ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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またもや高評価をいただました。本当にありがとうございます!
おかげで、日間総合15位に入れてもらえました。重ねて感謝いたします。





最後の鍛錬

 

 イシュタルファミリアがオラリオを出発し、戦場となる古代の砦に向かったという情報がギルドから発表された。あれだけの大所帯だ、移動も一苦労だろう。到着はおそらく明後日の昼頃になると私は予想した。

 

『エルティナ、イシュタルファミリアが出発したよ。多分だけど明後日にはそっちに到着すると思うから、くれぐれも見つからないようにね?』

 

 私はホーム『絹糸の館』の中庭でリオンと最終調整をしながら、通信機越しにエルティナに告げた。

 

『承知いたしました。打ち合わせ通りの事前準備は完了いたしましたので、しばらくは砦近くの森にて待機します。マスターもご安全に』

 

 今回の作戦上、エルティナも最終的には砦から脱出してもらわないと困るから、今の位置取りはちょうどいい。私達も明後日にはオラリオを出発して砦に向かわなければならない。一人なら虚空跳躍(ネクストジャンプ)でひとっ飛びなんだけど、今回はギルドが指定する馬車に乗っていかなければならないらしい。ルールとはいえ、ちょっと面倒だね。

 

「……うん。リオンも、ホムラノベニレンゲの扱いにかなり慣れてきたみたいだね」

 

 私は構えを解き、巨剣を腰のマウント部に繋止した。

 

「つくづく不思議な武器ですね、これは」

 

 リオンは紅い炎の装飾が施された抜剣(カタナ)――ホムラノベニレンゲを眺めつつ、逆手に持ち直して静かに納刀した。

 

「確かに、こっちの武器に比べると面白い仕組みだと思うよ。だけど、その武器はまだ『潜在能力』が解放されていないから、性能としてはまだ未完成なんだよね」

 

 私は自分の武器――フルクシオタラッサを取り出して見せた。私の武器は限界まで強化を重ねていて、潜在能力レベルは最大のLv3、強化値も+35を達成している。

 それに比べて、リオンの武器はどちらも0だ。これでは、武器が本来持つポテンシャルの8割以上が封印されているようなものだ。

 

「潜在能力……ですか? それは一体、何なのでしょう」

 

「うーん、なんと言ったらいいのかな。武器に経験値を食べさせてランクアップさせる、みたいな感じかな。潜在能力はレベル3まで上げられるし、武器自体の基礎アビリティを向上させる強化は35段階まで積めるんだよ」

 

 まあ、この世界には武器に経験値を与えたり潜在能力を解放するための「強化素材」が存在しないから、今の私にはお手上げなんだけどね。

 

「まるで、武器そのものが冒険者であるかのようですね」

 

「あはは、確かにそうかも。……いっそのこと、神様に頼んで神の恩恵(ファルナ)でも刻んでもらえたら面白いんだけどね」

 

「それは――可能なのですか?」

 

 リオンが真剣な面持ちで身を乗り出してきた。

 

「いや、言ってみただけだよ。やってみないと分からないけど、普通は無理じゃないかな」

 

「……いえ。できる限りのことはしてみるべきです。分かりました。今日は一度着替えを取りに帰る予定ですので、その際アストレア様に相談してみます」

 

 まさか本気にしちゃうとは。私は苦笑いしながら肩をすくめた。

 

「まあ、変なことを言う幼女がいたから、仕方なく付き合った……くらいの感じで伝えておいてよ」

 

「……善処します」

 

 私とリオンはそう言って訓練を終了して汗を拭い館に戻った。

 

 

 その後は汗を流すべく、ワカヒルメ様も誘って公衆浴場へ向かった。裸の付き合いで心身ともにリフレッシュしてから、風呂上がりに冷たい牛乳を1本飲み干して身を整える。

 リオンも誘ってみたけど、同性とはいえ大勢の前で裸になることに忌避感があるらしく、無理強いはできないなと思い、今回も諦めることになった。

 

「お夕飯はどうする?」

 

「あちらで取って戻ります」

 

 どうやら、星屑の庭で夕食を済ませてからこちらに戻ってくるようだ。なんなら、一晩ぐらい向こうに泊まっていってもいいと思うのだが、リオンの性格上そうはいかないのだろう。実に律儀なことだ。

 

 絹糸(けんし)の館に戻るころには、リオンも荷物をまとめ終わったようで、そのまま入れ違うように星屑の庭に戻っていった。

 

