ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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思わぬ援軍

 

 ダンジョンへ向かう螺旋階段に到着したところで、私はふと思うところがあって足を止めた。

 確かにワカヒルメ様からは「ダンジョン由来の素材」を求められたけれど、私はモンスターを倒すことには得意でも、素材を効率的に集める知識については、あまり持ち合わせていなかったことに気がついたのだ。

 

 通信機でエルティナに聞いてみるのも悪くないけど、作業の邪魔をするのも忍びないと思う。

 

「……一応、ギルドに寄っておこうかな」

 

 私はきびすを返し、併設されているギルド本部へと向かった。

 窓口の喧騒を小さい身体を活かしてすり抜け、私が向かったのは、今年見習いを卒業して正式に冒険者担当になったばかりのハーフエルフ、エイナ・チュールさんのところだ。

 彼女は私の姿を認めると、眼鏡の奥の表情を和らげた。

 

「あら、ベルディナさん。今日はどうしたの?」

 

「こんにちは、エイナさん。中層の『大鹿(ソード・スタッグ)』から取れるシープウールと、下層の『アラクネ』のスパイダーシルクについて、効率の良い採取場所や注意点を教えてもらえないですか?」

 

 私の問いに、エイナさんは「そうねぇ……」と呟きながら、足元から資料を取り出して見せてくれた。

 ソード・スタッグは24階層の森林地帯、アラクネは25階層から27階層の「水の迷都」に多く生息していること。それぞれの攻撃パターンや階層の危険性など、エイナさんの助言は理路整然としていて非常に分かりやすかった。

 結局、素材がドロップするかどうかは運次第なので、いかに効率よく大量に討伐するかにかかっている。けれど、それによって魔石を回収し損ねて強化種を生まないように気をつけるといった、冒険の基本も改めて聞かせてもらった。いつもはエルティナが担当してくれている事だから、特に注意しなくちゃだめなところだね。

 

 一通り説明を終えたエイナさんは、急に表情を曇らせて身を乗り出してきた。

 

「……でもね。いくらランクアップの最速記録保持者だとしても、レベル2の一人でそこまで行くのは無謀よ。特にアラクネの糸に絡め取られたら、逃げ出すのは至難の業なんだから。とにかく無理はしちゃダメ。分かった?」

 

 生真面目な彼女らしいお小言。

 言いたいことは分かるけど、冒険者なんて冒険してなんぼだ。それに、今の私は普通のやり方ではまともに経験値を得られないのだから、なおさらだろう。

 アビリティを向上させるには相応の負荷――つまり、生死の境界線上を行き来するような冒険が必要なのだ。

 

「大丈夫ですよ。危なくなったらすぐに逃げますから」

 

「もう、いつもそう言うんだから……」

 

 今は議論をしている時間の余裕がないので、私は「分かりましたー」と適当な返事をして、心配そうに見送るエイナさんの視線を振り切るようにギルドを飛び出した。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

 再びバベルの螺旋階段へと戻ってきて、改めて私の素材収集の旅が始まるわけだ。

 

「うーん。せめて十八階層まで直通のショートカットができればいいんだけどね。でっかい落とし穴とかさ」

 

 普通なら、18階層まで自由落下すれば途中で岩壁に叩きつけられるか、着地の衝撃でタダでは済まないだろう。けれど、落下ダメージを無視できる私にとっては、それは最高の近道に昇華されるわけだからね。

 『チャレンジ18』も、既存のルートではそろそろ記録更新が難しくなってきたところだし。

 

「よし、今日は新ルートの開拓も兼ねようか」

 

 私は行き来する冒険者たちの視界から消えるタイミングを見計らい、虚空跳躍(ネクストジャンプ)を多段展開した。

 ドォッ、と空気が爆ぜて、私の身体は一瞬で秒速30メートルに到達した。

 第一階層の入り組んだ通路を、正規ルートを無視して最短距離で駆け抜ける。視界が線となって背後へ流れ、風が私のツインテールを激しく揺らした。

 

 

 

「……あんまり記録も変わらなかったね」

 

