ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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贈り物はワクワクするね

 

「うーん。結構疲れてたんだね。身体が重いや」

 

 窓から差し込む陽光を浴びながら、私はソファで大きく伸びをした。

 27階層の骨まで凍えるような冷たさとは対照的な、柔らかい暖かさ。昨日はフォトンを極力抑えて冒険者のステイタスを主軸に戦ったせいか、筋肉痛こそないものの、身体の芯に重だるい疲労が沈殿しているのを感じる。

 

 ワカヒルメ様も、今日はバイトはお休みのようだったので、これからの事業計画書を作るといって自室にこもっておられる。

 時折、よく分からない独り言が漏れ聞こえてくるから、難航しているみたいだね。後でお茶をお持ちしようかな。

 

 そんなことをポツポツと考えているところに、自室で作業中だったエルティナがやってきた。

 

「マスター。お休み中のところ失礼いたします。ご指示いただいておりました時計の試作品ができましたので確認をお願いします」

 

 やってきたのはエルティナだ。両手で大きめのトレイを持って、そこには三種類の時計がおかれているようだ。

 

「さすがエルティナ。仕事が早いね」

 

 私はまどろみかけていた目をこすりながら、ソファから飛び降りてテーブルに向かった。

 

「今回は、モックアップモデルですので、外見と色のみを合わせた樹脂とガラスのみで形成されております。内部機構に関しては、こちらのモデルとなります」

 

 エルティナは三つのモックアップとは別に、ムーブメントだけ取り出したものを手のひらにのせて見せてくれた。

 

「おー、すごい綺麗だね。いい音」

 

 ゼンマイがほどける力を利用して時を刻む、繊細な機械音が耳に心地が良い。前世では安いクォーツ時計か、携帯やスマホの時計ばかり使っていたので、こういうゼンマイ式の時計は殆ど見たことがなかったが、機械式時計というのはレトロで贅沢な感じがあっていいね。個人的にも欲しくなってくるよ

 

「まずは、フィン・ディムナ様への腕時計です」

 

 エルティナがまず取り上げたのは、小ぶりで気品のあるプラチナカラーの腕時計だ。文字盤は深く鮮やかなブルーで、0時,3時,6時,9時の部分にはフィンさんの髪色を彷彿とさせる金の粒があしらわれているね。また、シックなブラウンの革バンドが金属質な本体を引き締めているようにも見える。

 

「うん。いいね。これならフィンさんの手首にも馴染むしと思うよ。色合いも違和感がないと思う」

 

「分かりました。次は、シャクティ・ヴァルマ様への懐中時計です」

 

 無垢のシルバーに包まれた、重厚感のある懐中時計。蓋の表面はあえて装飾を削ぎ落とした鏡面仕上げになっていて、開くと内側にはガネーシャ・ファミリアのエンブレムと彼女の名前が刻まれている。軍隊でも使われていると言われても納得できるような、シンプルで迫力のある装いだ。

 

「まさに質実剛健だね。これなら喜んで貰えると思う」

 

 本制作時は純銀を使うのか、ステンレスを使うのかで少し考えないとダメか。頑丈さを考えるとステンレスの方がいいと思うけど、内部の装飾には純銀を使うという方向性で良いかもね。

 

「そして最後が、椿・コルブランド様への置き時計となります」

 

 それは、歯車の一部が意図的に露出したスケルトンタイプのデザインだった。武骨な真鍮と、研ぎ澄まされた鋼のパーツが噛み合う様子は、どこか彼女が打つ名剣の迫力を感じさせる。

 

「スケルトンとは想像しなかったよ。やっぱり、こう言うのってカッコイイね。椿さんだったら、一日でも眺めてそうな気がするな」

 

 私は試作品を一つずつ手に取り、指先でその精巧な造りを確かめる。

 

「ちなみに、透明な部分はガラスで作るの? それだと、工房とか、ダンジョンでは使いにくくなりそうだけど」

 

