ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
高評価ありがとうございました。今後もよろしくお願いします。
私が目を覚ますと、エルティナはすでにスリープ状態から復帰しており、ワカヒルメ様の作業を補助していた。
「すみません、寝てました。手伝います」
私は慌てて毛布を蹴飛ばし、二人の元へ駆け寄ろうとした。だが、ワカヒルメ様は機織り機の手を休めることなく、穏やかに、けれど断固とした口調で私を制した。
「いや、君はそこで見守っててほしいな」
すっぱりと断られてしまった。まあ、私は不器用だし、複雑な織機のセッティングの邪魔をしてはいけないということだろう。
よく見ると、
「さてと、経糸はこれでいいかな?」
「張りの具合も最適と判断します」
二人はちょうど機織り機へのセッティングを終えたようで、いよいよ本格的な機織りの工程に入るようだった。ピンと張られた少し茶色じみた糸が、魔石灯の光を跳ね返して美しくに輝いている。
「お疲れ様でした。今日も作業ですか?」
「そうだね。少しだけ休ませて貰うけど」
「お茶を淹れますね」
工房には急須や茶碗、茶葉が運び込まれているので、私は魔力コンロでお湯を沸かして丁寧にお茶を淹れた。これくらいなら、私にだってできる。たぶん、エルティナの方が上手だろうけれどさ。
「ふぅ……お茶を飲むと少し眠気が来るね」
「あ、ベッド空けますね」
ワカヒルメ様が湯呑みを置き、小さくあくびを漏らした。私は蹴飛ばしていた毛布のホコリを払い、シーツのしわを伸ばして寝床を整える。
そこには、私の足元まで届くほどのピンクの長い糸――私の髪の毛だね、我ながら長いなぁ――――が残っていたので、一本ずつ丁寧に取り除き、清潔な状態になおした。
臭いは……それほど気にならないね、良かった。
「うん。1時間経ったら起こしてくれる?」
「承知いたしました」
エルティナはそう答えつつ、織機と紡績機の調子を確かめ、可動部へグリスを差していた。
ワカヒルメ様はベッドに横になり、目を閉じた途端に穏やかな寝息を立て始めた。
一昼夜、休む間もなく糸を紡ぎ続けていたのだから、かなりの疲れが溜まっているのだろうね。このままゆっくりお休みいただきたいけど、今が踏ん張りどころってのも分かる。
「それじゃ、私はワカヒルメ様のために栄養のあるご飯を作ってくるね」
「承知いたしました。私はもう少し作業を行います。あと、机の化粧箱にリヴェリア様への時計が入っていますので、後ほど確認をお願いします」。
「分かった。それじゃ、ワカヒルメ様をお願い」
私はエルティナに留守を託し、キッチンへと向かった。工房を後にする間際にチラッと机の上に置かれた化粧箱に目をやった。その中には、エルティナがじっくりと彫り上げた、金無垢の懐中時計が収められているはずだ。後でじっくりとその出来栄えを拝ませて貰うとしようか。楽しみだね。
さて、作業中でも手軽につまめて、それなりに栄養価が高くて美味しいものと言えば……なんだ? 私はキッチンの戸棚を覗き込み、腕を組んで考え込む。
「おにぎりとかは、お米がないからなぁ。無難にサンドイッチかな」
奇をてらう必要もないだろう。定番のBLTサンドにしたいところだが、生憎とフレッシュなトマトは切らしている。代わりに、以前作り置きしておいたトマトソースを活用すればいい。
そうブツブツつぶやきながら魔石冷蔵庫を開くと、隅の方にソーセージがたたずんでいる姿が目に入った。
「ソーセージか……、せっかくだしホットドッグにしようかな?」
マスタードは買ってないけど、ワカヒルメ様は生粋の大和撫子だから、別に無くても構わないだろう。ツンとくる刺激は、地球の「アメリカン」なイメージが強すぎるしね。
それにしても、徹夜で機織りに没頭したというのに、ワカヒルメ様の緑の黒髪には何の陰りも見えず、寝癖一つついていない。さすがは
「よし、それじゃ。ソーセージを焼こう」
