ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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人と神の被造物

 

 

 イシュタル・ファミリアによる卑劣な営業妨害のせいで、ワカヒルメ様は大切にしていたバイト先を辞めざるを得なくなった。前世の私なら労働基準監督署に駆け込むところだけれど、ここは弱肉強食の迷宮都市オラリオだ。

 今にも手を叩き、太ももを叩いて、足を踏みならして抗議してやりたい私をよそに、ワカヒルメ様は「これを機に、機織りの事業を本格的に始めるよ」と、前向きに新しい一歩を踏み出そうとしている。

 

 けれど、あの女神様がこれで手を引くとは思えない。ワカヒルメ様が作業に没頭している間、不測の事態が起きないよう、私かエルティナのどちらかが必ず護衛として側に付くことに決めた。

 

 拠点の掃除や食材の買い出し、食事の世話に機織り素材の調達……やるべきことは山積みで、そうなると当然、ダンジョンへ潜って魔石を稼ぐ時間がなくなってしまう。

 つまり、地上で稼ぐ方法を必死に考えなければならないというわけだ。

 

 ということで、私は今日、大切なお客さまを拠点へと招いていた。

 

「本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございます」

 

 商談用にしつらえた応接室で、私はソファーに腰掛ける女性に対し、丁寧に腰を折った。

 相手はロキ・ファミリアの第二軍中核、アリシア・フォレストライトさん。Lv.3の実力者でありながら物腰は柔らかく、包容力を感じさせるエルフの美女だ。思わず「お姉様」と呼びたくなってしまうのは、全ての"i"(いもうと)(さが)なのだろうか。

 

「いいえ、そんな。頭を上げてください。こちらのわがままを聞いていただき、恐縮しているのは私の方です」

 

 アリシアさんは慌てたように立ち上がり、私に合わせて頭を下げてくれた。9歳児(そろそろ10歳児)にしか見えない私に対しても、一人の冒険者として礼を尽くしてくれる。エルフには潔癖で高慢な人も多いと聞くけれど、彼女はとても心優しい方のようだ。

 

「どうぞ、おかけください。今、お茶を淹れさせますね」

 

 私が通信機で合図を送ると、数分もしないうちにメイド服姿のエルティナが、トレイに乗せたお茶ととっておきのクッキーを運んできた。ちなみにメイド服はエルティナが自主的に着替えたものなので、私は無実だ。

 

 芳醇な茶葉の香りが室内に広がり、アリシアさんの表情がわずかに和らいだ。世間話(アイスブレイク)に花を咲かせた後、私は空になったカップを下げてもらい、居住まいを正した。

 

「では、そろそろ本題に入りましょうか」

 

 私はあらかじめ要望をまとめておいたパピルスを、彼女に手渡す。

 

「ロキ・ファミリアの副団長、リヴェリア・リヨス・アールヴ様への贈呈品。……これで間違いないですね?」

 

「はい。間違いありません」

 

 アリシアさんは真剣な眼差しで頷いた。リヴェリア様といえばハイエルフの王女であり、多くの同族から崇拝される存在だと聞いている。

 リオンも最大級の敬意を払っているし、聞くところによれば強欲なギルドマスターや敵対派閥のエルフでさえ、彼女へは敬意を示すという。そんな御方への贈り物となれば、こちらも半端なものは出せない。

 

「分かりました。ではまず、時計の(タイプ)を決めましょう。……エルティナ、モックアップを持ってきて」

 

「承知いたしました」

 

 エルティナによって運ばれてきたトレイには、三種類の外装サンプルが並んでいた。

 

「現在私たちが提供できるのは、フィン様に納品した『腕時計型』、シャクティ様が所有されている『懐中時計型』、そして椿様へ贈った『置き時計型』の三つです」

 

「腕に巻く以外にもあるのですね……」

 

 アリシアさんは自身の細い手首に巻かれた普及型の腕時計を撫でながら、サンプルを一つずつ丁寧に観察し始めた。

 

「この『懐中時計』というものは実に見事ですね。優雅で、それでいて奥ゆかしい」

 

「はい。蓋付きのものや、裏蓋を開いて卓上スタンドにできるものなど、使い勝手に合わせて調整できますよ」

 

