ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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新たに12件の高評価と1件の最高評価をいただきました。
更新ペースはゆっくりめですが、これからもよろしくお願いします。





番外編:観戦のオラリオ

 

 黄昏の館には、ある種の緊張感が張り巡らされていた。

 その日の早朝から、所属する団員の多くは食堂の大広間に集まってその時を待っていた。開戦の合図と共に、戦場の様子を映し出す神の『鏡』が現れるからだ。

 

 地球で言うところのパブリックビューイング。良くも悪くも他派閥の戦争遊戯(ウォーゲーム)は、オラリオにおける最大級の娯楽と言っても過言ではない。

 

「なあ、どっちに賭ける?」

 

 ざわつく大広間の片隅。鏡の出現を今か今かと待ちわびている男の団員の一人が、木製の椅子にだらしなく腰を預けながら、隣に座る馴染みの飲み仲間へと声をかけた。

 

 周囲では同じように冒険者たちが、今日の“見世物”の行方に一喜一憂している様子が分かる。

 

「イシュタルファミリアだろ。【疾風】が加勢したところで、流石に勝ち目はねぇよ」

 

 飲み仲間は肩をすくめ、手にしたジョッキを軽く揺らした。観戦にはエールがつきものだが、流石に朝っぱらから拠点の大広間で飲めるわけはなく、ジョッキに注がれているのは薄めのハーブティーのようだった。

 

 【疾風】――アストレアファミリアのリュー・リオンがワカヒルメファミリアの助っ人として登録されたことは、すでにギルドを通じて街中に知れ渡っている。

 だが、それでもLv.4が一人増えた程度で、Lv.3以上を数十人抱え、第一級冒険者すら擁する巨大派閥に勝てると踏む者は少なかった。

 

 大広間の空気も、どこか“勝負は見えている”とでも言いたげのように男には思えた。

 

「なんだよ、お前もか? オッズが下がる一方だぜ」

 

 男は不満げに眉をひそめる。だがその表情には、どこか楽しげな色も混じっていた。賭け事とは、当たるかどうかより“語る”のが楽しいのだ。

 

「だろうな。そもそも賭けが成立するのか?」

 

「大穴が好きなやつもそこそこいるんだよ。今なら230倍だぜ」

 

 男は得意げに指を二、三度トントンと卓に叩いた。その仕草に、飲み仲間は呆れたように鼻を鳴らす。

 

「すげぇな。じゃあワカヒルメファミリアに100ヴァリスだけかけといてやるよ」

 

「小せぇなぁ」

 

 ブツブツ言いながらも、男は手持ちのパピルスを取り出し、慣れた手つきで名前と掛金を記載する。そして差し出された100ヴァリスを受け取り、革袋に放り込んだ。袋の中で硬貨が触れ合い、心地よい金属音を立てる。

 

 もちろん、男はそこからしっかり一割を抜く。最後に勝者へ分配するのは残りだ。胴元としては、まさに“ボロい商売”というやつである。だが、この街ではそれすらも立派な娯楽の一部だった。

 

「アンタねぇ、こんなところで堂々とやるんじゃないわよ。酒場にでも行ってきなさいな」

 

 別のテーブルからは強気な女の声が上がった。そっちを見やると、そこにはアマゾネスのティオネが足を組み、明らかに軽蔑した視線で男を睨んでいた。

 

「あっちじゃ商売できねぇよ。他の胴元にドヤされるぜ」

 

 冒険者が賭博で商売をしてどうする、と皆が思っているが、こいつはロキファミリアでも特にギャンブル好きだと知られている。もはや何を言っても無駄だと思われていた。

 

「なるほど。じゃあ、僕も乗らせてもらおうかな? 1万ヴァリスならどうだい?」

 

「1万!? マジかよ――――っと、団長……。へへ、団長もお好きのようで」

 

 隣に腰を下ろしたのは、団長のフィン・ディムナだった。フィンは不敵な笑みを浮かべ、ヴァリスの詰まった革袋を男の前に置いた。

 

「それで、どちらに賭けられるんで?」

 

「ああ、そうか。すまない、ワカヒルメファミリアに1万だ」

 

「おっと、いいっすね。今の1万でオッズがちょっと下がっちまいましたが、まだまだ大穴ですぜ」

 

 男は今にも揉み手をしそうな勢いで頭をペコペコと下げると、いそいそとフィンの革袋を回収して中身をチェックした。

 団長の判官贔屓、あるいはワカヒルメファミリアを応援する気風の良さに称賛の声が上がるかと思いきや、フィンですら今は、主に女性陣からは冷ややかな目で見られていた。

 

(仕方ないとは言え、針のむしろだねこれは。この借りは高く付くよ、猫又(ツインテールキャット)

 

 フィンは内心で、土下座していたベルディナの姿を思い出し、小さく苦笑した。

 

「ここにいたのか、フィン」

 

