ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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たくさんの高評価に驚いております、ありがとうございました!
おかげさまで、無事復活できました、感謝を!








神命

 

「へぇ、売り切れで? いえいえ、あっちにようけ並んでますのは、飾りですやろか」

 

 私は棚に積まれた絹糸を指さし、わざとらしく小首を傾げた。

 あれからいくつかの反物を元バイト先のアパレルショップに卸し、そこから口コミで品質が広まり、今度は複数のお店から注文が入った。いよいよこれから、というところで、まとまった量の生糸を仕入れようとした矢先のことだった。

 

「ごめんなぁ、お嬢ちゃん。ウチもなぁ、何とかしてあげたいんやけどね。こっちも商売がかかっとるさかい……」

 

 京ことばの店員さん――実はこの店の店主だ――が、本当に申し訳なさそうに、そして悲しそうな眼差しを地に落とした。その指先が、カウンターの下で力なく震えているのが見える。

 

「それは、イシュタルファミリアの?」

 

 この人と話していると、こちらも昔を思い出してついついつ関西弁(出身は神戸)でしゃべるようになってしまった。私は視線を上げ、店主の瞳をじっと見つめた。

 

「私にはわからへん。せやけど、得意先の大きい商人さんがなぁ。ワカヒルメ様のところと取引を続けるようなら、今後の取引を見直さなあかん言いよってな。ほんま……前髪むしったろかあのハゲ」

 

 最後は聞かなかったことにしといてあげるよ。

 店主の吐き捨てるような言葉の裏には、逆らえない権力への怒りが滲んでいた。

 

「まあ、そんな言わんといてや。お姉さんかて商売やねんから、上には逆らわれへんのやろ?」

 

 私は精一杯の大人な対応で、幼女の視線から彼女を気遣うように言った。

 

「ほんま、ゴメンなぁ……これは、ほんのお詫び。ウチのおごりやさかい、目をつむってもらえへん?」

 

 そう言って店主は、ポケットからそっと絹糸の塊を取り出すと、私の手に押しつけるように握らせた。

 

「すんませんなぁ、ほんまに。ほとぼりが冷めたら、必ずまた来ますから」

 

 私はその生糸の塊を受け取ると、一瞬のフォトンの瞬きと共にアイテムパックに格納し、深々と頭を下げて店を出た。

 

「またおいで」

 

 店主はそう言って、今にも泣き出しそうな顔で手を振ってくれた。

 おそらく、他の糸問屋も同じ状況だろう。イシュタルファミリアは、私たちを完全にオラリオから干そうとしている。

 このままだと納品先にも影響が生じ、せっかく受けた注文が果たせなくなれば、ワカヒルメ様の信用に大きな傷がつく。

 

「借金がないのは救いだけど、ギルドへの税金はあるからなぁ。ホントに、いい加減にしろよイシュタル――」

 

 私は歓楽街の方角を睨み据えた。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

 糸問屋で起きた出来事を報告すると、ワカヒルメ様はリビングのテーブルに拳を置き、叫びたくなる声を必死で飲み込んでいた。震える拳がミシミシと音を立て、いつもは穏やかな彼女の神威が、部屋の空気をわずかに震わせる。

 

「私は――負けない……」

 

 ワカヒルメ様はそう言って顔を上げた。そこにはいつもの優しい微笑みはなりを潜め、困難に立ち向かう戦女神の鋭い双眸が宿っていた。その瞳の輝きに、私は思わず背筋が伸びるのを感じる。その姿まるで大日女尊(アマテラスオオカミ)を思わせる姿だった。

 

稚日女(ワカヒルメ)様。私は何をしたらいいですか?」

 

 私が尋ねると、ワカヒルメ様は低く、地を這うような声で答えた。

 

「職人を殺すには刃物は要らない。何も与えなければそれでいい。……あの美神(おんな)はそう考えているんだろうね」

 

「……はい」

 

「だったらさ、自分たちでそれを得ればいいんだよ。ごめん、ベルディナ。ダンジョンに行ってきてくれないかい?」

 