縦長のバンズに深く切り込みを入れ、オーブンで軽く熱を通す。その間に、フライパンでソーセージに焦げ目を付けていく。パチパチとはぜる脂の音が食欲をそそるね。
プレーンなものならパンと肉だけで十分だが、私はやはり、切れ込みにシャキシャキのレタスを敷き、その上にソーセージを鎮座させるのが好みだ。レタスの代わりにキャベツの千切りもおすすめだよ。
仕上げに、ケチャップ代わりの特製トマトソースをたっぷりとのせて完成だ。
「ワカヒルメ様、起きておられますか?」
私は完成したホットドッグをトレイに乗せ、工房の扉をそっと開け、部屋の隅にある簡易ベッドへチラリと目を向ける。
「ああ、起きてるよ。……おや、香ばしい良い匂いだね。何か作ってきてくれたのかい?」
ワカヒルメ様はちょうど織機の前で大きく手足を伸ばし、凝り固まった身体をほぐしているところだった。
「はい。作業の合間でも片手で食べられるように、ホットドッグを作ってきました。ただ、噛んだ瞬間に熱い油が飛び出るかもしれないので、気をつけてくださいね」
「分かった。ありがとう、ベルディナ。じゃあ、こっちのテーブルでいただこうかな」
側に控えていたエルティナが、流れるような動作で椅子を引き、お皿を3人分用意してくれた。私はそこに、2つずつホットドッグを盛り付けていく。
「それじゃ、いただきます」
私たちは揃って手を合わせて食前の挨拶をし、各々、小さい口を目一杯に開けてホットドッグにかぶりついた。
ふんわりとしたパンの食感のあと、カリッと弾けるようなソーセージの肉汁が口の中に広がり、トマトソースの酸味が油の感触をほどよく和らげてくれている。もちろん、新鮮なレタスの食感を忘れてはいけない。まさに、三位一体。口の中の
「うん。素朴だけれど、とても美味しいね」
「でしょ? まさに労働者の友達って感じですよ」
ワカヒルメ様が満足げに頷くのを見て、私も嬉しくなる。
「それは言えてるね。……でも、やっぱり極東出身としては、握り飯が恋しくなるけれどさ」
「大変よく分かります。お米、欲しいですよね……」
オラリオで見かけるのは、パエリアに適した細長くて粘り気のないお米ばかりだ。日本人の魂たる、あのふっくらもちもちの米の輝きには、どうしても一歩及ばない。
「いつか、この街でも美味しいおにぎりが食べられる日が来るといいですね」
私は最後の一口を飲み込み、遠い故郷――あるいは、かつての地球の味に思いを馳せながら、温かいお茶を啜った。
「さてと、私は作業に戻るよ。二人はどうするんだい?」
ワカヒルメ様はいよいよ機織り機の前に座って作業を再開しようと気合いを入れた。
「私はワカヒルメ様の側におります」
エルティナは迷いなく答え、工房の隅の椅子に腰を下ろした。エルティナには一応、コンパスのレポートも送って置いたので、それの確認と今後のブラッシュアップの計画も立ててくれることだろう。
「じゃあ、私は……アリシアさんに時計を納品に行ってきますね」
「分かった。気をつけてね、ベルディナ。イシュタルファミリアの監視がまだしつこいみたいだから」
「分かってますよ」
私は積み重なった汚れた皿を片付け、キッチンで手早く洗って乾燥棚へと並べた。リビングに戻ると、テーブルの上にはエルティナが数日かけて彫り上げた時計が、重厚な化粧箱に収められて鎮座している。
「よし。時計は……アイテムパックに入れとこ」
私は指先で箱に触れ、一瞬のフォトンの瞬きと共に次元の狭間へと格納した。
そのまま、腰に提げた通信機のスイッチを入れ、少し考えてから個別回線のIDを【004002】に合わせる。
「こちらワカヒルメファミリア団長のベルディナです。アリシア・フォレストライト様、おられましたら応答願います。こちらの端末番号は【001001】です。繰り返します、こちら――」
通話ボタンを押しながら、私はふと前世の記憶を思い出した。誰もが
『えーっと……。こちら、ロキファミリアのラウル・ノートッス。すみません、アリシアさんは今ちょっと遠いところにいるんで、後で折り返させますッス!』