「……では、こちらの蓋付き懐中時計型でお願いいたします」

 

 よし、まずは第一段階クリアだ。リヴェリア様の気品を考えれば、懐中時計は最高の選択だと思う。

 

「分かりました。次にデザインを詰めましょう。裏蓋にはファミリアの旗章と、リヴェリア様のお名前を刻む。……これでよろしいですか?」

 

「ええ、お願いします」

 

 ここまでは定番(テンプレ)。これまでの納品物でも好評をいただいている仕様だ。

 問題は表蓋の意匠だね。私はエルティナに合図を送り、用意していたデザイン画を提示してもらった。

 

「一つ目は森林をモチーフにした、蔓が縁を覆うデザイン。二つ目は王族を意識した、ユニコーンと平和の象徴である鳩を配した煌びやかなデザインです」

 

 アリシアさんは二枚の絵を交互に見比べ、口元に手を当てて悩み始めた。エルフとしての誇りと、王女への崇敬。どちらを優先すべきか葛藤しているのが手に取るようにわかる。

 

「……どちらも素晴らしいわ。けれど、できればもう少し、リヴェリア様ご自身を象徴するような……」

 

「いいですよ。エルティナ、アリシアさんの要望に合わせて描き直して」

 

「承知いたしました」

 

 エルティナの細い指先がパピルスの上で踊るように動き、次々と新しいスケッチを生み出していく。この精密なトレース能力は、さすがサポートパートナーだ。絵心のない私には到底真似できない。

 

「そう……ユニコーンです。リヴェリア様は故郷でユニコーンの世話をされていたと聞きます。森の中で、ふとこちらを振り返るような……そんな躍動感があれば……」

 

 アリシアさんの熱のこもった要望を、エルティナが即座に形にする。深い森の泉のほとり、静かにこちらを振り返る一角獣。それを円形の蔦が優しく囲む、完璧な構図が出来上がった。

 

「……完璧です。これこそ、リヴェリア様に相応しい」

 

 アリシアさんは、まだ墨の乾かぬスケッチを今にも抱きしめんばかりの勢いで見つめていた。

 

「喜んでいただけて何よりです。……それで、不躾ですが、ご予算について伺ってもよろしいですか?」

 

 何分、こちらは今ダンジョン収入が断たれてしまっているので、あらかじめ予算を知っておかないと、工数を設計できないのだ。設計するのはエルティナだけど。無能な団長ですまない。

 

「はい。ロキ・ファミリアのエルフ全員で出し合いまして……なんとか200万ヴァリスを工面いたしました」

 

 200万ヴァリス。

 ライラさんの見積もりでも、フィンさんの特別仕様なら(報酬相殺を除いても)150万ヴァリスは貰うべきだと言っていた。その額なら、金無垢の素材や宝石の文字盤、最高精度のムーブメントを組み込むことができるだろうね。団長と副団長で並び立つ品質にするには、十分すぎる額だと思う。

 

「ありがとうございます。では、フィン・ディムナ様のものと同等、あるいはそれを凌駕する最高の一品に仕上げさせていただきます。明後日の午後にデザインを起こしたサンプルをお持ちしますので、最終確認をお願いできますか?」

 

「手付金は、その際にお支払いすればよろしいでしょうか?」

 

「はい、それで結構です」

 

「分かりました。お待ちしております」

 

 アリシアさんは満足げに微笑み、一礼して『絹糸の館』を後にした。

 

「ふぅ……。なんとか大口の注文が取れたね。エルティナ、任せっきりでごめん。いつもありがとう」

 

「いえ。営業と交渉も、組織にはなくてはならない要素です」

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

 ダンジョンに行けないなら、地上で頑張ればいいさ。

 ワカヒルメ様の夢と私たちの生活を守るために。団長として、しっかりしなきゃね。

 

 と言うわけで次の日は、団長らしくエルティナの設計から求められた素材の調達にオラリオを走り回りましたとさ。完成が楽しみだね。

 

 

 そして、打ち合わせから二日後が経過し、その日の午前はワカヒルメ様から追加の絹糸の調達と、最初の反物の納品を任されたのだった。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

「できた……」

 