 ワカヒルメ様の言葉に、私は一瞬目を丸くしたが、すぐにその意図を理解した。

 

「なるほど。その手がありましたか」

 

「うん。絹織物の注文は、さっき貰った生糸だけでギリギリいけると思う。だけど他の素材は何とか別のものにして貰えないか、納品先に頼み込んでみるよ。地上は私とエルティナに任せてほしい」

 

「適材適所ですね。最近ダンジョンはご無沙汰でしたので、久しぶりに暴れてきますよ」

 

 私はちょっとだけ好戦的な笑みを浮かべながらアイテムパックから久方ぶりに巨剣を取り出し腰のマント部に繋止して、その場でクルクルと回って見せた。

 

「ほどほどでいいよ。君が本気を出したら、ダンジョンが壊れてしまいそうだ」

 

「大げさですよ、ワカヒルメ様」

 

 神命は下った、ならば、私はその使命を果たしに行こう。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

 『絹糸(けんし)の館』の工房には、微かな、けれど規則正しい金属音が響いていた。

 

 ワカヒルメ様が絹糸を織物に紡ぎ上げている傍らで、作業台に向かうエルティナは、普段の凜とした姿とはまた違い、求道者のような静謐さを思わせた。

 

 エルティナが手にしているのは、小人族(パルゥム)が持っても小さく見えるほど細かなハンマーだ。それをもってさらに小さなタガネを小刻みに叩き、金無垢の表面を丁寧に、寸分の狂いもなく削り出していく。

 

 クラフターから出力されたリヴェリア様の懐中時計は概ね出来上がっているけれど、ここからの最終調整が一番の正念場だ。

 

「10里の道は9里をもって半ばとせよってやつだね」

 

 休憩がてら工房の隅に置かれた水差しからカップに水を注ぎ喉を潤すワカヒルメ様は、エルティナの様を眺めてそうつぶやく。

 

 ムーブメントの精度をアークス級の最大出力まで高めつつ、外装の装飾をハイエルフの王女に相応しい、より繊細で上品なものへと昇華させる。その作業は、横で見ている私の目が回りそうになるほど緻密なものだった。

 

 オラリオでは小人族(パルゥム)は手先が器用で彫金が得意だと言われるけれど、今のエルティナの動きを見れば、誰もがそれ確信するだろうね。

 

「エルティナは鎚を、私は剣を。共に振るって神に捧げる……ってね。詩人だね、私は」

 

 ふと漏れた独白に、エルティナのタガネを打つ手が止まることはない。ワカヒルメ様はやれやれと肩をすくめてもう一度、機織り機へ座り、杼をくぐらせ、筬で優しく叩き整える。ペダルを踏むたびに経糸が上下し、そのたびに新しい布地が紡がれていく。もう、何度も繰り返された響きが工房を満たしていく。

 

 本当なら、この後の素材収集もエルティナに同行してほしいところだけど、今回はそうもいかない。レーダー範囲や索敵能力に、情報収集に情報処理能力を考えると、やっぱりエルティナにはワカヒルメ様の側にいて貰わないと困るのだ。

 それに、通信機の回路(サーキット)製造や時計の仕上げなど、拠点での彼女の「演算能力」と「情報処理能力」は、今の我がファミリアにとって生命線そのものだ,。

 

「それじゃ、行ってくるね。エルティナ、ワカヒルメ様をお願い」

 

「承知いたしました。マスターも警戒を怠らぬようお願いいたします。それと、ついでと言っては何ですが、こちらのテストもお願いします」

 

 エルティナはそう言って、淡々と進めていた作業の手を止めて私に手を差し出した。その小さな掌の上には、手のひらに収まるほど丸っこい、円盤状の道具が3つ並んでいる。

 

「これは……ひょっとしてコンパス?」

 

「はい。ずいぶん時間がかかってしまいました」

 

