ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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 公衆浴場の暖簾が掲げられるまでにはまだ幾ばくかの猶予があったため、私たちは賑わいを見せ始めた大通りの既製服店へと滑り込み、まずは当面の外歩(そとある)きに耐えうる普段着と、清潔な下着と肌着のセットを数着ほど見繕った。

 

「おー、見違えましたね、ワカヒルメ様」

 

 試着室のカーテンが静かに引かれ、中から姿を現した秋葉さんは、純白の布地がその艶やかな黒髪を見事な対比で鮮烈に引き立てており、清楚なロングワンピースを纏ったその佇まいは、先ほどまでの煤けた悲壮感を一瞬で拭い去るほどに美しかった。

 

「よく似合っているよ。だけど、やっぱり痩せすぎだね。もう少し肉をつけないと、作業が辛いかもしれないな」

 

 ワカヒルメ様は主神としての、そして職人としての鋭い眼差しを彼女に注ぎながら、その細すぎる肩に優しく手を置くと、秋葉さんも「はい、精進いたします」と、消え入りそうな声ながらも確かな決意を返した。

 

 すらりと伸びた細い四肢に、しっかりと縫製されたブラジャーによって形を整えられた豊かな双丘は、私の予想を遥かに上回る存在感を主張しており、私は知らず知らずのうちに己の胸元へと視線を落として、その手応えを脳内で比較してしまった。

 

 うん、大丈夫、私だってそれなりのものだ。背丈の差があるから、大きさはともかくとして、形の良さと収まりの美しさにおいては決して引けを取っていないと自負できる。

 

「今日はあくまで繋ぎの既製品ですから、今度またちゃんとしたのを仕立てて貰いましょうね」

 

 部屋着としての機能性から、ジャケットを合わせた街歩きの装いまで、私が今後のコーディネート案を指折り数えてまくしたてると、ワカヒルメ様からの薫陶を受けたおかげか、秋葉さんも「……ありがとうございます」と、遠慮を脱ぎ捨てた柔らかな微笑みを浮かべてくれた。

 

 吊るしの品ゆえに生じていた細かな調整を、店員に手早くして貰ってからそのまま着ていくことにした。

 もとのボロ服は処分して貰おうかと聞いたけど、秋葉さんは手放したくないとのことだったので、貰った手提げ袋に丁寧に畳んで納めて貰った。

 

 帰ったらしっかりと洗濯しておこうか。

 

 

 

 その後、人心地(ひとごこち)を着くべく行きつけの食堂で温かな昼食を皆で囲むと、ようやく辿り着いた『絹糸(けんし)の館』の寝室へと秋葉さんを案内し、今日はこのまま休んでもらうことにした。

 手渡した寝間着はワカヒルメ様の予備だったが、それを少し恥ずかしそうに身につけて小さく頷く彼女の背中を見届けつつ、私は遮光性の高い分厚いカーテンを音もなく引いて、薄暗く静まりかえった部屋を後にした。

 

「お夕飯には呼びに来ますので、ゆっくり休んでくださいね」

 

 リビングへと戻れば、ワカヒルメ様がエルティナに淹れてもらった茶を啜りながら安堵のため息を吐いており、私に気づくと秋葉さんに示していた主神としての威厳を少しだけ緩めて問いかけてきた。

 

「秋葉は、無事に眠りについたかい?」

 

「はい、ワカヒルメ様のパジャマをお貸ししましたけど、良かったですか?」

 

「私は別に構わないけれど……あの子には、少しばかりサイズが合わなかったんじゃないかな?」

 

 ワカヒルメ様の懸念通り、脳裏を掠めた秋葉さんの姿は、裾の短いパジャマからのぞく細い脚が若干セクシーな感じになっていたけど、私は「まあ、今日だけなので」と苦笑交じりに言葉を返した。

 

 幸いこの拠点には女性しかいないという気安さもあり、私だって時折丈長のロングシャツ一枚で拠点を歩き回ってはワカヒルメ様に小言を言われる身なのだから、今更気にするようなことでもないだろう。リオンが滞在していた頃は結構強めの説教をされたけどね。

 

「さてと、私はお夕飯の材料を買いに行ってきますね」

 

