ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
20階層に降りると、そこには相変わらず視界を遮るほど巨大な樹木が立ち並んでいて、ちょっとうんざりするね。私たちはフィンさんの指示通り、3つのチームに分かれて行動を開始する。
「それじゃあ、私たちは西へ向かえばいいんですね?」
私は、HUDに表示されたミニマップとコンパスの数値を参照しながら、木々の向こう側を指さした。周囲の木々はどれも似たような形状をしており、一度方向を見失えば熟練の冒険者でも迷いかねないね、これは。
「方角が分かるのですか?」
アリシアさんがちょっと驚いている。アリシアさんぐらいのベテランなら、ダンジョン内での方角が分かるというは、それなりに特殊な技能であるかを知っているはずだ。
「えーっと……方角が分かるアイテムを使ってるんです。ほら」
私は拠点を出る際、エルティナにテストを頼まれていたコンパスを取り出して見せた。先ほどまではモンスターの湧きが激しすぎて、のんびりテストをする余裕もなかったけれど、ここならちょうどいい。
三つの試作品をHUDの計測値と比較してみたが、今のところ目立った誤差はないようだ。
「これで、方角が分かるのですか?」
「はい。エルティナが作ってくれたんです。私、方向音痴だから、一人で潜るのを心配したんでしょうね」
まあ、実際にはナビゲーションシステムのおかげで、私一人でも迷子になる心配は皆無なのだけれど、ここは方便というやつだ。
「でもさ、なんで三つもあるの? 一つでよくない?」
ティオナが、ごもっともな疑問を口にした。この子は勘が鋭いというか、たまに核心を突くことを言う。頭は悪そうなのに(誹謗中傷)。
「全部、中の仕組みが違うみたいだね。どれが一番使いやすいか、実際に試してほしいってさ」
私は、三つのうち最も構造が単純な磁石方式のものをティオナに手渡した。激しく動き回る彼女にはこれが最適だろう。
「うーん。アタシじゃよく分からないから、アリシアお願い!」
ティオナはひょいとコンパスをアリシアさんへ投げ渡した。慌てて受け取ったアリシアさんは、その不思議な計器を食い入るように見つめている。
「アリシアさんが持つなら、こっちかな? 魔石で動くので正確ですけど、長時間使いすぎると魔力が切れちゃうんです」
私はアリシアさんから磁石式を回収し、代わりに光ファイバー式(魔石型)を手渡した。
「いいのですか? そのような貴重なものを」
「いいですよ。エルティナに使い心地を報告しないといけないので、できれば協力してください。……あ、エルフィさんも」
「はいはい、エルフィさんも協力いたしますよ!」
エルフィさんが元気よく手を挙げたので、私は残ったジャイロ式を彼女に預けた。これで私は磁石式のテストをすることになったね。
「このことを、後で団長に報告してもよろしいですか?」
アリシアさんは、手の中にある魔石型コンパスを見つめながら尋ねてきた。
「いいですけど、今のところは非売品ですって伝えておいてくださいね。まだまだ課題は多いみたいですから」
「……分かりました。大切に扱わせていただきます」
いろいろとご都合主義的な展開が繰り広げられてしまったが、少なくともこれで私達は、声と時間、そして方角を離れていても共有できるようになった訳だ。これなら、かなり効率的で効果的な作戦行動を行うことができるだろう。
すべては私が、一刻も早く24階層へと向かうための布石だったのだよ。ロキファミリアという都市最大派閥すら自分の都合で動かす自分の悪女ぶりが、我ながらちょっと怖いね。
「それとアリシアさん。もし地図を持っていたら、右上の端に『北』を指す矢印を書いておくと便利ですよ」
私は歩きながら、ふと思いついて基本的なテクニックを共有することにした。
「なるほど……。では、あらかじめ紙の上側を北と定めておけば、複数人で情報を突き合わせる際も混乱が起きませんね」
アリシアさんは、魔石型コンパスの数値を読み取りながら、感心したように頷いた。
「さすがアリシアさん。飲み込みが早いですね」
地図を作っても方角が分からないと意味がないからね。
「ねえねえアリシア、この地図だと北はどっちになるの?」
後ろを歩いていたエルフィさんが、手持ちの羊皮紙をアリシアさんの前に差し出した。
「この地図の向きですと……あちらですね。このコンパスの針が示す方向が、常に一定の基準になります」
アリシアさんはコンパスと実際の地形、そして地図上の記述を素早く照らし合わせ、迷いのない所作でエルフィさんに方角を指し示した。
「なるほどー。え? これって、実はめちゃくちゃ凄くない?」
エルフィさんは地図の端に矢印を書き込みながら、ようやく事の重大さに気づいたようで、驚きの声を上げた。
今更気がついたのかね、君は……。魔導士といっても、頭のいい人ばかりというわけじゃなさそうだね(誹謗中傷)。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
「アイズさん、そっちお願いします!」
「うん。任せて」
私は空中で天に足を向けて虚空を蹴り飛ばす勢いのまま、巨大なマンモスの脳天へ巨剣を叩き込み、一刀両断する。