 そういえば、ガネーシャファミリアの遠征時に「ダンジョン内で正確な方角が分かる道具を作ってみて」とお願いしていたのを忘れてたね。

 特に急ぎの品ではなかったから気にしてはいなかったけれど、エルティナはちゃんと開発を進めてくれていたみたいだ。

 

「作ってくれてたんだね。ありがとう。だけど、なんで3つも?」

 

「それぞれ作動方式が異なりますので、現場でどれが最も正確かを判断していただきたいのです」

 

「なるほど?」

 

 小首を傾げる私に、エルティナは指先で一つ一つを指し示しながら、その内部構造を説明し始めた。

 1つ目は、最も原始的な磁石を用いたタイプ。

 2つ目は、物理的な回転子を浸かったジャイロ方式。

 そして3つ目は、魔石のエネルギーを光の信号へと変換して方向を検知する、光ファイバー方式とのことだ。

 

「うーん。どれが一番精度が高いの?」

 

「理論上では、光ファイバー方式が最も外部環境の影響を受けにくいですね」

 

「なるほど?」

 

 エルティナの解説によれば、磁石式はダンジョン内に含まれる特殊な金属や磁気の乱れに弱いが、それさえなければ安定する。ジャイロ式は衝撃に強く、地上の船などでは有効だが、長時間移動すると誤差が蓄積していくこと。そして光ファイバー方式は、魔石の消耗が激しいため、長時間の活用は難しいとのことだ。

 

「分かった。使い勝手を試してみるよ」

 

 私は3つの試作品を丁寧にアイテムパックへとしまい込み、そのまま拠点を後にした。

 

 

 さて、ダンジョンで素材を得るとは聞いたけど、具体的にはどうすればいいのかいまいちよく分かっていない。いつもならエルティナのレーダーや索敵能力を頼りに最短ルートで対象のモンスターを狩るだけだったからね。

 

「勇ましく出てきたはいいけど、私、素材収集とか苦手なんだよねぇ」

 

 独りごちる私の声は、巨大な円柱がそびえ立つ迷宮の入り口、バベルの中央回廊に虚しく響いた。

 エルティナ抜きでダンジョンを探索する危険性は、前回で痛いほど身に染みている。中層程度ならなんとかなると思いたいけれど、安心はできない。

 

 もしもイシュタルファミリアによる敵対的な怪物進呈(パスパレード)が再度行われたら。あるいは、あの漆黒の猿のような強化種が再び私の前に現れたら。

 今の私には、エルティナの広域レーダーも、的確な戦術分析も、致命傷を瞬時に癒やす回復テクニック(レスタ)もないからね。気楽にフォトン全開で戦えないのが辛いところだ。

 

 糸問屋の店主からおつまみ程度に聞いているのは、モンスター由来の線維は天然由来の線維よりも頑丈で希少性が高いということ。その代表的なのが中層に出現するソード・スタッグ(大鹿型のモンスター)がドロップするシープウールと、下層のアラクネがドロップするスパイダーシルクの2つだ。

 

「アリーゼさん達は……だめだな、今はそんな余裕はないはずだ」

 

 ようやく再始動できた矢先の、あの激闘だ。やっとこさダンジョンに入れるようになってきたところだというのに、私達とイシュタルファミリアとのいざこざに巻き込むのわけにも行かない。リオンだって、ギルドのペナルティでダンジョン探索は禁止されたままだし。

 

「パスパレードとか、強化種の事を考えるとトムさん達に付いてきてもらうのも難しいよね」

 

 スクルドファミリアは私達と同盟関係にあるけれど、彼らはまだレベル2が主力のファミリアだ。明らかに殺意を持った戦闘娼婦(バーベラ)たちが潜んでいる可能性ある場所に、彼らを連れて行くのは心苦しすぎる。

 

「一人で行くしかないか……」

 

 なんとなく肩を落として、私はダンジョンに向かってとぼとぼと歩いて行った。






日間ランキングで32位になっててびっくりしました。
これも皆様のおかげです。改めてお礼を。ありがとうございました。
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