ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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高評価いただきました。本当にありがとうございます!





納品と調達をするだけ

 

 ワカヒルメ様がオラリオで初めて織り上げた、魂の結晶とも言える反物。私はそれを綺麗な布で大切に包み、アイテムパックの奥底へと慎重に格納した。向かうのは、元バイト先である衣料品店だ。

 

 私は、早朝の深とした空気を胸いっぱいに吸い込みながら、大通りから少し外れた路地裏へと入り、袋小路の突き当たりにある扉の前へとたどり着いた。

 

「おはようございます。ワカヒルメファミリア団長のベルディナです。お約束の品物の納品に参りました!」

 

 指定された勝手口のドアノッカーを叩き、元気よく声をかける。

 

「おや、いらっしゃい。思ったより早かったね」

 

 扉を開けた店長さんは、少し意外そうな顔をしながらも私を迎え入れてくれた。

 

「朝の方が行動しやすいので。すみません、お忙しい時間に」

 

「いいさ。こっちこそ、あの時は守ってやれなくて申し訳なかった……。さ、中に入りな」

 

 店長さんの言葉には、イシュタルファミリアの嫌がらせからワカヒルメ様を守れなかったという後悔が含まれているように思えた。私はその厚意に甘え、お店の事務室へと通してもらう。

 

 事務室は小さいながらも隅々まで手入れが行き届き、清潔感のある落ち着いた空間だった。ここでワカヒルメ様がコツコツと針を動かしていた日々を思うと、どこか懐かしい気分になる。

 

「あまり長居するのも危険ですので、早速……こちらをどうぞ」

 

 背中のリュックを探るフリをしてアイテムパックから反物を取り出し、店長さんの前に置いた。直接触れると、ワカヒルメ様の願いが伝わってきて愛着が湧いてしまうので、あえて別の保護布で巻いたままだ。

 

「ああ、確認させてもらうよ」

 

 店長さんが慣れた手つきで包みを解き、中から現れた純白の絹地を目にした瞬間、彼の動きが凍りついた。まあ、そうなるよね。

 

 全くの素人である私でさえ、初めて触れたときは思わず抱きしめて涙を流したほどの逸品だ。その道を極めたプロであれば、受ける衝撃は相当なものだろう。

 私はただ感動しただけですんだけれど、同業者にとっては自分の積み上げてきた自信を打ち砕くんじゃないかって心配になってしまうぐらいだ。

 

「また……なんてものを持ってきたんだよ、あの方は……。ウチでは持て余すよ、これは」

 

 店長さんは深く、長く息を吐き出すと、後ろ髪を引かれるような面持ちで反物を机に置き、額を指でトントンと叩いた。

 

「どう……でしたか?」

 

「ああ、文句なしの最高品質だ。これなら、神の衣だって縫える。さすがは神様だね。ただ……正直に言えば、ウチの熟練針子でも、これに針を通すのは相当な覚悟がいるだろうな。素材が、作り手を選んでいるよ」

 

 なるほど、扱う人間の器まで試されるということか。ワカヒルメ様、最初の仕事だからって一切の妥協をしなかったんだね。次はもう少し「人間の手に馴染む程度」に加減してもらうよう、軽く伝えておくべきかもしれないか。

 

 ちなみに、当の本神はこの一反を織り上げるのに文字通り心血を注いだようで、今は自室のベッドでお休みいただいている。

 

「では、合格……ということでよろしいですか?」

 

「ああ。間違いなくね。これ以上の答えはないよ」

 

 店長さんは満足そうに頷くと、反物を背後の棚の最も高い、特等席へと慎重に納めた。それから金庫を開け、ずっしりと重い革袋を取り出して私の前に置く。

 

「はい、約束の報酬だ。確認してくれ」

 

 中身を確認すると、あらかじめワカヒルメ様から聞いていた額が正確に収められていた。

 

「はい、確認しました。問題ありません」

 

「それと……こっちはワカヒルメ様の門出を祝して、私個人の起業祝いだ。想像以上の品を持ってきてくれた補填の意味も込めてね」

 