アイズさんはそんな私と交差するように高く舞い上がり、風の魔法を纏わせたサーベルで空中のデッドリー・ホーネットとマッドビートルを鮮やかに殲滅していった。
「この辺はこれぐらいですか?」
「そうだね。早く魔石拾わないと……」
アイズさんは愛剣を腰に差し戻すと、膝を折ってしゃがみ込み、足元に散らばった紫紺の結晶を拾い始めた。私もいったん巨剣を地面に突き刺し、中腰の姿勢で魔石をかき集める。
私もアイズさんも、戦闘中に隙を見て魔石を拾うという器用さは持ち合わせていない。エルティナがいれば、戦闘が終わる頃にはすべて回収し終えているのだけれどね。やっぱり、流石だ。
『こちらエルフィ、北側おわったよ』
『こちらアリシアです。南側はもう少しかかります』
『そっち行こうか?』
『いえ、次の階層の入り口で待機していてください』
『ほーい、了解』
『こちらベルディナより各局。西側終了、現在魔石の回収中。どうぞ』
『こちらアリシア。承知しました。回収後、同じく入り口へ向かってください』
『こちらベルディナ。了解、以上』
ふーむ。エルフィさんは通信機の使い方をもう少し勉強したほうがいいかもしれない。友人同士の雑談なら構わないけれど、作戦行動中はとにかく短く早く正確にだ。
「こっちは終わったよ、ベルディナ」
「分かりました。こっちも……これで終わりかな?」
なんとなく数えていた撃破数と、二人で回収した魔石の数はだいたい一致している。
「じゃあ、行きましょうか」
私は地面に突き刺していた巨剣を引き抜き、肩に担いで次の階層へと続く順路を指さした。
「うん。……えっとね、ベルディナ。怒らないで聞いてほしいんだけど」
アイズさんが金色の瞳をわずかに伏せて口を噤んだ。
「えっと、何か私、やらかしちゃいました?」
「戦闘のことじゃないの。いや、関係あるかもだけどね?」
「はい」
なんじゃらほい。はよ言ってや。
「えっと、その。戦ってるとき、スカートの中、まる見えだから……。中にもう一枚、穿いたほうがいいと思う……」
アイズさんは恥ずかしそうに頬を朱に染め、俯いてしまった。初々しいね。まだ12歳ぐらいだっけ?
「あー。よく言われます。まあ、私は気にしてないので大丈夫ですよ!」
下着を見られる程度で恥ずかしがるアークスなどいない(個人の感想です)。
「そういう問題じゃなくて……」
「急ぎましょう。エルフィさんたちを待たせてますし」
「まって、話を聞いて」
オラリオの人たちは意外と身持ちが固いのだろうか。エルフ特有の性質かと思っていたけれど、ヒューマンのアイズさんにまで諭されるとは思わなかった。
「でも、アイズさんも結構スカート短いですよね?」
「わ、私はちゃんと穿いてる……」
アイズさんは反論するように、ほんの少しだけスカートの端を持ち上げた。そこからは、戦闘用と思われるスパッツがちらりと顔を覗かせた。
「あざとい」
「がーん」
がーんとか口で言う人を初めて見たよ。ともかく、今はそんなことよりも「間引き」の任務が優先だ。私はさっさと歩きだし、アイズさんも納得いかない様子で、渋々と私の背中を追いかけてきた。
「おーい、二人とも。こっちこっち!」
20階層の出口。次の階層へと続く巨大な樹根の階段を見下ろす巨木の枝に座り、無邪気に足をぶらぶらさせていたティオナが、私たちに気づいてひょいっと地面に飛び降りた。
「ありゃま。アリシアさん達にも先を越されたか」
私は肩に担いでいた巨剣を下ろし、軽く息を吐いた。
残念ながら、私とアイズさんのペアが最後だったようだ。
「やー、通信機って本当に便利だよね。離れた場所でも仲間の声が聞こえるなんて。誰がこんなの作ったんだろう? 天才じゃない?」
魔導士のエルフィさんは、肩にかけた通信機の筐体を、心強そうになでつけた。
「戻ったらフィンさんに聞いてみるといいと思いますよ?」
一応、通信機はガネーシャファミリアが主体でギルドが管理していることになっているから、ここで直接私が名を上げる必要はないよね。
私たちは合流したついでに、各自に持たせていた試作型のコンパスを取り出して見せ合った。
私が持つ「磁石型」に、エルフィさんに預けた「機械型」、そしてアリシアさんの持つ「魔石型」。三者三様の計器が示す針は、どれも正確に同じ方角を指し示しているみたいだ。その事実にアリシアさんは驚嘆したように瞳を輝かせた。
「不思議ね……。どんなに動いても、針が迷うことがないなんて」
アリシアさんの呟きに、アイズさんも無言で三つのコンパスを見比べ、不思議そうに小首を傾げた。
そこで、ふと思いついたんだけど、通信機の地上の中継アンテナと18階層の中継アンテナを利用したら、簡易的な位置測定装置ができるんじゃないかな? GPS(Global Positioning System)ならぬ、DGPS(DunGeon Positioning System)ってやつだ。中継アンテナから、異なる周波数を一定時間ごとに発振して、それを受け取ったDPSがそれぞれの角度を検出して三点測距法で距離を測るとかね。
だけど、それだと上下の高さしか分からないから……。どうしたらいいんだ? 18階層に追加のアンテナを正三角形の形に配置して貰うとかか?
