ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
「というわけで、ご一緒することになりました。ワカヒルメファミリア団長のベルディナです。レベル2で、二つ名は
私はあざといほどの笑顔を浮かべ、ペコリとお辞儀をしつつ挨拶を締めくくった。
鬱蒼とした木々の合間に、アリシアさんが手にする通信機からノイズ混じりの声が響いて、ティオネさんの「こっちは終わったわよ」という報告を受け、私たちは合流することになった。
私は歩み寄ってきたアイズとティオネの二人に対し、丁寧に頭を下げる。
「ちゃんと通信機、使いこなしておられるんですね」
私が嬉しそうに声をかけると、アリシアさんは少し誇らしげに、だけど、どこか戸惑いも込めた視線を私に向けた。
「あなたたちのおかげです。これほど戦況を劇的に変える道具など、今までになかったものですから」
「便利だよねー。離れててもお話しできるんでしょ? ね? ティオネ」
ティオナが無邪気に同意を求めると、ティオネさんはどこか恍惚とした表情で、手に持った通信機をなでつけた。
「そうね。ダンジョンの中にいるのに、いつでも団長の声が聞けるなんて……素晴らしいわ。ね? 団長? 私の声、届いてますか?」
ティオネさんが猫なで声で通信機に語りかける。だが、スピーカーから返ってきたのは、『こちら本部。通信機での私語は慎むようにね、どうぞ』という、フィンさんの柔らかくも冷徹な声だった。
「…………すみません、団長」
あからさまに肩を落としてシュンとするティオネさんの姿に、私は内心で苦笑した。恋する乙女のエネルギーというのは、時としてレベル6の冒険者すらも翻弄するらしい。彼女がフィンさんのためにどこまでも強くなれる理由は、今の短いやり取りだけで十分に理解できた。
「あの……」
「今回はよろしくお願いしますね、アイズさん。一緒に戦えるのを楽しみにしていました」
私はアイズさんに対し、先んじて右手を差し出した。
アイズさんは瞳をわずかに細め、不思議なものを見るような目つきで私を見つめ返したあと、その白く細い指先で私の手を優しく握りしめた。
「うん、よろしく、ベルディナ」
彼女の口元に、うっすらとした、けれど確かな温かみを感じさせる笑みが浮かぶ。近くで見れば見るほど、まるでお人形のように精巧で、まるで人間離れした美しさだよね。
「――ということなのですが、よろしいですか? 団長」
アリシアさんが再び通信機を口元に寄せ、私の同行についてフィンさんへ最終確認を行っていた。もしここでダメと言われれば、私はこのまま「さようなら」をするしかないわけだけどね。
『そうだね――ワカヒルメファミリアに借りを作るのも悪くない。いいよ、君たちの判断を尊重しよう』
「ありがとうございます、団長。以上です」
アリシアさんは通信機を肩にかけ直し、「それでは参りましょうか」と、にっこりとこちらに向き直った。
19階層の掃除はあらかた終わったようで、一行は次の20階層へと足を進める。本当はさっさと目的の24階層へ向かいたいところだけれど、ここは焦るべきじゃない。お情けで貰った生糸を使ってワカヒルメ様は今も作業中だし、木綿やリネンの在庫もほんの少しは残っている。ワカヒルメ様は、地上でエルティナと共に発注元へ弁明し、納期を若干延ばしてもらう交渉をするともおっしゃっておられたので、今回の探索だけで全てを決め急ぐ必要はないのだ。
「……よし、落ち着こう」
私は一度深く息を吐き、肩の力を抜いた。腰のマウント部に繋止していた巨剣を手に取り、馴染ませるように数回素振りをする。風を切る重厚な音が周囲の湿った空気を震わせた。準備は万端だ。いつでも攻撃に移れるよう、そのまま肩に乗せて歩き出す。
「それにしても、ベルディナってそんなでっかい武器使ってたんだねー?」
そんな私の様子を隣で眺めていたティオナが、不思議そうに目を丸くした。彼女は屈託のない笑みを浮かべながら、私の肩にある巨剣の腹を指先でツンツンと突いてくる。
「あれ? 見せたことなかったっけ?」
「そだっけ?」
ティオナの反応に、私は苦笑交じりに記憶を遡った。
「たしか、出会ったばかりの頃に24階層で一度共闘したはずだよ。あの時はベートさんやラウルさん達とはぐれてたかな?」
あの時も、なかなかカオスな状況だったなと懐かしく思う。
「ん~? あ、そうだ、思い出した!」
ティオナはポンと手を打った。
「ほら、あの時はアイズさんが
「あはは、そういえばそうだったね! あの時は余裕がなくて、ベルディナの剣までじっくり見てなかったのかも!」
ティオナは豪快に笑い飛ばす。アレを忘れるとはよっぽどだよ。それとも、それすらも印象が薄くなるほどの冒険を繰り広げてきたということかな?
