ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
メインディッシュを平らげ、形式上の会議が一度は幕を閉じて、そこで会合は解散となり各員はそれぞれ家路についた。
といっても、各派閥の代表者たちは申し合わせたように二次会への流れを作り、なぜか部外者であるはずの私とエルティナ、そしてリオンまでもが、ミスティさんの馴染みだという小ぢんまりとした隠れ家的なお店の個室へとつれて来られてしまったのだけどね。。
お茶やお酒で喉を潤しながら、これからの密な連携を名目にして、特別チーム内でのみ共有する無線機のパスワードを設定し、何かあればチームチャンネルで即座に相談し合おうという、面白そうな提案がミスティさんの口から飛び出した。
「うーん。今の段階で全員が同時に通話して会議をするのは、物理的に難しいんじゃないですかね? そもそも、これは個人持ちの端末じゃないわけですし」
私は差し出された炭酸水のグラスを指先で弄びながら、通信インフラの現状を指摘した。
今のところは個人が通信機を持つような時代じゃないから、どうしてもファミリア共用のものを使う必要があるわけだ。たとえ、時間を決めて参加できる人だけ参加するにしても、なかなか今の無線機の数では追いつかないのじゃないかと思う。
それに、派閥内のエルフたちが独断で無線機を私的利用していることが露見すれば、そこから秘密がもれかねないしね。
「……難しいかしらね」
提案者のミスティさんは、がっくりと肩を落とす。そんな捨て猫みたいな目で見つめられても私ではどうにもならないよ。
「規約ですので、許可は下りません」
隣に控えていたエルティナが、感情を排した無機質な声で冷徹に宣告を下すと、そもそも無線機の製造と管理をガネーシャ・ファミリアとギルドが握っているという揺るぎない事実を突きつけ、ミスティさんの希望を粉砕した。。
ただでさえリヴェリア様専用の特注通信機という、本来なら通るはずのない無理難題をねじ込みに行こうというのだ。エルフだけの秘密のコミュニティ用回線まで確保しようなど、流石に虫が良すぎるというものだろう。
「うーん。あるいはさ……街中だけでしか使えないような、極端に低性能で小型のやつなら、ギルドとの契約の穴を突いていけるかな?」
「そんなのあるの!?」
私の突拍子もない提案に、ミスティさんは
「ないです。エルティナに考えて貰わないと逆立ちしたって無理ですから、あんまり調子に乗らないでくださいね」
「そんな言い方しなくてもいいじゃん」
むくれるミスティさんの様子を、いい大人がもう少し慎みを持ちなさいよと半ば呆れながら眺めていると、それまで沈黙を守っていたアリシアさんが、真剣な面持ちで口を開いた。
「ですが、可能なのですか? 街中限定……つまりダンジョンの階層内限定でも、通話しながら戦えるほど小型化できるのであれば、前線の様相は一変するはずです」
アリシアさんまで話しに乗ってきたのを見て、私は国語辞典ほどもある通信機が、乱戦の最中ではいかに不便なものだったかを思い返した。エルティナの指令を聞くだけなら問題なかったけど、その場で言葉をやりとりするのは無理だったね。
「それなら、同時通話ができた方が絶対にいいよね……。ねえ、エルティナ。そういうのって作れる? 階層をまたげないくらい魔力波が弱くていいから、とにかく小さいやつ」
私は
今の通信機が単独で十階層もの隔壁を貫くために、信号を何段も増幅する重厚な
「理論上は可能です。私の
エルティナは新たに芽生えた発展アビリティについて触れながら、同一の容量で従来を遥かに凌駕する密度の
「低出力の魔力波に限定すれば、個人がハンドバッグに忍ばせて持ち運べる程度の大きさには収まると思われます」
彼女が両手で示した寸法は、前世の記憶にある黒電話のハンドセットを二回りほど大きくしたぐらいか。携帯やスマホを知っている身としてはまだまだ端末としては大きいとなと思ったけどね。
「それほど小型化できるのですか……?」
リオンは驚愕のあまり瞳を大きく見開くと、信じがたいといった様子でエルティナの手元を凝視した。エルティナはそれに対して静かに首を縦に振ることで答えた。
「
いつになく真剣な面持ちでミスティさんが釘を刺すと、不用意に手の内を明かしてしまったエルティナは「失礼いたしました」と静かに頭を下げた。確かに軽率ではあったな。今後気をつけよう。
ちなみに、株券発行機の件の後に判明したことだけど、エルティナの獲得した【技巧】の効果はクラフターの加工精度にまで波及しており、アビリティの位階が上がるほどにさらなる微細加工が可能になるという予測立てられている。おそらく、クラフターがエルティナのシステムを前提とした拡張装置だから、
「なあ、リヴェリア様への贈呈品だが、その小型の通信機でいいのではないか?」,
先ほどの職人が静かに手を上げてそう提案してきた。
ミスティさんは「どういうことかしら」と不思議そうに小首をかしげたが、彼は「既存の通信機はファミリアの備品だが、個人携行の端末としてギルドの認可を得れば、それは真にリヴェリア様自身の
「確かに、一理ありますね。本当にリヴェリア様専用の品にするために、個人携帯の認可をギルドに下ろさせるということですね?」
アリシアさんも深く頷いた。なんか、決定事項になりそうな気配があるね。
その言葉に職人さんは力強く頷き、通信機の管理を担うガネーシャファミリアの政治力に期待を寄せると、ミスティさんもまた、王女に捧げる新たな「形式」を整えるべく、その瞳に野心的な光を宿した。
「……それ、かなり高く付きますよ?」
一応、私は釘を刺しておいた。こっちは部外者だから、当然無償で新作を提供はしない。アリシアさんの時計が200万だったから、それ相応の金額を払って貰わないと割に合わないよ。コンパスだって同様だ。
「分かってるわよ」
ミスティさんはそう言って私のおでこを指ではじいた。あんまり痛くない。
「それよりも、【
「ええ、分かっています。随分無理をされている様子でしたので」
アリシアさんはふんわりとミスティさんの手を両手で包み込み笑みを浮かべた。あれは、同性でもクラッといきそうだね。たらしだよ、あれは。
「それでは新型の小型通信機の設計開発を進めてもよろしいですか?」
「いいよ。製造は許可が下りてからね」
「承知いたしました。基礎フレームの図面の作成に留めます」
どちらにせよ、
さっきは、黒電話のハンドセットの二回りほどの大きさと言ったけど、別に形状はそれに順ずる必要は無い、なんなら、首掛け型とかヘッドセット型にしてもいいわけだから、いろいろ工夫のしがいがあるってもんだよ。折りたたむギミックを仕込めばそれだけ収納しやすくなるしね。
初期は通話範囲がかなり限定的だろうけど、街中に小さいアンテナをいくつも作ってやればいいだけだからね。
ちなみに、
私にはそういう難しい事は良く分からないんだよ。
まあ、ともかく、オラリオに何百年も先取りしたモバイル通信の時代が目の前に迫っているかもしれないということだ。いろいろぶっ飛ばしてしまった感はあるけど、便利になるに越したことはないだろう。政治的経済的な影響なんて
そういえば、ヴァリス交換券のことをアリシアさんがフィンさんとリヴェリア様に報告するって言ってたけど、どうなったかな? 何かしらのアクションがあってもおかしくないなと思うけど、やっぱり紙切れには興味が向かなかったって事なのかな。
と言っても、今は試用期間中だから新たに発行するのは自重しておくべきだけどね。ディアンケヒトファミリアとロキファミリアへの対応についてはギルドからの結論が出てからでもいいだろう。