帰ったらエルティナに相談してみよう。もしもコンパスにDPSを組み合わせれば、マッピングなんてただの作業になっちゃいそうだね。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
そんなこんなで、時計による時間の共有と、コンパスによる方角の共有、そしてそれらをいっぺんに通信機で連動させた今回の「掃除」任務は、大きなトラブルもなく24階層まで終了した。私は報酬として、当初の目的通り幾らかのシープウールを手に入れることができた。
アラクネのスパイダーシルクはさらに深い下層の素材なので今回はお預けだが、手元には絹糸の在庫が多少あるし、ワカヒルメ様を待たせるわけにもいかないから、優先度は低くてもいいだろう。
「やあ、みんな。ご苦労だったね」
18階層に戻り、ロキファミリアが本部として活用していた天幕へ向かうと、そこではフィンさんがリヴェリア様やラウルさんたちと円卓を囲んで話し合いをしているところだった。
「はい、団長。無事、任務終了しました」
「思ったより早く終わったねー。ベルディナのおかげかも!」
ティオナはカラカラと笑って私の頭をポンポンと叩いた。
「確かに。おかげでチームを一つ追加できて、しかも方角が分かる道具まで貸してくれたそうじゃないか。僕にも見せて貰えないかい?」
フィンさんが興味深げに身を乗り出してきた。
「いいですよ」
私は、みんなから返してもらったコンパスを三つともフィンさんの前に並べた。
機械式のジャイロ型は、激しい戦闘の衝撃で流石に補正が必要なほどズレが生じ、磁石式にいたっては、24階層の奇妙な磁気嵐や特殊な鉱石の影響で、針がぐにゃぐにゃと落ち着きをなくしている。やはり、ダンジョンという特殊環境下で安定して使えるのは、消去法で魔石型の一択になりそうだね。
「なるほど……これがあれば……」
フィンはコンパスを眺めながら思索を重ねているのか、無言で腕を組んだ。その真剣な表情を、ティオネさんが瞳をハートマークにして見つめている。ちなみに、私もハイライトがハートマークになるタイプの瞳パターン(シャイニーハートアイ)を持っているから、対抗してやろうか?(やめとけ)
その横では、リヴェリア様がティオネさんに貸していた時計を返してもらっていた。リヴェリア様には近いうちに最高級の特注品を贈る予定なのだが、これはまだ内緒だ。
「フィン、そろそろ撤収しないか?」
リヴェリア様が、黙ったままのフィンを促した。
「ああ、そうだね、すまない。では、皆、今日はお疲れ様。通信機での作戦行動を、僕の想像以上に上手くこなしてくれたことに感謝するよ。今度、僕のおごりで『豊穣の女主人』を予約しようと思う。
「うーん。ワカヒルメ様と相談してみます」
報酬のシープウールはすでに受け取っているが、上級派閥との飲み会……もとい、情報交換はしておいて損はないだろう。
「絶対来てよ!」
ティオナが私の手を握ってブンブンと振り回す。あなたは力が強いんだから、私の身体ごとをぶん回さないでよね。
「それじゃ、参加の返事はフィンさんの通信機に直接入れればいいですか?」
「うん? ああ、そうか、そういう使い方もできるのか。活用方法は無限大だね。分かった、僕の個別IDはわかるかな?」
「えーっと、ロキファミリアの団長さんだから……『004001』ってところですかね?」
ロキファミリアに割り当てられたファミリアIDは004で、その団長であれば末尾は001だからね。
「正解だ。流石だね」
「良かった。それじゃ、また後で。あ、ちなみに私のIDは『001001』なのでよろしくお願いしますね」
「承知した――なるほど、君が最初ということか」
「ですねー。それじゃ、私はちょっと急ぎますので、これで!」
私はロキファミリアの撤収を待たず、『チャレンジ18』の逆ルートを秒速30メートルで駆け抜けて瞬く間に地上に帰還したのだった。
DGPSは流石にやりすぎかな?
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