 私が靴の紐を締め直しながら声をかけると、ワカヒルメ様は手早く秋葉さんの煤けた衣類をまとめつつ、穏やかな微笑みを浮かべて応じてくれた。

 

「分かった、よろしくお願いするよ。私は溜まった洗濯物を片付けておくよ」

 

「私は、本日は拠点の清掃を予定しております」

 

 エルティナはすでに掃除用具を整えていた。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)のせいでしばらくサボっていた家事関係を今日はかたづけて、明日から秋葉さんが心安らかに過ごせるよう私達は一斉に動き出した。

 

「お夕飯のリクエストはありますか?」

 

「そうだねぇ……今日は少しお魚の気分かな。秋葉にはできる限り消化に良く、滋養のあるものがあるといいかな」

 

 ワカヒルメ様の言葉を反芻しながら、私は秋葉さんの細すぎる指先を思い出し、身体を内側から温める生姜と葱を献立の主軸に据えることに決めた。

 お魚をメインに据えつつ、大麦粥をじっくり煮込んで魚の身をほぐし入れれば、弱った身体にも優しい食事になるだろう。

 

「分かりました、腕によりをかけますね。あと、アミッドさんのところにも寄ってきます」

 

「分かった。任せるよ」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)で虎の子のエリクサーを数本消費してしまったため、その補充を依頼しなければならないが、賠償金が確定したとはいえ今の私達は経済封鎖や戦争準備諸々金欠気味だから後払いになっちゃうのがちょっと申し訳ないけどね。

 

 それともう一つ、劣悪な環境に置かれていた秋葉さんの身体に、一見しては分からない持病や深い傷が根を張っていないか、医療の専門家に検査入院の相談をすることも、今日の重要な任務だ。

 

 拠点を出て行きつけの市場へ足を運ぶと、お夕飯の準備を急ぐ人々の活気に気圧されつつも、私は目当ての生姜や葱といった香味野菜を籠へ放り込み、さらに脂の乗った魚の干物を数枚追加して買い物を手早く終えた。

 

 極東では一般的な真っ白な炊き立てのご飯があれば最高なんだけど、無い物ねだりをしても始まらないため、今回は大麦で我慢してもらう他ない。

 

「さてと、流石にこの量だと前が見えないな……」

 

 両腕いっぱいに抱えた荷物の重みに一度だけ吐息を漏らすと、私は周りをキョロキョロ見回してから薄暗い裏路地へと滑り込んだ。

 それから、一旦荷物を石畳に置いて改めてHUDのミニマップで周囲に人影がないことを確認すると、手早くアイテムパックへとそれらを格納した。

 

 一瞬前まで視界を占領していた荷物が消え失せたことに安堵しつつ、私は空になった手で衣服の乱れを整えると、治療院を構えるディアンケヒトファミリアの本拠へと軽やかな足取りで向かった。

 常連と言うにはまだ買い物の頻度は少ないが、馴染みとなりつつあるアミッドさんの店のお洒落な扉を押し開くと、カウベルの涼やかな音色が静かな店内に響き渡り、店番に立っていた彼女がいつものように清廉な笑みを浮かべて深くお辞儀をした。

 

「いらっしゃいませ。本日はなにかご入り用ですか?」

 

 その声は事務的でありながら、友を迎えるような温かな響きを湛えており、耳にするだけで心が洗われるような心地よさを覚える。

 

「こんにちはアミッドさん。今日もお世話になります。こちらをお願いします」

 

 私はドアを音を立てないよう丁寧に閉めると、子供用の足場が設えられたカウンターへ登り、懐から取り出した手書きの備忘録をアミッドさんへ差し出した。

 

「確認いたします……エリクサーが3本、上級ポーションが5本ですね。これなら数日中には用意できます」

 

「ありがとうございます。お支払いは受取時で構いませんか? まだ例のが入金されていないもので」

 

「承知いたしました。改めて、戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝利、おめでとうございます。皆さんの勝利は微塵も疑っておりませんでしたが、それでもやはり心配だけはしていましたから」

 

 深層の死線を共に潜り抜け、絶望的な戦場を生き延びてきた仲間だからこそ、私の勝利を確信し、同時に一人の友人として案じてくれていたのだろう。

 

