ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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史上最大の高評価支援、ありがとうございます。ひっくり返るほど驚きました。

おかげをもって、目標としていた調整平均8に達することができました。重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました。






事前工作は基本でしょ

 

「うーん、大丈夫かな。エルティナの方はどう? 周辺に誰かいない?」

 

「問題ありません。熱源、およびレーダー反応ともに皆無です」

 

「分かった。それじゃ、行くよ」

 

 私は、以前イシュタルファミリアに潜入した際にも使用した、漆黒のボディスーツ『シレーナアビサール』に身を包んでいた。ヘアスタイルは目立たないボブカットに変更し、『ケモーネイヤー』を装着した状態だ。今回はさらに猫の尻尾も追加して、気分はまさに「吾輩は猫である」といったところだ、肉球はまだない。

 

 エルティナの報告通り、周囲には何の反応もない。幸運なことに今夜の月は新月に近く、夜の闇は深い。この黒猫仕様の装備なら、オラリオの住人の目にはまず映らないだろう。

 もっとも、私は視覚を暗視モードに設定しているから、周囲は昼間のように明るく見えているけどね。

 

 私は虚空跳躍(ネクストジャンプ)を発動し、巨大な市壁の側面に一度も触れることなく、虚空を蹴り飛ばして一気に跳躍。そのまま最小の放物線を描いて反対側へと着地した。この間、わずか3秒。完璧な密出国だ。

 

「さてと、方角はこっちでいいのかな?」

 

「誤差は1°程度です。目的地まで直進してください」

 

「時々修正するから、ナビはお願いね」

 

 私はエルティナを懐に抱っこしたまま、再び虚空跳躍(ネクストジャンプ)を発動。地表を滑るように移動し、オラリオから十分に離れたと判断したところで、踏み込む力を強くして徐々に速度を乗せていった。

 

「現在、秒速100メートルに到達。この速度を維持してください。同時に右に0.5°の修正を」

 

「了解! 残り9分ってところだね」

 

 馬車なら一昼夜かかるという50kmの距離も、今の私にとっては近所の散歩道のようなものだ。秒速100メートル――時速に直せば360キロメートル。新幹線を上回る速度で荒野を駆け抜けているのだから、気づいた時には到着しているはず。むしろ、どのタイミングで制動をかけるかの方が難しいくらいだね。

 

「マスター。そろそろ減速を開始してください。到着地点よりおよそ500メートル手前での停止を推奨します」

 

「了解」

 

 私は虚空跳躍(ネクストジャンプ)による加速維持を停止。空気抵抗による自然減速を利用しつつ、徐々にスピードを落としていく。

 

「残り1000メートル……900メートル……600メートルです」

 

「OK! 制動かけるよ!」

 

 私は進行方向へ両足を向け、そこへ虚空跳躍(ネクストジャンプ)を連続して発動し、逆方向への瞬発的な加速をぶつけ、強引に慣性を殺していく。

 

「よいしょっと。誤差は?」

 

「10メートルほど超過。許容範囲内です。お疲れ様でした」

 

「ありがと。止まるタイミングを計るの、やっぱり自分でやると難しいね」

 

「向きを上空に向けてしまえば、重力加速度による制動も可能です」

 

「なるほど、帰るときはそれでやってみるよ」

 

 オラリオから数キロメートル手前で高く跳び上がり、自由落下を調整しながら降りれば、もっとスマートに帰還できるかもしれない。2キロメートルくらいなら、歩いて帰ってもそれほどの時間はかからないだろう。

 

「さてと、どう? 砦の跡地に誰かいる?」

 

「現在スキャン中――――――完了。野生のモンスター以外の生体反応は検出されませんでした」

 

「なるほど。地上のモンスターは、ダンジョンのよりも弱いんだっけ」

 

「その通りです」

 

 だったら、エルティナ一人を残しても問題はないかな。

 

「ではマスター、私はこのまま潜入し、必要な工作を施します」

 

「うん、分かった。エルティナがいない間は、私がオラリオで上手く立ち回っておくよ。……そうだね、フィンさんあたりに協力してもらって、ちょっとした情報戦を仕掛けておこうかな」

 

 そう言って、エルティナは夜の帳が下りた砦へと消えていき、私はそのまま、再びオラリオへと取って返した。

 オラリオを出発してからまだ15分ほどしか経っていない。夜明けは、まだ遠かった。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

