ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
前回に引き続き、今回も多数の高評価ありがとうございました。
逆立ちするほど喜んでおります
ギルドのエイナさんのところへ顔を出すつもりだったけれど、今はエルティナが不在なもんで、留守の間に少しでも拠点を整えておこうと思い立った。
「N-ピュアメイドドレス」にレイヤリングを更新し、物入れからホウキとちりとり、そしてモップを取り出す。まずは生活の中心であるリビングの掃き掃除からだ。
「やっぱり、広いと大変だなぁ……」
一通りホウキを走らせ、集めたホコリをゴミ箱へ。続いてモップを手に取り、雑巾がけを開始する。春も終わりに差し掛かり、水桶の水がそれほど冷たくないのが幸いだ。
「~~~♪」
鼻歌を交えながら手を動かす。窓から差し込む春の柔らかな光が、磨かれた床に反射して眩しい。ふと視線を上げると、棚の隅に薄っすらと積もった白。
「しまった、先に上のホコリを落としとくんだった……」
床の輝きばかりに気を取られ、掃除の基本を忘れていた。
仕方なくモップがけを一時中断し、倉庫からハタキを引っ張り出してくる。テーブルや戸棚の上から順に、丁寧に進めていく。普段からエルティナがこまめに掃除をしてくれているので、それほど目立った汚れがないのが幸いだったね。
「さてと、工房の方はワカヒルメ様にお願いしてあるから……次は庭掃除かな」
実際のところ、専門機材が並ぶ工房に私が下手に手を出して、万が一のことが起きるのが怖いのだ。織機のセッティングを狂わせでもしたら、いろいろ台無しになっちゃうだろうし。
幸い、洗濯物はまだそれほど溜まっていない。明日でも十分間に合うだろう。
私は屋内用の掃除用具を物入れへ片付け、中庭へと向かった。拠点が広くなったのは喜ばしいことだが、管理の手間は大きくなってる。特に芝生の維持は、放置すればすぐに野生の王国と化してしまうだろう。エルティナはよくやってくれている。
中庭の物置を開けると、そこには使い込まれた庭箒や熊手が整然と並んでいた。
「あ、手押しの芝刈り機とかあったんだ……。後で試してみようかな」
芝生の長さを整えるための機械まで完備されているのを見て、感心するばかりだ。というか、こう言うのってどこで売ってるんだろう? 流石にエルティナのお手製って訳じゃないよね?
『ありがとうね、エルティナ』
ふと思いが溢れ、アークスの思念通信で彼女を呼んだ。
『いえ、それが私の仕事ですので』
戦場となる砦の工作任務中であっても、しっかりと返事をしてくれるエルティナが頼もしい。
『そっちは順調?』
『概ね良好です。現在、拠点の構造解析を並行して実施中。後ほど、作成した地形図と建物の3D図面を送信いたします』
『分かった。夜にでも、それを元に作戦会議をしよう』
『承知いたしました』
通信を切り、私は竹箒を握り直した。
庭の掃き掃除と草むしりを一通り終え、芝刈りはまた今度にしようと思い立ち、今度は門の周りを整えるべく一旦竹箒類を倉庫にしまった。
これから夏に向かい、雑草なんて引っこ抜いた側からまた生えてくるような季節になるのだから、今のうちに連中を壊滅させることができて良かったと思う。そういえば、除草剤が置いてなかったけれど、この街にはそういうのは売っていないのかな?
私は石畳を掃くのに適したシュロ箒を手に取り門へ向かおうとすると、最近の物騒な情勢を考慮して閉ざしていた玄関門が、激しく叩かれていることに気がついた。
「うーん。せめて、掃除が終わってからにしてほしかったな」
私は玄関脇にホウキを立てかけると、「はいはい、どちら様?」と答えながら門を開いた。今度防犯のための覗き穴でも作って貰おう。
「ベルディナ。説明をお願いします」
そこに立っていたのは、険しい眼差しをしたリオンだった。
「うーん……とりあえず入って、リオン。お茶は自分で淹れてね?」
全力で走ってきたのか、彼女はいつになく息が上がっている。私はリオンを拠点に招き入れ、再び重厚な門の鍵を閉めた。
一応、今の私はメイドさんの格好をしているので、お茶くらいは淹れてあげよう。騒ぎを聞いてリビングに入ってきたワカヒルメ様を含めて、3人分のお茶をテーブルに並べた。
「お菓子はないからね」
「いえ、お構いなく……」
流石に突然押しかけたことに多少の負い目があるのか、リオンはおとなしく席に着いた。けれど、その指先は膝の上で固く握りしめられている。
「エルティナは……本当に、いないのですね」
「いろいろあってね。聞きたいのはそのことかい?」
ワカヒルメ様はそう言って、立ち上る湯気を楽しみながらお茶を一口飲み、満足そうにうなずいた。
私はワカヒルメ様の隣に座り、同じくお茶を一口啜る。来客用に残しておいた頂き物の茶葉は、普段の出涸らしとは比べものにならないほど香りが豊かだ。けれど、今の重苦しい空気の中では、その味もどこか遠くに感じられた。
