ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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高評価をいただきました。大変はげみになります。ありがとうございました!





戦争準備

 

「最後に確認するよ、ベルディナ。本当にこれでいいんだね? もう、後戻りはできないよ」

 

 ワカヒルメ様は、私とエルティナを前にして静かに告げた。その声は微かに震えていたが、そこには神としての、そして一派閥の主としての覚悟が滲んでいた。

 

「本当は戦争なんて御免です。可能なら話し合いで解決したいのは今も変わりません。ですが、話し合いは相手と同じ席に着かないと成り立たない。そうですよね?」

 

 私はその覚悟を真っ正面から受け止める覚悟だ。

 

「悲しいことだけどね。それは、極東の朝廷でさんざん見てきたよ。相手を話し合いのテーブルに着かせるには、時には力をもってしてでも成し遂げなければ、何も守れない。私は……あそこでは何も守れなかった。だから、ここに来るしかなかったんだ」

 

 ワカヒルメ様は両手のひらで顔を覆い、苦渋に満ちた表情を隠した。新天地オラリオで築き上げた「絹糸(けんし)の館」という居場所。それを守るため、彼女はかつてできなかった「闘争」を選ぼうとしていた。

 

「だけど、今度は絶対……守りたい。やっとここまでやってきたんだ。もう、私は、奪われたくないんだ」

 

 ワカヒルメ様は深く頭を下げ、私達に請うた。

 

「お願いします。ベルディナ、エルティナ。私に力を貸しておくれ。全知と言いながら、下界では何の力も持たない(わたし)に、どうか――」

 

 私は、ワカヒルメ様の両手をぎゅっと握りしめた。青と金のオッドアイで、真っ直ぐに主神(あるじ)の双眸を見つめ返す。

 

「私達はワカヒルメ様と共に歩むと決めました。だから、私達の力はワカヒルメ様の力です。存分にお使いください。私達は、もう誰にも奪われたりしません」

 

 私の言葉に、ワカヒルメ様は顔を上げた。その黒い瞳には、迷いを断ち切った決意の光が宿っていた。彼女は力強く立ち上がる。

 

「……分かった。宣戦布告は1週間後に開催予定の緊急神会(デナトゥス)で行う。そこで私はイシュタルファミリアに最後通牒を突きつける。それが聞き入れられなければ、その場で宣戦を布告する」

 

「分かりました。1週間で戦争の準備を整えます」

 

 側で無言で控えていたエルティナが、感情の起伏を感じさせない正確な所作で一礼し、リビングを後にした。

 彼女はこれから一昼夜をかけて、あらゆる事象を演算し、勝利への道筋を弾き出すだろう。エルティナは以前、私と共にイシュタルファミリアの拠点に潜入している。その際に、歓楽街のあらゆる情報を入手し、日々の演算の傍ら全ての情報をまとめ上げているはずだ。

 

 私は私のできることを精一杯備えよう。

 

神会(デナトゥス)が召集されたから、イシュタルは一旦退くだろうね」

 

 窓から差し込む春の陽光が、立ち上る湯気に透けて揺れている。ワカヒルメ様は穏やかな手付きでポットを取り上げると、静かに熱湯を茶葉へとくぐらせた。茶葉が躍り、リビングに芳醇な香りが広がる。

 

「そうですね。今日は連中の監視はなくなっているみたいです」

 

 私は窓の外、いつもならイシュタルファミリアのアマゾネスが潜んでいる裏路地の影を一瞥した。レーダーには何の反応もない。

 

「だから、君の思うように行動してほしい。私は、ここにいる」

 

 ワカヒルメ様はそう言って、カップに落ちた琥珀色のお茶で喉を潤した。その横顔には、今の生活を――私達の居場所を守り抜こうとする神としての強い意志を感じ取ることができた。

 

「わかりました。……少し、外の空気を吸ってきます」

 

神会(デナトゥス)開催まであと1週間。その後、開戦までは最短でもさらに1週間。概ね2週間後には、私たちは戦場に立っているだろう。

 

「最小限の犠牲と、最大限の効果。一撃で相手の戦意を根こそぎ奪うためには……最強の火力が必要だ。それこそ、二度と私たちに手を出したくなくなるほどの、圧倒的な絶望を叩きつける必要がある」

