ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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お届けの品でございます

 

 

 椿さんに時計を届けて、思わぬ収穫があって楽しかった。

 

「ひょっとしたら、アレがヘファイストスファミリアなりの『一枚噛ませろ』ってやつだったのかな?」

 

「おそらくそうでしょうね。技術独占を許さず、かつ自らの利権を確保する。非常に合理的です」

 

 なるほど、こうして大手の利権ネットワークが構築されていくわけだ。回路(サーキット)の利権は当分の間はウチの利権のままなんだろうなぁ。やっぱり、ヘルメス様のところも関わってもらって、ちょっとぐらい技術を流した方が良いかなぁ。

 

「別に、これで商売しようとは思わないんだけどねぇ」

 

「しかたありません」

 

 エルティナの淡々とした指摘が突き刺さる。ここまで来てしまったんだから、腹をくくるか……。

 

「……よし! それじゃ、次はフィンさんのところに行こうか」

 

「承知いたしました。ロキ・ファミリアの本拠地、『黄昏の館』へ向かいます」

 

 私は気を取り直して、フィンさんの腕時計が入った木箱を抱え直した。さてさて、頭のいいフィンさんがこれを見てどう反応するか楽しみだね。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

「黄昏の館」――ロキ・ファミリアの本拠地は、いつ来てもその威容に圧倒されるね。貴族の館みたいな建物に、お城みたいな尖塔がいくつもある。ちょっと前に意図せずあのてっぺんに乗っかっちゃったけど、一応バレてはいないはずだ。

 

 そうして、門番の人に用件を伝えると、すぐに奥の応接室へと通してくれて、フィンさんを呼んでくれるみたいだ。親切だね。

 

「やあ、世界最速小人族(レコードホルダー)最速記録の片割れ(ベターハーフ)。先日はご苦労様だったね。今日は何の用だったかな?」

 

 フィンさんは入ってくるなり紳士みたいな口調で私達に挨拶をしてくれた。それですぐにお茶とクッキーを持ってきてもらい、私はしばし甘味に舌鼓を打った。

 

「こちらが先の報酬の代わりです。エルティナが作った時計ですので、どうかお受け取りを」

 

「なるほど。ここで開いてみてもいいのかな?」

 

「どうぞどうぞ。使い方も説明しないといけませんので」

 

 フィンさんは椿さんと違って丁寧に木箱を開いていき、そこに鎮座する煌びやかな時計を取り上げた。

 

「ふーん。これが時計? 砂時計とも、日時計とも違うんだね」

 

 フィンさんは興味深げにそれを監察してから、エルティナの説明に従って手首に巻いて、文字盤をじっと見つめた。椿さんにした説明をそのまま繰り返し、一日に一回は竜頭を回してゼンマイを巻いて、一週間に一回は正午の鐘に合わせて時間あわせをしてほしいと説明した。

 

 秒針がチチチと刻む規則正しい動きに、彼の瞳がみるみるうちに鋭くなっていく。

 

「……なるほど、これは驚いたな。これほど正確に時を刻む道具は、賢者の魔道具(アーティファクト)でも見たことがない。砂時計は携行にはそぐわないし、蜜蝋時計も言わずもがな、日時計はダンジョンでは使えない……」

 

 彼はそのまま、顎に手を当てて考え込み始めた。その顔はもう「キザな小人族(パルゥム)」ではなく、「勇者」としての軍略家の顔だ。

 

「この正確な『時間』を全団員が共有し、さらに君達の通信機でリアルタイムに連携したら……。戦略の幅が広がるどころか、迷宮探索に革命が起こるね。全軍の同時突撃、時間指定の包囲網、さらには魔法の詠唱時間の秒単位での管理……あらゆる戦略が過去にするか……」

 

 フィンさんは少し興奮気味に、けれど確信を持ってそう断言した。流石はオラリオ第一の知恵者だ、時間を支配することの本質にすぐに気がついたみたいだね。

 

「実はですね。これ、もっと簡単に作れる普及型も考えてるんですよ。ダンジョンで使い潰せるようなやつですね」

 

 私がそう提案した瞬間、フィンさんの目がキラリと光った。

 

「ほう、それは魅力的だね。……よし、では、幹部の分と各チームリーダーの分で、まずは10個ほど発注させてもらえないかな?」

 

「いやぁ、流石に10個は無理ですね。今ならせいぜい2個ぐらいですよ」

 

 しばらくは通信機の生産に手一杯だから、その間となればそれぐらいがせいぜいだろう。

 

「2個か、残念だけど仕方ないね。では、それでよろしくお願いしたい」

 

 フィンさんは苦笑いしながら了承してくれた。そして、思い出したように聞いてくる。

 

「それで、そちらの値段はどれほどかな? 流石にそれも贈与品というわけにはいかないよね?」

 

「そういえば、決めてませんでしたね。まあ、材料費と手間賃ぐらいでいいですよ? これで商売をするつもりはないので」

 

 といっても、材料費なんてたかが知れてるから、手間賃も含めてその2倍ぐらいでいいか? そう思って言ったのだけれど、フィンさんは呆れたように溜息をついた。

 

「ベルディナ。君は商売には向いていないね。これは、おそらく今後オラリオでは重要な品物になるだろう。その最初の値段を安くしてしまうと、それに続く者達が困る。君たちの主神とよく話しをしておくといい」

 

 なんか、お説教をされてしまった。私は今まで商売をしたことがないから価値なんてよく分からないんだよね。確かにワカヒルメ様と相談した方が良さそうだ。

 

「じゃあ、そうしますね。できあがったら持ってきますので、少しお待ちを」

 