 さて、私はお料理だ。今日は中華系にしようと思う。

 

「手伝おうか?」

 

 長い緑の黒髪に丁寧に櫛を通していたワカヒルメ様が、お手伝いを名乗り出てくれた。

 

「そうですね……それじゃあ、野菜の副菜をお願いできますか? 今日は麻婆豆腐にしようと思います」

 

「お、いいねぇ。君の麻婆豆腐は最高だからね」

 

 ピリ辛の豆板醤と甘くてコクがある甜麺醤で作る肉味噌。そこに弾力のある豆腐を加え、しっかりと出汁を取った煮汁で仕上げるのだ。我ながら、あれは最高に美味しい。

 

「お楽しみに」

 

 私はツリーハンガーからエプロンを取り上げ、お料理装束を整えた。

 

「そろそろ、包丁も研ぎに出さないとな」

 

 キッチンの収納から私の宝物である菊一文字(きくいちもんじ)の菜切り包丁を取り出し、刃面を魔石灯の照明にかざすと、所々に銀色の反射が見え始めている。

 スィデロさんに家庭用のシャープナーを作ってもらったけれど、しっかりとした切れ味を取り戻すためには、やはりプロの手に委ねて砥石を当ててもらう必要があるね。

 

「さてと、挽肉は……まだ結構あるな。明日はハンバーグかな?」

 

 挽肉は扱いやすいから、市場で安い時にまとめ買いをしてしまうんだよね。魔石冷蔵庫があるからある程度は長期保存できるけどさ。

 以前の拠点では置く場所がなくて買えなかった「白物家電」ならぬ魔石製品も、『絹糸(けんし)の館』になってからは余裕を持って置けるようになって嬉しいところだ。

 

「えっと、ニンニクと、白ネギと……キノコも入れよう」

 

 あんまり具だくさんにしすぎると味が濁るけれど、シメジはいいよ。自己主張が少ない割に、肉の旨味をしっかり吸ってくれるからね。

 

「ねえ、ベルディナ。こっちのニンジンと椎茸、それにタケノコは使っていいかい?」

 

「いいですよ。買ったはいいけれど、使いどころが難しかったやつですから」

 

「そうか。それじゃ、ありがたく使わせてもらうよ。煮染めにでもしようかな」

 

 ワカヒルメ様が作る煮物は、出汁が効いていて本当に美味しい。今から楽しみだ。

 

 コンロは3口のものが入っているので、私が2口、ワカヒルメ様が1口使うことで、同意がとれた。

 

 まずは挽肉を香ばしく焼き、ニンニク、甜麺醤、豆板醤を加えて肉味噌を作る。できたら火を止めて冷まし、味を芯まで馴染ませるのがコツだ。

 

「おっと、先に水溶き片栗粉を作っておかないとな」

 

 これがないと麻婆豆腐の命である「とろみ」がつかない。

 片栗粉を準備しつつ、2口目のコンロで塩を入れたお湯を沸かし、さいの目に切った豆腐を投入する。

 

「熱を入れすぎないように……よし、いいかな」

 

 素早く湯切りをして、肉味噌のフライパンへ豆腐を移す。

 

「強火にして……お肉がパチパチしたら……よし、水投入」

 

 後は沸騰させ、醤油や料理酒、胡椒で味を調える。この世界にはコンソメも鶏ガラスープの素もないから、素材の旨味を引き出す作業はいつも真剣勝負だ。

 

「うーん。お塩をもうひとつまみ。……おっと、刻みネギを忘れずに……」

 

 味も大体決まったので、一旦火を止めて多少冷ましたところに水溶き片栗粉を入れてしっかりと混ぜる。

 火をつけて沸騰したまま入れてしまいがちだけど、それだとダマができやすいの、火を止めた状態で混ぜるのがコツだね。

 

「最後に一煮立ちさせて……よし、完成!」

 

 中華料理は調理時間が短くて助かる。

 

「流石に手際がいいね。私の方はもう少し時間がかかりそうだ」

 

 ワカヒルメ様の煮物の香りが、食欲をそそる。

 

「分かりました。それじゃ、私は食卓の準備をしておきます」

 

 私はお皿とカトラリーを手に取り、リビングへ向かった。

 

 ちなみにシメジは後でフライパンでソテーして上からまぶすみたいに乗っけることにした。決して使うのを忘れていたわけではないからね。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

