ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
高評価いただきました。本当にありがとうございます。
また、誤字修正を多数いただきました。本当に助かります。
熾烈な一週間だったとだけ記しておこう。ワカヒルメ様からは神命の名の下、エルティナからは超高性能AIによる理詰め攻撃によって、アイシャさんからの提案を拒否するよう、挟み撃ちの猛反対を受けたのだ。
どうやったかというと、単純に懸案事項を一つ一つ紐解いて解決策を提示し、こちらが絶対に折れないことを認めさせ、互いに妥協案を探っていくことで何とかギリギリ了承を得ることができたのだ。
「実際、今日の朝ですよ。OKが貰えたのは。すごくないですか?」
私はすでにぐったりと疲れた様子で件の居酒屋のカウンターの隅っこでミルクを飲んでいた。
「というか、すごい変装だね。一瞬誰か分からなかったよ。さっきまで声も変えてたね、アンタ。目も変わってないかい?」
アイシャさんの言うとおり、今の私はピンク髪でグラマスなちびっ子という点以外に、普段のベルディナとの共通点を見出すのは難しいはずだ。
まずは、髪型だ。今まではN-ナイトメアヘアーのでっかいツインテールを愛用していたが、潜入用に目立たない「エターナルFレイヤー(イオちゃんのやつ)」に変更した。
さらに耳を普通のものから「ケモーネイヤー」にして獣人っぽく見せかけている。これは普通のネコ耳アクセサリと違って、人間の耳を視覚的に消してくれるケモナー御用達の逸品だ。
また、瞳のパターンも愛用している「ミルキーウェイアイ」から連環形状のパターンが特徴的な「シンクローナアイ」に変更している。さらには、金色と青色のオッドアイのところをカラーコンタクトのアクセサリを入れることで両目共に真っ赤にして印象づけている。
コスチュームも、ガーリッシュな私服とは真逆のボディスーツ『シレーナアビサール/2』。これでシルエットを大幅に変えている。
「捕まってもアンタだとはバレないだろうねぇ」
「そうあってほしいですね」
ボイス(マトイボイスC)も若干トーンを低めにしているので、よっぽどの知り合いでもない限りは気がつかないだろう。
「それにしても、思い切ったことしたね。髪に、入れ墨か。よくやるよ」
極めつけは入れ墨に見えるメイクパターン「プチフェイスペイント」だ。泣きぼくろよりも少し下のところに十字のマークが入っている。それほど大きくはないが、印象を操作するには十分だ。肌の色もアマゾネスよりにしようかとも思ったけど、それをいじるのが難しかったから断念した。まあ、忍び込むのが夜ならそこまで大した問題にはならないだろう。
「髪はほっとけば伸びますし、入れ墨も……頑張れば消えますから」
ここに神様がいたら「これは嘘の味だprpr」と舐め回されそうな方便を口にして、私は最後のパンケーキの欠片をミルクで流し込んだ。
「はい、お待たせしました。私はいつでもいけますよ」
流石に巨剣を持ってきたら「ワカヒルメファミリアのベルディナここにあり」と宣伝して回るようなものだから、今日は腰に小さなダガーナイフを一振り差すに留めている。もっとも、巨剣はアイテムボックスに格納してあるから、その気になったらいつでも取り出せるんだけどね。
「なあ、
立ち上がろうとする私に、アイシャさんがウィスキーのショットをもてあそびながら静かに問うてきた。
「お腹を蹴られたことを許してはいないですよ。それに、あなたたちが一連の事件を意図的に発生させたことも許せることではありません」
そこは譲れない、最低限の線引きだ。
「だったら……」
「だからこそ、そんな私に共闘を申し込んできたアイシャさんに興味が湧いた……ってのが一番ですね。もしこれが罠だったとしても、少なくともイシュタル・ファミリアの中枢に乗り込む目的は果たせます。勝率4~5割なら、賭ける価値はあるでしょ?」
勝率云々はエルティナのアドバイスだ。エルティナは、リスク管理機能として反対意見を言うことはあるが、最終的にマスターである私が決めたことについては最大限のサポートをしてくれるからね。
実際、今も彼女はこの店の屋根から周囲を監視し、状況をリアルタイムで供給してくれている。潜入に際して、彼女は「人間らしい振る舞い」――呼吸や瞬き、心臓の鼓動、無意識を装った仕草や眼球運動など――を完全に停止し、モノと同化して気配を消しているのだ。
今回はいろいろ検討した結果、ボディペイントを「N-メカ関節風ペイントT2/B」にして、メイクやアクセ、ゴシック調の黒ドレスなどを組み合わせて球体関節のビスクドールに擬態できるように工夫を凝らした。最悪の場合は「ただの人形」としてやり過ごす、エルティナにしかできない潜伏方法だ。
「無茶苦茶だね。あんた、冒険者よりも博徒に向いてるんじゃないかい?」
「私、ルール覚えるの苦手です」
「だろうね。じゃ、行くかい?」
アイシャさんはウィスキーを飲み干し、熱い吐息と共に立ち上がった。
「釣りは取っときな」
カウンターに多めのヴァリスを置き、私たちは夜の街へと繰り出した。
『マスターの移動を確認。追跡を開始します』
