ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
高評価ありがとうございます。そして、総合評価3,000pt突破ありがとうございました。
本章もいよいよ最終局面に向かいます。今後もよろしくお願いします。
リオンの身柄は、
というと聞こえが悪いが、作戦会議はもちろん、当日までの連携のすり合わせなど、とにかく詰めておかなくてはならない事が多いからね。せっかくだから、この機会にリオンにはアークスの武器――ホムラノベニレンゲの使い方を完全にマスターしてもらおうとも思っている。
「じゃあ、リオンはこっちの部屋を使って。シーツもお布団も新しいのに替えておいたし、クローゼットとタンスもちゃんと掃除したから自由に使っていいよ」
用意したのは、簡素ながらも清潔な客室だ。新調したばかりのカーテンが、春の夕暮れの光を柔らかく透かしている。
「ありがとうございます。お世話になります」
リオンは丁寧に頭を下げると、持ってきたわずかな荷物を解き始めた。外套をクローゼットにかけ、肌着をタンスへしまう所作は、いかにも彼女らしく几帳面だ。
「私はお夕飯の準備をしてるから、終わったら自由にしててね」
「分かりました」
いろいろ説明はしたが、アリーゼさんたちと一緒に何度も『
私はキッチンに向かい、魔石冷蔵庫から作り置きのトマトソースを取り出した。
ニンニクとオリーブオイルでキノコをソテーし、ソースと合わせる。これだけで、食欲をそそる香りが広間まで漂い始める。
「そういえば、リオンにお料理教室を開くって約束、全然できてなかったな」
窓の外、中庭ではリオンがすでに小太刀の木刀を手に取り、鋭い素振りを繰り返していた。今は包丁よりも剣を握るべき時だ。お料理教室は、この一件が終わってからのお楽しみにとっておこう。
「お肉がないな……ソーセージでも焼こうかな」
困ったときはとりあえずソーセージを焼いておけばそれなりに整うから便利だね。
「リオン、そろそろ出来上がるから、手を洗ってきて!」
私はキッチンの窓を開けて中庭の彼女に声をかけてから、沸騰したお湯に塩を加え、パスタを投入した。
通信機ごしにワカヒルメ様もそろそろ仕事を上がるとのことなので、ちょうど良い頃合いだろう。
「すみません、なにもお手伝いできませんで」
リビングには、スポーティーな訓練着から清楚なワンピースへと着替えて、申し訳なさそうに佇むリオンがいた。
「じゃあ、後片付けはお願いね?」
「それは、もちろん」
「やあ、お待たせ。いい香りだね」
ワカヒルメ様が、作業着代わりの前掛けをポールハンガーに吊るして席に着いた。
「お疲れ様です、ワカヒルメ様」
「うん、ありがとう。といっても、今は納品予定もないからね。気楽なもんだよ」
ワカヒルメ様は努めて明るく振る舞っているが、工房に積み上がる自慢の反物をただ眺めるだけなのは、職人として辛いはずだ。特にそれが、ダンジョンから得た最高級の素材で出来ているとなるとなおさらだろう。
「勝ちましょう」
リオンが胸の前で拳を握り、力強く言葉を放った。
「もちろん。さあ、冷めないうちにいただこうか」
私は頂き物のワインを抜き、3人分のグラスに注いでから「いただきます」と手を合わせた。
ナチュラルに飲酒する私を、リオンは何とも言えない複雑な眼差しで見つめてくる。
「……ベルディナ。その、やはり、感心はしません」
「まあまあ。これも景気づけだよ、リオン」
私は彼女の正論をワインで流し込み、エルティナが砦で進めている「事前工作」 に思いを馳せた。
「それで、ワカヒルメ様。今晩、リオンとエルティナと一緒に作戦会議をするんですど。ワカヒルメ様も参加していただけませんか?」
「うん? いいけど……戦闘は私の専門外だよ?」
「いえ、主神として聞いておいてもらった方がいいと思いますので」
「そうかい? それじゃ、参加させてもらおうかな」
「よろしくお願いします」
作り置きでも、時間をかけて熟成したことで酸味がマイルドになったトマトソースは、手打ちパスタと実によく絡んでいた。もちもちの食感にタマネギの甘みが芯まで染み込み、完璧な調和を示している。
「見事ですね」
リオンがゆっくりとパスタを飲み込み、深く頷きながら呟いた。その静かな言葉は、100の賛美よりも深く私の心に染み渡る。
前世のOL時代から、これだけはこだわって練習してきた料理だ。完成したと思っても何度も基本に立ち返り、トマトとタマネギの黄金比率、そして酸味と甘みの絶対的なバランスを追求し続けてきた。
カチャカチャとお皿にカトラリーが触れる音が、静かなリビングに響く。私達3人は、ただひたすら料理の味をゆっくりと、慈しむように確かめた。
「本当に……勝たないとだめだね。そうじゃないと、この時間も奪われてしまう」
ワカヒルメ様はそう呟き、最後の一口を運んで食事を終えた。
