ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
ロキファミリアの本拠地『黄昏の館』。その大広間には、異様な静寂が満ちていた。
天井近くに浮かぶ巨大な『鏡』には、荒野にそびえる砦の光景が映し出されている。つい先ほどまで開戦前の興奮に沸き返っていた団員たちは、突如として引き起こされた城門の遠隔爆破という「未知」を前に、言葉を失っていた。
「自分たちは一体、何を見せられてるんスか……?」
ラウルが呆然とつぶやいた。
エルティナの
「すごいわね、
隣に座るアキが、感嘆の吐息を漏らす。
後方から戦況を俯瞰し、前線へ的確な指示を飛ばすその姿は、図らずも自分たちが最も尊敬する団長、フィン・ディムナの指揮官としての振る舞いに重なって見えた。
「本当に冒険者になって1年も経っていないの? あり得なくない?」
エルフィの声に、応える者はいない。ただ、誰もが静かに頷いた。
「まるでデモンストレーションみたいだね」
フィンが、どこか楽しげに、それでいて鋭い眼光を崩さずにつぶやいた。
「どういうことだ、フィン?」
傍らでリヴェリアが、フィンに問いかけた。
「ただの感想だよ、リヴェリア。向こうはそんなつもりはないだろうけれどね。まるで将来の戦争のあり方を、僕たちに見せつけてくれているみたいだ、と言ったんだ」
フィンの言葉は、集まった団員たちに一種の畏怖を抱かせた。
フィンは、自身の腕に巻かれた腕時計を見下ろした。開戦前、通信機から流れてきたベルディナのカウントダウンに合わせ、自身の時計も秒単位で同期させてある。
「1時間経過か。……そろそろ、状況が動きそうだね」
開戦時の混乱を突き、優位を保っていたワカヒルメファミリア。だが、数に勝るイシュタルファミリアも、そろそろ体勢を立て直す頃合いだ。この膠着をエルティナが見逃すはずがない。フィンの確信に応えるように、卓上の箱が震えた。
『コード201の準備をします』
「来たか……」
フィンは思わず口角を上げた。自分の思考と、遠く離れた戦場を支配するエルティナの思考が重なるような、奇妙な高揚感を覚える。
腕から外して机上に置いた時計。その秒針が刻む一拍一拍が、開戦の鼓動のように響く。
「ねえ、ティオネ。コード201って何だろうね?」
隣のテーブルで身を乗り出していたティオナが尋ねるが、
「知らないわよ」
と、ティオネはフィンから目を離さずに短く返した。
『コード201実行まで残り5秒。4、3、2、1……』
カウントダウンと共にフィンの鼓動が早まる。最後の数字が読み上げられた瞬間、彼は無意識に生唾を飲み込んだ。
『コード201実行』
鏡の映像が切り替わり、エルティナの姿を捉えた。彼女は棒状の装置を握りしめ、親指でその先端にある紅いボタンを押し込む。
その瞬間、砦を俯瞰していた鏡に、後方で立ち上る巨大な火柱が映し出された。
「爆発!? またあの子がやったの?」
「一体、どれだけ仕掛けてるんすか!」
最初の爆破の際、エルティナは「第三者の介入ではなく、事前に仕掛けておいた罠である」と、観客である神々やオブザーバーへ向けて淡々と宣言していた。だが、残されたトラップの総数など、ワカヒルメファミリアの当事者以外に知る術はない。
「あのボタンを押すと同時に、離れた場所の火炎石が起爆した。……なるほど。通信機の仕組みを応用して、遠隔で撃鉄を叩いたということか。恐ろしいことを考えるね」
フィンは、疼く親指を無意識に握りしめた。彼女たちが自分たちを害することはないと確信してはいる。だが、もしも。もし、同じ仕掛けが今、この『黄昏の館』の足元に埋められていたとしたら。
自分たちは戦う間もなく、ただこのスイッチ一つで一網打尽にされてしまう。
その恐怖を、そしてこの技術がもたらす「死角のない戦場」の絶望を、理解したのは自分だけではないはずだ。
フィンの予想通り、ガネーシャファミリアの執務室で、鏡を見ながらエルティナの通信を聞いていたシャクティも、今後オラリオの警備上のリスクが増える可能性に頭を抱えるのだった。
もし、この技術が
それは事実上、安全な場所が、この街から消えてしまうということだ。
「いっそのこと、ワカヒルメファミリアをガネーシャファミリアの管理下に置くか……」
思わず漏れたシャクティの独り言は、重苦しい執務室の空気に溶けて消えた。
この技術が
現場から通信機で起爆班に指示を送り、完璧なタイミングで爆破を連動させる。 例えば、逃走する
同時に、敵のアジトへ潜入する際の戦術も根底から覆される。これが世に出回ってしまえば、突入前に、遠隔起爆装置を解除する専門の要員を先行させ、現場の安全を確保しなければならないということだ。
