ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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みんなと相談しよう

 

 アストレア・ファミリアの本拠地『星屑の庭(ほしくずのにわ)』の門前へと辿り着くと、そこには腕を組みながら、やってきた私達を確認して呆れたように肩をすくめるライラさんの姿があった。

 

「やっと帰ってきやがったか。お前なぁ、気持ちは分かるが勢いだけで飛び出すんじゃねぇよ」

 

「……すみません、ライラ。冷静になりました」

 

 リオンはいつになく殊勝な態度で頭を下げて謝罪の言葉を口にすると、ライラさんは毒気を抜かれたように大きくため息をついて、騒動に巻き込んだ私に対しても不器用な労いの言葉を投げてくれた。

 

「冷静にしてもらった、だろう? 悪かったな、猫又(ツインテールキャット)。うちのが騒がせた」

 

「いえいえ。ゆっくりお話しできて楽しかったですよ」

 

 私はライラさんの正論を正面から浴びて、とがった耳まで垂れ下がるほどシュンとしているリオンの様子を認めると、被っていたサニーピュアリーハットを脱いで、励ますように彼女の二の腕をポンポンと優しく叩いた。

 

「あんたも一緒なら話しが早いな。……説明、してくれるんだろう?」

 

「ええ、喜んで」

 

 ライラさんに軽くどつかれながらもトボトボと皆のいる大広間へと歩いて行くリオンを眺めながら、私はアリーゼさんへの説明をどう進めるべきか、頭の中でシミュレーションを繰り返していた。

 

 広間に入ると、そこにはアリーゼさんや輝夜さんたちが、なんとなく緩い感じでおしゃべりに興じているところだった。

 

「お帰り、リオン。思ったよりも早かったわね!」

 

「ただいま戻りました、アリーゼ」

 

 リオンはペコリと頭を下げると、空いていた席に腰を下ろすと、少し憮然とした様子で、チラリと上座のアストレア様に目を向ける。

 

「お前も座れよ、アタシの隣でいいぜ」

 

 ライラさんはそう言って、自分の隣の椅子を引いて私に勧めてくれた。

 

「ありがとうございます。では失礼しますね」

 

 その椅子は来客用なのか、それとも私が来るのを見越して少しだけかさ上げする目的だったのか、ふかふかのクッションが敷かれていて、とても座り心地が良かった。

 

 ついでにお茶も淹れてもらい、ようやく一息つくことができた。

 

「聞いたよ? エルティナが勇者(ブレイバー)にさらわれたんでしょ?」

 

 アスタさんが心配そうに眉をひそめて呟いた。今やオラリオの街中には、エルティナがフィンさんに連れ去られたという「醜聞」が駆け巡っているのだ。

 

「うーん。ここから話すことは、絶対秘密なんですけど。いいですか?」

 

「まあ、そうだろうとは思っていましたね」

 

 輝夜さんが小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 

「実は、エルティナがフィンさんに拐かされたというのは、情報戦の一環なんですよ」

 

「言い得て妙だなぁ」

 

 ネーゼさんが呆れたようにつぶやくが、私はあえて無視を通した。

 

「それで……エルティナは何をしてるの?」

 

 アリーゼさんが身を乗り出し、興味津々で聞いてくる。命を救い、正義を分かち合う仲となったアストレアファミリアの面々なら、真実を伝えても問題はないだろう。

 

「エルティナは今、古戦場の砦でいろいろ作業して貰ってるんですよ。いわゆる、事前工作ってやつですね」

 

「無茶するわねぇ」

 

 アストレア様は、私の言葉が「真実」であることを神の権能で見極めたのだろう。どこか呆れたような、それでいて慈愛に満ちた苦笑いを浮かべていた。

 

「で? それを隠すために、フィンのやつにさらわれたって噂を流したって事か。まじかよ」

 

 ライラさんはどこか面白そうに口の端を持ち上げた。

 

「あ、ちなみにフィンさんにはちゃんと説明して、同意をいただいていますよ」

 

「それは、『無理やり巻き込んだ』といった方が正しいのではないかしら?」

 

 アストレア様が、優しくも鋭い眼差しで私の嘘を見抜いた。

 

「まあ、そこは……えへへへ」

 

 私はアストレア様のちょっとだけ怖めの笑みに、愛想笑いで返すことしかできなかった。神様に「嘘」が通じないというのは、交渉人としてはなかなか辛いところだ。

 

「そういえば、大変今更なのですが、アストレア様。神様が見破れる嘘って、又聞きの又聞きの……どれぐらいまでいけるんですか?」

 

 もし又聞きした本人が、それが嘘だとは知らずに信じ込んで話していた場合、神様にはどう映るのか。以前から抱いていた疑問をぶつけてみた。

 

「それは……秘密ね」

 

「でしょうね」

 

 明確にしないということは、伝言ゲームを繰り返すうちに薄まっていくということだろう。そうでないと、この迷宮都市の情報戦なんて、すべて筒抜けで成り立たなくなってしまうからね。

 

「間に神様が混ざったら、大丈夫じゃないかな?」

 

 アスタさんが私の話題を拾ってくれたようだ。

 

「そうだなぁ。神様でも神様の嘘は見破れないって事だから……いけんじゃね? 殆どの神様は面白がって噂を広めまくるだろ」

 

 ネーゼさんはニヤリと笑った。なるほど、暇つぶしを求める超越者たちにとって、真実を煙に巻く噂話ほど上質な娯楽はないというわけか。まったく、神様ってやつはろくでもないね(一部を除く)。

