ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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静かな工房はまるで神域みたいだね

 

 

 さて、ロキファミリアに先んじて地上に戻った私は、イシュタルファミリアの工作員(カス)に見つからないよう、ちょっとした変装をしつつ人通りの少ない裏路地をすすんだ。

 ときどき、足音を消して家の屋根を伝い、小さい身体をさらにかがめて足早に『絹糸(けんし)の館』を目指した。まるで、忍者だね。

 

 一応、ギルドの受付に立ち寄り、エイナさんには帰還報告を済ませてある。19階層でロキファミリアの『間引き』に同行し、共同任務の報酬として素材を譲り受けたと伝えると、彼女は案の定、苦いものを噛み潰したような表情を浮かべていた。今日は時間がないから愚痴は今度聞いてあげよう。

 

「……イシュタルファミリアは、監視は続けているけれど、数は少ないか」

 

 拠点の周囲をレーダーで探査すると、物陰に潜む数人の反応があった。こちらが経済封鎖に根を上げるのを、今か今かと待ち構えているのだろう。甘く見られたものだ。

 

「屋上から直接入るのが正解だね」

 

 正面玄関も勝手口も、さらには裏口の路地までもが見張られているみようだ。

 私は仕方なく建物の死角に滑り込むと、虚空跳躍(ネクストジャンプ)を駆使して一気に最上階のテラスへと舞い降りて、そのままリビングへと繋がる扉を開けた。

 

「ただいま戻りました、ワカヒルメ様」

 

「おっと、上から来るとは恐れ入ったよ」

 

 ソファで難しい顔をしながらお茶を飲みながら休憩していたワカヒルメ様が、目を丸くして私を出迎えてくれた。

 

「ごめんなさい。先に通信で伝えておけば良かったですね」

 

「いいさ。無事で何よりだ。お茶でも飲むかい?」

 

「いいえ、先にこちらを……」

 

 私はアイテムパックから純白の毛塊を取り出してテーブルに広げて見せた。24階層の大鹿(ソード・スタッグ)から得た戦利品のシープウールだ。

 

「やったね、ベルディナ! これで首の皮が一枚つながったよ」

 

 受け取ったワカヒルメ様の声が、弾んだ。

 

「まだ首の皮一枚、なんですね……」

 

「まあね。絹は使い果たしたし、他の素材も底を突いたところだったんだ。納期は何とか延長してもらえたけれど、次はもうない。本当に助かったよ」

 

 ワカヒルメ様は手の中の羊毛を指先で丁寧にほぐすように解きつつ、「流石に品質が高いなぁ」と、呟いた。

 

「さてと、私はこれを糸にしないとね」

 

 ワカヒルメ様は、立ち上がり、もう一仕事と言わんばかりに背筋を伸ばした。

 

「あ、そうか……糸が仕入れられないから、自分たちでやるしかないんですね」

 

 これまでは問屋から直接糸を仕入れてきたが、やつらのせいでそれもできなくなったわけだから。紡績も自分たちでやらないといけないわけだ。

 

「紡績機は……そういえば、店主さんが機織り機と一緒に譲ってくれたものでしたね」

 

「そうだね。本当に、頭が上がらないよ」

 

「そうですね。今度、改めてお礼に伺いましょう。置き時計とかどうですか?」

 

「ああ、それはいい案だ。さて、それじゃあ私は今日も工房に泊まって作業を進めるよ」

 

 ワカヒルメ様は気合を入れるように肩を回した。

 

 そうして私もワカヒルメ様と一緒に工房に足を運ぶと、エルティナがちょうど作業を終えたのか、小さな工具を丁寧に作業机の抽斗(ひきだし)に片付けている様子がうかがえた。

 

「エルティナ、お疲れ様。リヴェリア様の時計、できた?」

 

「はい。外装の最終調整まで完了いたしました。後は納品を待つのみです」

 