 

 私は、絹糸(けんし)の館の中庭で、独りごちた。春は終わりを告げ、夏を予感させる太陽の輝きが眩しい。吹き抜ける風には湿り気が混じり、戦火の匂いを運んでくるような錯覚さえ覚える。

 

冒険者(いま)の私にできることは……」

 

 私は天を仰いだ。アークスの技術、そして神の恩恵(ファルナ)。その二つを融合させたとき、何が起きるのか。私の脳裏には、一つの鮮烈なビジョンが結ばれていた。

 

「私は、鳥のように飛んで、雲のように漂い、太陽のように大地を照らし……そして雨と共に地上に戻るんだ」

 

 私はきびすを返し、中庭から門をくぐり表通りに出た。街は心なしか静かに思えた。

 そして、エルティナが私の思考に答えるように提示した一つの案に、私は少しばかり口元に笑みを浮かべた。

 

『ヘファイストスファミリアに行ってきます。多分、帰りは遅くなると思います』

 

『分かった、存分に』

 

 そう、ワカヒルメ様に伝えて私はスィデロさんの工房へと向かった。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

 それから1週間後、神会(デナトゥス)が開催され、オラリオ全土に戦争遊戯(ウォーゲーム)の開催が布告された。その後、何度か開催された臨時神会(デナトゥス)によりその形式が議論され、最後はくじ引きによってその運命が決定した。

 

「攻城戦ですか。私たちがイシュタルファミリアに攻め込む形になるんですね」

 

 私は『絹糸(けんし)の館』のリビングで、ワカヒルメ様から持ち帰られた決定事項を咀嚼するように繰り返した。

 

「そうだね。場所はオラリオ郊外の砦跡。大昔の遺跡だね」

 

「そんなところで、派手に戦って大丈夫なんですか?」

 

 前世の地球なら文化財保護法のような法律で守られていそうだが、この世界ではそうした意識は低いのだろうか。

 

「戦争をするには一般的な場所みたいだよ。何度も補修を繰り返されているようで、守りやすく、攻めやすい。いわば神々の格好の遊び場(スタジアム)だね」

 

 なるほど、歴代の戦争遊戯(ウォーゲーム)に最適化されていった、専用の舞台というわけだ。それなら遠慮は無用だね。

 

「場所はどのあたりですか?」

 

「オラリオから馬車で1日ほどかかる場所だね」

 

 馬車で1日――距離にして約50kmといったところか。私の虚空跳躍(ネクストジャンプ)を全力で稼働させれば、10分もかからない距離だね。フォトンの出力を身体強化に全振りすれば、その程度の時間は余裕で維持できる。

 

 できればランクアップ出来たら、もう少し余裕ができたんだけど、一歩及ばなかった。

 

「諸々の準備があるから、開催は2週間後になった。イシュタルファミリアが現地入りするのは開催の4日前を予定しているそうだよ」

 

 2週間の猶予か。準備期間としては十分すぎる。

 

「分かりました。それじゃ、エルティナに先行して現地を調査させます。すみませんが、しばらくワカヒルメ様を一人にしてしまいますね」

 

「いいよ。どうせ戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わるまでは、あちらも私の身には手を出さないだろうからね」

 

 そうだといいのだけれど。最悪の場合はワカヒルメ様に神威を発揮していただくしかない。下界の民が超越存在(デウスデア)の威光に抗えないのは、この世界のルールだからね。

 

 そして、スィデロさんに依頼していた「決戦兵器」は、ちょうど昨日完成の報せが届いた。

 お昼にはヘファイストスファミリアの工房へ受け取りに行き、その後にエルティナによる最終調整が施される。

 スィデロさんが心血を注いで鍛え上げた強靭なフレームに、エルティナが回路(サーキット)による制御装置を組み込み、初めて完成する私の切り札。

 

「それじゃ、エルティナ。そろそろ例のブツを受け取りに行くから、受け入れ準備をしておいて」

 

『すでに完了しております。回路の最終接続テスト用プログラムをスタンバイさせました』

 

