ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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今後の話をしよう

 

 ややこしいお金の話が一段落してホッとしたところで、リオンが淹れてくれた温かいお茶の香りが鼻をくすぐった。

 

「うーん。ダンジョン帰りのお茶が一番美味しいですね!」

 

 ついでにクッキーまで添えてもらって、私はすっかりご満悦だ。さっきまでの張り詰めた空気はどこへやら、自分でもチョロいなとは思うけれどね。だけど普段は使わない頭を使ったので、甘いものが脳に染み渡り快感の渦に沈みそうになった。

 

 一息ついたところで、話題は今回の事件の核心へと移った。あの不自然なモンスターの群れは、明らかに意図的な「パス・パレード」だ。そして私たちを追い詰めた強化種も、作為的に押し付けられた可能性が極めて高い。

 

 けれど、現場で暗躍していたアマゾネスたちは、エルティナたちが駆けつける頃には跡形もなく撤収していたらしい。私も遭遇したのは第25階層の入り口での一瞬だけで、どこのファミリアかまでは分からない。

 

「私も、一瞬のことで戦闘娼婦(バーベラ)という印象しか持てませんでした……」

 

 リオンも唇を噛む。状況から見て『イシュタル・ファミリア』の関与が濃厚だが、確たる証拠がないのが現状だ。

 

『こっちじゃ、証拠写真とかもないしね』

 

 私はエルティナに、念話でこっそり愚痴をこぼした。

 

『マスターの戦闘ログから対象の似顔絵を書き起こすことはできますが、どうしますか?』

 

『そういえばそんなこともできたね。ちょっとまって……』

 

 私はクッキーを飲み込み、パッと手を挙げた。

 

「あの、エルティナが犯人の似顔絵を書けるみたいなんですけど、どうします?」

 

「え、本当!? ならぜひお願いしたいわ!」

 

 アリーゼさんの快諾を受けて、リオンが目にも留まらぬ速さで紙とペンを用意してきた。私は脳内に投影されたログ映像を確認しながら、指示を出す。

 

「えーっと。見た目はアマゾネスで、背は私よりもずっと高かったかな。おっぱいもお尻も大きくて、お腹はきゅっと締まってたね。髪は長くて、色は……」

 

 私が特徴を伝える「フリ」をし、エルティナはその情報を整理して描く「フリ」をする。実際にはシステムが生成した3D立体映像を、彼女の精密なアクチュエーターを介して紙にトレースしているだけなのだけれどね。

 

「すっげぇ……。おい、めちゃくちゃ上手いじゃん!」」

 

 みるみるうちに紙の上に現れる、生きた人間のようなデッサン。身体の特徴、さらには得物の形状まで完璧に再現されていく様を見て、ネーゼさんが感嘆の声を上げた。

 

「ねえねえエルティナ、後でアストレア様の肖像画も描いてくれない? お金出すから!」

 

「ずるいですよ団長。それはファミリアの共有財産にするべきです」

 

 アリーゼさんと輝夜さんがワイワイと盛り上がる中、ついに一枚の似顔絵が完成した。

 

「こいつ、ひょっとして、イシュタルファミリアのアイシャ・ベルカじゃね?」

 

 完成した絵を覗き込んだネーゼさんが、低く呟いた。

 

「知ってるの、ネーゼ?」

 

「ああ。大抗争の時にちょっとな。結構気の良いやつだったんだけどなぁ。筋の通った姉御肌っていうかさ」

 

 筋は通っていても、私を不意打ちして滝に落としたのは間違いなくこの人だ。いい人なのかもしれないけれど、仕事には忠実、あるいはそれ相応の「事情」があったということだろう。

 

「ねえ、ワカヒルメ様。イシュタルファミリアに抗議します?」

 

「もちろん、それは必要だけど……いったんギルドを通した方がいいかもしれないね」

 

 ワカヒルメ様が冷静に判断を下す。確かに、私たちのような弱小・新興ファミリアが直接乗り込んでも、鼻で笑われておしまいかもしれない。。

 

