ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
賑やかだった退院祝いの宴が終わり、新居である『絹糸の館』へと戻った後も、私はずっと例の懐中時計の件で頭を悩ませていた。ワカヒルメ様は、「またエルティナに新しいのを作ってもらえばいいから、気にしないで」と優しく笑ってくださっているが、これでひいては女が廃るってもんだよ。
「……やっぱり、アイシャさんたちのところから取り返したいんですよね。でも、あそこに正面から押し入ったら、それこそ『戦争』になっちゃいますし。できれば穏便に済ませたいんですよねぇ」
「まあ、結局は話し合いをするしかないんだろうけど……。ベルディナ、連中がちゃんと話を聞いてくれると思うかい?」
私が溜息混じりに言うと、ワカヒルメ様は困ったように肩をすくめた。
アストレア・ファミリアのみんなに相談した時も、「あいつらは言葉が通じる相手じゃない」「関わらないのが一番だ」と首を振られるばかりだったけれど、私はどうも違う気がしているのだ。
確かに、酒場での彼女たちの態度は最悪だった。けれど、あの時アイシャさんは、暴走した部下を嗜めるように「うちのが失礼したね」と口にし、最終的にはワカヒルメ様の提案に乗ってライラさんの分は返して立ち去った。
嫌味の一つも言わなきゃ気が済まないといった様子ではあったけれど、本気で修羅場にまで持ち込むつもりはなかったんじゃないかな、とも思えてくる。
それを言うと、アストレアファミリアの人達から「ないない」と秒で否定されてしまい、今の私はちょっとご機嫌斜めなのだ。
「ということで、ワカヒルメ様。この件は私に任せて貰えませんか?」
「いいのかい? 相手はあの歓楽街を仕切る手練れだよ。……もし丸め込まれて、法外な借金を背負わされた挙げ句、あっちの店で働かされることになったらどうするんだい?」
「流石にそうなる前に手を引きますって」
最悪アークスのリミッターを解除すれば、あの街を物理的に地図から消すことだって不可能じゃないからね。やらないけど。
「そう言って沼にはめるのが連中のやり口なんだけどなぁ……まあ、エルティナも一緒なら安心か……」
どうやら、エルティナの方が私よりも信用されているらしいね(当たり前)。
まあ、いいや。一応、エルティナが常時モニターで私を監視しつつ、交渉が危うくなったら通信で口を挟んでくれて、交渉中はワカヒルメ様も通信機越しに嘘を見破ってくださるという万全の状態でならいうことで、お許しが出た。
超絶高性能AIの思考力と、神製100%嘘発見器がバックアップなんて、チート過ぎて草も生えないな。
「ということで、エルティナ。アイシャさんの反応はまだ追えてる?」
隣で黙って座っていたエルティナに私は確認をする。
「現在は歓楽街方向に反応を確認しております」
「わかった。発信器はあと何日持つんだっけ?」
「規定上は一週間で機能を停止する仕様となっております」
「あと6日ぐらいか。そんなに余裕はないな……私のHUDにもリアルタイムで表示されるようにしておいてくれる?」
「承知いたしました」
私の指示により、HUDにエルティナの広域マップとそこに記されたアイシャさんのマーカーが出現した。
「しばらくはダンジョン攻略はなしかな……いや、アイシャさんがダンジョンに潜ったら着いていったらいいわけか。……うん、ストーカーだね、これは」
それもあるから、一週間以上は使用してはいけないという規定があるのだけどね。オラクル船団では登録と使用申請がされた発信器以外はそもそも使用不能になるような仕組みが構築されているけど、こっちにはそんなのはないから強い自制心が必要になるわけだ。
状況が動いたのは、それから二日後の夜だった。エルティナのHUDに表示されたマーカーが、例の居酒屋に近づいていったので、私はまさかと思ってそれを数ブロック離れたところから追跡していたのだ。
「いざこざがあった場所に、また足を運ぶなんて……犯人は現場に戻るってやつ? それとも、アイシャさんの行きつけのお店だったのかな?」
そういえば、アイシャさんと店主さんは憎まれ口をたたき合う程度には親睦があるようだったな。状況的には、アイシャさんの憩いの場に私達の方が土足で踏み込んだ形になるのか? もしそうなら、ちょっとだけ悪いことをしたなとは思わなくもない。
それに、あそこなら店主さんも常識的な人で、抜け目がなく、さらには人目もあるわけだから、イシュタル・ファミリアの本拠地(ホーム)へ乗り込むよりは、幾分か安全なはずと、私は判断して、居酒屋の扉を開いた。
カウベルがなる軽快な音と共に、店内の喧騒が心地よく響いてくる。そんな中、カウンターの端で一人、エールを傾けているアイシャさんの姿を見つけた。どこかアンニュイな、夜の街の風に疲れたような横顔っていったらいいのか(適当)。少なくとも、大人な雰囲気の女ってやつだな。
「こんばんは! お久しぶりです。相席してもいいですか?」
努めて明るい声で話しかけると、アイシャさんはジョッキを口に運ぶ手を止め、信じられないものを見るような目で私を凝視した。
「……あんた。よくもまあ、平気な面して私の前に顔を出せたね」
呆れ半分、感心半分といった溜息。けれど、明確に拒絶する様子はなかったので、私は図々しくも隣の丸椅子に腰を下ろした。
「店員さん、私にもエールをください!」
注文しようとした私の声を、アイシャさんの低く鋭い声が遮った。