「ああ、急がないからゆっくりでいいよ」

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

 さて、最後はガネーシャファミリアのシャクティさんだね。何とか、夕方までに終わって良かったよ。

 

「シャクティさんは……まあ、それほど大変なことにはならないと思う」

 

「そうですね」

 

「だよね。……あ、でも普及機の話、フィンさんにしちゃったから、シャクティさんにも話しておいた方がいいかな? 不公平になっちゃうし」

 

「良いと思われます。情報の格差は時として不和の種になりますから」

 

「分かった。それじゃ行こうか」

 

「承知いたしました」

 

 ということで、相変わらず悪趣味の極みであるガネーシャファミリアの拠点「アイ・アム・ガネーシャ」に入り、すでに顔見知りになってしまった受付嬢から直接シャクティさんの執務室に通してもらった。

 

 念のため三回ノックして、「どうぞ」と返事があったので、「失礼します」と言って扉を開いて中に入った。

 

「ああ、君たちか。少し待ってくれ、この書類だけ決裁させてほしい」

 

「分かりました。すみません、お忙しいときに」

 

 シャクティさんはペンを走らせ、素早く書類を片付けていく。

 

「いや、これでも今日は余裕のある方だ……さて、これでいいか。すまない、待たせてしまった。お茶を入れさせよう」

 

 シャクティさんは側に控えていた秘書の人に指図してお茶の用意をさせた。

 

「すみません、ごちそうになります」

 

 私はぺこりと頭を下げて、ふかふかのソファに腰を下ろした。

 

 運ばれてきたのは、茶葉にいろんなスパイスを入れた「チャイ」という飲み物。ミルクと砂糖を多めにしてもらったので、独特の香りがまろやかになって、すごく美味しい。

 

 ついでにクッキーも出してもらってご満悦だ。フィンさんのところでも食べたけど、クッキーなんてどれだけあっても良いですからね(牛乳少年風)。

 

「君は本当に菓子が好きなのだな」

 

 私の食べっぷりを見て、シャクティさんが少しだけ口元をほころばせた。

 

「そうですね。やっぱり、甘いものをいただくと嬉しくなります」

 

 良いことがあったときも嫌なことがあったときも、嬉しいときも辛いときも、甘いものが全てを解決してくれるはずなのだ。

 

「さて、遅くなりましたがシャクティさん。改めまして、先日は本当にお世話になりました。これは、お礼の品です。ご笑納ください」

 

 私は最後の一つになった木箱を、テーブル越しに差し出した。

 

「ああ、謹んで受け取ろう。開けてもよいか?」

 

 私は、「どうぞどうぞ」と片手を差し出して頭を下げた。

 

 シャクティさんも丁寧に木箱を開いて、装飾を極限まで削ぎ落とした、銀の懐中時計が姿を見せた。

 

 シャクティさんは丁寧な手つきで木箱を開いた。中から現れたのは、装飾を極限まで削ぎ落とした、いぶし銀の輝きを放つ懐中時計だ。

 彼女はそれを両手で大事そうに取り上げると、私の説明通りにリューズの先のボタンを押し、パチンと蓋を開けた。鏡のように磨かれた裏蓋に刻まれたガネーシャ・ファミリアの紋章が、部屋の明かりを反射して美しく輝く。

 

「美しいな。まるで宝飾品のようだ。これが時計なのか?」

 

 シャクティさんも、時計と聞いて砂時計や日時計を思い浮かべていたらしく、手のひらサイズに収まる精密機械を前にして、少し戸惑っているようだった。

 

「はい。私たちの故郷で使われていたものなんです」

 

 椿さんやフィンさんに説明したのと同じように、ゼンマイの仕組みや時間の見方をレクチャーする。

 

「一週間に一度くらい、正午の鐘の音に合わせて針を調整してもらえると、正確な時間をずっと刻み続けてくれますよ」

 

「なるほど、鐘の音と同期させるのか。……面白いな。日が出ていなくとも、手元で刻一刻と過ぎる時を確認できる。これは、都市の治安維持を担う我々にとっても、非常に有意義な道具になりそうだ」

 

 凛とした表情で時計を見つめるシャクティさん。その厳格な横顔に、銀の懐中時計は驚くほどよく似合っていた。

 

 

「それと……これはフィンさんにも伝えたことなんですけど。一応、これの安価な普及機も考えているんですよ。デザインはもっとシンプルで味気ない感じですけどね」

 

 フィンさんほど強い反応ではなかったが、シャクティさんは懐中時計をそっと制服のポケットに収めると、真剣な面持ちで私を見た。

 

「なるほど、それなら団員とも同じ時間を共有できるということか。良ければ一つ発注しても良いか? いろいろ試してみたい」

 

「分かりました。なるべく早くお持ちしますね……あ、あとお値段はまだ考え中です」

 

「そうか。分かった。ゆっくり考えてくれ」

 

 そうして、ヘファイストスファミリアが通信機の細々としたパーツの生産を担当するという話しをして、今後は通信機のコア部分の生産だけを担当すること。

 後日、椿さんとシャクティさんと私とで分業の確認をして契約書を交わすことになるという説明を受けその日は終わった。

 

 これで、全員に贈呈品を配り追えたので、今日の仕事は終わりだ。このまま帰ってワカヒルメ様と普及機のお値段を決めなくちゃいけないわけだね。

 

 といっても、本格的な普及はまだまだ先の話だから、フィンさんやシャクティさんとも話し合ってゆっくり決めていけばいいかな。

 

 

 








これを持って、目標としていた1ヶ月間毎日投稿が達成されました。
ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました。



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