食事が終わり、リオンが皿洗いを終えて戻ってきた頃、私は作戦会議の準備を完了させていた。
「エルティナ、聞こえる?」
私はオラクル製の多機能端末をテーブルの中心に置いて、それに言葉を投げかけた。
『感度良好です。マスター、いつでも開始できます』
多機能端末には通話機能もあるので、エルティナの声は、まるでそこに本人がいるかのように、はっきりとクリアに届けられた。
「図面を広げないのですか?」
リオンは不思議そうにテーブルを眺めると、エプロンをツリーハンガーに掛け直して元の席に着いた。これで全員そろった。
「このテーブル自体が図面みたいなものだよ。それじゃ、始めるね、エルティナ」
私はそう言って、手元に空間モニターを表示させ、そこから多機能端末をリモートで操作した。
「どう? 見えてる?」
エルティナの席として用意していた
『問題ありません。こちらからもマスターを始め皆さんの姿がはっきりと確認できます』
エルティナはそう言うと首を左右に振って、視界が良好であることを確認した。
「…………」
それを見たリオンは、まるで幽霊を見るような顔で絶句していた。オラリオの住人にとって、光が実体を成して人の形を模すなんて、神の御業に近いだろう。聞いたところによると、
「久しぶりに見るけど、やっぱり心臓に悪いよね」
ワカヒルメ様は経験者として、リオンの様子に苦笑を浮かべた。アークスだけならAR映像としてHUDに表示させるだけでもいいが、それを持たない人がいるから今回は実際に立体映像を表示させる方式としたのだ。
やはり、話し合いは面と向かってするのが一番だからね。
『では、ブリーフィングを開始します。現在、私は目標の砦跡の最深部に潜入中。敵拠点までのマッピングと構造解析は、すでに98%完了しています』
エルティナがそう言って空中で手を動かすと、テーブルの上に砦の精密な立体映像が浮かび上がった。
「うーん。思ったよりも狭い?」
大家族用の食卓は、大皿を何枚も置いても手狭にならないほどの広さがある。だが、それを完全に覆い尽くす精密な立体映像は、外見だけでなく、エルティナが潜入して解析した内部構造までピックアップして表示させていた。
『イシュタルファミリアの拠点である歓楽街と比較すれば、この砦跡は圧倒的に狭いと判断できます。続いて、
エルティナは、かつてアイシャさんと共に歓楽街に潜り込んだ際に取得した個体データを元に、識別できた
「アイシャさんは?」
『配置されるとすれば、正面玄関近くの前衛と考えられます。彼女の性格と実力を鑑みれば、遊撃もしくは防衛の要となるでしょう』
予想される位置のマーカーが、鮮やかな青色へと置き換えられた。レベル3の実力者である彼女が門前に控えているというのは、攻め手側からすれば悪夢でしかない。
「うーん。最前線か……。できれば、彼女とは交戦したくないなぁ」
「…………それは、無理ではありませんか?」
光の粒が空中で形を成すという、オラリオの常識を逸脱した光景に意識を失いかけていたリオンが、ようやく絞り出すように会話に混じり始めた。
「彼女は要の一人です。それを無視して勝利できるほど、イシュタルファミリアは甘い相手ではありません」
リオンの言葉は正しい。けれど、私にはアイシャさんに対して、不意打ちで滝へ落とされた恨み以上の「奇妙な縁」がある。
「正攻法でいくとなれば、この門を破らないといけないのかな?」
あまり口出しをしてこなかったワカヒルメ様が、アイシャさんの近くの一番大きな門を指さした。
砦にしては重厚な、分厚い木を所々金属で補強されているもので、中層のマンモスの衝突にも耐えきれるぐらいの強度はあるんじゃないかな。これを破城槌なり丸太なりで破ろうとしても無理があるね。
「私とリオンなら、空中からでも侵入できますけどね」
私はリオンをチラリと見ると、彼女は無言で頷いた。
「退路がない状態で戦うのは怖いよ?」
ワカヒルメ様の言うとおりだ。相手は何十、下手すれば100を越える数の
『開始と同時に城門を遠隔起爆させることは可能です』
エルティナは、自分の正面にライラさんから「お前なら有効活用できるだろう」と持たされた火炎石の加工品を表示させた。もちろん、立体映像だから爆発することはないけど、リオンは心なしか少し身を引いたように見えた。そりゃ、怖いよね。
「遠隔というと、松明などを投げ込むのですか?」
リオンは小首をかしげて火炎石を見つめた。
『いいえ。通信機の仕組みを利用します。通信機が遠くに声を届けるように、通信機によって遠隔で火炎石の撃鉄を叩く機構の図面を作成しました』
エルティナは火炎石の隣に、新たに作成した遠隔発火装置の図面と、それによって作成されるパーツのイメージ図を表示させた。
「スイッチは?」
『こちらです』