スピーカーから漏れてきたのは、聞き覚えのある少し頼りなげな少年の声だった。
「こちらベルディナです。すみませんラウルさん、お手数をおかけします。お待ちしております。以上」
通信を切り、私は顎に手を当てて考え込む。「遠いところ」といっても、おそらく黄昏の館が広すぎて呼びに行くのに時間がかかるという意味だろう。002の端末は、以前の掃除任務でアリシアさんが預かっていたものだ。今は彼女のチームの共有装備になっているのかもしれない。
「うーん。固定電話か……。やっぱり電話交換とかないと、不便だよね」
前世で見た古い記録映像には、電話交換手という職業があった。話者同士の回線を物理的なコードで繋ぎ変えるという作業を一日中行っていたのを思い出した。
「ギルドに電話交換所を置いて、それぞれのファミリアの拠点を線で繋いで……。いや、それこそ無線機を使えばいいのか……今度エルティナと相談してみようかな」
まあ、これぐらい大がかりなのは無理として、ファミリア間の通話専用の無線機を作るのは面白いかもしれない。相手のファミリアの番号を入力して、呼び出しスイッチをひねったら、相手の端末で呼び出し音が鳴って……みたいな。
『お待たせしまして申し訳ありませんでした。こちら、ロキファミリアのアリシア・フォレストライトです。ワカヒルメファミリアのベルディナさん。応答願います、どうぞ』
つらつらととりとめのないことを考えているうちに、通信機からアリシアさんの柔らかい声が響いた。
『こちらベルディナです。アリシアさん、お忙しいところ失礼しました』
『いいえ。それで……例のものでしょうか?』
アリシアさんの声が一段と低くなる。今回の依頼は、リヴェリア様へのサプライズプレゼントだから、なるべく他人に聞かれたくないのだろうなぁ。
「そうです。昨晩完成したので、今日お届けに行こうかなと思っているんですけど。どうですか? どうぞ」
私としてはなるべく早く納品して資金を得たいところだ。あんまり、「お金お金」言いたくないけど、のっぴきならないのも事実だからね。
『もう完成したのですね。ありがとうございます。本日は特に用事もありませんので、いつでもいらしてください。どうぞ』
「ありがとうございます。では……1時間後に黄昏の館にうかがいますね。どうぞ」
『承知しました。お待ちしております。こちらは以上です』
「こちらも以上です。では……」
通話を切り、私は大きく息を吐いた。さて出かける準備をしよう。
私は自室に戻り、おこづかいを貯めてやっと買えた大きな姿見の前に立って、HUDにファッションメニューを開いた。今着ているのは、部屋着代わりのラフな白いワンピース(キャミソールワンピ)だから、流石にこれで外に出るのは何だかなぁって感じだ。
買い物に出る程度なら、「プリテールチェルカ」一択だけど、大切な品物の納品だからそれなりにフォーマルである必要はあるけど、サプライズの品物だからそれほど大げさにしたくないしなぁ。
ファッション編集をスクロールすること30分。相手はエルフだから、清潔感と、失礼のない程度のフォーマルさを重視してレイヤリングを決定した。
ベースに「サニーピュアリー」を選び、その上に柔らかな「フリルパーカー」を羽織る。仕上げに、耳元で静かに青い光を湛える「フォージピアス」をセットした。
「うん。カジュアルだけど、気安すぎない感じに仕上がったかな」
姿見の前でくるりと回る。足首まで届く桃色のツインテールが、ふわりと中庭からの風に踊った。最後に、お出かけ用の靴を履き、つま先をトントンと鳴らした。
「えーっと、ポーチは……これこれ。通信機は……仕方ないよね」
通信機は、今の軽やかな装いにはあまりに無骨で、軍隊じみていた。国語辞典サイズまで小型化したとはいえ、やはりドレスアップした女性の腰にぶら下げるには風情がない。
「うーん。ポーチに入る程度の大きさになればいいんだけど。まあ、しかたないね」
私は諦めて重たい通信機を抱え直し、部屋を出た。