 結局、17階層にゴライアスという一番の遅延ユニットがいなくて助かったけれど、記録的には1秒くらい早かったかなという程度に収まった。何度か繰り返せばもう1秒くらいは縮められそうだけど、劇的な改善かと言われると少し疑問だ。

 

「そういえば、そろそろゴライアスとも決着をつけないとなぁ」

 

 以前、単独でやり合った時は両足を砕かれて終わったけれど、今なら少しはまともに戦えるんじゃないかと思う。あの時はまだ巨剣もなかったし、攻守一体(ガードポイント)も習得していなかったからね。

 

 ソロで倒せれば、ひょっとしたらランクアップに必要な経験値を得られるんじゃないか――そんな予感がしていた。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

「こういう日に限ってバカみたいに湧きやがって!」

 

 私は巨剣を振り回して思いっきり悪態をついた。隣にガネーシャファミリアの口うるさいエルフのお姉さんがいたら、「こらっ!」と頭をこついでくるだろう。

 

 18階層のリヴィラ(地底人の集落)を全無視して休憩もせずに19階層に入り、そのまま急いで24階層まで行きたいところだった。だけど、木々の合間、木漏れ日の隙間から次々とモンスターが湧き出してきて、全然下に向かえない状態だ。

 

「せめて、鹿でてこいや」

 

 出てくるのはマンモス・フールやマッドビートルにデッドリー・ホーネットばっかりで、せいぜいマンモスの象牙ぐらいしか落とさないときた。象牙自体は彫刻品や装飾品として優れた素材ではあるけれど、今回の目的はワカヒルメ様に頼まれた機織りのための素材だ。

 

「ふぅ……また、魔石を拾わないと……」

 

 エルティナが一緒なら、サポートパートナーとしての熟練の手際で、戦闘が終わる頃には全て回収し終えているぐらいなんだけどね。かといって、他のサポーターを雇う気にはならない。そもそも今はお給料を払えるだけの余裕がないし。

 

「そういえば、サポーターの日当の相場ってどれぐらいなんだろ? こんど、エイナさんに聞いてみようかな」

 

 Lv.1の5人パーティの日の稼ぎが2万5000ヴァリス程度だとは聞いたことがあるけれど、サポーター単独の契約となると詳細は知らない。どうせエルティナがいるから関係ないかと思って、情報を仕入れていなかったのが祟った。

 

 ブツブツ言いながらせっせと魔石を拾い集め、とりあえずアイテムパックに格納して次の階層へ急ごうとしたが、突然の地響きにそれは遮られてしまう。

 

「団体さんのおつきか……ええかげんせぇよ!」

 

 地響きは複数の、膨大な足音へと変わり、遠くの木々をなぎ払いながらこちらへ殺到する陸津波のごとく押し寄せてくる。私のHUDのミニマップには、敵対を示す黄色い三角のマーカーが多量に出現した。これじゃ、まるでダンジョンが私を24階層に向かわせないようにしているようじゃないか。

 

 私は巨剣の柄を握り直し、腰を落とした。フォトンを周辺に放出せずに体内に深くため込んで、筋肉と骨に浸透させ、血管の一本一本、神経の末端部まで広げていく。アークスとしての戦闘力には遠く及ばないが、これが星滅種(スターレス)を刺激しない方法だ。

 

 地響きが一段と大きくなる。木立の狭間に見せた姿に私は乱暴に舌を打った。

 

「イノシシの群れね……」

 

 バトルボアという猪突猛進のナイスガイ(バカ)が、群れになって一心不乱に突進してくる。ただの大移動に巻き込まれただけなら逃げればいいだけだけど、連中の目は明確に私への殺意に満ちているように思えた。

 

 体長2メートルを超える巨体に、トレーラー並みの突進力を備えた猪の集団。本来、レベル2の冒険者であれば逃げるのが最善手なんだろうけれど、今回は、逃がしてくれそうにもないのが辛いところだ。

 

「さてと……いくよ!」

 

 私は腰を落とし、体内のフォトンを脚部へと集中させた。

 大地を蹴ると同時に虚空跳躍(ネクストジャンプ)を展開。空中に投げ出された次の一歩でさらに虚空跳躍(ネクストジャンプ)を発動させ、目に見えない足場を爆ぜるように蹴り飛ばし、慣性制御を度外視した急加速を開始した。