 さて、ベルディナ高速輸送機は今晩を限り運行を終了し、無事オラリオへとたどり着いた。

 夜陰に乗じての密入国は、すでに手慣れたもので、こっそりと絹糸(けんし)の館に戻り、自室のベッドに滑り込むことに成功した。

 エルティナとは常時情報のやり取りを行っているため、彼女が砦跡で順調に工作を進めていることは確認済みだ。

 

「私も少しは練習したいんですけどね」

 

 翌朝。リビングで朝食を摂りながら、私はポツリと独りごちた。

 

「それは仕方ないんじゃないかい? 君たちの作戦を類推するに……練習そのものが不可能だろうからね」

 

「うーん。ごもっともですねぇ」

 

 ワカヒルメ様が、向かいの席から穏やかに返してくれた。私はハムサンドの最後の欠片を口に運び、ゆっくりと咀嚼して飲み込む。

 

「さてと……。それじゃあ、ロキファミリアへ行ってきますね」

 

「うん。分かった、しっかりね」

 

 ワカヒルメ様は再びお茶を傾ける。宣戦布告の日から、ワカヒルメ様はずっとリビングから動いていない。工房の織機に触れることもなく、ただ来るべき決戦の日をじっと待っているようだった。

 

「あんまり気負わないでくださいね。もし負けても……一緒にどこか遠くへ逃げましょう。私とエルティナがいれば、きっとどこでも生きていけますから」

 

「はは……ありがとう、ベルディナ。私は、君たちが私の眷属(こども)になってくれて、本当に幸せだよ」

 

 ワカヒルメ様の慈愛に満ちた微笑みに送られ、私は絹糸(けんし)の館を後にした。

 

 さて、これからは「嘘」の時間だ。フィンさんにはまた大きな借りを作ることになるけれど、不思議と彼相手なら悪くないと思えるのは、私がイケメン好きだからって事なんだろうなぁ。我ながら、浅ましいことで。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

「君は、それを本気で言っているのかい?」

 

 黄昏の館を訪ねて、すぐにフィンさんの書斎に通して貰えたのは良かったんだけどね。

 フィンさんはお忙しいようだったけど、私が訪ねてきたことでわざわざ仕事の手を止めて、お茶とクッキーまで用意してくれて嬉しかった。

 そして、彼に計画を打ち明けると、その碧眼が驚愕に揺れた。

 

「ええ、本気です。どうか、お願いします」

 

 私はカップをソーサー置き、居住まいを正して頭を下げた。

 

小人族の聖女(リトル・セイント)が、勝ち目のない戦争に嫌気が差して姿をくらませた……という噂を、この僕に流せと言うんだね? よりにもよって、小人族(パルゥム)勇者(ブレイバー)であるこの僕に」

 

 そう。これは、小人族(パルゥム)にとっては屈辱のことだろう。同胞が仲間を見捨てて逃げたのだという醜聞を、自ら流させるなど、侮辱と捉えられてもしかたの無いことだ。

 

「ロキファミリアの団長であるフィンさんから流れる言葉だからこそ、街中が信じます。エルティナは今、勝利のために地下で動いている。その事実から全ての目を逸らしたいんです。だから……」

 

 私はHUDのミニマップを確認した。応接室の扉の向こう、廊下を歩く人物のマーカーが近づいてくる。タイミングは今だ。

 私はソファから滑り落ち、床に膝を折って両手を突き、額を床に擦り付けた。

 

「お願いです! お願いですから、エルティナに会わせてください! エルティナがいないと、私たちのファミリアは破滅してしまいます! どうか……どうか……っ!」

 

 廊下のマーカーが驚いたように立ち止まり、ゆっくりと扉に近づく。

 フィンさんは一瞬で空気を読み、「ったく、しかたねーなー」と言わんばかりに、これ以上なく嫌そうな溜息を吐き出した。彼は表情を冷徹に引き締め、横柄に足を組んで顎に手を当てる。

 

「それはできないよ、猫又(ツインテールキャット)。僕には同胞を守る義務がある。彼女が僕に助けを求める以上、君に引き渡すことはできない。帰りたまえ。ここには君の居場所はないよ」

 