 文字盤を保護するガラスや、置き時計のスケルトン部分の透明素材は、それなりに過酷な状況に晒されるだろうから、ガラスを使うとすぐに割れそうに思える。

 

「耐熱性と耐衝撃性に優れた強化ガラスを使用する予定です」

 

 なるほど。ガラスだから、プラスチックに比べると割れやすそうだけど、傷が入りにくいし、なによりも高級感があるから、最適ではあるか。流石にアークスシップの外装に使われているのは無理だろうけどね。

 

「うん、大体これでいいと思う。後でワカヒルメ様にも見てもらおうか」

 

 ワカヒルメ様にもご覧になってもらい、若干の修正をしていただき、エルティナにはムーブメントも含めて本制作に入ってもらった。

 

「あそうだ。贈り物の他に、普段使いするタイプのやつもデザインしとかないとね」

 

 三人に贈る分は「特別なお礼の品」だから高級感マシマシでいいんだけど、その次に必要なのは、いわゆる実用性特化の普及品だ。ダンジョンで泥まみれになったり壁にぶつけたりするのは目に見えてるし、見た目のキラキラ感は度外視して「頑丈、正確、見やすい」の三拍子に全振りしたやつがいい。

 

「分かりました。実用性のみを考慮したモデルもデザインしておきます」

 

 今後通信機で状況共有しつつダンジョンで活動するなら、時間の同期は絶対に必要になるはずだ。そんな時に気軽に貸し出せるストックを、今のうちに数個作っておくのだ。

 

「素材はステンレススチールをベースに、カバーは石英ベースの強化ガラスを使用。ベルトは編み上げのフェルト製にすれば、コストもかなり抑えられます。これなら量産も容易です」

 

「なるほど……ベルトくらいなら、外注できそうだね」

 

「そうですね。最終的にはムーブメント以外のフレームやカバーなども、外部の工房へ委託してしまって問題ないかと」

 

 確かに。ムーブメントみたいな精密なパーツはともかく、ガワの部分ならエルティナがわざわざ作る必要はないわけだ。その方が、それぞれのファミリアで自分たちの紋章を入れたりして、好きにカスタマイズもできるしね。

 

「うーん。もう、いっそのことムーブメントも量産できそうなところ、探してみる? もしも時計が大流行してウチに注文が殺到しても、とても捌ききれないでしょ?」

 

「それが最も確実な方法ですね。ムーブメント部の図面を作成しておきます」

 

「うん。よろしくね」

 

 ワカヒルメファミリアは織物系ファミリアであって、工業系ファミリアじゃないからね。通信機の製造だけで手一杯なんだよ。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

 さて、それから一週間ぐらいで贈与品の作成は終わり、最終調整も完了した。実際は時計本体だけでなく、長く使ってもらうためのメンテナンス工具や専用グリス、さらには簡単な説明書まで用意していたので、思った以上に手間取ってしまったのだ。

 

「よし、それじゃあまずは一番大きいやつから届けに行こうか」

 

「承知いたしました。椿様の工房へ向かいます」

 

 椿さんをはじめとしたヘファイストスファミリアの職人さんは、大体は個人の工房を持っているので、おそらく椿さんもそっちにいるだろう。

 

 時計が傷つかないよう、見栄えのする木箱に入れ、側面に『ワカヒルメ・ファミリア』の紋章を焼き印。ちょっとした高級ブランドっぽく装ってみた。

 

 私は木箱を大事に抱え、エルティナに先導してもらって椿さんの工房の扉を叩いた。

 

「こんにちはー! 椿さん、いらっしゃいますかー! ワカヒルメファミリアのベルディナとエルティナです」

 

「おっ、いいところに来たな二人とも。ちょうどお主らに話があったんだ」

 

 先ほどまで鎚を打っていたのか、上半身は胸にさらしを巻いただけのカッコウで奥から椿さんが姿を見せた。

 

「ねえ、せめて上に何か羽織りません? 目に毒ですよ」

 

「うん? 構わんよ、こんなものただの脂肪の塊だ。鉄を打つのに邪魔でしかたが無い」

 

