ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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面接の時間です

 

 ギルドに対し、イツキノ・秋葉さんを身請けする用意があるが、事前に面接がしたいとのを申し入れてから数日。準備が整ったとの呼び出しを受けた私は、いよいよかと背筋を伸ばした。

 

「……もし別人だった場合、どうされるか決めていますか?」

 

 拠点の防衛と株券発行機の最終調整をエルティナに任せ、石畳を叩く足音を響かせながら歩く道すがら、私は隣を行くワカヒルメ様へ声を潜めて問いかけた。

 

「難しいね。人違いなら彼女が別の場所で無事だろうって希望がもてるけど、期待させてしまった相手への申し訳なさも残るし……」

 

「イツキノ、という名からして極東出身なのは間違いないでしょうけど、源氏名の可能性もありますからね」

 

「どちらにせよ面接の結果次第だと先方に伝わってるはずさ。神である私の前では、どのような虚も通用しないからね」

 

 ワカヒルメ様は前を見据えたまま、主神としての威厳を言葉に混ぜた。

 

「そういえばそうでしたね。あえてワカヒルメ様は通信機越しで嘘を判別して貰って、私たちが面接を担当しても良かったかもしれませんね」

 

 相手は、神様ではない私とエルティナを侮って嘘をついたとしてもそれはワカヒルメ様に筒抜けになるから、本性が見えるわけだし。

 

「なるほどね、次はそうしてみようか」

 

 とりとめのない会話を交わしながらギルドの門をくぐり、受付のエイナさんへ用向きを告げると、彼女はいつになく事務的な、それでいてどこか憐憫を孕んだ表情で私たちを奥の応接室へと誘った。

 ハーフエルフである彼女にとって、娼婦の身請けというのは、生理的にも嫌悪を伴う話題なのだろう。

 

「結局のところ、私たちも人身売買に加担しているんでしょうかね」

 

 応接室の冷たい扉に手をかけ、わずかに開いた隙間から漏れる静寂へ向かって、私は胸の奥に澱んでいた苦い独白を吐き捨てた。

 

 ワカヒルメ様は聞こえていなかったのか、あえて聞こえないフリをしたのか。何も答えぬまま、毅然とした足取りで室内へと足を踏み入れた。

 

 ギルドのシンプルな応接室に差し込む陽光が、アンティークと言っても過言ではないような木製の長机に穏やかな影を落とす。

 

「お待ちしておりました、神ワカヒルメ、猫又(ツインテールキャット)。こちらにお着きなってお待ちください」

 

 案内役の職員は私たちをVIPとして扱うように深々と頭を下げると、手慣れた動作で高そうな椅子を引いて着席を促した。

 

「そういえば、ワカヒルメ様。私ってランクアップしたのに、まだ新しい二つ名は頂けないんですね」

 

 ランクアップのお知らせは、即日でギルドから全オラリオに通知が行っているはずだから、そろそろそういう話しが出てもおかしくはないと思うのだけどね。

 

「ああ、それは次の神会(デナトゥス)の議題になるはずだよ。エルティナと一緒にね。」

 

「そうなんですね。お姫様とかは止めてくださいね。恥ずかしいので」

 

「善処はするよ」

 

 ワカヒルメ様は悪戯っぽく微笑んで、私の頭をポンポンと軽くなでつけてくれたけど、二つ名の決定では、神様達は結構好き放題遊ぶらしいから、ろくでもない名前がつけられることも多いようだ。【鉄槌幼女(ストライクガール)】とかつけられたら三日はふて寝する自信があるね。

 

 そんな事をつらつら考えていると、扉を叩く慎ましい音が部屋に響き、女性職員に導かれるようにして入室してきたのは、極東の血を引くことを証左する艶やかな黒髪を、粗末な薄布の衣服からのぞかせた一人の少女だった。

 

「失礼いたします。イツキノ秋葉氏をお連れしました」

 

「し、失礼、いたします」

 

 初夏の陽気が近づいているとはいえ、春の残り香を孕んだ冷たい空気に肩を震わせる彼女の姿は、歓楽街という名の檻がいかに酷薄な場所であったかを無言で物語っていた。

 

 席に着いた彼女は、その細すぎる指先を膝の上で固く握りしめる。その様子から、あまり十分な食事も与えられていなかったんだろうことが察せられた。

 

「イツキノ・秋葉だったね。顔を上げておくれ」

 

 ワカヒルメ様の凜とした、けれど慈愛を湛えた声に弾かれたように顔を上げた彼女は、その視線の先に座す女神の姿を認めると、信じられないものを見るかのように大きく目を見開いた。

 

「――っ、わ、ワカヒルメ様……」

 

 途切れ途切れに漏れ出たその声は、絶望の淵でようやく見つけた光に縋り付くかのような切実さを帯びており、彼女の瞳からは堰を切ったように涙が溢れ出すと、机の上に大粒の雨となって点々と染みを作っていった。

 

 喜びか、あるいは変わり果てた己を晒す羞恥か――秋葉さんの震える背中に去来する感情は計り知れないが、今までまるで魂が抜けたようだった眼に感情の光が戻ってきていることはいいことだとは思う。

 