 エルティナの無機質な声は変わらないけれど、数日間にわたる緻密な彫金作業を終えた彼女の演算処理回路は、かなりの熱を帯びているはずだ。

 サポートパートナーはロボットだから人間のように空腹や乾きに集中力を乱されることはないが、その分、過負荷によるパーツの消耗には気をつけておかないと。

 

「私も、今日は工房に泊まって護衛に付きます。ワカヒルメ様を一人にしておくのは、今の状況じゃ危ないですから」

 

 門の外には、未だにイシュタルファミリアの影がちらついている。エルティナも作業が終わったなら、一旦スリープモードに入って、アクチュエーターや制御回路の冷却を優先して貰わないとだね。

 

「助かるよ、ベルディナ。君たちがいてくれて、本当に心強い」

 

 ワカヒルメ様の感謝の言葉を背中で受けながら、私は工房の入り口に巨剣を立てかけ、いつでも迎撃できる態勢で簡易ベッドに座り込んだ。

 

「では、マスター。私はしばらくメンテナンスのため、スリープモードに入らせていただきます」

 

「うん。いいよ。おいで、エルティナ。ここに横になって」

 

 私はエルティナに手を差し伸べてその手を取り、ゆっくりと身体を抱き上げて私の隣の慎重に寝かせた。

 

「お休みエルティナ」

 

「おやすみなさいませ。マスター。メンテナンスモード起動。自閉状態(スリープ)に移行します」

 

「かなり無理をしていたのかな?」

 

 作業の手を休め、ワカヒルメ様が横たわるエルティナを心配そうに覗き込んだ。今のエルティナは、呼吸や鼓動といった生体擬装をすべて停止させ、内部システムの冷却とセルフメンテナンスに専念している。

 その静止した姿は、精巧に作られた美しい人形そのものだった。

 

「自壊するような判断は下さない設定になってますから、大丈夫ですよ。それよりも、ワカヒルメ様の方こそ休みなしで心配です」

 

「私はまあ、慣れてるからね。朝廷にいた頃は、何徹もして神衣を織り上げたこともあったなぁ」

 

 ワカヒルメ様は遠い目をしながら、大鹿(ソード・スタッグ)の羊毛を機械に通していく。年季の入った足踏み式の紡績機を器用に回すと、ふんわりとした毛塊が一本の細い糸へと縒り合わされ、リズミカルにボビンへと巻き取られていった。

 

「簡単そうにされていますけど、やっぱり難しいんでしょうね」

 

「まあ、慣れだよこんなの。少し指先が硬くなるけどね」

 

 話し中もワカヒルメ様の手が止まることはない。まるで、呼吸するがごときってやつだね。

 

「静かにしておいた方がいいですか?」

 

「いや、とにかく単調な作業だからね。むしろ喋りながらの方がやりやすいかもしれないよ」

 

「分かりました。それじゃ、邪魔にならない程度に」

 

 あんまり頻繁に話しかけるのは止めておこうかな。

 

「そうだ。コンパスのレポートを作らないと……」

 

 私はベッドに深く腰掛け、空間にHUDモニターとキーボードを出現させ、レポートアプリを起動し、3種類のコンパスの運用結果を整理し始める。最初は手応えのないキーボードを叩くのに違和感がすごかったけど、何年も使っていれば流石になれるね。一応、他の人には見えないように設定もできるけど、作業を分かりやすくするためにワカヒルメ様には見えるように設定しておこうかな。

 

「えーっと、磁石型はダンジョン内の磁気嵐や特殊鉱石の影響を受けやすく、機械型はジャイロの誤差が蓄積して補正が大変。対して、光ファイバーを用いた魔石型は一切の問題なし、と……」

 

 指先で宙を叩き、アリシアさんたちの評価も順番に記載していく。彼女の瞳が驚愕に揺れたあの瞬間を思い出すと、開発者ではない私まで鼻が高くなる思いだった。

 