 

 アストレア様はにっこりと微笑むだけで、肯定も否定もしない。その静謐な佇まいは、まるで全てを見通した上で、私たちのありようを慈しんでいるようにも見えた。

 

「うーん。やっぱり神様って、地上のゲーム盤で人を駒にして遊んでますよね」

 

 私はため息をつきながら、冷めつつあるお茶を飲み干した。全ては神々の手のひらの上。かつてのオラクル船団でも、シオンやルーサーといった存在の意志に翻弄された日々を思い出す。結局、どこも似たようなものか。

 

「アストレア様、アリーゼ。私からもよろしいですか?」

 

 広間の空気が若干穏やかになったところで、それまで沈黙を守っていたリオンが瞑目しながら手をまっすぐ上げた。

 

「なに? リオン。ちゃんと目を開いてこっちを見なさい」

 

 アリーゼさんの言葉にも応じず、リオンは無言で立ち上がった。そしてアストレア様の側に歩み寄ると、その場に両の膝を折り、床に手をついて深々と頭を垂れた。その所作の一つひとつに、エルフ特有の潔癖さと、それ以上に強固な意志が宿っているように思えた。

 

「おい、リオン。何のつもりだ?」

 

 ライラさんが驚いて椅子から身を乗り出そうとしたが、それをアストレア様が静かに手で制した。

 

「アストレア様。どうか、私を破門にしていただきたいのです」

 

 そして、リオンの口から放たれた言葉が広間の空気を破壊して、全てを混乱へとたたき落とすことになった。

 

「ちょっと、リオン。何言ってるの!?」

 

 普段は穏やかなアスタさんですら、今にも飛びかからんばかりに身を乗り出そうとしている。

 

「訳を話しなさい、リュー。皆が混乱しているわ」

 

 アストレア様は、その震える肩の奥にある言葉に嘘がないことを見抜いたのか、静かに、けれど厳かに問いかけた。

 

「私は、ベルディナの力になりたい。……そのためには、皆を危険にさらすことになります。私1人が娼婦に落ちるのなら、それはやむを得ない。しかし、そのために皆がイシュタルに穢されることを、私は決して許せないのです」

 

 リオンの声は震えていたが、その中心には鋼のような決意があった。彼女は、30階層で救われたその命を、今度は私達のために投げ出す覚悟を決めていたのだった。

 

「この、青二才が! お前ごときが1人で背負えると思うな、若輩者!」

 

 リオンの悲痛な叫びに、輝夜さんが容赦ない罵声を浴びせた。その言葉は鋭い刃のようだったが、そこには仲間のために犠牲になろうとする者への、彼女なりの歪んだ親愛が含まれていることを私は感じている。

 

「ああ、輝夜の言う通りだ! 私は未熟者だ、若輩者だ、こんなこと馬鹿げているなんて分かっている! ですが、私は引き下がるつもりはありません。……どうか、この愚かな私をお許しください、アストレア様……!」

 

 リオンは面を上げ、曇りなき眼差しをまっすぐアストレア様に差し出した。その瞳に宿る光は何なのだろう。自らの正義を貫こうとして、それまでの自分を否定しようとする、どこか危ういものにも思えた。

 

「それは、ズルいわ、リオン!」

 

 そう言って席を蹴り、立ち上がったのはアリーゼさんだった。

 

「アリーゼ……」

 

 リオンは、側に歩み寄ってくるアリーゼさんに、すがるような目を向けた。

 

「私達は、あの時誓ったわよね。共にありましょうと。あなたは自分だけそうしようって言うの? 私達をのけ者にして? 冗談じゃないわ!」

 

「そうだな。リオンだけじゃない。アタシ達全員でワカヒルメファミリアをサポートしようぜ」

 

 ネーゼさんが力強く拳を握って宣言した。その瞳には、かつて下層で共に死線を越えた仲間としての熱い火が灯っている。

 

「あ、ごめんなさい。神会(デナトゥス)で、助っ人は1人までってことになったらしいです」

 

 私は熱気に包まれた広間に水を差すようで申し訳ないと思いながらも、ワカヒルメ様から伝えられた条件を付け足した。

 

「だったら、リオンが代表って事だね」

 

 さすがアスタさん。割と熱くなりやすい彼女たちの中で、一服の清涼剤になってくれて頼もしい。ドワーフ族はみんな熱血漢の猪突猛進だという偏見は、彼女を見ていると修正が必要だと痛感する。

 

「抜かるなよ、リオン。アストレアファミリアの誇りを、あの阿婆擦れどもに見せつけてこい」

 

 輝夜さんはリオンの肩に義手の腕を乗せて力強く伝えた。その金属の冷たさは、今や彼女たちの不屈の意志そのものだ。

 

「言われるまでもありません、輝夜」

 

 リオンの返答に迷いはない。

 ふーむ。リオンまでやる気満々になっちゃったな。エルフはみんな冷静沈着で穏やかなイメージがあるけど、その根っこにはマグマのような熱いものを持っているってことか。まあ、そうでなければ、こんな過酷な迷宮都市で冒険者になろうなんて思わないか。

 

「決まりね! アストレア様、よろしいですね?」

 

 アリーゼさんが上座の主神へ視線を送る。アストレア様は、自慢の子供たちの願いに、静かに、けれど確かな重みを持って頷いた。

 

 

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