「街で噂を聞きました。……エルティナが、ロキファミリアの団長に連れ去られたというのは、事実なのですか?」
リオンの瞳が私を射抜く。その声には、親友を奪われた憤りと、私たちへの心配が混ざり合っていた。しかし、その言い方だと、まるでフィンさんがエルティナを誘拐したみたいで人聞きが悪いね。
とはいえ、今回はフィンさんにも協力して貰っていることなので、本当のことを言うわけにはいかないのが辛いところだ。
そういうことで、心苦しくはあるが、リオンにはここまでの(表向きの)経緯を話して理解を求めた。内容としては、エルティナが愛想を使いしてフィンさんに保護を求めて、フィンさんが自分のセーフティーハウスに保護しているというのが大まかな流れだ。
「なかなか難しいところなんだ。エルティナを無理矢理連れ戻すこともできないし、なんとかフィンさんに間に入って貰って説得しないと……ってところ」
「……そうだったのですね……ですが、納得はできません。エルティナが保護を求めたということも、
まあ、エルティナを知っている人ならそう思うのは当然だね。だから、リオンはフィンさんがエルティナを誘拐したという認識になったってことだ。
「とまあ、ここまでが表向きの話しです」
私がそう言うと、今にも拠点を飛び出ていきそうになっていたリオンの動きがピタリと止まった。その翡翠の瞳を点にして、彼女は信じられないものを見るような顔でゆっくりと元の席に戻る。
「詳しく、説明してください。今、私は冷静さを欠こうとしています」
なんか、どっかで聞いた台詞だなぁ、なんて場違いなことを考えながら、私は「まあまあ、お茶をどうぞ。クッキーもありますよ」と、茶菓子の器を楚々と差し出した。リオンは「失礼します」と短く応じると、クッキーを3つほど取り上げ、ボリボリと音を立てて口に運んだ。一見すると無作法に見えるけど、それでもどこか品があるように見えるのは不思議な感じ。これが、エルフ補正ってやつかな?
「ただし、これを説明すると後には引けなくなるよ? リュー・リオン。……今回の
ワカヒルメ様が、いつになく鋭い眼光でリオンを射抜く。上目遣いに睨み付けるその姿には、零細派閥の主神とは思えないほどの凄みがあった。裏の話を聞くということは、実質的に私達と運命共同体になるということ。その重みを、ワカヒルメ様は問うているのだ。
助っ人になるということは、敗北した際、私たちと同等のペナルティを受ける可能性があるということだ。前世の知識で言えば、連帯保証人のようなものだろうか。クレジットのリボ払いと並んで、手を出してはいけないものの筆頭格として有名なやつ。
オラリオ風に言えば、「よその抗争に手を出すな」ってところか。別に禁止はされていないだろうけどさ。
リオンは、淹れ直したお茶をぐいっと一気に飲み干すと、肺にある全ての空気を吐き出すように大きく息をつき、顔を上げた。その瞳には、悲痛なまでの決意の光が灯っていた。
「すでに、この命は30階層で潰える運命でした。それを救い上げ、繋いでくれたのはあなた方です。……私は、あなた方と共にありたい。たとえ、それがどのような道であってもです」
「負ければ君にも累が及ぶことは分かっているね? おそらくイシュタルは、君に
ワカヒルメ様の問いかけに、リオンは一瞬も躊躇わなかった。
「二言はありません。……ですが、その前にお願いがあります。一度だけ、アストレア様とお話をさせてください。主神に背いてまで、己の我を通すことはできませんから」
「もちろん。それが筋というものだね」
リオンの言葉に、ワカヒルメ様が満足そうに頷く。
「じゃあ、私も一緒に行くよ。リオンって結構口下手だし、アリーゼさんとか輝夜さんに言い負かされちゃいそうだしね」
「失礼な……。……いえ、反論はできませんが」
リオンは少しだけ頬を染めて視線を逸らした。
流石にアストレアファミリアの拠点「星屑の庭」に向かうのに、メイド服のままでは格好がつかないので、私はいつもより少しばかり改まった服装――「サニーピュアリー」をベースにした清潔感のあるレイヤリングへと着替え、さらにここ一番の気合を入れるために「勝負下着」を仕込むことにした。
選んだのは、黒い総レースのブラとショーツのセットだ。透け透けで面積が狭く、お尻に食い込むような独特の感触が、私に程よい緊張感を与えてくれる。自然と背筋が伸び、内側から力が湧いてくるようなこの感覚は、重要な局面へ挑む私にとって心地よい刺激だった。
最後に、お出かけ用のつばが広く、白いリボンのアクセントが可愛らしい麦わら帽子「サニーピュアリーハット」をかぶり、私は門で待っているリオンの元へ駆け寄っていった。
「お待たせ、リオン。それじゃ、行こうか。ワカヒルメ様はお留守番をお願いしますね」
「……ええ。行きましょう、ベルディナ。その帽子、よく似合っていますよ」
リオンは少しだけ表情を和らげ、私の歩調に合わせて歩き出した。
「うん。気をつけてね」
ワカヒルメ様は玄関口で、柔らかな笑みを浮かべながら手を振ってくれたので、私も大きく手を振り返して門を出た。