「私達の出発は、いよいよ明後日ですね」

 

「そうなるね。いよいよ、大詰めだ」

 

 麻婆豆腐のピリッとした辛さと、ワカヒルメ様お手製の煮染めの優しい甘みの完璧な調和に舌鼓うち、お夕飯後のティータイムで一息ついたところにリオンが新しい着替えを抱えて戻ってきた。

 

 予定通り、アリーゼさんたちとの夕食を囲んできたみたいだ。

 

「明日は出発の準備ってところですか。と言っても、持ち出すものなんてほとんどないんですけどね」

 

 私がそう言うと、ワカヒルメ様がカップを置いて私に視線を向けた。

 

「エルティナはどうする? 現地集合でいいのかい?」

 

「いいと思いますよ。わざわざ迎えに行くのも手間ですし」

 

 オラリオの密入国はそれほど難しくないし、虚空跳躍(ネクストジャンプ)を全開にすれば、現地まで10分もかからない。リスクといえば、道中でイシュタルファミリアの群団と鉢合わせるのが面倒というくらいだ。

 

「すみません、お二人とも。一つ、相談したいことがあります。よろしいですか?」

 

 リオンがお茶をちびちびと飲みながら、おずおずと手を挙げた。その表情はいつになく真剣だ。

 

「なにかあったのかい?」

 

 アストレアファミリアで何かトラブルでも起きたのかと、ワカヒルメ様が少し身を乗り出す。

 

「実は、こちらの抜剣(カタナ)なのですが――」

 

 そう言ってリオンが差し出したのは、紅い炎の装飾が施されたホムラノベニレンゲだった。

 

「ベルディナから教わった『この武器が冒険者のように経験値を得て成長していく』という話をアストレア様に伝えたところ、それなら試しに神の恩恵(ファルナ)を刻んでみようということになりまして」

 

「あ、やったんだ。よく受け入れてもらえたね?」

 

 私は驚きを隠せなかった。てっきり輝夜さんあたりに鼻で笑われて終わると思っていたのだ。アリーゼさんも、普段はアレだけど、割と現実主義的なところあるし。ライラさんは……言わずもがなか。

 

「ええ。輝夜にはあざ笑われましたが……アストレア様はダメ元ながら、乗り気でいてくださいました。そして……刻むことができてしまったのです」

 

「おー、マジか」

 

 いやはや、適当に言ったことなのに、まさか本当にできるとは。瓢箪から駒とはよく言った者だ。意外とフォトンと神様の力って親和性がいいのかもしれない。

 

「ですので、少し確認していただけませんか? アストレア様は手応えはあったとのことですが、私には、まだ良く分かりませんので」

 

 確かに、私のようにHUDで詳細なステータスを確認できるわけではない彼女にとって、武器の強化を実感するのは難しいかもしれない。

 

「分かった。ちょっと見せてもらうね」

 

 私はリオンからホムラノベニレンゲを受け取ってから、HUDのステータス画面を呼び出した。手のひらには、フォトンによって処理された特殊加工品の感触しかしないが、その奥の方にはなにやら不可思議な力の脈動が感じられるように思えた。

 

「うーん。確かに『+1』になってる。潜在能力はまだ解放されていないみたいだけどね」

 

 通常、アークスの武器は+10まで強化して初めて最初の潜在能力を解放できるわけだ。

 だけど、神様の力で直接ステータスを書き換えたとなれば、既存の強化とは違った進化を遂げる可能性まで考えられそうだ。(グッバイ-ドゥドゥ)

 

「そうですか。ですが、神の恩恵(ファルナ)によって強化されたことには間違いはないのですね?」

 

「たぶんね。ただ、本番はこれからかな。これで戦って、武器のステイタス更新する手間は増えるけど……なんだか、面白いことになりそうだね」

 

 私はそう言いながらリオンに抜剣(カタナ)を返却した。

 

「私と共に武器も成長していくということですか」

 

 リオンはホムラノベニレンゲを受け取って、その言葉を深く胸に刻みつけるようにつぶやいた。

 

「相棒ってやつだね。大切にしてあげて」

 

「はい」

 

 窓の外には深い夜の闇が広がっていて、その先にある砦では、エルティナが整えた戦の舞台が待っているはずだ。

 

 勝利への条件は全て整えた、後は結果を確認しに行くだけだ。

 

 

 

 

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