20階層へ向かう道すがら、アリシアさんから話を聞くところによると、今回の任務はロキファミリアに貸与された通信機を用いた作戦行動の訓練も兼ねているらしい。
「そうだったんですか。だから2チームに分かれて行動しておられたんですね」
私が納得したように頷くと、アリシアさんは手元の通信機を誇らしそうに指で突いた。
確か、ロキファミリアに正式に貸与された通信機の総数はまだ3台だけだ。本部のフィンさんが1台、アリシアさんが1台、そして別動隊のティオネさんが1台。これで全部ということになる。
「できれば、地上との交信もできれば良いのですが」
「あれ? フィンさんは地上におられるんじゃないんですか?」
「いえ、今回は不測の事態に対応するため、団長達は18階層のセーフティポイントで待機されています」
「なるほど。それは合理的ですね」
地上との通信はまだ不安定なところがあるから、前線と直接やり取りするには、18階層を拠点にするのが一番確実ってことだね。さすがフィンさん。
「それじゃ、私の通信機も活用されますか? ファミリアチャンネルから、チームチャンネルに切り替えれば、私の端末もネットワークに参加できますよ」
私の提案に、アリシアさんは目を丸くした。
「団長に確認します。……こちらアリシア、本部応答願います」
アリシアさんは一旦行軍を停止させ、フィンさんに事情を伝えて判断を仰いだ。スピーカーから漏れるノイズに混じって、フィンさんの落ち着いた声が響く。
『なるほどね……
「承知しました」
アリシアさんはチラリと腕時計に目を落とし、その場で待機を全員に告げた。その動作があまりに自然で、私はなんとなくほっこりした。いやぁ、美人だと時計を眺める姿すら絵になってズルいよね。
「なるほど。時計もちゃんと活用されてるんですね」
「ええ。正確に時を共有できるのが、これほど安心感に繋がるとは思いませんでした」
アリシアさんが翡翠の瞳を細めて微笑む。通信機で遠くの仲間と言葉を交わし、時間すらも共有するとなるとその安心感は、私の想像絶することだろう。
私にとって、それは生まれたときから当たり前のことだったから、それがない状態を想像する方が難しい。
「いいよねぇ。アタシも欲しい。ね? アイズ?」
ティオナは近くの倒木に腰を下ろして、アリシアさんの時計を羨ましそうに眺めた。
「あんたねぇ。まだまだ数が足りないんだから、我慢しなさいな」
ティオネさんはたしなめつつも、自分の手首に巻かれた時計を見せびらかすように腕を掲げている。
「えー、でも、ティオネのやつってリヴェリアから借りたやつでしょ? 自分のじゃないじゃん」
「うるさいわね!」
「ベルディナも、時計持ってるんだね」
手持ち無沙汰にサーベルの素振りをしていたアイズさんが、私の手元を見て尋ねてきた。彼女の瞳が、好奇心に揺れている。
「そうですよ。結構かわいくないですか?」
私は、子供用に調整した小ぶりで丸っこいフレームの時計を見せた。ベルトには少しだけ星の装飾をあしらって貰っている。腕時計は、気分に応じてベルトを交換できるからいいよね。先月は花がデザインされたやつで、来週は音符があしらわれたのにしようかなと思っている。
「えっと……かわ……いい?」
アイズさんは小首をかしげた。ふむ、アイズさんはあんまりこういうデザインは好みじゃないのかな? ひょっとしたら、G-なんちゃらみたいなカッコイイやつが好みなのかもしれない。
『こちら本部より各局。
フィンさんの決断は早かった。
「承知しました。ちなみに、チーム割りはいかがしますか?」
