ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
2月からは投稿ペースを下げます。よろしくお願いします。
拠点に戻って、休憩中のワカヒルメ様に「時計を三つ受注しました」と報告した瞬間、本気で目を丸くした。
そのままフィンさんに言われていたとおり、値段の相談に入ろうとしたのだけれど、ワカヒルメ様は腕を組んで唸りながら、「実際にどんなものか、使ってみないことにはなぁ……」とのことだった。
確かにそのとおりだと思っていると、エルティナが「ワカヒルメ様にも使用していただくのはいかがでしょうか」と提案してくれたので、ついでに私たち2人分も含めて、普及型を3つ試作し、それをサンプルとして提示してみようということで話がまとまった。
私とエルティナは利便性を考えて腕時計にし、ワカヒルメ様には手を動かしている最中でも見られるよう、蓋の形状を工夫して卓上にも置けるタイプの懐中時計にしてみようということになった。
普及機はとにかく安く、そして早く作ることが求められるため、特殊なデザインは不要ということで、明日の夕刻には完成させる予定でエルティナが作業に入った。
ということで、次の日の夕食後、ワカヒルメ様とリビングでのんびりお茶を飲んでいるところにエルティナがトレイを持ってやってきた。
「お二人とも、今お時間よろしいでしょうか。普及型のプロトタイプが完成しましたので、確認をお願いします」
「お、もうできたんだ。早いね」
「楽しみだね」
テーブルの上に並べられたのは三つの時計だ。普及型と言っても安っぽくないのがいいね。
まずはエルティナの時計。
「何というか、かなり頑丈そうだね」
「はい。衝撃を逃がす多角形のステンレスフレームと、ガラス面を保護するための突起(ダンパー)を設けています。完全に実用性に振り切ったデザインです」
見た目はまさに”漢(おとこ)の道具”。無骨だけど、エルティナの質実剛健さには意外と似合っている気がする。
そして、その隣の少し小さめの腕時計が私の分だろう。
「うーん。シンプルだけどどことなく女性らしさがあっていいね」
「はい。マスターの腕に馴染むよう文字盤を小型化し、エッジを落として引っかかりを失くしました」
エルティナのが男性向けモデルで、私のが女性向けモデルって感じでいいだろう。どちらも、ダンジョンで使用しても良いぐらいの強度は確保されているということだ。
そして、トリを務めるのはワカヒルメ様のモデルだ。
「私のは懐中時計って事だったね。なるほど、裏蓋が上向きに開いてスタンドみたいになるのか」
ワカヒルメ様が裏蓋を上方向開けると、一定のところで固定された。そのままテーブルに置くと、蓋が支えになって文字盤が自分の方を向く「卓上スタンド」状態になる。
「街中での普段使いを想定し、素材は温かみのある真鍮を採用しました。蓋はあえて無地にしています。事務作業中にデスクに置いて、置時計としても機能する職人・事務特化モデルです」
「うん、いいね。華美じゃないから、書類仕事中も機織り中でも違和感がなさそうだ」
「よし。これでサンプルは揃ったね。自分たちで数日使ってみて、問題がなければこれをフィンさんとシャクティさんに見せに行こうか」
「承知いたしました」
後はお値段の問題だけだ。
「そうだ。忘れるところだった。アストレアから手紙が来てね。明後日の昼過ぎにライラが退院するみたいだね」
「あ、そうなんですね。良かった」
「それで、退院祝いでちょっとした宴をするから私達もどうかってさ」
「もちろん。ご祝儀もちゃんと包まないとですね。何かお祝いの品もあるといいかな」
「そうだね。こういうことはしっかりとしとかないとね」
「そうだ、エルティナ。ライラさんの退院祝いにこの普及モデルの時計を贈るのはどうかな?」
「良いと思います」
