ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
バベルの影が石畳を長く引き、朝の喧騒が引き潮のように去った午前七時過ぎのギルド本部にて、私は所在なげに周囲を伺う二人組の姿を見つけると、少し急ぎ足でそれに歩み寄った。
「あ、いたいた。おはよう、二人とも。今日はよろしくね!」
昨日は初対面だったから終始敬語で話していたが、せっかく一緒に潜る仲間なんだから、思い切ってタメ語で話しかけてみた。
「おはよう、ベルディナ。今日はよろしく頼む」
「よろしくね」
二人は緊張に肩を強張らせながら周りを見回していたが、私の姿を見つけると安心したように真っ直と瞳を向けてきた。この様子なら、昨日のうちに時計の読み方は完璧に理解できたようだね。
「それじゃ、早速行こうか。私は戦闘に集中するから、メイヤさんは魔石の回収で、ジョンさんはメイヤさんの護衛をお願い。今日は初日だから速度は控えめに行こう。いいかな?」
私が手早く役割を伝えると、二人は無意識に腰の得物へ手を添えて覚悟を決る様子を見せた。昨日死ぬ思いをしたであろう恐怖をなんとか克服しようと努めているのだろう。
「あ、そうだ。二人ともちゃんとポーションは持ってるよね?」
「うん、一本ずつだけどね」
メイヤさんは腰の物入れからポーションのアンプルを見せてくれた。下級のポーションみたいだけど綺麗に澄んでいるから品質は良さそうだ。
なんか、見覚えあるな。たぶん、ミアハ様が善意で配ってるやつだなあれは。
「いいね。じゃあ、予備としてこれを一本ずつ渡しておくよ。使わなかったら返してくれればいいし、最上層といえども何が起こるか分からないのがダンジョンだからね」
私はアイテムパックの隅で死蔵されていた中級ポーションを二本取り出すと、目を丸くするジョンさんの手のひらに強引に握らせた。
「悪いな……」
ジョンさんはそう言って、私から受け取った二本の瓶を丁寧に受け取ると、それを隣で所在なげに待つメイヤさんへと手渡した。雇い主として従事者の安全を気遣う義務があるだろうから、大人しく受け取って貰えて一安心だ。エルティナがいないから、そのあたりはもっとシビアにしないといけないところだね。
「ちなみに、メイヤさんは回復の魔法とか使えたりする?」
私の問いかけに、メイヤさんは少しだけ視線を泳がせながら「えーっと……使えない。ごめん」と、申し訳なさそうに細い肩をすくめて見せた。
「謝らなくてもいいよ。回復魔法は希少だからね。じゃ、なおさらジョンさんがメイヤさんを守ってあげてね。それじゃ、行くよ」
ともかく私としては魔石の回収をしてくれて、最低限自分たちの身を守ってくれていればなにも言うことはない。もちろん、メイヤさんの無事を確保した上ならジョンさんも自由に戦ってくれていい。
私には二人の生体反応と周囲の状況を常に把握できるフォトンレーダーとエネミーセンサーがあるから、危なくなったらすぐに介入することも簡単にできるだろう。
「気を抜かず、かつ緊張しすぎず、落ち着いていこう」
受付で案じるような視線を送るエイナさんに短く片手を挙げて応えると、そのまま足早にダンジョンに向かった。ピークを過ぎ去ったギルドの受付は午前の休憩に入る職員もいて少し閑散としているようだった。
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「ちなみに、二人は何階層まで降りたことがあるの?」
前回は手始めだったので第一階層でのんびりしていたから、今日あたりは5階層まで潜ってじっくりとオーバーホールしようかと思っていたところだ。
エイナさんやランクアップした先輩方曰く、感覚のズレというのは自分が思う以上にリスクを背負っている状態らしいので、馴染むまでは慎重すぎるぐらいがちょうどいいと口を酸っぱく言われているから、修正期間は上層の12階層までで済ませようと思っている。
「まだ4階層までね……一度だけ5階層に降りてみたことがあるけど、フロッグ・シューターの大群に囲まれて、本当に命からがら逃げ出してきたのよ」
メイヤさんは当時の恐怖を思い出したのか薄い肩を震わせ、隣を歩くジョンさんも苦い記憶を噛み締めるように唇を真一文字に結んでいた。
なるほどね。初心者の域を脱しようとしているところか。その様子だと、基礎アビリティにもいくつかHの項目が出始めているところかもしれない。
私は10階層までは通過点にもならなかったから分からないけど、こうして冒険者は一歩一歩冒険を刻んでいくということだろう。
「うーん。もしかして、昨日のあれはその帰り道だったりする?」
私が首を傾げて尋ねれば、ジョンさんは気まずそうに視線を落として「恥ずかしながら、その通りだ」と言いつつ腰のロングソードの鞘をぎゅっと握りしめた。
「全然恥ずかしくないよ。冒険者として上に行くためにはまず生き残らないと駄目だからね。それじゃ、今日は4階層をメインにしようか。第5階層は様子を見てって事で」
私はかつてオラクル船団で行ったきり戻ってこなかった同期を脳裏に浮かべ、冷静に撤退の決断を下したことに賞賛を送った。
そう言って第一階層を抜けて第二階層に到達する。最近はRTAよろしく18階層までは全力で駆け抜けるのが大抵だったから、改めてゆっくりと上層を下っていくのは逆に新鮮に感じるところだ。
そうして、背後にメイヤさん、最後尾にジョンさんを配した縦一列の陣形で洞窟を歩くと、当然ながら壁にヒビが走ってお馴染みのゴブリンが数体首をひょっこりと出してこちらを睨み付けてきた。
瞳に知性が宿っていないから、リザさんの同胞ではなさそうだね。リザさん曰く、知性のあるモンスターは何の前触れもなく突然産まれるらしいが、産まれたときはなんとなくその感じが分かると言うらしい。不思議だね。
ひょっとして、リザさんがお仲間となかなか合流できなかったのって、リザさんが別のところからやってきたから、産まれたことを察知できなかったからって事かな?