「あ、そうだ。ワカヒルメ様。ダンジョンで、ロキファミリア人達と会いましたよ」

 

「そうだったんだね。どうだった?」

 

「あちらの、ダンジョンのお掃除を手伝う代わりにドロップした羊毛を全部貰いましたね」

 

「なるほど、だったら今度しっかりとお礼を言いに行かないといけないね」

 

 ワカヒルメ様は羊毛の一束を縒り終え、ボビンを交換して次の束にかかった。合計6人で24階層を「掃除」したから、その量はけっこうなものになった。しばらくは、この高品質なダンジョン産羊毛を主力に据えれば、イシュタルファミリアの封鎖を逆手に取れるはずだね。

 

「糸の品質はどうですか?」

 

「ああ、さすがダンジョン産ってぐらい品質がすごいよ。オラリオが発展するわけだよね。これほど素晴らしい素材があふれているんだからさ」

 

 ワカヒルメ様の職人としての瞳が、紡がれたばかりの糸を捉えて満足げに細められた。

 

「あ、そうだ。伝え忘れてました。今度、ロキファミリアの人達と今回の『掃除』の打ち上げに誘われてるんです。まだ日程を直接は聞いてないんですけど、行っていいですか?」

 

 私が、紡績機で縒られた糸の調子を確認していたワカヒルメ様に問いかけると、彼女は柔らかく目を細めて頷いた。

 

「うん、いいよ。楽しんでおいで。ロキファミリアとの縁は大切にしないとね」

 

「ありがとうございます。早速伝えておきますね」

 

 私は空中に浮かせていたレポートを一旦セーブして閉じると、傍らに置いた通信機のスイッチを入れて、個別チャンネルに設定し、IDをフィンさんの【004001】に合わせて通話ボタンを押し込んだ。

 

「こちらワカヒルメファミリアのベルディナです。ロキファミリア団長のフィン・ディムナ様、応答願います。個別チャンネル【001001】に設定してください。どうぞ」

 

 通話ボタンを離し、スピーカーから漏れるホワイトノイズに耳を澄ませる。数秒の後、「ザザッ」という音と共に、凛とした落ち着きのある声が届いた。

 

『こちらロキファミリアのフィンだ。感度良好』

 

 ふむ、通信機越しでもイケメンと分かる声でいいね。

 ASMRとか作ったら馬鹿売れするんじゃないかな――いや、ティオネさんが買い占めて終わるか。

 

「こちらベルディナです。夜分にすみません。打ち上げの参加許可を貰いました」

 

『了解したよ。明日、予約を入れに行くから、日程が決まったらすぐに連絡する。今のところは明日か明後日の夜を予定しているね』

 

「分かりました。ちなみに、何時頃に『黄昏の館』に着いておけばいいですか?」

 

『なるほど、時計があれば正確な待ち合わせも可能か……19時頃でどうだい? 移動には10分もかからないはずだ』

 

「結構近いんですね。分かりました。予定を空けておきます。こちらからは以上です」

 

『楽しみにしているよ。こちらも以上だ』

 

 私はそのまま通信機の電源を落とした。もう少しお話ししていても良かったが、あまり長電話をしては多忙なフィンさんの執務を邪魔してしまうだろう。

 いちいち通話ボタンを押さずともハンズフリーで会話ができるようになれば、眠る前の雑談とかもできるんだけどね。

 

「終わったかい?」

 

「はい、お聞きの通りです。明日か明後日の19時からです」

 

「分かった。ゆっくりしておいで」

 

 そのままワカヒルメ様は紡績の作業に戻り、私はレポート作成を再開した。

 紡績機の大車が回転する軽快な音が工房に響き渡り、私は次第に心地良くなって、いつの間にか寝てしまっていた。

 

 徹夜で護衛をするはずだったんだけどね、本当に申し訳ない。

 

 

 

DGPSはアリ? ナシ?

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