ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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舌戦は好きじゃない

 

 アリシアさんの整然とした説明が一段落し、広間にわずかな沈黙が流れる中、ガネーシャファミリアのミスティさんが静かに手を挙げた。

 

「発言をどうぞ」

 

 司会を務めるリオンが許可を出すと、ミスティさんは不敵な笑みを口元に湛え、挑発するようにテーブルに頬杖をつきながら人差し指をアリシアさんへと向けた。

 

 ついさっきまで、私に向かって「お淑やかにしろ」と言っていた人のやることがこれだ。

 

「そもそも、オラリオのエルフにとって至宝とも言える高貴な方(リヴェリア様)への贈り物を、ロキ・ファミリアだけで勝手に進めようとしたことが発端なのよ。これは異論ないかしら?」

 

 ミスティさんの鋭い指摘を皮切りに、ロキ・ファミリアを除く全ての派閥のエルフたちが、示し合わせたかのように重々しく首を縦に振って同意を示した。

 

 改めて言葉にして聞いてみると、首を傾げたくなるほど無理筋な批判に思えるけど、エルフの人々にとっては看過できない事なのだろうと想像する。

 

「その点は理解しています。だからこそ、こうして希望する同胞を交えた贈呈式を執り行おうと、場を設けたのですが……」

 

「そうじゃないのよ。結局それは、あなたたちが用意した品に、私たちが脇役として花を添えるだけでしょう? ロキ・ファミリアの独壇場に、お情けで招かれるというのが気に食わないわけ」

 

 ミスティさんは鋭くそう言うと、隣に座るヘファイストスファミリアの代表へと視線を滑らせ、無言で同意を求めた。

 

「こいつの言い方は不躾だが、概ねその通りだ。そもそも俺たちは、その贈呈品とやらをまだこの目で見ていない。それが果たしてリヴェリア様に相応しい業物なのかすら知らねぇ段階で、首を縦に振れるはずもないだろう。職人として、このまま黙って引き下がるわけにはいかねぇんだよ」

 

 エルフにしてはお口がお悪いお方であらせられるね。まあ、職人さんなんてそんなもんか(偏見)。

「そういえば、リヴェリア様への贈り物を皆さんにはまだ見せていませんでしたね。アリシアさん、今日は持ってこられていますか?」

 

「念のため持ってきてはいます。お見せしてもよろしいですか?」

 

 アリシアさんは同胞(なかま)たちの顔を静かに見渡し、一斉に返された力強い頷きを合図に覚悟を決めると、テーブルの食器を脇へ退けてから懐のハンカチで丁寧に木面を拭い清めた。

 

 さらに鞄の奥から取り出した滑らかな手触りの上質な布を広げ、木綿の白手袋に一本ずつ慎重に指を通すと、彼女は深く一息ついて自らの鼓動を鎮めた。

 

 張り詰めた緊張が室内の空気を物理的な重さへと変え、固唾を呑む音さえもが静寂の中に鮮烈に響き渡る中、彼女は鞄の底で眠っていた重厚な化粧箱を両手で恭しく捧げ持ち、テーブルの布上へと静かに鎮座させた。

 

「こちらをご確認ください」

 

 アリシアさんがゆっくりと化粧箱を開くと、そこにはエルティナが夜なべして彫り上げた金無垢(きんむく)の懐中時計がその姿を現した。

 

「美しい……」

 

 誰からともなく漏れ出した感嘆の声に誰も返事を返すことができずにいるようだ。

 

「……手に取って、確認しても良いだろうか?」

 

 ヘファイストス・ファミリアの職人さんが少し震える声でそう願うと、アリシアさんは予備の手袋を差し出しつつ、一瞬たりとも目を離さぬようその手元を鋭く見つめ続けた。

 

 私は使い心地を案じて声をかけようとしたが、流石は名門の職人と言うべきか、彼は迷いなくリューズの上のボタンを押し下げて蓋を開き、内部の緻密な機構を眼前にして驚愕に目を見開いた。

 

「上のダイヤルを回せば動き始めますよ」

 

 私の助言に従い、彼はリューズを慎重に回してゼンマイを巻き上げ、静止していた時計に時間を刻ませた。

 

「綺麗……」

 

 その呟きに重なるようにテンプ(・・・)が一定のリズムで鼓動を開始し、磨き抜かれた白銀のパーツが照明を反射して、まるで掌の中に星空を閉じ込めたかのような輝きを放った。

 

「すみません、そろそろ、よろしいですか?」

 

 アリシアさんの焦燥を孕んだ制止の声に、至宝を凝視していた職人さんは弾かれたように面を上げると、「分かった」と短く応じて細心の注意を払いながら蓋を閉じ、静かに化粧箱へと収めた。

 

 化粧箱の蓋が閉じられると、室内に張り詰めていた重苦しい緊張が一気に霧散し、憑き物が落ちたように全員が深く長い溜息を吐き出すのを見届け、私は「ちゃんと息をしてくださいね」と場を和ませるべく軽口を投げたが、期待したほどの効果は得られなかった。

 