「なるほどね。ついでに、ライラに値付けについて助言をもらってはどうだろう? あの子ならそう言うことには聡いだろう」
ワカヒルメ様の提案に私は一筋の希望を見た。
「では、ライラ向けのモデルの作成をいたしましょうか?」
「そうだね。エルティナと同じで良いんじゃないかな? ライラさんも冒険者だし、実用的な方が良いよね」
「いえ、腕時計ですと……いまのライラでは少し扱いが難しいかもしれません」
「あ、そっか……そうだね。じゃあ、ワカヒルメ様と同じ、懐中時計にしておこうか」
「承知いたしました」
「じゃ、お願いね」
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
オラリオの喧騒が心地よく響く、少し庶民的な――というより、前世の私がOLだった頃に通っていたような活気あふれる安居酒屋で、ライラさんの退院祝いの祝宴がとり行われている。
テーブルには、大衆居酒屋らしい大皿料理が所狭しと並べられ、主賓席に座るライラさんは、まだ右腕を失った跡が痛々しいけれど、その表情にはいつもの不敵な笑みが戻っていて、少し安心できた。
「さてと、みんな今日はお疲れ様」
宴会を始めるに当たり、アストレア様がアリーゼさんから乾杯の音頭をお願いされ、戸惑いつつも微笑んで立ち上がり、杯を掲げた。アストレア様の慈愛に満ちた、癒やしの塊のような声が響くと、ジョッキを手にガヤガヤしていたアリーゼさんや輝夜さん、リオンさんたちも、一瞬で静かになり、その眼差しを向けた。
「今回の試練は、私たちにとってあまりにも過酷なものだったわ。多くの災難に見舞われたけれど、誰も失われず、こうしてライラも私たちの元に帰ってきてくれたこと……そしてワカヒルメ・ファミリアという心強い友人と共にこの日を迎えられたことを、誇らしく思うわ」
アストレア様は優しくライラさんを見つめ、それから私たちの方を見て微笑んだ。
「私からも一言いいかな?」
促されるように、ワカヒルメ様も口を開いた。少し照れくさそうではあるけれど、私たちの主神としての威厳を精一杯込めて、ジョッキを高く掲げる。
「アストレアの子供たちが無事に戻ってきたことを、私の子供たち――ベルディナとエルティナも心から喜んでいるよ。これからも互いに寄り添っていければいいと思う。今後も気軽に私たちの拠点に足を運んでおくれ」
ワカヒルメ様の言葉に、ネーゼさんやアスタさんも「おう!」と元気よく応じる。
「それじゃあ、ライラの退院と、私たちの新たな門出を祝して――」
アストレア様とワカヒルメ様が声を合わせた。
「「乾杯!!」」
「「「乾杯!!!」」」
店内に響き渡る全員の声。木製ジョッキがぶつかり合う鈍い音が重なり、エールが泡を散らして踊った。
私はお酒を飲ませてもらえないので果実ジュースだけれど、この場の熱気に当てられただけで、なんだか少し酔っ払ってしまいそうな気分だ。適当なタイミングで、間違えて果実酒を飲む「幼女ムーブ」をカマしてやろうと、今から虎視眈々と狙っている。
「そういえばベルディナ。あなたたちの拠点って、そろそろ名前を決めた方が良いんじゃない?」
串に刺さった揚げ物をエールで流し込むアリーゼさんを羨ましそうに眺めていると、視線を感じ取ったのか、彼女がふとそんなことを言ってきた。
「それなんですけどね。なかなか良いのが思いつかなくて」
「そうなんだ。例えば?」
「エルティナは『
「それは朝廷の場所だから、こっちで使うわけにはいかないよ」
ワカヒルメ様が横から口を挟んできた。
「ワカヒルメ様は朝廷からこちらに来られたのですか」
輝夜さんが興味深そうにこちらに目を向ける。
「ああ、いろいろあってね。君も極東出身なら分かるだろう?」
「ええ……思い出したくないほどには、ですねぇ」
朝廷――極東はなかなか魔境みたいだね。私もワカヒルメ様からは詳しいことは聞いていない。
