 

 なかなかリサイクルというのはこっちでは理解しづらいのかもしれないね。エルティナのクラフターなら素材を分子レベルに分解し、複数素材を3Dプリンタの要領で積層して作成していくから、リサイクル率は100%に近くなるし、作成もほぼ機械で自動化されているから、エルティナの実作業時間は素材の投入と図面の入力作業ぐらいなのだよ。

 

 現に、今この瞬間も私たちの拠点では、クラフターが時計の試作品を自動で作り続けているのだ。

 

「分かった、通信機はそれでいいわ。……次は、エリクサーの件ね」

 

「お宅の団長さんが、ずいぶん大盤振る舞いされたようで。ディアンケヒト製の特級品を5本? ……一財産ですねぇ」

 

 輝夜さんが薄めをわずかに開いて私を睨む。

 

「でも、そうしないと皆さんの命が危なかったので、むしろ安いものだったと思いますけどね? 命には代えられないでしょ?」

 

「それが、あなたの『正義』ですか? 大したものですねぇ」

 

 なんか、輝夜さんの言葉にトゲがあるな。

 

「ともかく、その分の補填はしねぇとだよな……一本いくらだっけ?」

 

「確か、50万ぐらい? 5本で250万ヴァリスだね」

 

 ネーゼさんの問いにアスタさんが答えた。

 

 250万ヴァリスか。まあまあだね。

 

「あれ、アミッドさんからタダでもらったやつなので、気にしないでください。 まだ半分は残ってますし」

 

 そもそも、エルティナを地上に残すと決めたのは私の判断だ。その結果としての被害を彼女たちに請求するのは心苦しすぎる。

 

「なあ、猫又(ツインテールキャット)。過剰な施しはあたしらにとっても、あんたらにとっても良くねえ。それは分かるな?」

 

 ネーゼさんの真剣な眼差しに射抜かれ、私は言葉に詰まる。

 

「でも、私は皆さんが生きて帰ってくれて嬉しかったですよ? それは、私のためでもあるって考えられませんか?」

 

 どう言えば分かって貰えるだろう。通信機にせよ、エリクサーにせよ私達にとっては殆どもらい物ばかりだから、自分たちに使うよりも誰かのために使った方がいいに決まってると思うんだけどね。

 

「と・も・か・く!!」

 

 アリーゼさんが手を叩きながら大きな声を出して全員を黙らせ、私を真っ直ぐに見つめた。

 

「私たちはベルディナとエルティナのおかげで生きて帰れた。心から感謝してる。だからこそ、お返しがしたい。貰いっぱなしは、やっぱり気持ちが悪いのよ」

 

「そうですね。それは分かります。ごめんなさい、押しつけがましかったですね、私」

 

 確かに、私も逆の立場なら何かを返したくなる。少し頑なになりすぎたかもしれない。

 

「分かってくれてありがとう。だから、これから私達はあなたたちにお返しがしたい。だけどどうしたら良いか分からないから困ってるのよ」

 

 輝夜さんはそっぽを向いているが、そのほかの人はうんうんとうなずいている。

 

「分かりました。……じゃあ、こうしましょう。今後、私たちに何か本当に困ったことが起こったら、その時は一度だけでいいので、無償で助けてくれませんか?」

 

 このあたりが落とし所じゃないかなぁ。先送りとも言うけどね。

 

「結局、先送りですか。優柔不断の極みですねぇ」

 

「輝夜! 恩人に言うことですか、それは!」

 

 皮肉を飛ばす輝夜さんに、リオンがけんか腰で立ち上がる。

 

「リオン、輝夜。今は我慢して!」

 

 アリーゼさんがぴしゃりと言って二人は一応矛先を収めた。

 

「それじゃあ、今回は以上でいいかしら?」

 

 それまで慈愛の微笑みで見守っていたアストレア様が、初めて口を開いた。

 

「いいかな? 二人とも」

 

 ワカヒルメ様もそれに応じて私に問いかけた。

 

「良いですよ、アストレア様」

 

「こちらも問題ないです、ワカヒルメ様」

 

「ありがとう、それじゃここはそれで手打ちにしましょう、ワカヒルメ」

 

「いいよ。苦労をかけるね、アストレア」

 

 最後は主神同士の握手によって、この場の「清算」は幕を閉じた。  結局のところ、私たち人間は、神様の采配には勝てないってことだ。

 

 

 

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