「なるほどね……贈り物の内容は理解したわ。あなたたちが先走る理由も理解できた。そうよね、あんなものを見せられたら、一秒でも早くリヴェリア様(あの方)へ捧げたくなる理由も分かるわ」

 

 ミスティさんはドリルを思わせる勢いで手のひらを返すと、最初から全てを見通していたと言わんばかりの態度で、隠しきれない動揺を誤魔化すように何度も力強く頷いてみせた。ミスティさんはもう少し恥じらいを持った方がいいよ(特大ブーメラン)。

 

「それほどの品であれば高貴な方(リヴェリア様)にこそ相応しい。だがな、職人としては同様の贈り物を用意したいと思うのだ。職人の意地と思ってくれてもいい」

 

 ヘファイストスファミリアの職人さんが、渋面を作りつつも、自身の誇りを懸けてそう断言する。

 

 結局のところ問題の根幹は「抜け駆け許すまじ」っていう意地のぶつかり合いにあるからね。

 こうなってしまえば、各派閥が同等の品を揃えて合同贈呈式にするという妥協案以外に、この場を収める方法はないんじゃないかなとも思える。

 

 エルティナが数夜を費やして彫り上げた、金無垢の懐中時計(200万ヴァリス)に敵うほどのものを、この短期間で用意できればの話ではあるけれどね。

 

「ミスティさんもそれなら納得できますか? だけど問題は『どうするか』ですよね。今からこれに匹敵する品を用意できる当てなんて、あります?」

 

 私は少しばかり意地悪な口調で問いかけつつ、答えに窮して顔をしかめる彼らにわざとらしい笑みを贈ってあげた。

 

 その視線のさらに先では、ヘファイストスファミリアの方々も「その通りだ。あてを探す時間すらねぇ」と、時間不足に頭を抱え始めていた。

 

 ふむ、なんとなくエルティナの事前の想定通りの流れになってきたな。私はそう思い、エルティナにチラリと目を向け、発言を促した。

 

「方々へ、発言をお許しいただけますか?」

 

 エルティナは静かに挙手をしてリオンへと視線を向け、場に集った各派閥の代表者たちへ発言の許可を求めた。

 

「どうぞ、発言してください」

 

 リオンの許可にエルティナは一度頭を垂れると、別の資料をテーブルに広げて説明を始めた。

 

「この提案は関係ファミリアの団長の許可を得る必要があるということをまず認識していただきます。まず一つは通信機、そしてもう一つは方位計(コンパス)を、リヴェリア様専用の特別仕様として作成・贈呈することを提案いたします」

 

 時計、通話機、方位計――オラリオの将来において必需品となっていくであろう3品を、王族の気品に相応しい装いで献上するという提案は、エルフたちの感性を刺激する甘美な響きを湛えていた。

 

「通話機はガネーシャファミリアが管理を任されているのだから、意匠の策定についてはこちらに主導権を譲ってもらうわよ」

 

「でも、本体はヘファイストスファミリアに外注してますよね?」

 

 と、私が茶化すと、ミスティさんは「うるさいわね。デザインは私達が考えるのよ!」と反論してきた。今日はお口がお悪すぎませんかねお嬢さん。いつもは口うるさいが頼りがいのあるお姉様風なのに、今日はまるで姐御みたいだ。普段は猫被ってるのかな?

 

「で? そのコンパスってのはなんだ? 聞いたことがねぇが」

 

「えーっと、詳しいことはアリシアさんに聞いてください。そういう契約なので」

 

 コンパスについてはロキファミリアに優先権を取って貰っているので、実際コンパスの存在を明かすのも契約違反に当たる可能性があるのだ。これ以上は私の口からは言えないことなんだね。

 

「そうか……後で個別に話す。それでいいか? 【純潔の園(エルリーフ)】」

 

「ええ、承知いたしました。確認の上、こちらから改めてお声がけします」

 

 以降はロキファミリアとヘファイストスファミリア間で直接やりとりをして貰えばいいだろうと私は判断した。

 

「一応これで方向性が確定したとしてもよろしいでしょうか?」

 

 司会を務めるリオンが全員の顔をゆっくりと見渡し、特に異論が出ないことを確認して今後の詳細を各担当者間で詰めることを決定すると、ようやく張り詰めていた会議の空気が緩やかなものへと変わっていった。

 

「それでは、お料理を運んで貰いますね」

 

 私はそう言うと、会議の終了を宣言するように手元の銀鈴を軽やかに振り鳴らし、それを合図に入室してきた従業員たちが、それぞれの面前に趣向を凝らした一皿を恭しく配膳していく様子を満足げに眺めた。

 

 私以外の面々には白身魚の香草焼きが供される中、私の前には厚切りの牛フィレ肉ステーキが鎮座しており、ナイフを入れた瞬間に現れた柔らかなロゼ色の断面に、不覚にも食欲をそそるお腹の音が響いてしまった。

 

 シンプルに焼き上げられた肉の芳醇(ほうじゅん)な旨みを噛みしめ、レッドベリーの酸味が効いたソースとの調和に舌鼓を打ちつつ、私は課題が山積しながらも一歩前進したこの会合の成功を、密かに噛みしめた。

 

 

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