ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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高評価および、UA 30万突破ありがとうございました。
次章の構成も固まりつつあるところです。






女神の決断

 

 アストレアファミリアの方々との協力も取り付けることができ、ついでにフィンさんの誤解も解くことができて一安心だ。

 

「さて、お茶のお替わりをいただこうかしら?」

 

 アリーゼさんは、全員のカップが空になっていることに気がつき、自ら席を立とうとする。

 

「座っていてください。私が淹れ直します」

 

 しかし、リオンがそれを制して広間の端の水屋へ向かった。その動作はどこか儀礼的で、迷いを断ち切った者特有の潔さが感じられる。

 

「あ、私も手伝おうか」

 

 私もそれを手伝おうと思い、子供用の椅子から降りようとしたが、

 

「お客様はおとなしくしておいてくださいね?」

 

 輝夜さんが扇で口元を覆いながら、薄目を少しだけ開いて私を制した。今更、お客様でもない気もするんだけどね。

 

「うーん……。輝夜さんって、私のこと嫌いでしょ?」

 

「そんなことはありませんよ?」

 

 ホントかなぁ。私は神様じゃないから嘘か本当かは分からない。横目でチラリとアストレア様を見ても、ニコニコしているだけで何も言ってはくれないし。

 とはいえ、輝夜さんの言葉の端に宿る毒気は、どこか親愛の情を隠すための照れ隠しのようにも思えた。ツンデレにしては、毒が多い気もするけどね。

 

「お待たせしました」

 

 リオンが淹れたてのポットを持って、全員のカップに丁寧にお茶を注いで回った。白亜の陶器に紅いバラの模様があしらわれていて、美術品として飾っていても様になる品だ。といっても、私に陶器の目利きなんて無理だけどね。

 

 温かな湯気が立ち上る中、アストレア様が静かに口を開いた。

 

「みんな、聞いてくれるかしら? 良い機会だから、重要な事を伝えておこうと思うの。今後のファミリアのあり方に関することよ」

 

 アストレア様の言葉に、全員が背筋を伸ばした。それまでの穏やかだったティータイムの空気が一変し、ひりつくような緊張感に包まれる。誰もが言葉を控え、アストレア様の言葉を待っているようだ。

 

「えっと、私はそろそろおいとました方がいいですか?」

 

 部外者の私がこの場に居合わせていいものかと、隣に座るアリーゼさんに目を向ける。アリーゼさんは真剣な面持ちのまま、「さぁ?」と肩をすくめた。あなた、団長でしょ?

 

「いいえ、ベルディナ。あなたにも聞いておいてほしいことなの。いいかしら?」

 

 アストレア様が静かに、拒絶を許さない様子で私を見つめる。

 

「分かりました。では、同席させていただきます」

 

 こういうシリアスな空気、本当は苦手なんだけどな。私は緊張で渇いた喉を潤すべく、カップに残ったお茶を最後の一滴まで飲み干した。クッキーも欲しい。

 

「これは、去年の暮れから考えていたことなのだけど……私は、一度オラリオを出ようと思うの」

 

 ――マジか。神様の一人旅なんて、この物騒な下界で大丈夫なのかな。

 

「お待ちください! あまりにも突然です。……訳を、訳を話してください、アストレア様!」

 

 リオンが沈黙を切り裂くように叫んだ。絶望を振り払うかのように片手で顔を覆い、すがるような眼差しをアストレア様へと向ける。

 

「落ち着いて、リュー。なにも今日明日出て行くということじゃないわ」

 

 そりゃそうだ。流石に引越しの準備もできないうちに出発するなんて、夜逃げじゃあるまいし。

 

「では、いつ頃ご出立で? 今日明日ではないということは分かりましたが……1週間後ですか? 1ヶ月後ですか? それとも半年後ですか?」

 

 輝夜さんは一見落ち着いているように見えた。けれど、さっきから空っぽのカップを口に運び、飲み物が無いことに気づいては戻すという動作を3回も繰り返している。相当平静さを欠いているらしい。スクショして、後でエルティナに描いてもらおう(いやがらせ)。

 

「来年の今頃に、メレンに『学区』が寄港する予定というのはもう知っているかしら?」

 

「そういえば、そろそろでしたね……」

 

 ふむ、また私の知らない単語が出てきたぞ。「学区」が寄港? 船の中に学校でもあるのかな。まあ、巨大宇宙(オラクル)船団からやってきた私としては、動く都市なんて今更驚くことでもないんだけど。そういえば、前世の地球で遊んだゲームにも「さんぽする学園」なんてのがあったな、懐かしい。

 

 私が混乱からノスタルジーまで思考を飛ばしている間に、アストレア様が核心を口にした。

 

「学区の主神、バルドルから手紙をもらってね。旅立つつもりがあるのなら、学区でクラスを持ってみないかと勧誘されたのよ。私はそれに応じようと思う。オラリオには夜明けが訪れたわ。だからこそ、私はあえてオラリオの外で、今の『正義』を確かめることも必要じゃないかって思うのよ」

 

 アストレア様は淡々と、しかし確かな重みを持って言葉を紡いでいった。高邁な理由を並べてはいるけれど、私にはアストレア様が「学区で教鞭を執る」という新しい挑戦に対して、純粋に魅力を感じているように見えた。

 

 それにしても、アストレア様が担任のクラスか。……改宗なしで潜り込めるなら、私だって生徒になりたいくらいだね。

 

「つまり、それに着いていくか、オラリオにとどまるかどうかを、この1年で決めろ……と?」

 