「やあ、リヴェリア様。君もこっちに来るとはね」

 

 フィンは、背後にアリシアを伴ったリヴェリア様を見上げ、隣の席を勧めた。

 

「お前の気は変わらないのか? せめて、小人族の聖女(リトル・セイント)の居場所ぐらい知らせてくれてもいいのではないか?」

 

 リヴェリアの静かな、けれど圧のある問いかけに、広間の団員たちの視線が一斉にフィンへ集中した。

 今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)を前に、ワカヒルメファミリアの技術の要であるエルティナが失踪し、それをフィンが「保護」という名目で囲い込んでいるという噂。それは同族の絆を重んじるフィンにとって、本来ならあり得ない不名誉な醜聞だった。

 

「……彼女が望まない以上、僕に言えることは何もないよ、リヴェリア」

 

 フィンがそう言い終えた瞬間、大広間の天井近くの空間が波打ち、巨大な『鏡』が姿を現した。

 

「時間のようだね。皆も、彼女たちの戦いぶりを見守ろうじゃないか」

 

 フィンは、どこか舞台役者めいた優雅な仕草で団員たちの視線を『鏡』へと誘導した。

 大広間に漂うざわめきが、まるで合図を受けたかのように静まり始め、彼は肩に提げていた通信機をテーブルへそっと置き、魔源――スイッチへ指を添えた。

 スピーカーからは軽いノイズが流れ、通信機が起動した。

 

『こちらベルディナ、01より各局、通信テストを行う。本日は晴天なり、本日は晴天なり』

 

 小人族(パルゥム)のフィンからすれば一抱えもある無骨なフレーム。その中から響いたのは、場の空気に似つかわしくない、女児のように高い声だった。

 そのギャップに、一部の団員たちの間から小さな笑いが漏れるが、フィンはそれを特に咎めはしなかった。。

 

「……まさか、あの距離から声が届くのか?」

 

 リヴェリアは驚愕を隠せず、フィンへと視線を向けた。彼女も、新たにもたらされた通信機の運用試験に何度も携わっているが、これまではまだ数キロから十数キロ程度の距離にとどまっていて、戦場となる砦ほど離れたところと通信できるとは想像もしていなかったのだ。

 

「そのようだね。僕も驚いているよ。これで、あらゆる通達手段が過去になってしまった」

 

 フィンは肩をすくめながらも、どこか痛快な様子すら見えるのは、新しい時代の到来を誰よりも楽しんでいるということなのだろう。

 

『こちらリオン、02です。メリット5、感度良好です』

 

 続いて、助っ人として参戦しているリュー・リオンの声が響いた。その瞬間、リヴェリアの表情がわずかに和らぐ。

 

「……こちらから激励の言葉を贈ることはできないのか?」

 

 同胞の声を聞き、せめて一言でも、と願うようにフィンへ問いかける。その声音には、普段の厳格さとは違う、静かな情が滲んでいた。

 

「今回はオブザーバーだからね。向こうから許可されない限り、こちらからの送信は自重してほしいと言われているよ」

 

「そうか……」

 

 リヴェリアは短く息を吐き、視線を鏡へ戻した。遠く離れた仲間へ届かない想いが、胸の奥で小さく燻っているのかどうかは、その表情からは読み取れない。しかし、普段からリヴェリアの側にいるアリシアは、王女の同胞への慈悲深さに、心を温めた。

 

『こちらエルティナ、03です。メリット5、感度良好』

 

 その声が響いた瞬間、大広間の空気が一変した。ざわつきが波紋のように広がり、団員たちが互いに顔を見合わせる。

 

「団長、今の声は……」

 

 ティオネは言葉を失い、フィンを凝視した。その瞳には驚愕と、理解できない状況への戸惑いが入り混じっている。簡単に言えば「話が違う」ということだ。

 

「すべての説明は戦争終了後に猫又(ツインテールキャット)から行われる、という契約だ。今の僕から言えることは何もないよ」

 

「団長……分かりました」

 

 ティオネは拳を握りしめ、しかしそれ以上は言葉を続けなかった。フィンの表情が、冗談を言う時のそれではないと悟ったのだ。

 

『うん、問題なしだね。それじゃ、今日はよろしく。細かい指示とか時間管理はエルティナに任せるよ』

 

『承知しました。万事滞りなく。現在はフェイズ0、戦争開始前を宣言します』

 

 通信機越しにワカヒルメファミリアの主従の会話が漏れ聞こえ、現場の指揮管理をエルティナが執ることが明示された。

 

「なるほど。エルティナが指揮官を務めるということか……。お手並み拝見といこうじゃないか」

 

 鏡の映像が戦場の俯瞰から切り替わり、現地で監督を務めるヘルメス様の姿が映し出された。

 

