ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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リヴェリア様によろしく

 

春先の街の風が爽やかに私の髪を優しく揺らす。

 

「うん、いい天気になって良かった」

 

 朝夕の空気はまだまだ冷たいが、昼の光は麗らかで、ついお昼寝をしたくなるほどだ。

 

 私はそのまま寄り道をせずに、大通りで人通りに紛れることを意識しつつ、同時に不自然な追跡者がいないか警戒しながら、ロキファミリアのホームへと向かった。

 

 巨大な『黄昏の館』の門番にアリシアさんとのアポイントを伝えると、すでに話が通っていたようですぐさま奥の書斎らしき場所へと通された。前回は応接室だったから、ここは普段は人が使わない、ちょっとした秘密の場所ということだろう。リヴェリア様へのサプライズだからね。

 

「お待たせしました、ベルディナさん。今日は、お越しいただきありがとうございます」

 

 ドアが開かれ、アリシアさんがひょっこりと顔を出した。その翡翠の瞳が、期待と緊張でわずかに揺れているのがわかる。

 

「いえ、こちらこそ急なことですみませんでした」

 

 私はアリシアさんにペコリと頭を下げた。

 

「どうぞ、そちらにお座りください。ここですとお茶を出せないのが心苦しいのですが」

 

「いえいえ、お構いなく」

 

 私はシンプルだが上質なソファに腰を下ろし、対面のアリシアさんと先の「掃除」任務について軽く話をした。やっぱり話題は、通信機と時計、それと新しく提示したコンパスについてが殆どだった。フィンさんも、あの後コンパスについてアリシアさんにかなり詳細な質問をしていたらしい。

 

「さてと、そろそろいいですか?」

 

「はい、お願いします」

 

 話が一段落したところで、私は肩にかけたポーチを机に置いて、アイテムパックから移しておいた重厚な化粧箱を丁寧に差し出す。

 

「こちらが、リヴェリア様への贈呈品として注文いただきました懐中時計です。この箱もセットですので、ご査収ください」

 

「拝見いたします」

 

「触れにくいのなら、こちらの手袋を使ってください」

 

 私は少し気後れしている様子のアリシアさんに、薄手の白い木綿製の手袋を渡した。

 

「ありがとうございます」

 

 アリシアさんはそれに指を通し、まるで壊れ物を扱うように慎重に化粧箱を取り上げた。ゆっくりと蓋を開き、そして、彼女は息を呑んだ。

 

「なんて、美しい……。まさにリヴェリア様を象徴するようです」

 

 そこに現れたのは、金無垢の蓋に丁寧に彫り込まれた、森の泉に佇むユニコーンの彫刻だ。エルティナが何日もかけて丁寧に彫り込んだ逸品。かつてハイエルフの王女が故郷で慈しんでいたという聖獣の姿は、王族が所有しても一切見劣りしない気品を放っている。

 

「いかがでしょうか? ゼンマイも巻いて動作も確認してくださいね」

 

「…………あ、そ、そうですね。では、失礼します」

 

 彫刻に見惚れていたアリシアさんは私の指摘に慌てたように顔を上げ、竜頭(リューズ)の上のボタンを押して蓋を開いた。

 

「ま、巻きます……」

 

 そんなにいちいち緊張しなくてもいいのにね。

 アリシアさんは竜頭(リューズ)をゆっくりと回し、カチカチという規則正しい音が、静かな書斎に響き渡った。

 力強く巻き取られたゼンマイが解けるエネルギーがテンプへと伝わり、秒針が正確に時を刻み出すと、アリシアさんの瞳がいっそう輝きを増した。

 

「……はい、確かに動作に問題はありません。本当にありがとうございました」

 

 アリシアさんは、丁寧に蓋を閉じて、そのまま時計を化粧箱へしまい込んで蓋を閉じた。

 

「あ、そうだ。手提げ袋もお渡ししておきますね」

 

 私はポーチから、エルティナが化粧箱に合わせて用意してくれた紙袋を取り出した。黒地に『ワカヒルメ』の文字が共通語(コイネー)で箔押しされた、ブランド品のようなカッコイイやつだ。

 

「どこまでも丁寧にありがとうございます。……では、こちらがお代です。ご確認ください」

 

 アリシアさんは少し緊張した面持ちで、ずっしりと重い革袋を差し出してきた。その様子には、大切な贈り物を手に入れた喜びと、ようやく大役を果たせるという安堵の色が混じっている。

 

「はい、失礼します」

 

 私は受け取った袋の中身を確認し、大きくうなずいた。

 

「頭金を含め、確かに200万ヴァリスいただきました。これで、完了ですね」

 

