ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
19時ちょうどに『黄昏の館』へと到着すると、そこには今回の「掃除」任務に参加したメンバーが全員顔を揃えていた。
団長のフィンさんを筆頭に、副団長のリヴェリア様、ラウルさんにアリシアさん、ティオネさんとティオナ、アイズさん、そして魔導士のエルフィさん。これだけの顔ぶれが揃うと、門前はさながら遠征出発前のような独特の熱気に包まれている。
「やあ、待っていたよ。時間通りだね」
「はい。今日はお招きいただきまして、ありがとうございました」
フィンさんが穏やかな笑みを浮かべて手を振ってくれたので、私は彼にしっかりと頭を下げて挨拶を済ませた。
その後、リヴェリア様の側に控えていたアリシアさんへ、私はこっそり耳打ちをする。
「……もう、渡されましたか?」
小声で尋ねると、アリシアさんはリヴェリア様の様子をうかがいながら、困ったように首を振った。
「いえ、せっかくの品ですから。後日、エルフの皆が揃った席で、正式な形で贈呈したいと考えています」
いいね。そういうサプライズはやっぱり場作りが重要だ。
「応援してますよ」
「ありがとうございます」
女三人寄れば姦しいとはいうが、ここにはコミュ力の怪物たるエルフィさんまでいるから、とにかく無限におしゃべりが振ってくる。らちがあかないのでフィンさんが大きく三回柏手を打って全員に注目させた。
「いい加減出発しないと、予約に間に合わないよ。さあ、移動しよう。リヴェリア、先導してくれるかい?」
「ああ。分かった」
リヴェリア様がどうどうと歩き始めると自動的にアリシアさんも追従し、それに合わせて皆がたむろして道を行く。
一行は夜の街へと繰り出し、酒場『豊穣の女主人』へと足を踏み入れ、中央に設えられた巨大な木製テーブルへと案内されると、周囲の冒険者たちが、オラリオ最大派閥の幹部陣の登場にどよめき、戸惑いの表情を浮かべるのが分かった。
「さあ、座ってくれ。君は一派閥の団長なのだから、立場としては僕と対等さ」
フィンさんの促しにより、私は彼の隣の席に座ることになった。その瞬間、フィンさんの向こう側に無理やり腰を下ろしたティオネさんの鋭い視線が突き刺さる。なんか、その瞳が嫉妬に燃えているように見えるけど、流石にそれはないよ。それじゃ、フィンさんがロ〇コンになっちゃうよ?(自虐)
一方で、アリシアさんはリヴェリア様の隣を死守し、かいがいしく飲み物や食事の世話を焼こうとしているみたいだね。流石と言うべきか。
「アリシア、そう気を遣わなくていい。むしろお前達を
当のリヴェリア様は、少し困ったように苦笑しながらも、何とかアリシアさんをもてなそうとしているようだね。
「さて、皆、飲み物は行き渡ったかな?」
フィンさんが背筋を伸ばし、木製のジョッキを掲げて見回した。
「はーい、私のエールが届いてません」
私は手を上げて抗議をした。私は確かにエールを注文したのに、今目の前にあるのは柑橘系のジュースだ。注文取り間違えてますよ、店員さん。
「すまない、ロキファミリアでは、子供に酒を飲ませないルールなんだ」
フィンさんが、気まずそうにつぶやく。何じゃそりゃ。
「いろいろあったんだ」
リヴェリア様はどこか懐かしそうな眼差しで、なぜかアイズさんを見ている。そして、当のアイズさんは頭にハテナマークを大量に浮かべていた。
まあ、ルールなら仕方ないと、私は配膳された柑橘系ジュースを取り上げて掲げた。
「では改めて……皆、今回はギルドからの突然の依頼に応じてくれて感謝する。また、ワカヒルメファミリア団長の
「私ですか? いきなりですね……えーっと――その、皆さん、お疲れさまでした。今後もよろしくお願いします。あと、最近ワカヒルメ様が織物の事業を始めましたので……できれば応援をしていただければと思います」
スピーチになれてないと妙に長くなっちゃいそうなので、中途半端だが打ち切ってそのままジュースの杯を掲げた。
「それじゃ――乾杯!」
「「「乾杯!」」」
私の発声と共に、重厚なジョッキが次々とぶつかり合った。
「こういうのは、先に言っておいてくださいね、フィンさん」
「すまない、急に思いついたんだ」
と、フィンさんは悪びれた様子もなく私に杯を掲げ、私もそれに応じてジョッキを重ねた。
「団長! 私とも乾杯しましょう」
フィンさんの向こう側のティオネさんも、グイグイとフィンさんに迫って無理矢理乾杯させた。お熱い、と言っていいのかな?
「リヴェリア様、お飲み物のお替わりはいかがしますか?」
「やっぱり、自分も団長みたいな時計が欲しいっすね」
「やー、このパスタ美味しー。アイズも一口どう?」
「このコロッケ美味しい……」
「せめて果実酒ならいいですよね? ……だめ? そうですか……」
「さあさあ、団長。もっと飲んでください。いっきいっき」
ティオネさんさぁ、アルハラって言葉知ってる?