 机の上に、もう一つ同じ重さの革袋が並べられた。

 

「いいんですか? こんなに……」

 

「ああ、こちらの気持ちだよ。受け取ってほしい。……あと、次はもう少しだけ『手加減』してくれると助かる、と伝えておいてくれ。これじゃ、こっちの職人たちが自信をなくしちまう」

 

「あはは……はい。私もそのつもりでした」

 

 二人で顔を見合わせて小さく笑い合い、私は革袋をリュックに収納するフリをしてアイテムパックに格納した。スリの多いこの街では、これくらいの用心は当たり前だ。

 特に身体の小さい私は、小学生ぐらいのちびっ子窃盗団から狙われやすいからね。まあ、返り討ちだけど。

 

 私のリュックは肩紐を前でしっかり固定しているから、奪うには私ごと誘拐するしかない。その時は覚悟して貰おうか。

 

「それじゃ、私はこれで失礼します。今後もよろしくお願いしますね」

 

 勝手口から出ようとしたところで、私はふと足を止めた。

 

 視界の端、HUDに投影された裏路地のマップに、不自然なマーカーが、静止したまま点灯している。

 

 ただの通行人ならすぐに通り過ぎるはず。だが、このマーカーは路地の出口を塞ぐように居座り、こちらを窺っている。

 

「どうしたんだい?」

 

「えーっと。もしかしたら待ち伏せされているかもしれないので、別の出口から出てもいいですか?」

 

「なるほどね。相変わらず陰湿だ……。あんた、冒険者だったな?」

 

 店長さんが鋭い表情で外を窺う。

 

「ええ。最近はご無沙汰ですけどね」

 

「それなら、屋上から行きな。この辺りは家が密集してるから、屋根を伝っていけば見つかりにくいだろ」

 

「助かります。そうさせていただきますね」

 

 店長さんに案内され、梯子を登って屋上へと出る。そこから眺めるオラリオの街並みは、地上よりいくらか風が強く、心地よい冷たさを運んでいた。

 

「それじゃ、改めて失礼します!」

 

「ああ、気をつけてな」

 

 私は店長さんに別れを告げると、虚空跳躍(ネクストジャンプ)を発動し、目に見えない足場を蹴って、鳥のように軽やかに隣の屋根へと飛び移る。

 

 背後で路地を塞いでいたマーカーは、私の移動に気づく様子もなく、そのままレーダーレンジの外へと消えていった。

 

「ふぅ……。大丈夫、かな」

 

 念のため、ファッションメニューから伊達眼鏡とマフラー、それに少し深めの帽子を有効化する。多少は印象が変わったはずだ。

 もっとも、この特徴的なピンク髪にでっかいツインテールと背丈でバレる可能性は高いけれど、やらないよりはマシだろう。

 

 屋根の上を滑るように駆けながら、私は独りごちた。

 

「ストーカー被害でギルドに訴え出たら、勝てるかな? ……いや、ここはオラリオだったな」

 

 これだから力による支配は嫌いなんだよ。

 

 私は次なる目的地の「生糸問屋」を目指し、春の風を切り裂きながら、オラリオの空を駆けていった。

 

「ここまで来れば、大丈夫かな?」

 

 私は、徐々に人通りが多くなってきた大通りを見おろして、いったん裏路地から地上に降りて人の波に合流することにした。HUDのミニマップには明確な敵対意思(黄色の三角印)は表示されていないから、とりあえず安心と言える。

 

「えーっと、今日は絹糸(シルク)亜麻(リネン)に、木綿(コットン)も使うんだ。ワカヒルメ様、無理しないといいけど」

 

 リネンやコットンはシルクに比べれば安価な繊維かもしれないけど、ワカヒルメ様の手にかかれば、それこそ神衣にも劣らない品質へと昇華されるはずだ。

 

「えーっと、お店は……あ、ここだここだ。おはようございます、やってますか?」

 

 元関西人(神戸出身)としては「まいどおおきに」と言いながらのれんをくぐりたいところだが、ここは我慢して丁寧な挨拶を心がける。

 