 女性としては終わってることをほざきながら椿さんは側の水差しから水を飲み、近くの作業台の席に着いた。なんか、どこからか「おまいう」と言われた気がしたけど気にしたら負けだ。

 

 

「お話の前に、約束していたお礼の品を持ってきたんです。どうぞ、ご笑納ください」

 

「おお? 贈り物……ああ、あの依頼の事か。別に気にせんでもよいぞ。手前とてなかなかよい経験をさせてもらったからな」

 

 がははと笑うが、受け取ってもらわないとこちらも寂しいのだ。

 

「まあ、まあ、そう言わずに。せっかく作ったので、どうか」

 

 と、強引に手渡すと、「仕方ないのう」とそれをひょいと受け取り、素手で木箱をバリバリと開き始めた。さすが第一級冒険者。すごい握力だ。

 

 そして、中から現れた真鍮と鋼のスケルトン置き時計を目にした瞬間、彼女の動きが止まった。

 

「ほう……。なんだ、この緻密な歯車は。これが時計……か? てっきり砂時計でも持ってくるのかと思っておったが……」

 

 私はエルティナの補足を借りつつ、機械式時計の仕組みを説明した。太陽の動きに左右されず、ゼンマイの力で常に一定の時を刻み続けること、短い針が二回転すれば、ちょうど一日が終わることなどを丁寧に伝えた。念のため、この説明の練習をしておいて良かったよ。

 

「なるほど。面白いことを考えるな。お主らの故郷ではこれが普通だったのか?」

 

「そうですね。こっちに来て日時計を使ってることに少し驚いたぐらいです」

 

「ふーむ。少し慣れんが、見た目も面白い。しばらく使ってみるとしよう」

 

 無骨な職人の顔に好奇心の色が混じる。どうやら気に入ってもらえたみたいで一安心。

 

「それで、話ってなんですか?」

 

 しばらくゼンマイと歯車が奏でる独特の機械音に耳を傾けていた椿さんは「そうだった」と意識を取り戻した。

 

「例の通信機のことだ、ガネーシャファミリアからサンプルを一台譲り受けてな。調べさせてもらったのだ。なかなか理解の及ばぬところが多いな。特にあの……回路(サーキット)というのか? ただの奇妙な、デコとボコと線のついた板にしか見えんものが、なぜあのような働きをするのかは全くわからなんだわ。聞くところによると、魔道具(マジックアイテム)ということでもないのであろう?」

 

 まあ、こちらで半導体やトランジスタ、ICチップという概念はないだろうから、理解するにはまだまだ時間がかかるとは思うね。

 

「エルティナは神秘を持ってませんからね。アミッドさんや万能者(ペルセウス)さんみたいなのは作れませんよ」

 

 これは本当のこと。どうも、魔道具(マジックアイテム)は物質に直接魔法の神秘を埋め込んで作動させるみたいだけど、こちらがやっているのはあくまで物質の持つ固有の性質を利用した機械だ。

 

「ここからは、ヘファイストスファミリアからの提案であるのだが……。あの通信機、外装のフレームやら、細かいノブやスイッチ、中の支持金具といったパーツ類、全部うちで引き受けられるということだ」

 

「おー、なるほど。それは、助かりますね」

 

「であろう? そちらは回路(サーキット)部分の製造に注力し、それ以外は手前どもに任せれば良いよ。金属加工はまさに我々の得意分野であるからな」

 

「いいですね。それはシャクティさんにはすでに?」

 

「ああ、あちらもお主らが了承すれば反対する理由はないと言っておったな」

 

「じゃあ、それでお願いします。契約書とか図面が必要なら持ってきますので」

 

「おう。また連絡させる」

 

 私は椿さんに最後にお礼を言って工房を後にした。

 

「やったね。エルティナこれで結構楽になるかも」

 

「そうですね。委託部品の図面の作成を進めます」

 

「よろしくね!」

 

 ウチは織物系ファミリアだから、機械工作系の仕事はできる限り外に出してしまうのが一番良いからね。

 

 

 

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