ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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短編その2です。






掌編:フォレストライト
アリシアさんが来た


 

九尾の猫(ナインライブズ)ですか。やっぱり、私って猫なんですね。本当の猫族に睨まれたりしませんか?」

 

 私は絹糸(けんし)の館のリビングで、ワカヒルメ様が持ち帰ったばかりのパピルスに記された新たな二つ名を指先でなぞりながら、自慢のピンク髪のでっかいツインテールを指に絡めた。

 

「そこまでは保証できないかなぁ。だけど、私はいい称号だと思うよ」

 

 ワカヒルメ様は苦笑を浮かべつつも、どこか誇らしげに目を細めてお茶を啜られた。

 

「私が聖女(セイント)を名乗るのは、不敬ではありませんか?」

 

 エルティナは感情の読めない瞳をパピルスに向けて呟くと、背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま、まっすぐワカヒルメ様の瞳に目を向けた。

 

「そこは大丈夫だと思うよ。むしろ、一般人(ノーマル)なんていう、実力からかけ離れた名を名乗り続けるよりは、ずっと街の人たちの理解も得やすいはずだからね」

 

 それでもどこかエルティナは納得できない様子だったので、私は気を反らせようとメニュー画面を操作し、アクセサリから【鈴付きネコ耳】を実体化させると、ツインテールの付け根と干渉しないよう慎重に位置を調整しながら頭に乗っけてみた。

 

 首を左右に振るたびに、澄んだ鈴の音がリビングの静寂に規則正しく響き渡る。

 

「今回も称号に【猫】をいただいたので、しばらくネコ耳(これ)つけて生活してみていいですか?」

 

「話しがややこしくなるから、外でそれをつけるのは止めなさい」

 

 ワカヒルメ様の冷静な突っ込みに、私は「分かりました」と肩をすくめて、すぐさま別のアクセサリを選択した。

 

 せっかくなので、ネコ耳を模しつつもより作り物感の強い【ガットネーロカチューシャ】を設定してみた。これなら文句はないだろう。

 

「まったく君は……」

 

 ワカヒルメ様は若干呆れながらもそれ以上は何も言わず、カップに残った最後の一口を少しばかり乱暴に飲み干した。

 

 

「それにしても、秋葉さんの入院が滞りなく済んで本当に良かったですね」

 

 今はアミッドさんの治療院にいる新しい仲間を思い、私はほっと一息ついた。

 

 ワカヒルメ様は、秋葉さんの細い指先を思い出すように自身の掌を見つめると、慈愛に満ちた柔らかな笑みを浮かべて静かに頷かれた。

 

「そうだね。アミッドからも特に大きな負傷はないと聞いているし、今はただ、じっくりと身体と心を休めてくれることを願うばかりだよ」

 

「私は、明日から本格的にダンジョンへ復帰しようと思っています」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)からこちら、雑事に追われてすっかり鈍ってしまった身体の芯を、レベル3という新しい器へ馴染ませる作業が待っている。

 

 ここいらでしっかりと身体を動かしておかないと、ズレがどんどんひどくなっていきそうで怖いのだ。自分の思い通りに動かない身体など、恐ろしくて仕方ないからね。

 

「分かった、地上は私とエルティナに任せておくといいよ」

 

「ありがとうございます。ワカヒルメ様をお願いね、エルティナ」

 

「承知いたしました。マスターもご安全に」

 

 といっても、アークスの通信機があるから、どこにいたところでリアルタイムに会話ができるからそれほど大したこともないんだけどね。

 最大の問題は、エルティナというサポーターがいない私自身だ。なんとかなると思いたいけどね。

 

「さてと、それじゃそろそろ工房に戻ろうかな」

 

 ワカヒルメ様はそう仰ると、ようやく落ち着いた状況に安堵のため息をつきながら凝り固まった背筋を大きく伸ばして席を立ち、工房へと足を向けられた。

 

 私も使い終えた食器を片付け、明日の準備をのんびりと進めようかなと考えていた矢先、部屋の隅に置かれた通信機が短いノイズを上げ、聞き慣れた女性の声がリビングに響き渡った。

 

『いつもお世話になります、こちらはロキ・ファミリアのアリシアと申します。ワカヒルメファミリアのベルディナ様、よろしければ応答を願います』

 

「うーん、やっぱり電話みたいに音で呼び出して、そのまま双方向で会話できる仕組みがないと不便だね」

 

 つい口を突いて出た私の独り言を、隣で待機していたエルティナが拾い上げ、「拠点に据え置く固定式でよろしければ、新たな回路設計を行いましょうか」と、即座に対策案を提示してくれた。

 

「そうだね……、エルティナの負担にならない範囲でお願いできる?」

 

 私は短く応じると、無骨な金属の筐体を取り上げ、アリシアさんの個別IDへと回線を合わせてから通話ボタンを押し込んだ。

 

「お待たせしました、こちらワカヒルメファミリアのベルディナです。ロキファミリアのアリシアさん、どうかしましたか? どうぞ」

 

 こうしてアリシアさんと連絡を取り合うのも、リヴェリア様への特注懐中時計を納品して以来のことであり、てっきり無事に贈呈を終えたという晴れやかな報告が届くものとばかり思っていた。

 