「さすがエルティナ。じゃ、行ってくるね」

 

 私はエルティナとの通信を終え、軽い足取りでスィデロさんの新しい工房へ向かった。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

 石造りの壁が並ぶ職人街の一角。私はスィデロさんの新しい工房の木戸を叩いた。

 

「こんにちは、スィデロさん、おられますか?」

 

 返事を待たずガチャリと木戸を開き、中にひょこっと首を覗かせる。途端に、むせ返るような熱気と、絶え間なく響く重厚な金属音が全身を包み込んだ。

 

「作業中か……ちょっと待たせてもらおうかな」

 

 勝手知ったる他人の家みたく、私は近くのコンロから勝手にお湯を沸かしてお茶を淹れ、丸太の椅子に腰を下ろした。

 あの50階層への遠征の結果、スィデロさんはめでたくレベル2へのランクアップを果たした。【徹甲(スティフ・アイアン)】なんていう、かっこいいのか悪いのか微妙な二つ名を貰ったことはさておき、重要なのは【鍛冶】の発展アビリティが芽生えたことだ。これがあるかないかでは、職人としての地平が天国と地獄ほど違うということだから、鍛冶師って奥深いよね。

 置かれたお茶葉が少しグレードアップしているのも、上級鍛冶師として、それなりの顧客を得られたって事だよね。

 

「よう。来てたんなら声かけろって」

 

 額の汗を拭いながら、スィデロさんが奥の作業場から姿を見せた。その手には、まだ陽炎が立ち上る重いハンマーが握られており、過酷な打ち込み作業を想像させた。

 

「大切な仕上げを邪魔したくなかったんですよ。……例のやつ、もうできましたか?」

 

「ああ、完璧だ。こっちだ」

 

 スィデロさんは作業台にハンマーを置くと、側の水差しから水をがぶがぶと飲み、親指で工房の奥を指し示した。

 

「それにしても、こんな妙なものを作るのは初めてだぜ。あれは本当になんだ? お前の巨剣の鞘を作れって話だったよな?」

 

「ええ、鞘ですよ。ただ、用途は刀身を守るというよりは、保護膜みたいなもんですかね」

 

「わかんねぇな。しかも、あの形だ。鞘としてはあまりに不自然だろう」

 

 魔石灯が灯された廊下を歩き、応接室のような部屋の中央へと案内される。そこには、私が発注した「奇妙な鞘」が、重厚な台座の上に鎮座していた。

 

「うん。設計図通りですね。完璧です」

 

 見た目は何の変哲もない、先端の丸まった円錐形。だが、私のあの巨大な剣をぴったりと差し込める特殊な挿入口が作られている。柄に近い基部には、何かをマウントするための接続穴が4カ所、十字の対角に正確に設置されていた。

 

「まあ、お前らのことだ。俺の想像を絶することをやらかしてくれるんだろうな」

 

「ご期待あれ、ですよ。……では、お支払いを」

 

「ああ、今回はそれほど特殊な素材を使ったわけじゃないからな。工賃込みで50万ヴァリスでいいぜ」

 

「ありがとうございます。それじゃ、これ……」

 

 私はアイテムパックから50万ヴァリスが詰まった革袋を取り出し、テーブルに置いた。スィデロさんはそれを手に取り、ずっしりとした重みを確かめる。

 

「ふーむ……よし、ぴったりだ。……おい、ベルディナ。勝てよ」

 

「もちろん。負けるつもりで戦争はしませんよ」

 

 私は、スィデロさんの鍛え上げた「特殊外装」に巨剣を収め、それを肩に担いで工房を後にした。

 木戸を閉じると同時に、巨剣ごとそれをアイテムパックに格納する。外からは手ぶらの幼女が歩いているようにしか見えないはずだ。

 

「さてと、急がないと。仕上げはこれからだからね」

 

 私は、エルティナの待つ『絹糸(けんし)の館』へと急いだ。

 

 

 

 









同時に、(おそらく)非公開評価をいただきました。調整平均がわりとガッツリと減ったので、たぶん低評価だったと思われます。

まあ、2月末の水準に戻っただけなので、無傷ということにしておきましょう!

今後も頑張ります!!



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