 ライラさんが腕を組みながら天井を仰ぎ見てつぶやいた。その眼差しには、現実的な損得勘定を越えた、アストレア様への忠誠心をうかがうことができる。

 

「そうね」

 

「流石にアリーゼは団長として付いていかねぇと駄目だろ」

 

 ネーゼさんが、お茶のお替わりをのんびり楽しんでいるアリーゼさんを指さした。

 

「うーん。確かにそうね!」

 

「では、アリーゼはここを出るということですか?」

 

「落ち着きなさい、リオン。そうと決まったわけじゃないわ。別に私が団長じゃないといけないわけでもないし」

 

 アリーゼさんは結構あっけらかんとしている。彼女にとっての「正義」は場所や役職に縛られるものではないのかもしれない。対照的に、リオンはオラリオを出ることにかなりの拒否感があるようだ。

 

「ちなみに、ギルドの許可は出てるんですか?」

 

 アスタさんは冷静にアストレア様に聞いていた。

 

「交渉はこれからかしら」

 

 確か、第一級や第二級といった上級冒険者は、オラリオを出るだけでもギルドに申請して許可を貰わないといけない決まりだったかな?

 それが半永久的に外の世界へ、しかも「学区」への移籍ともなれば、交渉はかなり大変なことになるんじゃないかって思う。

 

「まあ、アタシらは曲がりなりにもオラリオに貢献してきたからな。それなりの無茶は通るんじゃね?」

 

 ネーゼさんは割と楽観的だ。あるいは、彼女たちはオラリオのダンジョンで富を得ることよりも、アストレア様と共に正道を歩むことこそを重視しているのかもしれない。

 

 なら、そこがどこであろうと関係ないということかな? 

 私としては、せっかくできた知り合いと友人と親友がいなくなってしまうのは寂しいと思うけれどね。

 エルティナだって、ライラさんという小人族(パルゥム)の友達ができたのだ。きっと口には出さなくても、寂しさを感じることだろう。

 

「すみません、アストレア様。これって、どこまでオフレコですか?」

 

 私は手を上げてアストレア様に問いかけた。

 

「ギルドから正式に発表があるまで、他の派閥には秘密にしておいてほしいわ」

 

「分かりました。ワカヒルメ様とエルティナ以外には秘密ってことにしておきます」

 

「お願いね」

 

 吉報を待つしかない。ギルドとの交渉はアストレアファミリアの問題だし、私がとやかく言うことじゃない。せいぜい私が考えるべきは、送別会をどこでやろうとか、餞別の品を何にしようかぐらいだ。先日、ロキファミリアの人達と打ち上げに使った『豊饒の女主人』なら、賑やかでいいかもしれない。……もっとも、あの店の会計は私のお財布にはちょっと厳しいかもしれないけどね。前回はおごりだったけど、フィンさんがそれなりの額を支払っているのがチラッと見えたし。

 

「お金、貯めないとなぁ……」

 

 いろいろ話題が重なったけれど、要するに今回の話し合いの結果はこうだ。

 今回のイシュタルファミリアとの戦争にリオンが正式に「助っ人」として協力してくれること。そして、アストレア様が来年の今頃に船で旅に出る予定があり、団員たちはついていくか残るかを決める必要があるということだ。

 

 リオンの助っ人登録については明日にでもギルドに申請しに行かなければならない。そして今晩は、リオンを加えたエルティナとのリモート作戦会議を予定している。エルティナが砦跡から送信してくる戦場の立体図形を元に、どのように勝利を収めるのかをしっかりと話し合わないといけない。

 

 さあ、忙しくなってきたね、頑張ろう。

 

「あと、ベルディナ。最後にこれだけは聞かせて貰える?」

 

 アリーゼさんは、そろそろ帰ろうかなと身体をほぐしている私に、少し真剣な面持ちで問いかけた。

 

「何ですか? 今日のお夕飯は作り置きのパスタにしようって思ってますけど」

 

「いいわね、美味しそう。私も御相伴に預かりたいぐらいね。でもね、そういうことじゃないのよ」

 

「ええ、分かってます。ごめんなさい、話の腰を折りました」

 

 駄目だな、アリーゼさんと話すと、ついつい面白い方向に持って行こうとしてしまいがちだ。

 

「いいのよ。そっちの方が楽しいもの。でもね、一つだけ聞かせて? アストレア様から聞いたけど、宣戦布告はあなたたちからだったみたいじゃない。それはただの蛮勇なのかしら? 勝てる見込みはあるの?」

 

 アリーゼさんの瞳が、私の内側を見極めるように細められる。仲間のリオンが助っ人として参加する以上、無謀な博打に付き合わせるわけにはいかないという、団長としての責任感だろう。

 

「逆に聞きますけどね、アリーゼさん。私達が連中に負けるところを想像できますか?」

 

 私は大きく胸を張って、不敵な笑みを浮かべて見せた。

 レベル2がたった2名の零細派閥という、客観的な数字だけを見れば、イシュタルファミリアという巨人に挑むのは自殺行為に等しいだろうね。だけど、アリーゼさん達は知っているはずだ。私がこれまで何と戦って、どのように勝利してきたかを。

 

「そうねぇ……うん、びっくりするぐらい想像できないわ!」

 

 あははとアリーゼさんは笑って、私の頭をポンポンと撫でた。

 

「でしょ?」

 

 私は小首をかしげて、その手を受け入れた。

 これからエルティナと話し合うのは、どうやって勝つか(・・・・・・・・)ということではない。どう勝つか(・・・・・)だ。

 

 その前提に、敗北という選択肢は最初から存在しない。

 

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