ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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HighSide

 

 

 敵戦力の4割を失い、さらに残った人員から負傷者の救護に必要な要員を割かなければならなくなったイシュタルファミリアの実働部隊は、おそらく2割を切っているだろう。軍勢としては事実上瓦解したと判断していい。だが、この戦いは最後に立ちはだかる大将(ボス)――フリュネ・ジャミールを落とすまで終わらない。

 

「エルティナ、後ろは任せていいんだね?」

 

『承知いたしました。これより最終フェイズの完了まで、城門の絶対防衛を維持します』

 

 城門はエルティナが単独で守っている。先ほどまで執拗に襲いかかっていた戦闘娼婦(バーベラ)たちも、彼女が放った数発の炎テクニック(ラ・フォイエ)で追い散らされて以降、完全に沈黙していた。

 

 イシュタルファミリアとしても、治療師(ヒーラー)であるはずのエルティナから攻撃魔法を喰らうなど想定していなかったことだろう。しかも、それが殆ど速攻魔法みたいに連射されるのだから、おいそれと近づくこともできなくなるのは道理だ。

 

 しかも、私と違ってエルティナはフォトン出力を制限していないから、実質的な戦闘力で言えば、この場では一番高いということもある。

 その彼女が退路を保持してくれているのだから、これほど心強いことはない。

 

「リオン、準備はいい?」

 

「はい。いつでも」

 

 リオンは短く答え、腰のホムラノベニレンゲの柄に指をかけた。アストレア様に神の恩恵(ファルナ)を刻まれた武器は、ずいぶんと手に馴染んでいるようで心強いね。今回の戦闘でもそれなりの経験値を得ているだろうから、戦闘終了後のステイタス更新が楽しみだ。

 

 私とリオンは最終打ち合わせを短く終わらせると、一気に地を蹴った。

 目指すは敵の本拠点。そこには、敵の大将であるフリュネさんが待ち構えているはずだ。

 

 リオンと呼吸を合わせ、固く閉ざされた本拠点の重厚な門を力任せに蹴り破ると、もうもうと立ち込める砂塵を切り裂いて私たちは、不気味な静寂が支配する内部へと一気に足を踏み入れた。

 

「遅かったじゃないか不細工ども」

 

 私たちの侵入を正面から待ち構えていたのは、女性であるという事実を疑いたくなるほど、横にばかり不自然に肥大化した異様な巨躯――。

 切り揃えられたおかっぱ頭の下に鎮座するその顔立ちは、噂に聞いていた以上に『ヒキガエル』そのもので、こちらを品定めするように向けられた歪な笑みに、私は思わず背筋が泡立つような感覚を覚えた。

 

 あんまり他人の容姿にとやかく言いたくはないけれど、視界に入った瞬間にこみ上げるこの生理的な不快感は、お風呂場のタイルでナメクジを見つけてしまった時の、あの嫌悪感と言えば、分かってもらえるかな? 思い出したら鳥肌が立った。

 

「……フリュネ・ジャミール。やはり、貴様がここに居たか」

 

 リオンが鋭い眼光でその巨躯を射抜き、腰のホムラノベニレンゲの柄に指をかけた。

 

「はっ! 不細工の分際で生意気だね。お前と一緒にその魔剣もへし折ってやるよ!」

 

 フリュネさんは手にした、私と同じくらいの大きさにも見える巨斧を軽々とふり回し、その醜悪な身体からは想像もできないほどの圧力を放ちながら、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。レベル5――第一級冒険者の放つプレッシャーが、空気を物理的な重さへと変えていくのが分かった。

 

 それにしても、第一級冒険者の戦意というものを、私は少し甘く見ていたのかもしれないね。

 ナメクジのようにぬらつく舌で戦斧の刃を舐めとる姿に、生理的な嫌悪感で胃の奥に不快感を覚えつつも、肌を刺すような剥き出しの殺気と重圧に、私は無意識に足をすくませる。

 

 しかも、私のエネミーセンサーには、先ほどのアイシャさんと同じように、正体不明のエネルギーが身体の周囲に陽炎となって渦巻いているのがはっきりと映し出されていた。

 それが彼女自身のステイタスを強引に、かつ爆発的に引き上げているように見える。

 詳しく解析しないと断定はできないけれど、アイシャさんの時と似たようなパターンに見える以上、これは自己強化魔法の類じゃなくて、誰か別の人からもらった支援魔法の可能性が極めて高いね。

 

「来ないのかい、だったらこっちから行くよぉ!」

 

 フリュネさんは下卑た笑い声を上げると、その脂ぎった巨体からは到底想像もつかないほど俊敏な跳躍を見せて私達の頭上を瞬時に奪い、自らの重量をすべて乗せた突撃を敢行してきた。

 

「……くっ!」

 

 リオンは一瞬、鞘を盾にするカウンターを狙おうと身構えたけれど、目前まで迫ったその一撃が持つ想像以上の威力に本能的な危険を感じ取ったのか、即座に受け流すことを断念して、鋭く地を蹴りながら大きく後方へと退避した。

 

「気をつけてください、ベルディナ。……想像以上に、強い!」

 

 着地と同時にリオンが鋭い警告を飛ばして来た。

 なるほど、リオンにとっても今のフリュネさんは想定外の戦力だってことだね。

 

 彼女は公式ではレベル5と認定されているけど、このエネルギーの奔流を見る限り、今はレベル6に等しい領域にまで達していると考えた方が良さそうだ。ただし、こういうのには時間制限がつきものだろうから、持久戦に持ち込めば何とかなるとは思うけどさ。

