ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
アリシアさんとリオンを交えた密談から、瞬く間に1週間という月日が流れ去った。
リオンが最近知り合ったという『豊穣の女主人』のシルという店員さんの伝手を辿って手配してくれたのは、喧騒から切り離された郊外に佇む、宿を兼ねる古風な料亭の離れだった。
会合がメインだから料理とお酒は控えめのようだけど、支払がどれぐらいになるのかちょっと怖いぐらいだね。
とりあえず、リヴェリア様に知られる可能性を少しでも下げるため、支払は一旦ワカヒルメファミリアがすることにして、割り勘分は個別に持ってきて貰うことで話は付いている。
ちなみに、会場費と料理とお酒の基本料金はすでに掛け払い済みだ。
あの後、ギルドに相談して、偽造防止が施された売掛証書を『ヴァリス交換券』と認めて貰い、お店からギルドにそれを持って行けばヴァリスとして払い出して貰えるよう手配できた。
今回は試験運用として100万ヴァリス分の交換券のみの発行となった。運用が上手くいき、有用性が認められたら改めてワカヒルメファミリアから『ヴァリス交換券発行装置』をギルドに納め、それ以降はワカヒルメファミリアが勝手に発行できないようにするという話になっている。
「これで、重たいヴァリスをいちいち持ち運ぶ必要が無くなったね」
今のところは、見た目が豪華で偽造がしにくい『売掛証書』でしかないけど、今後これが現物通貨の代わりに流通するようになれば便利になるだろう。中身は単なるヴァリス交換券でしかないから、既存の経済に対してもそれほどのインパクトも与えないだろうから、安心だ。
「その仕組みは、是非とも真似させていただきたいですね。団長に話しを上げてもよろしいですか?」
アリシアさんは、私が参考に見て貰ったヴァリス交換券に感心して、ロキファミリアでも導入したそうにしている。確かに、遠征の準備や高価な装備品の取引には莫大なヴァリスが必要なるだろうから、ロキファミリアとしても少しでも取引を効率化したいところなのだろう。今回はアリシアさんのポケットマネーから『壱千ヴァリス交換券』と交換して持って帰ってもらうことになった。
ちなみに、秋葉さんの入院費用も、ディアンケヒト様を交えてアミッドさんにしっかりと説明した上で、この交換券で支払わせて貰った。アミッドさんからは「私達のファミリアにも導入できませんか?」という相談を受けているので、一般化するのはそれほど遠い未来ではないかもしれないね。
私というと何とか野良猫(名前はまだ無い)と仲良くなり、抱いてもひっかかれなくなったけど、流石に料亭に動物を持ち込むことはできないとのことで、断念せざるを得なかった(当然)。
「極秘の会合に料亭の離れは、もはやお約束と言っても過言じゃないよね、エルティナ」
私はフォーマルにまとまったワンピースのドレスを身に纏いながら、非日常的なシチュエーションに胸を躍らせながら隣を歩くエルティナに話しかけた。
「お嬢様は、創作物の知識に毒されすぎていると推察いたします」
エルティナは感情を排した無機質な声で私の妄想を切り捨てると、乱れ一つない衣装の裾を正しながら、住宅地の外れに位置する隠れ家的な目的地へと真っ直ぐに視線を据えた。
今回の会合には主神であるワカヒルメ様は同席せず、留守を預かっていただくことになっているため、私たちは二人でこの「エルフの迷宮」へ挑むことになる。
「私達は主催者側ですので、早めに現地入りして備えましょう」
今回の取りまとめ役という重圧からか、リオンは冷静そうに見えて実は落ち着きをなくしていて、無意識に速まる足取りを誤魔化すように何度も先行して安全を確認せんと鋭い眼光を周囲の茂みへと走らせていた。
流石に派手な武装はしていないが、オラリオの夜道と言うことで目立たない程度の護身武器は身につけている。
「緊張しますね……」
アリシアさんもまた、各派閥の代表者を説得するための資料が詰まった鞄を壊れ物を扱うように何度も抱え直していた。
黄昏時の薄霧のような暗闇の中に、『大樹の宿り木』を屋号としたシンプルでありながら格式を感じられる宿を兼ねた料亭の門構えが姿を現した。
「建物は、極東風というのでしょうか?」
石畳の両脇には白い砂利が敷き詰められていて、その先には周辺からの目隠しを兼ねているのだろう低木が整然と立ち並び、一種独特の雰囲気を醸し出している。
「建物も木材が使われていますね。エルフの里を思い出します」
なるほど。森の民であるエルフにとって、日本家屋風の木造建築はむしろノスタルジーを引き起こすのか。勉強になるな。