『チームを再編成する。アリシアとティオナ、ティオネはエルフィと組んでほしい。アイズは
フィンさんの指示を聞いたアリシアさんは、チラリとこちらに目を向けた。私たちは全員無言で頷き、合意を示す。
「承知しました。合流まで待機します――――各員、チャンネルを『4』へ切り替え。番号の入力お願いします」
その後、指示通りに通信機をチームチャンネルに設定し、共通の8桁の数字を入力した。これで私たちのネットワークは4台体制となった。
「エルフィなら、到着に30分はかかるかしら?」
ティオネさんは時計を眺めて呟く。
「それ以上かかったら、探しに行った方がいい?」
アイズさんは少し心配そうだが、私はバッグからとっておきの一品を取り出した。
「ねえ、アイズさん。私、おやつ代わりにジャガ丸くん持ってきたんですけど、食べます? メイプルシロップ味の甘いやつですけど」
「食べる――もぐもぐもぐ」
私が差し出したジャガ丸くん・メイプルシロップ味は、アイズさんの手に渡ったかと思った次の瞬間には、すでに彼女の口の中に収まっていた。
「おー、アイズさんってやっぱり相当なジャガ丸くんファンでしたか」
私は自分の分も取り出して、しばしおやつ休憩と相成った。他の人にも勧めてみたが、甘いジャガ丸くんは彼女たちの口には合わないらしく、結局私とアイズさんの二人で半分こして平らげた。幸せそうなアイズさんの顔を見ていると、こちらまで和んでしまう。
そんな私たちをアリシアさんがあきれ顔で見守っていたが、20分ほど経ったあたりでエルフィさんと合流でき、安心した表情に戻った。
「やっほー、助っ人のエルフィさん到着ですよ!」
初めて会ったけれど、エルフィさんはなかなか快活な方のようだ。
「よろしくお願いします、エルフィさん」
私が積極的に挨拶をすると、彼女は足を止めてまじまじと私を見つめた。
「え? ちっちゃ……。そっか、あなたが
お言葉だが、エルフィさんもそれほど背は高くないでしょ? お胸はそれなりにあるみたいだけどね。ローブで着痩せしているように見えるけどさ。
「すみませんねー、こんなちびっ子が一緒で」
「あ、ごめんごめん! そんなつもりじゃなくてさ。ちっちゃくてかわいいなぁって思っただけだから!」
まあ、そういうことにしておいてあげよう。
「無駄口はそこまでです、エルフィ。以降はティオネと二人チームで行動してもらいます」
アリシアさんの冷静な指示が飛ぶ。
「分かりましたー。じゃ、よろしくねティオネ」
「ええ。よろしく」
なんとなく、ティオネさんの雰囲気が以前より丸くなった気がする。以前はもっと、こう……やさぐれていたというか、お口が悪かったような記憶があるけど……フィンさんの影響かな? いいね、そういうの私は好きだ。
「アリシアより本部へ。エルフィと合流しました。これより20階層の『掃除』を再開します」
『本部了解。各局、連絡は密に。少なくとも30分に一度はこちらから通話を試みる』
「こちらベルディナ。時間合わせはしておきますか? どうぞ」
私は自分の腕時計を見下ろした。
『そうだね。では、僕の時計に合わせてほしい。準備はいいかい?』
通信機から流れるフィンさんのカウントダウン。それに合わせて全員がリューズを操作し、分単位で時を同期させる。静寂の中、リューズが押し込まれるカチリという音が木々の狭間に響き渡った。
構造上、秒針は常に動いていて止められないからどうしても分単位の時間調整しかできないのが現状だ。帰ったらエルティナに、秒針を意図的に0の位置で止めるスイッチが追加できないか聞いてみようかな。