「ゴブリンだ!」
ジョンさんの鋭い警告に目を向けると、そこにも一体のゴブリンが同時に躍り出ているようだった。私の目の前には三体で、幸いなことにメイヤさんの側には出現していないようだ。
「メイヤさんはできる限り動かないで。それと、倒したモンスターから順番に魔石を回収をお願いね」
私は短く指示を飛ばすと、腰の小太刀を素早く引き抜き、襲いくるゴブリンの棍棒を
だけど、脳裏に思い描いていた切断線から、わずかに2mmほど切っ先が逸れた感覚が掌を伝い、私はその違和感に小さく眉をひそめた。
「うーん。2㎜ぐらいズレてるか……」
これがもし巨剣であれば、切っ先では1cm以上のズレが生じていただろうから、結構深刻だね。
それでも、昨日の動きに比べれば体感で0.1mm程度の修正はされているようにも思えるから修正効果は確実に出ていると考えてもいいだろう。 腕を断たれたゴブリンがうるさい絶叫を上げながら後退すると、それに応じるように残る二匹が私へと肉薄してきたが、私が身を引けば中央に控えるメイヤさんが標的になると判断した私は、あえて二体の間に割って入るように鋭く踏み込んだ。
着地した右足を軸に鋭く旋回を繰り出し、小太刀の刃でその胴体へと一気に浅からぬ裂傷を刻み込んだ。
「着地位置も1cmズレたな。パワー調整にもズレがあるわけか……」
不満を独りごちながらも、視線だけ後方に走らせて二人の様子を確認すると、メイヤさんを背中で庇いながらゴブリンと刃を交えていたジョンさんは、幾度かの火花を散らした末に敵の首を一刀のもとに断ち切る実直な剣筋を見せていた。
「ジョンさん! お願い!」
その確かな立ち回りに安堵した私は、振り向くジョンさんの剣の延長に立つゴブリンの背を蹴り飛ばしてそちらに向かわせて、その反動を利用して残る一体の頭部に刃を通し、さらには敗走しようとした最後の一体へ小太刀を投げつけて、その命を刈り取ってやった。
ジョンさんは私が送り込んだゴブリンを迷うことなく迎え撃ち、すでに刻まれていた裂傷をなぞるような一撃で見事にトドメを刺すと、短い交戦は終焉を告げた。
「魔石お願いね」
私は短く言葉を残すと、投げ放った小太刀を回収するついでに、横たわる亡骸へ手を沈め、小さい魔石を一つ摘出してそれを灰に戻してやった。
「これもお願い」
「うん、ありがとう」
手際よく回収作業を進めていたメイヤさんの手元へ、今しがた取り出したばかりの魔石をそっと滑らせ、刀身付着した汚れを拭ってから、鞘へと納めた。
「ジョンさんは怪我はない?」
「ああ、問題ない」
私の問いかけに、ジョンさんは荒い息を整えながら力強く頷き、自分の武器の調子を確かめるように軽く振ってから鞘に収める。
見た感じ、結構業物に見えるけど、どこで手に入れたんだろうね? 手に馴染んでいる様子だから、長い間相棒として側にいたとは思うけど。
「回収終わったわよ」
「さすが早いね。それじゃ、移動しようか」
メイヤさんの軽快な報告に満足げに応じ、私たちは次なる階層を目指して歩き始めたが、初めて本格的に連携を組んだ戦いは、呼吸を合わせるという点において期待以上の成功を収めたと言っていいだろう。
「だけど、ベルディナの戦い方、まるで舞を舞ってるみたいで綺麗だったね」
暗い洞窟の先に第3階層への下り口が見え始めた頃、メイヤさんがふと思い出したように呟いた。
「そうかな? 私は身体が小さいからああやって遠心力を稼がないとなかなか強打にならないだけなんだけどね」
ある程度は冒険者のアビリティやフォトンの身体強化に頼ってはいるが、なにぶん小柄で体重も軽い私は、物理的な遠心力や
だからこそ、イシュタルファミリアとの
おそらく、都市最強の戦士と謳われるオッタルさんあたりなら、外部の力に頼らなくても、自前の膂力だけで、その程度の事はできるだろうね。知らんけど。
ともかく、面と向かって綺麗だと言われて悪い気はしない。私はわずかに頬を染め、ピンクのツインテールをご機嫌に揺らしながら、薄暗い迷宮の先を見据えて歩みを早めた。