「おいでやす。なんや、お嬢ちゃんまたきはったん? お茶飲んでく?」

 

 迎えてくれたのは、京ことばを操る美人店員さんだった。彼女の言葉は、どことなく優雅で気後れしてしまいそうになるが、ぶぶ漬けを勧められるような不穏な空気はなかったので一安心だ。

 

「すみません、ちょっと急いでるので。こないだの絹糸と、今日は亜麻と木綿もいただけますか?」

 

 今日は通信越しでのワカヒルメ様のサポートはないが、その代わりにエルティナがある程度の助言はしてくれると言うことなので安心だね。店員さんは奥から絹糸と、亜麻、木綿のサンプルをに加えて、羊毛やダンジョンのモンスターから採れる特殊な繊維まで紹介してくれた。

 

「このダンジョン産の糸って、例えばなんなんですか?」

 

「せやねぇ。基本的には羊毛に近いけど、強さが全然違いますえ。冒険者の戦闘衣(バトル・クロス)によく使われるね。数本持ってかはる?」

 

 ワカヒルメ様は将来的に冒険者向けの衣類も作りたいと言っていたから、いつか、この繊維を使いこなす日が来るかもしれないな。

 

「お使いなので、今回は言われたものだけで大丈夫です。ありがとうございました!」

 

 私は購入した生糸を丁寧に包んでリュックに収め、お礼をして店を後にした。

 

「またおいで。今度はお茶も飲んでってな」

 

 上品に小首をかしげながら手を振る店員さんに私も手を振り返して次の目的地へと急いだ。なんとなくだけど、京都の人と話すのは緊張するね。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

「さてと、午前の用事は次で終わりか」

 

 私はHUDのToDoリストにチェックを入れ、午前中最後のタスクを確認する。向かう先は、相変わらず悪趣味な『アイ・アム・ガネーシャ』だ。最近では受付の人も顔を覚えてくれたようで、手を振るだけで応接室まで通してくれるようになった。

 

「よう、久しぶりだな、猫又(ツインテールキャット)

 

「元気そうね。良かったわ」

 

 部屋ではハシャーナさんとパルヴァさんが待っていた。幸いにして、口うるさいエルフのミスティさんはいないようだ。あの人がいると、納品そっちのけで「淑女たる作法」についての説教が始まってしまうから、今日は当たりを引いたと言える。

 

「早速ですが、こちらの確認をお願いします。納品書にサインもお願いしますね」

 

 私はテーブルに袋を置き、通信機の回路(サーキット)10個を取り出した。パルヴァさんは慣れた手つきで検査機に繋ぎ、導通を確認していく。

 

「よし、全部緑(オール・グリーン)だ。納品書にサインすればいいんだな?」

 

 ハシャーナさんがガシガシと名前を記す。この回路(サーキット)は、ガネーシャファミリアからヘファイストスファミリアへ送られ、金属製のフレームやスイッチと組み合わされて完成品となる。それを再びガネーシャファミリアが回収し、最終的にギルドへ納品されるという、何とも複雑な経路をたどっている。

 

 別に私がヘファイストスファミリアに回路(サーキット)を納品して、ヘファイストスファミリアが完成品をギルドに直接収めればいいじゃんって思うけど、ギルドから通信機の全権を委託されたことになっているガネーシャファミリアとしては、いったん全てを自分たちの手元に置いてから、最終的にギルドに収める方式にこだわっているらしい。

 

 難しいよね、こういうことは。効率的なことだけが正解じゃないっていうかさ。

 

「今月分はこれで完了ですね。もし追加が必要なら、今のところ少しだけ余裕はありますよ」

 

「団長に伝えておくわ。ありがとね」

 

 パルヴァさんの言葉に頷き、私は辞去の挨拶をする。お茶に誘われたけれど、午後にも一件、大事な用事があるのだ。早めに昼食を済ませなければならない。

 

「地上もなかなか忙しいね。いずれはバイトを雇わないとダメかも」

 

 私は軽く肩を回しながらリュックを背負い直し、次なる目的地へ向けて、賑やかなオラリオの街へと駆け出した。

 

 

 

 

 

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