ワカヒルメ様が日本神話系の神様なのは間違いないけれど、私が詳しいのはアマテラスかアメノウズメ、あとはイザナギくらい。何があったのかを推測するのは難しい。
「大丈夫ですよ。ワカヒルメ様は私達が守りますからね」
少し気分が下がってしまった様子のワカヒルメ様の手を握って私が宣言した。
「ありがとう。君たちと出会って本当に救われたよ」
「乾杯しましょう、ワカヒルメ様」
「さっきもしたけど?」
「乾杯は何回してもいいんですよ」
私がテンション高めで言うと、ワカヒルメ様は「まあ、いいか」という風に杯を重ね合わせた。今日はめでたい宴会だ。行き過ぎは禁物だが、多少の無礼講は許されるだろう。横を見ると、早速ライラさんがエルティナに絡んでやたらとお酒を勧めている。エルティナも楽しそう(?)だ。
「それで、拠点の名前はどうするの?」
「おっと、そうでしたそうでした」
こうやって話題があっちこっち飛ぶのも、なんだか飲み会っぽくていいね(よくない)。
「私は『蚕ノ館』でどうかなぁって思ったんだけどね」
ワカヒルメ様は「清酒が飲みたいなぁ」とつぶやきながら白ワインを傾けた。
「でも、まだ蚕を飼う予定はないですよね?」
「まあ、そうなんだけどね。将来的にはやっぱり、絹糸から全部自分たちでやれたらなぁって思うんだよ」
「私、虫苦手です」
絹糸は蚕の繭(?)からとれる高級な糸だ。しかも、桑の葉も栽培しないとダメだから、そんじょそこらの投資じゃ歯が立たないように思える。
「別に、君がやるんじゃないんだから、いいじゃないか」
ワカヒルメ様はこれ見よがしに白ワインを空け、おかわりを注文した
「ワカヒルメ様にも夢があるのねぇ。それなら、『
アリーゼさんは髪色にそっくりの赤ワインを傾けて、頬も若干赤くなって、うっとりと天井を見上げている。結構酔ってるね。
「うーん。いいと思います。ワカヒルメ様はどうですか?」
「悪くないね。じゃあ、それで行こうか。これから私達の拠点は『
ワカヒルメ様は新しく運ばれた白ワインを高く掲げ、高らかに宣言した。
「「「パチパチパチ」」」
皆から拍手をもらい、ワカヒルメ様は「ありがとう」と言ってワインを一息に空にした。一気飲みは体に良くないですよ。
「お嬢様。そろそろ品物を渡してはどうでしょうか? これ以上になると皆潰れてしまいそうです」
エルティナの言う通り、みんなのペースが速い。大衆店ゆえに料理よりお酒の方が安いのかもしれない。
「あー、そうだね。そうしよう……」
私は山盛りのフライドポテトを食べる手を休め、塩と油で汚れた指先を拭うと、脇に隠しておいた木箱を取り出し、少し大げさに手を叩いた。
「なんだ? いきなりどうした?」
ライラさんが目を丸くしてこちらを見、他の人たちも歓談をやめて注目してくれた。
「はい、お騒がせしました! ここでワカヒルメ・ファミリアから、ライラさんに退院祝いの品を贈呈したいと思います。エルティナ、お願いできる?」
ここは、やはりライラさんのお友達(?)のエルティナから手渡しする方がいいだろう、席も隣だし。
「分かりました。では、ライラ。こちらをどうかお受け取りください」
「おー? なんだ、開けていいのか?」
ライラさんは木箱を四方八方から眺め、ワカヒルメ・ファミリアの焼き印を指でコンコンと叩いた。
「どうぞ。気軽にお手に取りください」
私がニコニコで促すと、アリーゼさんや輝夜さんたちも興味津々で身を乗り出してきた。
「なになに? プレゼント?」
「退院祝いとはなかなか味のあることをされますなぁ」
アリーゼさんと輝夜さんを始め、皆も興味津々のようだ。
「なんだ? 何かアクセサリーとかそういうのか? ダンジョンに潜るにはちょっとそういうのはなぁ……」
文句を言いつつも、口元が緩んでいるのは照れ隠しだろう。
「これは……なんだ? 鎖がついてるぞ」