『うん、お願いね、エルティナ』
『お任せを』
HUDのミニマップ上、エルティナのマーカーがつかず離れずの距離を保つ。隣のアイシャさんにも新しい発信器を仕込んであるので、ロストの心配はない。
「裏路地から行くよ。通用門で歓楽街に入る。夜目は大丈夫だね?」
「お昼みたいに明るく見えますよ」
「それだけ言えるなら上等だ」
アイシャさんは、強がりと受け取ったみたいだけど、実際はシステムの暗視モードで視界は真っ昼間同然だ。さらにエルティナとの情報共有により、隔壁の向こう側や建物の内部状況まで透けて見えている。
『それじゃ、行ってきますねワカヒルメ様』
『気をつけて』
ワカヒルメ様の通信機も会議モードで私とエルティナのモニターの両方を確認することができているから、離れていても一緒だ。
本当のことを言えば、私がアイシャさんを信じた最大の理由は、HUDのエネミーセンサーが彼女を「白(中立)」と評価しているからだ。戦闘システムが「敵対意思なし」と判定した以上、信じてみる価値はある。
これは、ワカヒルメ様にも話していないことだ。エルティナは多分気がついているけど言わないだけだろうね。説明が難しいし。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
歓楽街の夜は、いつもなら狂乱と色香に包まれているはずだった。だが今宵、目抜き通りへと通じる巨大な門は固く閉ざされ、重苦しい沈黙が街を支配している。 普段は客を呼び込むための門前には、槍を携えた数人のアマゾネスが見張りに立ち、鋭い眼光を周囲の暗がりに走らせていた。
「大掃除でもしてるんですか?」
「さあね、みたいな下っ端には、上の「神意」なんてのは知らされちゃいないよ。ただ、今夜は客を取る必要がない――それだけは確かだね」
私たちは、裏路地の濃い暗闇を縫うようにして疾走した。私の歩調に合わせるように、頭上の屋根裏ではエルティナが音もなく跳躍を繰り返し、正確に私たちを追従している。
「いったんここで待ってな」
裏路地の出口、石壁の影でアイシャさんは私の肩を掴んで押しとどめた。 彼女は一つ大きく息を吐いて身体の緊張を抜くと、何事もなかったかのように通りへと歩み出る。その先にあるのは、勝手口とも呼べる小さな木製の門。そこを守る一人のアマゾネスが、アイシャさんの姿を認めて鼻を鳴らした。
「おい、アイシャ。おせーぞ。何やってた?」
「すまないねぇサミラ。ちょっと野暮用でさ」
「野暮用? お前、酒飲んでただろ。ウィスキーとは、今夜の不穏な空気に似合わず優雅なこったね」
「別にいいじゃないか。今日は客を取る必要がないんだ。少しぐらい羽目を外したってさ」
アイシャさんは同僚なのか、気安く門の前に立っていた人――よく見たら、あの時ワカヒルメ様から時計を取っていった人だ。ついでに、イシュタル様に時計を没収された間抜けな人でもある。
『あの子がサラミだった訳だね』
ワカヒルメ様の声が脳裏に響く。
『みたいですね。……あ、サミラさんが持ち場を離れました』
『アイシャ・ベルカが、マスターに合図を送っています』
『分かった、行ってくる』
私は気配を殺し、壁を蹴ってアイシャさんの影へと滑り込んだ。
「今日は門番の仕事だったんですね」
「ああ。だから、やりやすいってもんだ。……いいかい、隙間を開けるから、さっさと入りな」
アイシャさんが門をわずかに押し開く。私は、アイシャさんの影からそのわずかな隙間を縫うようにして、すぐさまそばの植え込みへと身を潜ませた。
『エルティナ、どう? ついてこられてる?』
『外壁を伝い内部に侵入いたしました。マスターをモニターしております。周辺に異常はありません』
『みたいだね。了解、しばらくここで待機するよ』
数分間、落ち葉を鳴らさないよう呼吸を整え、気配を殺していると、アイシャさんのマーカーが私の近くを通り過ぎようとしていた。
「アイシャさん。ここです」
「おっと。上手く隠れたね」
「番の仕事はいいんですか? 持ち場を離れたら怪しまれるんじゃないですか?」
「レナのやつに押しつけてきたよ」
レナさんとは初耳だけど、おそらくアイシャさんの舎弟(妹?)の一人なのだろう。気の毒なことだ。
「そうですか。後でちゃんとフォローしてあげてくださいね」
「アンタが気にすることじゃないさ。さあ、行くよ。時間がない」
アイシャさんの表情から余裕が消え、戦士の顔へと引き締まる。私も黙って頷き、腰のダガーナイフの感触を確かめながら、色街の深部へ向かって足を踏み出した。
「見な。アレが私達が目指してる場所だ」
アイシャさんは建物の間を縫うように小走りで進みながら、前方にそびえる塔の楼閣を指さした。
「結構でっかいですね。バベルの塔ほどではないですけど」
外壁にせよ、中央の塔にせよ、ここはミニサイズのオラリオのように見えて少し面白い。おそらく、イシュタル様が「自分こそがオラリオの女王だ」と誇示したいのだろう。なかなかの自信家だと思う。
「今晩はあそこで何かの儀式がされてるらしい」
「儀式ですか? ミサみたいな?」
まあ、相手は神様だから定期的に何らかの法要を執り行うことはあるのかな?