それと共に、私の手のひらに収まる程度の大きさの機械が表示された。細長い棒状の外装に、上部には紅いボタンが備えられていて、それを開閉可能な透明なカバーで覆っているものだ。
「うーん。自爆装置だ、これ」
翼のモビルスーツで、少年が「任務了解」をしたときに押した“例のアレ”に、見た目はそっくりだ。縁起でもない。まあ、あの少年は死ななかったけどね。
「それによって門を破ったところで、そのまま突入するのは浅はかと思います」
リオンが、テーブルの上に投影された砦の3D図面と、その前に展開している
エルティナが私とリオンを模した白いマーカーを内部に侵入させてシミュレートさせるが、結局のところ数に押しつぶされ、退路を失う結果となる。いくら私たちが個として強くても、100を越える上級冒険者のアマゾネスに囲まれては、さすがに分が悪い。
「行はよいよい、帰りは怖いってやつだね」
ワカヒルメ様は、こった肩をほぐすように回しながら、水屋でお茶を淹れてくださった。その穏やかな所作が、作戦会議の緊張感をわずかに和らげてくれる。
「じゃあ、囲まれる前に一旦下がるのはどう?」
私はお茶を受け取って一口飲み、今にも囲まれそうになっている私達のマーカーを、砦の外へとスライドさせてみた。
「これなら、少数だけを引き連れて漸減作戦みたいな感じにできない? 追いかけてきた連中を各個撃破していくの」
「……侵攻に時間がかかりそうですね。相手も馬鹿ではありません、誘いに乗らぬ者も出てくるでしょう」
リオンの指摘はもっともだ。戦場が広ければ広いほど、私たちの足の速さは武器になるけれど、要塞戦となると話は別だ。
「ねえ、エルティナ。火炎石のストックはどれぐらいあるの? 門を破壊できる程度?」
『門の破壊に加え、3回ほどの陽動は可能かと思われます。遠隔起爆装置とスイッチ自体はそれほど複雑な構造ではありませんので、現地での量産も可能です』
「じゃあ、とりあえず回復アイテムとか武器とかを保管してる倉庫を吹き飛ばす方向でお願い。兵站を叩くのは基本でしょ」
『承知しました。候補となる小規模の建造物を示します』
エルティナが図面上の建物を青く光らせた。そこは正面の門のちょうど反対側。陽動としてはこれ以上ない配置だ。
「そんなことができるのですか……。通信機の仕組みを応用して遠くから火を放つ。……通信機とは、かくも恐ろしいものなのですね」
リオンは、感情的な震えを抑えるためか、二の腕を軽くさすった。彼女にとって、声だけでなく破壊の意志すら遠くへ飛ばすこの技術は、どこから破壊がもたらされるか分からない、自分たちを常に脅威にさらす不気味な存在に見えているのかもしれない。味方が使うのなら、頼もしいんだけどね。
「陽動が使えれば、君たちが囲まれる危険性も少なくなる訳か」
ワカヒルメ様はお茶をゆっくりと飲みながら、
「これを2、3回繰り返したら、流石に本丸までたどり着けるよね?」
『お二人の機動力であれば十分可能です』
今回の
「ねえ、リオン。フリュネさんに勝てる自信はある?」
「単独では難しいと言わざるを得ません。相手はレベル5……第一級冒険者の壁は高いです」
「だよねぇ」
リオンは強い。だが、それはあくまでLv.4の上位としての話だ。「疾風」の名をどれほど轟かせて、第一級冒険者に匹敵する戦力とも言われてはいけるけど、それはあくまで匹敵にとどまるということに違いはない。
「例の
ワカヒルメ様はいつの間にか持ち寄っていたお茶請けの芋けんぴをボリボリとやっていた。ズルい。私も欲しい。
「はい、ワカヒルメ様。それを加味しても、良くて五分……といったところです」
リオンは冷静に分析する。私は、そーっとワカヒルメ様の死角から芋けんぴをくすねようとして、ピシャリと手を叩かれた。
「うーん。それじゃ、リオン。フリュネさんと戦って……とりあえず遅滞戦闘は可能って事だね?」
ワカヒルメ様からお情けで2、3本芋けんぴをいただき、私はほくほくしながらお茶に口をつけた。
「それは、可能です。致命傷を避け、敵を繋ぎ止めることに専念するならば」
「分かった。それともう一つ。もしも戦ってる間に私が『撤退して』って指示したら、大体どれぐらいで砦から離脱できそう?」
ここが今回の作戦の要だ。
「5分……いえ、2分いただければ。最短経路を駆け抜けます」
「うん。分かった。それじゃ、何とかなりそうだ」
私はにっこり笑って、空間投影されたモニターの向こうのエルティナに目を向けた。エルティナはシミュレーションをリセットし、光の駒を初期位置に戻した。
「それじゃ、ここからは本当の作戦を伝えるね――」
私は某特務機関のグラサンヒゲ司令官のように、卓上で指を組み、ニヤリと口端を持ち上げた。
そして、告げた作戦にリオンはものの見事に目を見開いて言葉を失ってしまった。狙い通りだ(暗黒微笑)。
あと、なぜか日間(総合)ランク29位になってました。基準がよくわからん…………