酒宴がたけなわとなった頃、フィンさんが思い出したように話題を切り出してきた。
「ところでベルディナ。ワカヒルメファミリアの経営状況はどうかな? イシュタルファミリアから嫌がらせを受けていると聞いているが」
フィンさんの慧眼が、探るような光を宿すのが分かった。
「まあまあですかね。糸の買い付けまで妨害されちゃったんですけど、羊毛を譲って貰ったおかげで何とかなりそうかなってところですね。次はスパイダーシルクを拾ってこないと駄目なんですけど」
妨害という言葉を聞いて、フィンさんは不愉快そうに眉をひそめた。
「……他派閥の内情に深く介入できないのがもどかしいね。だが、素材の調達が必要なら協力は惜しまないよ」
「その代わり、方位計――コンパスの実戦試験は優先的に……ですよね?」
「はは、話が早くて助かるよ」
ある意味で、フィンさんは分かりやすいね。こちらから明確な利益を提示すれば、幼女だと馬鹿にせずちゃんと応じてくれる。腹黒いところもあるだろうけど、そこはエルティナに任せよう。
「ちなみに、資金調達はどうしているんだい? もし高利貸しなどに頼っているのなら、うちで借り換えの提案もできる。コンパスの実験を優先してくれるなら、その都度、元本を相殺してもいい」
フィンさんの申し出は、あるいは救いの一手になってたかも知れないね。だけど、私は首を振った。
「じつは、借金はしてないんですよ。詳しく説明するのが難しいんですけど……ワカヒルメ様の事業に、私とエルティナが『投資』した感じですね」
「ふーん。なかなか面白そうな話しだね。少し詳しく聞かせて貰えないかい?」
「いいですよ。そもそもワカヒルメ様は職人系のファミリアを作りたかったんですよね」
「うん、理解できるよ」
「ですけど、全然眷属が集まらなくて途方に暮れていたところ、私達と出会ったんですよ。私とエルティナは訳あって、どうしてもダンジョンに入らないといけなかったんですけど。こんななりなので、どこも入れてくれなかったんですよね」
まだ一年程度前のことなのに、ずいぶん昔に感じるのはそれだけ濃厚な一年間だったって事だね。
場の雰囲気に流されて、つらつらと話し続け、私はワカヒルメ様と協力して、ファミリアをスタートさせたこと。職人系と探索系の資金を分けて管理するなどのルールを作ったこと。今回は、探索系の資産を職人系の資本に移すところで、一工夫したということだ。
「これはエルティナの提案なんですけど。事業の資金を調達するために『株式』という権利を発行するんです。これは借金や融資とは違って返済の義務はないんですけど、代わりに、利益からいろいろさっ引いた後の『配当金』を受け取る権利があるんです。保有する株の割合に応じて、経営権を持つこともできます。簡単に言うと、事業の所有権を分割して売ってるみたいな感じですね」
「ふーん。面白いね」
フィンさんの目は
「今は経営権をよそに譲るわけにはいかないので、私が全部保有してますね。もしも、興味があったら、私の持っている株のうち、1000株ほど買ってみませんか?」
一応、私が保有している株式は自分が自由にしていいという契約があるから、1000株程度なら売ってしまってもいいだろう。フィンさんは信用できる人だからね。
「ほう、僕に株を売ってくれるのかい?」
「ええ。私が買ったときは1株100ヴァリスでしたけど、フィンさんには1株105ヴァリスでどうですか?」
私の提案に、フィンさんは驚いたように目を見開いた。
「なるほど……僕が君たちの事業にそれだけの価値を見いだせるかどうかということか……いいね、面白そうだ。是非とも購入させてほしい」
これで10万5千ヴァリスの譲渡。私は5千ヴァリスの売却益を得たことになる。
「なるほど、理解したよ。株の売買そのものが、利益を生む手段になるということか。そしてその価格は、ワカヒルメファミリアという事業の価値を示すバロメーターになるわけだ……これは革新的だね」
「もし将来、ワカヒルメ様が織物で大成功したら、ワカヒルメ様の事業の価値はうなぎ登りでしょうね。そうなれば、フィンさんが持っている株を1000ヴァリスで買いたい、なんて人が現れるかもしれませんねぇ」
私の言葉に、フィンさんは愉快そうに肩を揺らした。
「逆に、ワカヒルメ様の事業が失敗して価値がゼロになったら、その株式はタダの紙切れになります。投資は自己責任。暴落しても、私は返金には応じませんよ?」
「博打の要素もあるわけか。これはギャンブラーたちにも受けそうだね」
現在は新規発行の予定はなく、私の所有分が全てであることも付け加えておいた。
「ねえ、アイズ。今の、理解できた?」
「分からなかった……」
「だよねぇ……」
「リヴェリア様はどうでしたか? 私は何がそんなに面白いのか分からなくて」
アリシアさんはリヴェリア様に問いかけた。
「うーむ。私も全てを理解できた訳ではないが……あえて言えば、新たな秩序と……新たな狂乱の誕生かと言ったところか……」
締め切られた店に、一塵の風が奇妙に駆け抜けていった。