 

 二歩、三歩。踏み込むたびに空気が刃となって肌を刺し、急速に圧縮された大気がまるで壁のごとく目の前に立ちふさがる。システムが表示する対地速度は、秒速100メートルに達した。

 

「どっせい!」

 

 私は正面から迫るバトルボアの先頭集団に狙いを定め、その勢いのまま巨剣を一閃した。

 衝撃波が辺りの草木をなぎ払い、オリハルコン製の刃が猪の分厚い皮肉を紙のように切り裂いていく。一撃で数体をなぎ払うが、連中は恐怖を知らないのか、倒れた同胞を文字通り踏み潰し、後続の集団が牙を剥き出しにして私を飲み込もうと迫る。

 

「もう少し仲間のことを考えたら?」

 

 私は後ろ足で地面を強く蹴り、垂直方向へと跳躍した。

 跳ね上がった勢いを殺すことなく、胸を重心にして一回転。重力加速に回転エネルギーを上乗せし、全質量を落下速度へと叩き込む。

 

「爆砕斬!」

 

 適当に今思いついた技名を叫びながら、猛烈な落下の勢いのまま、盛大にスカートをまくり上げつつ巨剣を連中の中心部へと叩きつけてやった。

 爆発的な衝撃が大地を揺らし、衝撃波が同心円状に広がっていく。巻き上げられ、砕かれた石つぶてが弾丸のごとく後続に襲いかかり、そのことごとくを吹き飛ばしていく。

 その一撃が刹那の空隙を生み出す。けれど、それを埋めるようにさらなる後続が、灰と化した同族を踏み荒らしながら突っ込んできた。

 

 イノシシ軍団の半分ほどは片付いたかと思ったが、甘かった。過ぎ去っていった先頭集団が背後で大きく円を描くように方向転換し、土煙を上げながら再び私を押しつぶさんと迫ってくる。

 

「第2ラウンド開始ってやつね。まったく……時間がないってのに!」

 

 私は巨剣の柄を握り直し、前方から殺到する黒い塊をどう料理するか思考を巡らせた。だけど、その決断を下すより早く、頭上の梢を揺らして凜とした詠唱が木々に響き渡った。

 

【凍る空、天上の蒼雨(あめ)

 

 戦場を支配していた獣たちの咆哮を、銀鈴のような澄んだ声が一瞬で塗りつぶしていく。巨木の合間から溢れ出した魔力の波動が、熱を帯びた空気を冷たく染めていく。

 

【森を彩る白氷(はくひょう)よ、浅ましき蛮族を撃ち払え】

 

 複雑に重なり合う枝葉の隙間から、幾筋もの美しい木漏れ日が降り注ぎ、その光のカーテンを天女の衣のごとく纏い、一人のエルフが姿を現した。

 風を孕んで翻る装束と、光に透ける翡翠のような美しい瞳。流麗な所作で杖を掲げ、梢を渡り舞い降りるその佇まいは、まるで古い英雄譚に登場する「伝説のエルフの姫君」そのものに思え、私は、アリシアさんの美しいたたずまいに、思わず見とれてしまった。

 

【凍てつけ、冬の縛鎖――ヘイル・ダスト!】

 

 その叫びと共に、おびただしい数の雹弾が雨のごとく降り注ぐ。それは前方のバトルボアだけでなく、私の死角から迫っていた群れをも一網打尽にし、その硬い皮膚ごと粉砕していった。

 

「綺麗……」

 

 周囲は一瞬で極寒の静寂に包まれた。砕け散った氷の破片が木漏れ日を反射し、幻想的な輝きの中でモンスターたちが次々と灰へと変わっていく。世界の理をねじ伏せるような暴力的な魔力の奔流――まさに広域殲滅魔法そのものだ。

 

「大丈夫だった? ……って、ベルディナじゃん。どうしたの? 一人?」

 

 撃ち漏らした個体を軽やかな蹴りで吹き飛ばしながら、木の上から舞い降りるように姿を現したのは、ロキファミリアのティオナだった。いつもの露出度の高い衣装を揺らし、天真爛漫な笑みを浮かべて私の顔を覗き込んでくる。