「馬鹿言うんじゃないよガキが。……こいつには果実ジュースの適当なやつを持ってきな。私のツケでいい」
「えー? 別にいいじゃないですか、他に誰もいないんだし。それに私、お金は持ってますから自分で払いますよ?」
奢ってもらえるなんて思ってもみなかった。アイシャさんは私の方を見ようともせず、残りのエールを喉に流し込む。
「子供が夜更かしして酒なんて飲むもんじゃないよ。さっさとそれ飲んで帰りな」
……なんだ、意外と真面目な人じゃないか。あの乱暴な部下の人たちとは、根っこがなんか違う気もするな。
「ありがとうございます。実はですね、今日はアイシャさんに折り入ってお願いがあって来たんですよ」
私は運ばれてきた果実ジュースを一口飲み、その甘酸っぱさに少しだけ勇気をもらって、彼女の琥珀色の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「私の居場所をどうやって知ったのかは聞かないでおいてやる。で? 例の時計とやらのことか」
「それです。単刀直入に言いますけど、返してもらえませんか? あげるって言った手前ですけど、やっぱり私たちには大切なものなので」
ついでに鶏の唐揚げも注文し、ポテトサラダもつけて貰った。ポテサラの美味しい居酒屋は信用できるね。逆にトリカラがら不味い居酒屋は潰れればいいと思う(過激発言)。
「まあ、私は別にどうでもいいんだけどね。サミラのやつが嬉しがって方々に自慢して回ってね……挙げ句に主神様に横取りされたってわけさ。くだらないね」
アイシャさんはエールを一気にあおり、おかわりを求めた。私がこっそり果実酒を注文しようとしたら、また妨害された。ポテサラが美味しい。
「ということは、ワカヒルメ様の時計は今イシュタル様が持ってるってことですか?」
「そうなるね」
「うーん。そっかぁ……」
スライスされたサラミをかじりながら唸る。
というか、さっきからアークスの通信機でワカヒルメ様が「嘘はついてないね」と頻繁に口を挟んできて、脳内がちょっとうるさい。
『すみません、集中したいのでもうちょっとだけ静かにしていただけませんか?』
『そうかい? 分かったよ』
悪気がないのは十分理解してるけどね。
結局のところ、事態は割と最悪な方向に転がっているように思えるね。
ワカヒルメ様の懐中時計を取っていったのは、アイシャさんの舎弟(妹?)であるサミラさんというアマゾネスだったこと。そして、彼女が自慢げに見せびらかしたせいで、あろうことか主神イシュタル様の目に留まり、そのまま「没収」されてしまったということだ。
「ねえ、アイシャさん。イシュタル様から時計を返してもらうにはどうしたらいいですかね? 代わりの時計を献上すればいいですか?」
私がソーセージの炙りをかじりながら訪ねると、アイシャさんは嘲るように鼻を鳴らした。
「あの
エールを傾けつつ横目で睨むアイシャさんの表情は結構怖かった。
しかし、そうか。イシュタル様はかなり強欲なお方なのだね。
「うーん、正面突破は無理かぁ……。忍び込んで持って行くのも、サミラさんに冤罪を着せちゃいそうで寝覚めが悪いからなぁ……」
「それができる自信があるなら、勝手にやればいいさ。あの
「んー、やってやれないことはない、と思いますけどね。扉の開錠やパトロールの隙を突くのは得意なので」
エルティナが外部からバックアップしてくれたら完璧だ。なんなら、広いレーダーレンジと冷静な判断ができるエルティナの方が潜入とか潜伏とか、破壊工作は得意なんじゃないかなって思う。流石に、それを命じるのは心苦しいけどさ。
「なるほどな。その細っこい体で、ただの『ネズミ』以上の芸ができるってわけかい。……なあ、あんた。次の満月はいつだい?」
私の言葉に、アイシャさんはジョッキを置き、面白そうに目を細めた。
「満月ですか? えっと……ちょうど来週ですね」
エルティナに月齢を教えてもらいそのまま答えた。
「そうかい……だったら付き合ってもらうのもいいかもね」
私の即答に、アイシャさんはニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべた。
「どういうことですか?」
エルティナが通信機越しに警告を発してくるが、私はあえて聞き返した。ワカヒルメ様は否定するかもしれないけど、この人はなんとなく信用してもいいんじゃないかって思えてきたのだ(沼)。
「詳しいことはここでは言えない。もし乗るなら、来週の満月の日、日が沈む頃にここへ来な。私に付き合うなら、時計の場所まで案内してやる。その代わり、私の『野暮用』も付き合ってもらうよ」
「分かりました。……よく話し合っておきますね」
私はそう答えたものの、耳元の通信機からはすでに、ワカヒルメ様とエルティナの「猛反対」の合唱が響いていた。
多勢に無勢、絶望的な多数決。反対する理由も分かるし、冷静に客観的に、論理的に、あと倫理的に考えてもこの提案は蹴らないといけないのは分かっているけど、
「一週間かけて、説得頑張らなきゃなぁ……」
私は食後のパンケーキの皿を空にして、重い腰を上げた。
「小さいくせによく食ったね。まあいい、ここは私のおごりにしといてやるよ」
「うーん……そうですね。それじゃ、次は私のおごりってことで」
私はそう言い残して、私の伝票をアイシャさんに差し出し、店を後にした。春先ではあるが、まだまだ冷たい夜の風が私の髪を揺らした。