「ありがとうございます。それと、今日は別件で相談があるんです。実は、診てほしい人がいまして――」

 

 私は新しく家族となった秋葉さんの境遇について包み隠さず打ち明けると、アミッドさんはその悲痛な過去に瞳をわずかに揺らして耳を傾けてくれた。

 

「なるほど。ワカヒルメ様の御同郷の方が、あのような場所に……。察するに余りある道を歩まれてきたのでしょうね」

 

 彼女がどれほどの絶望を乗り越えてきたのか、私には想像することしかできないが、長年の酷使によって心身ともに摩耗しきっていることは、あの細い指先を見ただけで十分察せられる事だった。

 

「身体に悪いところが無いか検査をしてほしいのと、カウンセリングもお願いしたいんです。来週あたり、入院という形でお願いできますか?」

 

「問題ありません。受け入れの準備を整えてお待ちしております」

 

 アミッドさんは背筋を凜と伸ばすと、パピルスに流麗な手付きで次々と必要事項を記入し始めた。速記並の速度でありながら一点の乱れもないその文字の美しさに、感心するばかりだ。

 

 私の字が汚すぎるだけだって? その通りでございます。

 

「後は……そうだ、これはちょっとした秘密の話しなんですけどいいですか?」

 

 私は他にやり残したことがないか、爽やかな薬草の香りに満ちる店内を軽く見回すと、アミッドさんの背後に飾られた短杖(ウォンド)、ゼイネシスセプターを目を留めて柏手を叩いた。

 

「秘密、ですか? それは一体……」

 

「それほど大したことじゃないんですけど――ちなみに、アミッドさんはその杖はもう使われましたか?」

 

 私はゼイネシスセプターへと指先を向けた。その大樹の枝を思わせる黄金のフレームに配された緑のラインが、まるで生命の鼓動を宿す葉脈のように輝くその優美な造形は、飾っておくだけでも満足できるほどの逸品と言えるだろう。

 

「いいえ、なかなかダンジョンに入る機会がありませんので」

 

 彼女は少しだけ申し訳なさそうに視線を落としたが、オラリオ最大の治療師として店舗経営や急患の対応に追われる身であれば、あの大規模遠征の時のような非日常的な機会でもない限り、ダンジョンに入る余裕などないのは当然か。

 

「なるほど。じゃあ、頭の隅っこに置いておいてほしいんですけど――その杖は、実は神様に神の恩恵(ファルナ)を刻んでもらうと、私たち冒険者と同じように経験値(エクセリア)を得て成長できるみたいなんですよ」

 

 リオンが半ば冗談のような偶然から神の恩恵(ファルナ)を武器に刻み、見事に成功させてしまったという驚愕の事実は伏せつつ、私はとある確かな情報筋からの話として、その「成長する武器」の可能性を彼女に提示した。

 

「――はっ?」

 

 アミッドさんは切れ長の瞳を限界まで見開き、小ぶりで艶やかな唇をあんぐりと開けたまま、理解を超えた情報の奔流に呑み込まれたかのようにその場で絶句してしまった。

 

「あ、ちなみに情報筋は明かせませんから聞かないでくださいね?」

 

「い、いえ。そのつもりはありませんが……。武器に、神の血(イコル)を注ぐというのですか?」

 

「私も自分でやったわけじゃないので詳しいことは分からないんですよ。もしよかったら、ディアンケヒト様に相談して試してみてください。馬鹿にされるかもしれませんけど、根気が重要ですよ。私の名前を出してもらって構いませんので」

 

 あの気難しい老神であれば、初めは大笑いをして、次に「そんなわけがあるか馬鹿者が」と怒り出すかもしれないけどね。アストレア様ですら、呆れ混じりの苦笑を浮かべつつ「仕方ないわね」という様子だったらしいから、ディアンケヒト様ならなおさらだろう。

 

「わ、分かりました……試してみます……」

 

「上手くいったら教えてくださいね」

 

「それは……もちろん」

 

 私は未だに魂が抜けたような顔で立ち尽くすアミッドさんへ別れの挨拶を済ませると、そろそろ夕餉の仕度に取りかかるべき時間であることに気づき、急いで薬局の扉を押し開いた。

 

 

 







今回は1件の高評価をいただきました。大変ありがとうございました。


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