 

「持久戦は私たちアークスが得意とするところだけど、それじゃつまらないか……」

 

 私は思考を加速させると同時に虚空跳躍(ネクストジャンプ)を発動させ、虚空を力強く蹴り飛ばして、巨斧を叩きつけた衝撃で床に着地せんとしているフリュネさんに向かって一直線に飛びかかった。

 

「危険です、ベルディナ!」

 

 背後でリオンの鋭い警告が響いたけれど、今の私にはその声さえも心地よい戦闘リズムの一つにしか聞こえなかった。

 

「生死の境界線上でダンスを踊らないとランクアップなんて夢でしかない。そうでしょ? 神様達」

 

 今のこの状態も、”鏡”でオラリオ全域に見られているのだ。恥ずかしい戦いはできないし、なによりもワカヒルメ様が見ているのだから。主神にいいかっこしたいというのは眷属として当然の感情だろう。

 

 フリュネさんの巨体が床に着弾した瞬間、まるで爆発でも起きたかのような土煙が舞い上がり、鋭くめくれ上がったタイルの破片が高速の石刃となって私に向かって襲いかかってきたが、私は攻撃の態勢を崩すことなく、それらを甘んじて身体で受け止める。

 

 肩や額、頬をかすめる石刃が皮膚を裂き、わずかな鮮血が宙に舞ったけれど、戦闘システムが即座に痛覚制御を行ってくれるおかげで、私の集中力が途切れることはなかった。

 

「とった……!」

 

 巨斧を地面に叩きつけた直後、一瞬だけ動きの止まったフリュネさんの無防備な脳天めがけて、私はありったけの力を乗せた巨剣を、生死を問わない全力の勢いで叩きつける。

 第一級冒険者とは言え、これだけの一撃を食らえばタダでは済まないはずだし、そうであってくれないと困る。

 

「ぬるいねぇ」

 

 しかし、フリュネさんは下卑た笑みを浮かべたまま、空いた方の腕を無造作に振りかざし、その分厚い手甲で私の渾身の一撃を完璧に受け止めて見せた。

 

「うーん、強い」

 

 私は即座に追撃を諦めて、再び虚空跳躍(ネクストジャンプ)の足場を生成して離脱しようと試みるが、フリュネさんの反応は私を凌駕していた。

 

「もっと遊んで行きなよ、メスガキぃ!」

 

 離脱しようとした私の足を、彼女の脂ぎった太い指が逃さず掴み取り、私は成すすべなく宙へと吊り上げられてしまった。

 

「オラオラ、オラァッ!」

 

 フリュネさんは歓喜の雄叫びを上げながら、私をハンマー投げの鉄球よろしく豪快に振り回し始め、視界に入る風景はめちゃくちゃに混ざり合って、まともに像を結ばなくなってしまった。

 

「うへぇ……目が回るから止めて……」

 

 生命維持装置が三半規管を正常に保ってくれているおかげで、目眩で意識を失うような事態は免れたけれど、それでも気持ちが悪いのには変わらない。

 

「あいよ、ご要望通り止めてやるよぉ!」

 

 遠心力が頂点に達した瞬間、フリュネさんはひときわ力を込めて私の身体を、後方で援護の機会を窺っていたリオンに向かって砲弾のごとく投げつけた。

 フリュネさんの巨躯から放たれた弾丸のごとき勢いで宙を舞う私の視界に、必死にこちらを受け止めようとするリオンの姿が飛び込んできたけれど、このまま投げっぱなしにされて激突すれば二人まとめて痛恨の一撃をお見舞いされるのは火を見るより明らかだった。

 

 あいにく、虚空跳躍(ネクストジャンプ)の足場を生成してこの殺人的な慣性を殺しきるには、残念ながら距離が足りないみたいだし、どうしたものか。

 

『こちら03より各局。ただいまよりフェイズ4への移行を宣言します』

 

 その時、鼓膜を震わせたのはエルティナの冷徹な指令だった。

 

 現状の戦力ではフリュネさんを即座に無力化するのは困難であり、今は沈静化している外の戦闘娼婦(バーベラ)たちがいずれ体勢を立て直してなだれ込んでくるリスクを考慮すれば、ここで一気に勝負をかけるべきだと判断したということなんだろう。

 

「残念だけど、仕方ないね」

 

 強敵との戦闘がこれでおしまいなのは残念だけど、ここは勝利を優先しなければならない。

 

 私はリオンへの直撃を避けるべく、空中で身体を捻り、至近の床面に向けて虚空跳躍(ネクストジャンプ)の不可視の足場を蹴り飛ばして、無理やり自らの軌道を真上へと逸らせた。

 

「それじゃ、ここは任せたよ、リオン」

 

「承知しました」

 

 衝突の危険が去ったことを瞬時に悟ったリオンは、私と入れ替わるように鋭い跳躍を見せ、抜刀の構えのままフリュネさんの懐へと突撃していく。

 そのすれ違いざま、私たちは誰にも聞こえないような微かな声でこれからの「希望」を託し合い、私はそのまま小さなステンドグラスの窓へと激突し、鋭いガラスの破片を火花のようにまき散らしながら建物の外へと放り出されていった。

 

「うーん。なんかギャグマンガみたいな退場のしかたになっちゃったね」

 

 背後に聞こえる激しい戦闘音と、割れた窓から吹き込む風を全身に受けながら、私は自由落下に身を委ね、城壁を飛び越え、さらに外の森林へと吸い込まれていった。

 

 




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