 さすがはオラリオ随一の知恵者、完璧な演技だ。

 それでも私は「どうか、どうか……」と床に頭をぶつけ、嗚咽を漏らすフリを続けた。やがて、耐えかねたように扉が勢いよく開け放たれる。

 

「なんじゃ、どういう状況なのじゃ、これは?」

 

 現れたのは、ドワーフの老兵――重傑(エルガルム)ことガレス・ランドロックさんだった。

 

「おい、フィン。娘っ子を土下座させて何をしておるのじゃ。お主らしくもない」

 

「何もしないよ。僕はただ事実を告げたまでだ。……ガレス、彼女をお引き取り願おう。これ以上、議論の余地はない」

 

 フィンさんは冷たく言い放ち、ガレスさんに促されるまま私は無理やり立たされた。私は慣れない嘘泣きで視界を濡らし、ガレスさんに「ごめんなさい……」と謝りながら、トボトボと部屋を後にした。

 

 帰り際、廊下の角で「なになに? なにごと?」と呟くコミュ力の塊、エルフィ・コレットさんの姿を視界の端に捉えた。彼女の耳に届けば、この「醜聞」は瞬く間に街中を駆け巡るだろう。

 

 完璧ではないかもしれないけれど、これでエルティナへの警戒心は劇的に薄まるはずだ。

 ……さて、戦争が終わったら、エルティナを連れてフィンさんには特大の「お詫び」をしないとね。同胞を囲ったなんて不名誉な噂を背負わせてしまったのだから。

 

 

『全く君は……大変なことをしてくれたものだね』

 

 夜も更け、そろそろ眠りにつこうかと、ナイトブラとデザインを会わせたショーツを穿き、パジャマに着替えて、自慢のでっかいツインテールを解いたときだった。枕元に置いた通信機が明滅したかと思うと、スピーカーからフィンさんの呆れたような声が響き渡った。

 

「いや、本当に申し訳ないと思っています。見えないとは思いますけど、今、通信機の前で土下座してますよ。音、聞こえます?」

 

 私はベッドの上で膝をつき、通信機を奉るようにして深々と頭を下げた。ちっちゃい身体がパジャマ姿で平伏している様は、端から見れば滑稽そのものだろう。

 

『雰囲気でなら十分に感じられるよ。……とりあえず、カバーストーリーの構築は完了した。概ね君の言った通り、エルティナは僕が個人的に用意したセーフティーハウスで保護していることになっている。おかげで僕は今、他派閥の有望な若手を囲い込んだ簒奪者扱いだよ』

 

「本当に、本当に申し訳ありません。この抗争が終わったら、必ずエルティナと一緒に謝りに行きますから。あと、これが勝利のための情報戦だったこともちゃんと釈明して、フィンさんの名誉回復に尽力します。……約束します」

 

 通信機から漏れるフィンさんの溜息には、怒りよりもどこか楽しんでいるような響きが混じっていた。

 

『期待させてもらうよ。……それで、勝てるのかい? 君たちは。もしも万が一にでも勝ち目がないというのなら、僕は冗談抜きでエルティナをロキファミリアへ改宗(コンバージョン)させることも検討しなければならないよ』

 

「100%を約束することはできないというのは、理解してくれますよね。……それでも、勝てる見込みは十分にあります」

 

 私は、エルティナが砦に仕掛けているであろう「工作」を思い浮かべた。

 

『そうか、期待しているよ。こちらは、以上だ。おやすみ、猫又(ツインテールキャット)

 

「お休みなさいませ、勇者(ブレイバー)様」

 

 通信が切れると、部屋に静寂が戻ってきた。

 さてと、こういう深夜に、男の人との密会はなんだかお腹の奥がざわざわして気持ちがいいね。

 エルティナは今頃、暗い砦の中で一人、確実に作業を進めているはずだ。就寝前に彼女の無事を確認しつつ、私は布団に潜り込んだ。

 

 明日は何をしようか。まずはギルドへ行き、エイナさんに相談してみるべきか。

 街に流れる「エルティナ失踪」の噂がどれほど広がっているかを確認し、必要であれば彼女にもこの「嘘」を共有しておくべきだろうか。

 

 エイナさんは十分に信頼に値する人物だが、ギルドという組織そのものはまだ信用しきれないところがあるから、難しいところだね。

 

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