「それと、歓楽街は子供が近づく場所ではありません」

 

 リオンが割と強い口調で釘を刺してきた。

 

「別に一人では行きませんよ。それに……子供相手に何かする人もいないでしょ?」

 

 あそこに用事がある人は、きっとえっちな大人の女性を求めているのだから、私みたいなちんちくりんの幼女に構う暇などないはずだ。

 エルティナと一緒なら、レーダーを駆使して誰にも会わずに本丸(イシュタル神の元)へ乗り込むことだって不可能じゃない。

 

「だめだよ?」

 

 ワカヒルメ様まで、私の思考をスキャンしたかのようなタイミングでさらに五寸釘を刺してきた。

 

「はーい」

 

 結局、この件はアストレアとワカヒルメの両ファミリア連名で、ギルドを通じて正式に抗議する、という真っ当な手続きに落ち着いた。

 

 

 

 「星屑の庭」を出た私たちは、その足でライラさんのお見舞いに向かった。場所は、お馴染みアミッドさんの治療院だ。近くの花屋で、少しでも病室が明るくなればと、鮮やかなカーネーションのブーケを見繕ってもらった。

 

 病室のライラさんは、右の前腕部の半分近くを失っていたが、早期にエリクサーを使ったこともあって、ずいぶん調子は良さそうだった。肘の部分が殆ど無傷に近かったのが不幸中の幸いとも言えるかもしれない。

 

「おう、ベルディナ。……見舞い、サンキューな」

 

 いつもの不敵な笑みを浮かべる彼女に少しだけ安心する。アミッドさんの見立てでも、この順調な回復ぶりなら一週間もあれば退院できるとのことだった。

 

 その後、エルティナを病室に残し、私はアミッドさんと別室で「義手」について相談した。けれど、返ってきたのは厳しい現実だった。

 

「肉体的な予後は良いですが、義手の制作は、まだ先になります。それに……」

 

「アストレア・ファミリアの支払い能力、ですよね」

 

 アミッドさんの言葉を継ぐと、彼女は静かに頷いた。医療院だって慈善事業ではない。精密な義手は、目も眩むような高額になる。前回は私のわがままで割り込んでもらい、しかも結構割引もしてもらったけど、今回はそのズルも使えない。

 

 通信機越しにそのやり取りを共有していたエルティナから、帰りの道すがら、さらに重い情報を聞かされた。

 

「……お嬢様。先ほど病室で、ライラが『冒険者引退』を口にされていました」

 

 その言葉に、私は足を止めた。引退も、一つの立派な選択だ。もし彼女が手先の器用さを活かせるのなら、ワカヒルメ様の機織りや裁縫の事業を手伝ってもらう道だってあるかもしれないけど。

 

「ままならないね」

 

 私はポツリと独りごちた。生きて帰ってこれただけでもライラさんは運が良いのだろう。しかも、腕の一部を失った以外はそれほどの後遺症を負うこともない。確かに、片目をすでに失っているけど、それはすでに克服しつつある。

 

 アークスなら、傷病や障害で引退した場合はそれなりの退職金と年金をもらうことができるから、社会生活に困ることはほとんどない。身体がひどく毀損されたとしてもキャスト化手術などの高度な医療技術が人生の再スタートをサポートしてくれるのだ。

 

 だけど、オラリオにはそれはないだろう。冒険者は全て自己責任。生きるのも死ぬのも全て自己責任だ。ひどい負傷をして冒険者を引退しても再就職先を見つけられずに路頭に迷っている人達だってたくさんいると思う。

 

「いこう、エルティナ」

 

「承知いたしました」

 

 湿っぽくなりそうな気分を振り切るように、私は夕飯の買い物をするべく市場へと足を向けた。

 退院するまではちゃんとお見舞いに行こう。それで引退を決心したなら、その後を一緒に考えればいい。引退しないんだったら、リハビリとか金策のお手伝いとかできることもたくさんある。

 

 アストレアファミリアの人達とは、今後も共に手を携えていければいいと私は願った。

 

 

 

 

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