木箱の中には、綺麗な布で飾られた機械式懐中時計が入っていた。ワカヒルメ様がお持ちのものと同じモデル。真鍮のケースに包まれ、温かな印象を持つ逸品だ。
「これは、時計ですね。時間を計る道具です」
「時計? これが? 日時計とか砂時計じゃねぇんだな」
ライラさんはエルティナに教えられるままに
「へぇ……なんか、綺麗だな。見てて落ち着くっていうかさ。で、これのどこが時計なんだ?」
エルティナが自分の腕時計を見せながら、時計の読み方や使い方を説明し始めた。
「私もつけてるんですよ。ほら。ワカヒルメ様も」
「そうだね。私のは君のものと同型になるかな」
三者三様に異なるデザインの時計をライラさんに見せた。形は違えど内部の機構は同じで、それらは全く同じ時刻を全く同じ速さで、今も時を刻み続けている。
「なるほどなぁ。これなら太陽が昇ってないときでも時間が分かるって事か。って事は、ダンジョンでも地上と同じ時間がはかれるって事じゃねぇか」
今までダンジョン内ではオラリオの鐘の音が届かないため、大抵は勘で時間を測っていたらしい。ライラさんはその辺の感覚が鋭く、時間管理やマッピングまで任されていたという。負担が大きすぎるんじゃないかと思うほどの重労働だ。
「じゃあ、これでライラの負担が一つ減るわけね。良かったじゃない」
「それどころか、全員同じの持ってたら、いちいちライラに聞きに行く必要もねぇってことじゃね?」
アリーゼさんとネーゼさんが時計の有用性に気がつき始めたようだ。
「いや、それだけじゃねえぜ。もしこいつと通信機があったら、完璧に同じタイミングで攻撃や撤退ができる。声を掛け合わなくても連携が取れるってことか……」
「できることは無限大ですね」
時計のない世界に馴染みのない私には、彼女たちの探索がどれほど劇的に変わるか想像しきれないけれど、きっと上手く扱ってくれるはずだ。
「それでですね。この時計、実はフィンさんとシャクティさんから何個か欲しいって言われましてね。それで、お値段を決めて来いって言われたんですよ」
「おお、いいじゃねぇか。そいつらなら100万ぐらいふっかけちまいなよ」
さすがライラさんだ。景気よくていいね。
「実は、これは普及型にしたいんですよ。いずれはみんなが持てるようにって思いまして。そんなに高くしたくないんですよね。どれぐらいがちょうどいいと思いますか? 個人的には3万ぐらい貰えたらいいかなぁって――」
材料費から考えれば三倍の利益。ラーメン屋さんでも原価率30%ぐらいらしいので、適切ではないだろうか。
実質、作っているのは支給品クラフターなので、人件費は計算上ゼロに近い。。
「はぁ!? 3万? バカか? 最低でも20万だろ、これは。ちなみにフィンにやったのはどんなやつだ?」
掴みかからんばかりの勢いでライラさんに睨まれた。
「フィン様にお渡ししたのは……」
エルティナがライラさんをなだめながら説明してくれた。
フィンさんには報酬の代わりとして、紳士風の豪華で煌びやかな腕時計。シャクティさんには質実剛健かつシンプルな懐中時計。椿さんには内部機構を眺められるスケルトンタイプの置時計。どれも特別仕様だ。
「お前ら……報酬分を差し引いたとしても、150万は取ってこいよ……」
「いやいや、押し売りはダメですって」
お礼の品でお金をもらって帰ってくるなんて聞いたことがないぞ。
「まあ、なんにせよ。こいつは20万だ。それ以下は認めねぇからな、あたしは!」
別にライラさんが売るんじゃないんだからさ、そんなにふんぞり返らなくてもいいと思う。
「分かりました。それじゃ、一応サンプルを見せて20万ヴァリスを提示してみますね」
「承知いたしました。お嬢様」
これで懸案事項が一つ解決した。
「これ、机に置くこともできるんだな」
エルティナから教わり、裏蓋を開いてスタンド代わりに立てる使い方を試して感心するライラさんだった。