 

「やあ、久しぶり、ティオナ。元気してた?」

 

 私はいったん剣を下ろし、空いた手でティオナにひらひらと手を振った。

 

「お怪我はありませんか?」

 

 魔法を放ち終えたアリシアさんは、ふわりと大地に降り立つと、すぐさま私に駆け寄ってくれた。光に透ける翡翠の瞳に、心底心配そうな色が浮かんでいる。

 

「ええ。助かりましたよ、アリシアさん。とてもお綺麗でした!」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 先ほどの凜とした様子とは一変し、アリシアさんは頬を染めて照れくさそうに手を頬に当てた。戦場での冷徹な魔導士の顔に、この初々しい仕草が、本当にかわいい人だと思わせた。

 

「大変だったね、ベルディナ。それにしても、今日は一人? エルティナは?」

 

 撃ち漏らした個体を片付けたティオナが、不思議そうに首を傾げた。

 

「エルティナは地上で……えーっと……時計の仕上げをしてるね」

 

 リヴェリア様へのプレゼント(懐中時計)は完全なサプライズだと聞いている。私はアリシアさんに一瞬だけ視線を送り、重要な部分はぼかして答えた。

 

「時計? ああ、最近ロキたちが話題にしてるやつだね。あれってエルティナも関わってたんだ」

 

「そうだね」

 

 ティオナは納得したように頷いたが、アリシアさんは厳しい表情を崩さない。

 

「ですが、レベル3はおろかレベル2のあなたが、中層を一人で探索するのは危険がすぎます。リヴェリア様の時計も大切ですが……少なくとも、命よりも優先されるべきものではないはずです。どうか、自身の安全を最優先にしてください」

 

 アリシアさんの優しさが身にしみるほどだ。

 

「いやぁ、こっちにも、のっぴきならない事情がありまして……」

 

 私は苦笑いを浮かべながら、イシュタルファミリアによる経済封鎖や、生糸が仕入れられなくなった現状を包み隠さず伝えた。

 

「なにそれ、ひっどい! 完全に言いがかりじゃん!」

 

 話を聞いたティオナが、自分のことのように憤慨して拳を握る。

 

「うーん、まあ、そうだね……」

 

 実際、アイシャさんの依頼(?)でイシュタルファミリアの儀式を盛大に邪魔したのは確かだけれど、それも、アイシャさんの大切な人(?)の命を救うためだったからね(詳しいことは聞いていない)。

 

「そういえば、そっちも二人だけ? ティオナとアリシアさんの組み合わせって、なんか珍しいね」

 

「そっかな?」

 

「今回はギルドからの依頼でして。中層の19階層から24階層にかけて、モンスターの異常繁殖が発生しているようなのです」

 

「異常繁殖?」

 

「そそ。それで、アタシらロキファミリアに『間引き』の依頼が来たってわけ。ダンジョンの大掃除ってやつ?」

 

「ふーん。上位ファミリアだと、そういう特殊な依頼もあるんだね」

 

「だから、ティオネとアイズは別のルートを手分けして回ってるんだよ」

 

 なるほど。高レベルの冒険者がローラー作戦を展開しているわけか。

 

「それで、ベルディナさんは大鹿(ソード・スタッグ)とアラクネのドロップ品が必要とのことですね? どうでしょう、私たちの『間引き』をお手伝いしていただいて、その代わりにシープウールとスパイダーシルクがドロップした場合は、お礼として提供するというのは?」

 

「いいんですか? それだと私ばかりが得をする気がしますけど」

 

「いいんじゃない? アイズもベルディナのこと、気になってるみたいだし。一緒だと喜ぶよ」

 

「そうなんだ?」

 

 そういえば、以前ギルドで会ったとき、なんだかアイズさんに話しかけられたことを思い出した。あの時は時間がなくて適当に煙に巻いて逃げてしまったけれど、彼女も彼女なりに「最速記録の片割れ(ベターハーフ)」のことが気になっているのかもしれない。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて、ご一緒させてください」

 

 私はペコリと頭を下げ、彼女たちと同行させてもらうことにした。

 

 

 

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