「何の儀式かは私もよく知らない。……だが、気に入らない。だから、ぶっ潰す」
「だったら、なんで私なんですか? 潰すだけなら一人でやればいいじゃないですか」
「なんでもその儀式には欠かせないマジックアイテムがあるらしくてね。そいつをこっそり壊してやるのさ。あの
「悪い人ですねぇ。……まあいいですよ、時計の場所を教えてくれるなら、その程度はお付き合いします」
さすがに普段この街で働いているだけあって、アイシャさんの足取りに迷いはない。時折、娼婦たちに見つかりそうになっても、得意の
『やっぱり、内通者は一番の脅威だね』
『違いないな。朝廷でも「誰が内通者か」ってみんな戦々恐々としていたよ』
ワカヒルメ様もなかなかお労(いたわ)しい過去があるようだ。いつか詳しく話を聞かせてもらいたいな。
『まもなくイシュタル・ファミリアの本拠地に到達します』
『了解』
アイシャさんの指示に従い、人通りが途切れたタイミングを見計らって、私は巨塔の麓にある茂みに這いつくばった。視界は緑の絨毯で埋め尽くされているけれど、サブモニターには周囲の状況が鮮明に映っているので、誰かが近づいてきても察知できる状態だ。
アイシャさんは一人で内部に侵入し、窓や勝手口から私を招き入れる予定だったが、門番に追い払われてしまったらしい。
「下っ端には何も見せないってことだね。仕方ない、別ルートで行くよ」
茂みを通り過ぎる際、アイシャさんが小さな声で告げた。私は声を上げず、姿も見せずに彼女のあとを追った。
流石に本拠地ともなると、見張りの数も段違いだ。
『マスター。私は塔の外壁に取り付きました。適当な部屋を確保して待機します』
『分かった。よろしく、エルティナ』
小さくて身軽なエルティナは大したものだ。すでに侵入の算段をつけている。私たちが二人で同じことをすれば見つかる可能性が高いから、真似するわけにはいかない。
エルティナにはどこかの部屋で「人形」のフリをしてもらい、広域レーダーで全周探査と監視を行ってもらう必要がある。
「昼のうちに裏の窓を開けておいた。ここからは姿を見せても大丈夫だ」
アイシャさんの速度が上がり、私との距離が開いていく。
「ふぅ――せわしないなぁ」
私は念のため、首だけを茂みから出して暗視モニターとデジタルズームを駆使し、周囲に誰もいないことを確認した。そして、立ち上がり、身体を低く沈め、視認性を抑えながら駆け出す。
「ちゃんとついてきてたね」
「あれ? 気づいてると思ってましたけど」
「私はネズミじゃないんでね。背後に気配がないのは不気味だよ」
「私はネコですけどね」
今の私はネコ耳も生やして、二つ名は
「似たようなもんさ」
アイシャさんは呆れたように鼻を鳴らした。絶対、違うと思う。
『マスター。そちらの侵入口周辺に敵対勢力の反応なし』
『分かった。安全って事だね』
エルティナのサポートで私達は安全を確保しつつ危険へと立ち入っていく。
当初はアイシャさんとここまで絡む予定はありませんでした。
書いているうちになぜかこうなった。
おかげでプロットの練り直しだよ