建物に入り受付の従業員に、予約していたワカヒルメファミリアのエルティナである事とを告げると、すぐに離れの一室に通して貰えた。
いろいろカモフラージュするために予約はワカヒルメファミリアの名前で行っている。なぜ、私じゃなくてエルティナであるかというと、単純に子供では予約が取れなかったからだ。これでも、レベル3の冒険者という社会的信用はあると思っていたんだけどね、年齢には勝てなかったか(21歳児)。
案内された『大樹の宿り木』の奥座敷は、足裏に心地よい刺激を与える畳の香りに満ちており、そこに設えられた低めのテーブルと椅子が配置されていた。
私達は、すぐに席を数えて参加人数との齟齬がないかを確認すると、ガリ版印刷の資料を各席へ配置していった。
前世の事務員時代、会議のたびに繰り返してきた設営作業がよもや異世界で役に立つとは思わなかったが、動きにくいフォーマルドレスに四苦八苦しながらも、付け出しの小皿と食前のシュリー酒――私だけブドウジュース――の配膳を手伝い、刻一刻と迫る開演の時にそなえた。
最後にお品書きの小さな紙を配り終えたタイミングで、ガネーシャ・ファミリアのミスティさんを筆頭に3名のエルフが姿を見せ、凛とした空気を纏いながら入室してきた。
「あら、今日もお洒落ねベルディナ。今回はお淑やかにしなさいね」
「いちいち口うるさいですよミスティさん。ようこそお越しくださいました。お席には名札を置いてありますので、こちらへどうぞ」
私はお節介な小言をさらりとかわして彼女たちを案内しつつ、今回本当にお淑やかに振る舞わねばならないのは、王女への敬意で血の気だっているあなた方の方ですよ、と内心で肩をすくめた。
それから程なくして、ロキ・ファミリアから二名、ヘファイストス・ファミリアから三名のエルフたちが次々と到着し、各派閥三名以内という事前の約束が守られたことで、ようやくこの会合はスタートの時を迎えた。
「皆様おそろいのようですので、そろそろ会合を始めさせていただきます。私は本日の司会を務めます、アストレア・ファミリアのリュー・リオンと申します。本日はよろしくお願いいたします」
リオンの落ち着いた発声を皮切りに、司会補助のエルティナと発起人のアリシアさんが短めの挨拶を済ませると、私は議長として最上座の
挨拶の原稿は、エルティナに草案を出して貰い、アリシアさんとリオンとでまとめて貰ったのを私は読んでいるだけだ。カンペはHUDに表示させているので、原稿丸読みみたいな格好悪いことにはなっていないだろう。
私の乾杯の音頭を終え、食前酒で喉を潤すと、運ばれてきた付け出しをいただきつつ、しばしの歓談の時を過ごした。
「ロキ・ファミリアの子たちはいいよね、リヴェリア様のお側にお仕えができてさ」
「その分、気疲れも多いですよ。常に自分を律しておく必要がありますので」
言葉の端々に宿るヒリついた気配を察しつつ、私は「まあまあ」と笑顔で白ワインを注ぎ足し、次々と運ばれてくる彩り豊かな料理を勧めることで、議長としての務めを果たそうと努めた。
エルフの会合ということもあり、お膳には新鮮な川魚の塩焼きや、香草で蒸し上げた淡泊な鶏肉といった品々が並び、食べ盛りには少し物足りないようにも思えたが、皆の様子を見ると満足度が高そうで一安心だ。
前半の料理が一段落して、残すはメインディッシュとデザートのみとなると、注文を取りに来た仲居さんに対し、私以外の全員が魚料理を選択し、調理のために一旦人影が消えたところで、広間の空気が嵐の前の静寂のように一変した。
いよいよ始まったなと内心で呟きながら、梅酒風味のノンアルコールドリンクをゆっくりと傾けつつ、リオンへと横目で静かに合図を送った。リオンは先刻承知と言わんばかりに深く頷いて居住まいを正し、机上の資料を手に取ると、凛とした声を響かせて会合の主題を切り出した。
「本日はお時間をいただきありがとうございます。ただいまより主題であるリヴェリア様への贈呈品について、各派閥より意見をいただきたいと思います。まずは発起人であるロキ・ファミリアのアリシア殿、よろしくお願いします」
「はい、着座のまま失礼いたします。まずはお手元の資料をご覧ください。そこに今までの経緯と、今後の提案について記載させていただきました」
アリシアさんに促され、一同は事前に配布されていたパピルスへと一斉に視線を落とした。ちなみにこの資料は、事前に各代表者だけには配布してあったので、ここにいるメンバーはおそらく全員中身を承知していることだろう。その上で今後どうするのかを話し合うと言うことだ。
今回は1件の高評価をいただきました。
ありがとうございました。