ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
3月はちょっとだけ更新頻度を上げます
結局のところ、イシュタル・ファミリアの矛先がアストレア・ファミリアから、私達ワカヒルメ・ファミリアに完全に向いたと判断して良さそうだ。
「なんか、最近アマゾネスの人達をよく見るね」
「イシュタル・ファミリアの刺客、あるいは監視員と考えてよろしいかと思われます」
私達が朝出かけて夜に戻る時にも、
あちらは隠れているつもりなんだろうけど、エルティナの広域レーダーとエネミーセンサーから逃れるには、まだまだ修行が足りないね。
「実際には手を出してこないんだね」
「通信機の件があるのかもしれません」
なるほどね。先日ギルドから大々的に通信機についての発表があり、希望者はギルドに申請後、審査の上で貸与されると伝えられた。
漏れ聞くところによると、その便利さに気づいた神様達からの申請が多すぎて、ギルドの事務がパンクしているとのこと。当然、イシュタル・ファミリアからも多数の申請があったけれど、現在はワカヒルメ・ファミリアといざこざがあるから、ギルド側が申請を却下し続けているみたい。
もちろん、私達が直接関わっていることは極秘だけど、トップクラスのファミリアなら、ある程度は情報を掴んでいると予想できる。
通信機のコアになる
「技術的抑止力ってやつだね」
「その通りです」
こういうことがあるなら、
通信機がないと、今後あらゆるファミリアからおいてかれてしまう。その予想ができる限り、中枢パーツを作成している私たちワカヒルメファミリアと直接的な敵対をするのは、イシュタル様にとっても得策じゃないはずだよね。
だけど、振り上げた拳を下げることは、
「そうなると……やっぱり正式に戦争を仕掛けて、私たちの利権を奪いに来るかな?」
私がソファに深く腰掛けながら尋ねると、向かいに座るエルティナは、感情の読めない瞳をわずかに細めて頷いた。
「その可能性が最も高いと思われます」
正式な宣戦布告がされれば、オラリオの神様たちはきっと浮き足立つし、なにより戦争そのものを楽しむ神様だってたくさんいるっていうじゃない?
私たちみたいな弱小派閥が、巨大なイシュタル・ファミリアに飲み込まれる様を、観客席から眺めたいって思う
「そうなると、周りはどう動くかな? 私たちだけじゃ、流石に多勢に無勢だよね」
「大手ファミリア――特に通信機の共同開発を進めているガネーシャファミリア、ロキファミリア、そして製造で協力関係にあるヘファイストスファミリアの介入が予想されます」
「本格的な大戦争ってことだ。それじゃあ、流石のイシュタル様だって躊躇しそうだよね?」
普通に考えれば、複数の第一級冒険者を抱える派閥を同時に敵に回すなんて自殺行為だ。
イシュタル様は私ほどバカじゃないから、本来ならそんな無茶な戦争は回避するはずなんだけど……。
「だけど、神様っていうのはいつだって人間の想像を越えてくる存在、だよね?」
「その通りです。『神意』は、時に論理的な損得勘定すら凌駕します」
「……なるようにしかならないか――」
私は大きく一つ溜息をついて、窓の外に広がる夜のオラリオを眺めた。
戦争で白黒つけようっていうのなら、私だって望むところだ。平和を愛してはいるけれど、自分たちの居場所を守るためなら、引き金を引くことに躊躇いはない。
勝ってこちらの要望を叩きつけ、二度とちょっかいをかけないような契約を結ばせてやればいいだけのことだからね。
「ねえ、エルティナ。今のうちに戦争に必要な準備、進めておいてもらってもいい?」
私は戦の匂いを胸に、彼女の表情を窺った。
「すでに私の判断で行える分については、着々と準備を進めております」
エルティナは動じず、計画を淡々と進めているようだ。
「さすがエルティナ。じゃあ、よろしく」
私はそう言って、いつの間にか冷めてしまったお茶を飲み干した。
「ただいま、今日も立ってた?」
リビングの重厚な扉が開くと同時に、ワカヒルメ様がひょこっと顔を見せ声をかけてくださった。アルバイトからお戻りになったようだね。
「春先でも、夜はまだ寒いね」
ワカヒルメ様は小さく肩を震わせながら、着ていたコートを脱いでポールハンガーにかけた。冷気にさらされていた手指をこすり合わせながら、いつものソファに深く腰を下ろす。
「お帰りなさい、ワカヒルメ様。立ってましたね。裏路地に一人」
私が窓の外――正確には、HUDのミニマップに表示されたマーカーを眺めてちょっと肩をすくめた。寒いのにご苦労様なことだよ。
ワカヒルメ様は「そうか」と短く息を吐いた。
「イシュタルも根気強いね。私たちの動向を探りたいんだろうけど、何も出てこないと思うけどなぁ」
ワカヒルメ様は呆れたような、あるいは少し感心したような笑みを浮かべる。その肝の据わり方は、見ていてこちらが驚くほどだ。
極東の国家派閥『朝廷』での権力争いに巻き込まれ、オラリオにまで流れてきた彼女にしてみれば、この程度の監視や小競り合いは、文字通りの「日常茶飯事」なのかもしれないな。
「ワカヒルメ様、お食事はいかがいたしましょう?」
エルティナがソファの横に立ち、様子をうかがいながら尋ねた。
「帰りに軽く取ってきたから大丈夫だよ。お茶だけ、淹れてもらえる?」
「承知いたしました」
そう言ってエルティナがキッチンへと向かった。
彼女の無駄のない動きと、茶器が触れ合うかすかな音が、静かなリビングに響く。
「職場の方はどうですか? 直接的な迷惑行為とか、されてません?」
私は座り直したワカヒルメ様に、一番気になっていたことをぶつけてみた。
ワカヒルメ様は現在、衣料品関係の店でお針子として働いている。もしも、お店で何かあったらワカヒルメ様の将来にも関わることだからちょっと心配だ。
「今のところ、目立った嫌がらせはないかな。……ただ、心なしかアマゾネスの客が増えたような気はするけどね」
「客として、ですか」
「そうだね。私の仕事は裏方のお針子だから、顔を合わせることは殆どないんだけど。店主が『最近、やけにガタイの良いアマゾネスが、何も買わずに店内を回っている』ってこぼしていたよ」
あからさまな威嚇……と言うには脅しがきいていない気もするから……イシュタル様も次の手段に悩んでいるってことかね?。
「こちらの出方をうかがっている、という感じですかね」
「だろうね。もし私たちが感情に任せて現場で衝突でも起こせば、それを理由に『正当な宣戦布告』を突きつけてくるつもりかもしれない。……あの手の女神の考えることは大体そんなところだろうさ」
ワカヒルメ様は、窓の向こう側に潜む「何か」を射抜くような鋭い視線を一瞬だけ見せ、すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。
経験者は語るみたいなことを言われた気がしたけど、これはあんまりツッコんじゃいけないやつかな?
「ワカヒルメ様、お茶をどうぞ」
戻ってきたエルティナが、湯気の立つカップをテーブルに置いた。
部屋の中に、茶葉の芳醇な香りがふわりと広がる。
「ありがとう、エルティナ。……うん、いい香りだね。やっぱり君が淹れるお茶は、心が落ち着くよ」
ワカヒルメ様はカップを両手で包み、温かさを楽しむように一口啜った。
イシュタルファミリアという巨大派閥に包囲されながらも、私達の間に流れる時間は、奇妙なほどに凪いでいる。
けれど、いつまでもこの状況が続くとは、なかなか思えないんだよね。どうしたもんか……。