「本当に、ありがとうございました。ベルディナさん、そしてエルティナさんにも、重ねて感謝を。……私たちエルフの想いを、最高の形で届けることができます」

 

 アリシアさんは大切そうに手提げ袋を抱え、深々と頭を下げた。

 これで、リヴェリア様へのサプライズは万全だ。彼女たちの想いが詰まったこの金無垢の懐中時計は、間違いなく王族(ハイエルフ)にふさわしい輝きを放つだろう。

 

 

 二人してやり遂げたと安堵のため息をついていると、書斎の扉がコンコンと控えめに叩かれた。アリシアさんは弾かれたように肩を揺らし、慌てて『ワカヒルメ』のロゴが入った手提げ袋を自分の陰へと隠した。

 

「……どなたですか?」

 

 アリシアさんは努めて平静を装い、慎重に扉の先にいる人物へ声をかけた。叩かれた音の位置が比較的低いところだったから、おそらく小人族(パルゥム)の誰かだろう。しかも、このタイミングを計ったかのように訪ねてくるとしたら、たぶんフィンさんだろうと当たりをつけた。

 

「失礼するよ。話し合いは終わったかい?」

 

「団長……!? なぜ、ここに?」

 

 アリシアさんもこれには寝耳に水だったようで、翡翠の瞳を丸くして固まっている。

 

「すまない、門番に君が来たら伝えるように命じておいたんだ」

 

 フィンはそう言って扉を閉めると、室内の空気を伺うように一度視線を巡らせた。それからアリシアさんの隣のスペースを指さし、「隣、いいかい?」と爽やかな笑みを向ける。

 

「……どうぞ」

 

 アリシアさんは手提げ袋の中身を気にしつつも、フィンさんに席を空けた。

 

「えーっとですね。よその派閥の団長さんにこんなこと言うのも何ですけど、ちょっとデリカシーに欠けると思いますよ、フィンさん」

 

 私はあえてジト目を向けて釘を刺した。女性二人の秘密の会合に、男性が一人で乗り込んでくるのは、罪が重いと言わざるを得ない。

 

「それは大変すまないと思っている。だが、立場上なかなか君を直接訪ねることもできなくてね」

 

 フィンさんは苦笑いしながら肩をすくめた。その整った顔立ちで申し訳なさそうにされると、毒気を抜かれてしまう。

 

「うーん。私たち、通信機を持ってますよね? それで呼び出せば済む話じゃないですか」

 

「できれば直接、顔を見て話をしたいと思ってね。通信機越しだとなかなかスムーズな意思疎通が難しい……とは、君も思わないかい?」

 

 知恵者らしい切り返しに、私はわざとらしく肩をすくめた。

 何というか、フィンさんと話していると、その立ち居振る舞いの完璧さに、無性にお茶を飲みたくなるような落ち着かなさを覚える。

 紳士的なイケメンで、それでいて小人族(パルゥム)特有の可愛らしさもあるのだから、乙女としては緊張しちゃうのだ。

 

「……分かりますけどね。それで、用件は何ですか?」

 

「ああ、大したことではないんだ。『豊穣の女主人』での打ち上げだが、今夜に予約が取れた。予定はどうかな?」

 

「大丈夫です、ワカヒルメ様からも許可をいただいておりますので。19時にここへ伺えばいいですか?」

 

「ああ、それでお願いするよ。それともう一つ……」

 

 フィンはそこで少し声を潜め、鋭い視線を私に向けた。

 

「あの時、試験的に使わせて貰った『コンパス』についてだが……。今後、改良型の試作や実戦試験を行う場合は、ぜひ僕たちロキファミリアに優先的に声をかけてくれないかな? もちろん、それ相応の礼と協力は惜しまないつもりだ」

 

「うーん。検討しておきますね。私一人で決めるわけにもいきませんので、ワカヒルメ様とエルティナに相談してみます」

 

 まあ、いずれはいろんな人に使って貰う予定だし、オラリオ最高峰の派閥にテスターになってもらえるならこちらとしても願ったり叶ったりだ。ワカヒルメ様もエルティナも、断る理由はないだろう。

 

「もちろん。朗報を期待しているよ」

 

 これ以上長居すると、鋭いフィンさんに色々と探られそうな気がしたので、私は早々に切り上げるべく、ソファから飛び降りた。

 

「それじゃ、私はこれで失礼しますね。19時にまた!」

 

「ああ、また後で」

 

 アリシアさんとフィンさんに見送られ、私は足早に絹糸(けんし)の館への帰路についた。別にフィンさんと話したくないという事じゃない、今はワカヒルメ様を優先しないと駄目なだけだから、是非とも誤解しないでいただきたいものだ。

 

 

 

 

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