『あと、もう一つ。今回はオブザーバーとして、フィンさんとシャクティさんにもパスワードを伝えてあるから、通信内容はお二人にも聞かれていることを意識しておいてね』

 

 ベルディナ声が、まるですぐ隣で囁かれたかのように鮮明に響く。

 

『ここからオラリオまで繋がっているのですか?』

 

 驚きを隠せないリュー・リオンの声が続く。遙か彼方でされている会話が、まるで側でされているような錯覚を皆が覚えた。

 

『馬車で来る途中の休憩所に中継器を置いてきたから、たぶんいけてるはず。フィンさん、シャクティさん、聞こえていたら返事をお願いします』

 

 軽い調子の説明とは裏腹に、大広間の団員は皆、静寂のままフィンに注目するばかりだ。

 リヴェリアもまた、隣のフィンへ視線を向けた。

 

「フィン、呼ばれているぞ」

 

 声をかけながらも、彼女自身まだこの“距離を無視した会話”に慣れていない自分を自覚した。

 

「ああ、そうだね……。こちらロキファミリアのフィンだ。感度良好。よく聞こえているよ、どうぞ」

 

 フィンは落ち着いた手つきで通信機の通話ボタンを押し、短く息を整えてから応答した。その姿は、どこか指揮官というより“新しい玩具を手にした少年”のような楽しさを感じさせる。

 

『こちらはガネーシャファミリアのシャクティだ。感度良好。今日はよろしくお願いする』

 

 続いて、シャクティ・ヴァルマの凛とした声が響いた。ここにはいない、ガネーシャファミリアの拠点で戦争遊戯(ウォーゲーム)の推移を見守っているはずの彼女の声がここに届けられている。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の最前線とそれを見守る自分たち、そして同じくそれを見守る他派閥の冒険者達。それらが一つのテーブルを共有している事実を、彼らはようやく自覚し始めたのだ。

 

『よし。ワカヒルメ様、聞こえてますか?』

 

 ベルディナは満足げに息を整え、まるで隣にいるかのような自然さで、自らの主神へ呼びかけた。

 本来なら、戦争遊戯(ウォーゲーム)中に主神が戦地の眷属と直接言葉を交わすなど、主神が同じ戦場にいない限りは、絶対に不可能だったはずだ。

 

『ああ、聞こえているよ、ベルディナ。君たちの無事を、心から祈っているからね』

 

 しかしその前提は崩れ、主神もまた、戦場の子供たちと同じ時を共有してしまったのだ。

 静かで、しかし確かな温もりを帯びた声が響き、その瞬間、黄昏の館の大広間にさらなる静寂が訪れた。

 神の声が、こんなにも近くにある――その事実が、冒険者たちの脳裏に自身の主審の姿が思い浮かべられた。

 

『もちろん勝ちますよ。ちなみに、いまどこにおられますか?』

 

 ベルディナの問いは、主神と眷属の間にのみ許された、不可侵のやり取りだった。その響きには、戦いへ向かう者の覚悟と、主神への敬意が同居しているように感じられた。

 

『バベルの上層階だよ。隣にイシュタルがいるね。神々はここで高みの見物ってやつだよ。本当に胸糞が悪くなる』

 

 遠く離れた高みから、主神は地上を見下ろしながらも、苛立ちを隠さなかった。その声音には、眷属を戦場へ送り出す神としての葛藤が滲んでいる。

 

『ワカヒルメ様、口調が悪くなってますよ。イシュタル様に聞かれたら大変です』

 

 ベルディナは苦笑混じりにたしなめる。

 穏やかで慈悲深いと認識されていた女神ワカヒルメも、眷属の前では、豊かな感情を表に()だす――その事に、周囲の冒険者たちは思わず息を呑んだ。

 

『別にいいよ。どうせイシュタルは現地と声をやり取りすることなんてできないんだからね』

 

 ワカヒルメは、敵対する神への優位性を隠そうともしない。その言葉には、眷属を守りたいという強い意志が透けて見えた。

 

『あんまり煽らないでくださいね。では、そろそろ行ってきます』

 

 ベルディナの声には、まるで緊張を感じさせない、穏やかな笑みすらも混じっていた。

 

『勝ってくれ。私からは以上だ』

 

 短いが、揺るぎない信頼の言葉。その一言が、どれほど眷属の心を支えるか――大広間にいる者たちにも伝わってくる。

 

 ロキファミリアの団員たちは、そのやり取りを聞きながら深く頭を垂れた。冒険者と主神のあるべき姿を、まざまざと見せつけられたように思えたからだ。

 

「これが、オラリオの未来か……」

 

 誰かのつぶやきが、静まり返った大広間にゆっくりと広がっていった。

 






また、1件の低評価をいただいております。
序盤で最も力を入れた箇所での評価となっておりまして、天狗にならないようにとの誡めとして受け止めさせていただきます。今後の成長をご期待いただけますよう、よろしくお願いいたします。





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