 その声は、魂の最奥から震えながら漏れ出した吐息のようだった。

 織機の木枠が、役目を終えた安堵を告げるかのようにかすかに鳴る。

 最後の一振りの緯糸(よこいと)を力強く、かつ繊細に打ち込むと、そこには静謐な光を湛えた真っ白な布が横たわっていた。

 

「おめでとうございます、ワカヒルメ様」

 

 側に控えていたエルティナが、疲労の色を隠せないワカヒルメ様をそっと支える。

 ワカヒルメ様は額に浮かんだ汗をさっと拭いさり、完成したばかりの布を、震える指先でなぞりながら最後の仕上げに入った。

 

「ありがとうエルティナ。……少し、手伝ってもらえるかい?」

 

「私も手伝いますよ、ワカヒルメ様。経糸を切り離すんですよね?」

 

 私は仮眠用のベッドから勢いよく飛び起き、ワカヒルメ様の側に駆け寄ろうとした。

 だが、彼女はそれを鋭い手つきで制した。

 

「いや……ベルディナ、君はそこで見ていてくれ」

 

 有無を言わせぬ強い口調。

 まあね、私は不器用だから、記念すべきオラリオでの「一反目」を台無しにされたくない、という職人としての拘りなのだろう。

 私はおとなしくその場に三角座りになって作業を見守ることにした。

 

「さて……切り離すよ」

 

「いつでもどうぞ」

 

 エルティナが慣れた手つきで反物の端を固定し、ワカヒルメ様に頷きを返す。

 

「…………んっ!」

 

 一瞬、工房の空気が凍りついた。

 ピンと張り詰めていた経糸(たていと)が機織り機から切り離される。

 それはまるで、古の弦楽器が清浄な旋律を奏でたかのような、澄んだ音が一つだけ響いて消えた。

 

 長い、あまりに長い時間を織り込まれてきた緊張から解き放たれ、柔らかな曲線を描く布地。

 ワカヒルメ様はそれを、まるで生まれたばかりの我が子を抱き上げるかのような、慈しみの眼差しで受け取った。

 

「さあ、ベルディナ。これが、私の……ワカヒルメ・ファミリアとしての最初の作品だよ。どうか、抱いてあげてほしい」

 

 女神の慈悲の微笑みとはこういうことなのだろう。中空の木軸に丁寧に巻き取られた織物が、私の胸元へと差し出される。

 

 反物が私の指先に触れた瞬間、周囲の空気がわずかに震えたように感じられた。

 絹はしっとりと温かく、こちらの体温を優しく吸い込みながら、まるで生き物のように静かな呼吸を繰り返しているようにすら思える。

 紡がれた一本一本の糸に、ワカヒルメ様の願いが織り込まれている――そう確信した瞬間、私の視界は急激に滲んでしまった。

 私はたまらなくなって、その眩いほどの白さを抱きしめた。

 

「マスター。……ハンカチを」

 

「あ、ごめん、エルティナ……」

 

 危ないところだった。私の流した涙で、ワカヒルメ様の大切な作品(こども)を汚してはならない。

 私は名残惜しさを堪えて反物を身体から離すと、恭しく、両手でワカヒルメ様にお返しした。

 

「素晴らしいという言葉しか私には口にできません。このまま神棚に飾って、家宝として一生お祭りしたいぐらいです」

 

 私が市場で仕入れてきた生糸は、確かに高品質なものだった。

 けれど、それを単に織り上げるだけでは、これほどの感動は生まれなかっただろう。

 触れただけで魂を揺さぶり、涙を誘うほどの品を生み出したのは、間違いなくワカヒルメ様の神業に他ならない。

 

 神が宿るとはよく言ったものだよ。神様が自らの手で紡ぎ出したものは、人の業を凌駕して決してたどりつけぬ領域にあるものだと、見せつけられた思いだ。

 

「どうだい? 私も大したものだろう?」

 

 私の絶賛にも驕ることなく、かといって卑下することもなく。

 ただ主神としての、そして一人の職人としての誇りを胸に反物を受け取ったワカヒルメ様は、かつてないほど気高く見えた。

 

 







※修正箇所
 アリシアをレベル4からレベル3に修正
 →大抗争の時にレベル2に上がったとのことなので、この時点でレベル4は高すぎると判断。

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