『こちらアリシアです。突然の呼び出し失礼いたします。大変不躾なお願いなのですが、この後少しだけお時間をいただけないでしょうか。実は、折り入ってご相談したいことがありまして……』

 

 スピーカー越しに届く彼女の声は、そこまで深刻そうではないにせよ切迫した雰囲気を示していて、私は何か厄介な事が起きたのだろうとなと思い、エルティナへと素早く視線を走らせた。

 

「エルティナ、この後の予定は空いてる?」

 

「特段の支障はございません。会合への同席も可能です」

 

 エルティナの素早い回答にうなずくと、私は再び通信機を口元へ寄せて通話ボタンを押し込んだ。

 

「お待たせしましたアリシアさん。こちらは大丈夫ですよ。……こちらから『黄昏の館』へお伺いしましょうか?」

 

『いいえ、内密の話になりますので、勝手ながら私の方からそちらへ伺わせていただきます』

 

「分かりました。……それでは、お待ちしておりますね」

 

 アリシアさんは一刻を争うと言わんばかりの早さで通信を切り、リビングには少しばかり静寂が訪れた。

 

「うーん、なにかあったのかな?」

 

 私は通信機をもとの場所に戻して振り向き、肩をすくめた。

 

「アリシア様がこれほどまでに余裕を欠くとなれば、リヴェリア様に関する事案以外には考えにくいかと推論されます」

 

「面倒なことにならなければいいけどね。……それじゃ、私は工房の方で作業をしているよ。あまり深入りしないようにね、エルフの事情というのはこっちが思う以上に複雑だ」

 

 ワカヒルメ様はそう言い残してリビングを去り、エルティナが「会合が終わり次第、合流いたします」と一礼して見送ると、私は手早くテーブルを整え、商談用として保管していたクッキーを皿に並べ、大切なお客様の来訪に備えた。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

「突然の申し出をお受けいただき、大変恐縮しております」

 

 通信が終了してから30分も立たないうちに、アリシアさんが絹糸(けんし)の館の門を叩いて、私は彼女を応接室代わりのリビングへと招き入れ、湯気の立ち上るお茶ととっておきのクッキーを差し出して一息ついてもらった。

 

 私は、その間に商談用の衣装に着替え終え、そのままスカートの裾が乱れぬよう後ろ手でそっと押さえながら、対面のソファへと静かに腰を下ろした。

 

「いえいえ、アリシアさんは大切なお得意様ですから。……ですが、その様子だとかなり切羽詰まっているようですね?」

 

 個人的にはお友達と言いたいところだが、エルフ相手に距離を詰めすぎるのは、野良猫に手を伸ばすぐらい慎重さが必要だ。私は彼女の強張った表情を解きほぐすように柔らかな笑みを向けつつ、側に控えるエルティナも隣に座るように促した。

 

「実を言いますと……リヴェリア様に贈呈する例の時計にまつわることで、ご相談に伺ったのです」

 

「時計、ですか? 何か不具合でもありましたか。ゼンマイが切れたり、歯車に異物でも挟まったのか……それとも、あのデザインが意に沿わなかったのでしょうか」

 

 私の懸念に対し、アリシアさんは慌てて両手を振って否定の意をあらわしてくれた。

 

「いいえ、品物自体はこれ以上にないほど素晴らしいものです。……問題は、あまりに見事なその出来栄えに、私たちがリヴェリア様へお渡しする『手順』を決められなくなってしまったことにあるのです」

 

 アリシアさんの言葉によれば、ロキ・ファミリア内のエルフたちの間で、王女に相応しい厳格な献上の儀を執り行うべきだという派閥と、リヴェリア様を慮って身内で密やかに済ませるべきだという派閥で意見が真っ二つに割れてしまっているらしい。

 

「さらに、どこから聞きつけたのか……ガネーシャファミリアやヘファイストスファミリアの同胞までもが『王族たるハイエルフへの献上品を、内々で済ませるとは何事か』と声を上げ始めてしまいまして……。今やエルフ一同の誇りをかけた大騒動に発展してしまっているのです」

 

 思わず「めんどくさ」という本音が喉元まで出かかったのを、私はお茶と共に飲み込み、笑顔をより一層深めてアリシアさんの悩みを受け止めた。

 

 エルフの皆さんが、王女(リヴェリア)様へ敬意を示すため、一枚噛ませろと言ってきてるわけだ。何というか、もっと早く渡してれば良かったのにね。

 

「なるほど……。エルフの皆さんの、リヴェリア様への敬愛の深さが裏目に出てしまったわけですね」

 

 前世の日本でも、皇族に贈り物を献上するとなったら、それなりの形式を整える必要があるだろうからね。もしも、職場でそんな会議が開かれたら収集が付かなくなることが目に見えるようだ。

 

「おっしゃることは理解できます。ですが、同胞たちの言い分もまた、種族の誇りとしては正論なのです。……私個人としては、リヴェリア様をこれ以上この喧騒に巻き込みたくはないのですが、皆の想いも無下にはできず、どうしたものかと……」

 

 アリシアさんは、言葉にならない感情を吐き出すように、深い吐息を一つ付いて、カップの揺れる水面を見つめた。

 

 エルフ特有の同族意識の強さと潔癖――いや、頑固さって言ってもいいな――それが、ぐちゃぐちゃに絡まり合って自縄自縛に陥っているというわけだ。さて、どうしたものかな?

 

 

 






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