「詳しいことは今は何も聞かない。私が君に問いたいのは一つだけだ。……私の眷属になる気はあるかい?」

 

 ワカヒルメ様は机越しに身を乗り出し、彼女の荒れた手を包み込むように優しく重ね合わせると、ファミリアを預かる主神として、そして職人として、真っ直ぐに彼女の意志を問いかけた。

 

「今の私は自分のファミリアをもち、ようやく機織りの事業を始めることができたんだ。……今は、布を扱える確かな職人が欲しい。君の腕は、まだ鈍ってはいないかい?」

 

「ぐすっ……は、い……。娼館でも……みんなの服を、縫い続けて……いました……」

 

 秋葉さんは嗚咽を漏らしながらも、ワカヒルメ様の手を縋るように握り返し、消え入りそうな声で、けれど確かな誓いをその言葉に込めた。

 

「分かった。ならばこれからよろしく頼むよ。ワカヒルメ・ファミリアの職人として、バリバリ働いて貰うから、覚悟しておくれ」

 

 ワカヒルメ様の力強い言葉は、冷え切った執務室を春の陽だまりのような温かさで満たしていき、私は新たな仲間を迎え入れられた喜びに、ようやく笑みを浮かべることができた。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

「まずは服を買いに行きましょうか。普段着に作業着、さらには湯上がり着や寝間着にお出かけ用まで、洗い替えを含めて二着ずつは新調しないといけませんし、当然下着や肌着一式に、女の子なら化粧品も欠かせないでしょうから」

 

 私が指折り数えながらこれからの予定をまくしたてると、ワカヒルメ様もうなずきながら言葉を重ねた。

 

「いや、買い出しの前にまずは公衆浴場へ足を運ぶべきだね。溜まった汚れをさっぱりと洗い流して、かつての凛とした秋葉の姿をもう一度見せておくれ。花の香りが残る石鹸や質のいい香油も用意しよう、朝廷にいた頃の君は、誰よりも身だしなみに気を配っていたものだからね」

 

「えっと……あの……その……」

 

 矢継ぎ早に投げかけられる提案の濁流に、秋葉さんは目を白黒させて立ち尽くすばかりだね。私はその困惑しきった表情に、一度言葉を区切って

 

「そうですね、秋葉さん。先にご飯のほうがいいですね」

 

 と方針を修正し、ワカヒルメ様も、

 

「そうだった。君はちゃんと食べて体力をつけてもらわないと、これからの激務には耐えられないからね」

 

 と、主神としての慈愛を込めて力強く頷かれた。

 

「それじゃ、どこか食べに行きます? 新人歓迎会は後日改めて盛大にするとして、今日は安くてボリュームのある定食屋にでも向かいましょうか」

 

 私が具体的な行き先を検討し始めたところで、ついに秋葉さんが、

 

「すみません、お二方とも一度お話を聞いてください」

 

 と、消え入りそうな声を精一杯張り上げられた。

 

「私にそこまでしていただかなくても、身一つで置いていただけるだけで十分ですから。これ以上の贅沢をさせていただくわけには参りません」

 

 秋葉さんは申し訳なさそうに身を縮めたが、ワカヒルメ様はその細い肩に優しく手を置き、諭すような声音で秋葉さんを見つめた。

 

「あのね、秋葉。君はもう私の眷属であり、家族(ファミリア)の一員なんだよ。それに、これからは職人として多くの顧客と顔を合わせる機会も増えるだろうし、君自身がワカヒルメファミリアの『顔』となる自覚を持って、それなりの身なりを整えることも立派な仕事の一つなんだよ」

 

 ワカヒルメ様の言葉はまったく真実を突いており、同時にそれは、遠慮がちな秋葉さんに着飾るための正当な大義名分を与えるための優しい方便でもある。どちらにせよ、いいことだ。

 

 ワカヒルメ様の言葉が胸の深底にまで届いたのか、凋落した花弁のようにうつむいていた秋葉さんは、驚愕にその目を見開くと、一転して決意を宿したように口元を引き締め、覚悟を固めるように静かにその瞼を閉じた。

 

「はい……。謹んでお受けいたします、ワカヒルメ様、団長。私もファミリアの名を汚さぬよう、誇り高き職人として、そして眷属として精進いたします」

 

「そうだね。それでいい、これからだよ、秋葉。私だって、1年前までは、本当にみすぼらしかった。斎服殿(いみはたどの)の主、神衣の女神なんてもてはやされていた柱が、その日の屋根すら確保できないまでに落ちぶれていた。それがようやくここまでこれたんだ。一緒に、頑張ろう」

 

 ワカヒルメ様はそう優しく語りかけ、かつての苦難を慈しむような眼差しを向けると、再会の喜びを噛み締めるようにその手を秋葉さんへと差し出した。

 

「はい……! 嬉しいです、ワカヒルメ様」

 

 秋葉さんは差し出された神の手を縋るように両手で包み込み、そのまま震える額を押し当てることで、無言のうちに揺るぎない忠誠と感謝を己の魂へと深く刻み込んだ。

 

 光の中に溶け合うような二人の静謐な絆を見つめている私に孤独感のような羨望が一瞬通り過ぎていった。

 

 

 

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