火炎石の爆発であれば、Lv.4以上の冒険者なら軽傷で済む可能性も高い。だが、貴重な第二級冒険者を、単なる安全確保のために浪費するのはあまりに非効率だ。
「なあ、団長。今は戦闘を見守ろうぜ」
副団長のイルタに肩を叩かれ、シャクティはハッとして面を上げた。 鏡の中では、砂塵を切り裂いて走るベルディナとリュー・リオンの姿が映し出されている。
「……ああ、すまない。今後のことは
「分かった」
通信をするだけなら、団長同士が持つ通信機でやりとりすればいいが、そういう調整も副団長の仕事である。
「自分専用のが欲しいぜ、これ」
イルタが羨ましそうに卓上の箱を眺める。イルタははロキファミリアのメンバーの中で、窓口として最も話が通じそうな相手――冷静なアリシアか、あるいは現場に詳しいラウルかを思い浮かべながら、今はただ、目の前の戦いの行方に集中することにした。
「そういえば、姐御。終わった後でってことは、ワカヒルメファミリアの勝利を疑ってないんだな」
イルタの言葉に、シャクティは一瞬きょとんと目を見開いた。
「そういえばそうだったな。だが、あの子はあのバロールを前にして一歩も引くどころか、自ら前に出て私達を助けてくれたんだ。そんな彼女が負ける姿など、今の私には到底想像できんよ」
シャクティの脳裏には、深層の暗がりに咲いたあの凄まじい光の光景が焼き付いている。誰もがバロールの魔眼の前に絶望を覚えていたにもかかわらず、ベルディナは一つも恐れることなくその前に立ちはだかり、死の運命から何度も仲間を助け続けた。
「確かに。あの絶望に比べりゃ、お遊戯みたいなもんか……いや、
イルタは「ははは」と笑って立ち上がると、景気づけにこっそり持ち込んでいたエールをグラスに注ぎ、一息に飲み干した。
「姐御もどうだ?」
「私は遠慮しておく」
「もったいねぇな。……だけどよ、管理下に置くっていっても、あの子らを都合良くコントロールできるなんて、本当に思うか?」
「不可能だろうな」
シャクティは迷いなく答えた。
あの奔放さと天真爛漫さ。そして時折見せる、この世界の誰よりも冷静で、かつ慈悲深い眼差し。それを既存の枠に押し込め、支配することなど誰にもできはしないだろう。
「だが、大人として、子供にしっかりと伝えるべき事はある。それも我々の責任だ」
「姐御はいい母親になるよ。いい相手ができればいいな」
「よしてくれ。私にはまだそのつもりはない」
冒険者であることと、親であることは両立しにくい。特にかつての暗黒時代では、明日がある命とは断言できなかった。今日を越えられなかった命を、彼女は嫌というほど見てきたのだ。
これからは、この平和が人々の心に馴染んでいくのだろう。だが、最前線で血を流し続けてきた身としては、未だにその「安らぎ」に戸惑いを感じることもある。
シャクティは瞑目して首を振ると、再び『鏡』に映る戦況――まるで風のごとく戦場を駆ける桃色の小さな影へと視線を戻した。
そこでは、イシュタルファミリアの主力の一人であるアイシャ・ベルカが、再び砦の内部へと突入したベルディナと激しく切り結んでいた。
『03より各局。コード202実行まで残り5秒。4、3、2、1……コード202実行』
通信機から響くエルティナの無機質なカウントダウン。最後の一声と共に彼女が手元の装置を押し込むと、砦の別区画で凄まじい爆炎が上がった。
立ち上る煙を視認した瞬間、アイシャ・ベルカは何事かを叫び、それまでの戦意を霧散させ、戦線を離脱して後方へと走り去った。イシュタルファミリアの要が持ち場を放棄したことで、その防衛網の瓦解が始まりを見せた。
『03より各局へ。戦線を押し上げます。各自、本丸へ突入を』
「お? チェックメイトか?」
その様子にイルタが楽しげに声を上げ、空になったグラスへエールを注ぎ直した。
「あまり飲み過ぎるなよ」
ガネーシャファミリアの副団長が朝から酒浸りでは体裁が悪いとシャクティは諫めるが、イルタはどこ吹く風だ。
しかし、シャクティの双眸には、未だ拭いきれぬ警戒の光が宿っていた。
「お前たちは強い。だが、第一級冒険者を甘く見ない方がいいぞ」
最深部で待ち構える団長フリュネ・ジャミールは、Lv.5の怪物だ。その醜悪な巨躯から繰り出される暴力は、Lv.2やLv.4の枠組みを容易に粉砕するだろう。
そんな彼女にベルディナ達がどう戦うのか。シャクティはそれを楽しみにしている自分を自覚した。
5件の高評価をいただきました。非常に嬉しく思います。
ここからラストまでじゃっかん駆足で参ります。もうしばしのお付き合いを願います。