ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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ボードゲームでAIに勝つのは無理があるよね

 

 市場の喧騒を楽しみながら、私はのんびりと市場のウインドウショッピングをしつつ今日のお夕飯と明日のお昼の内容を考えていた。

 

 今日のお昼はお重3つのサンドイッチだったから、明日はシンプルにハンバーガーにしようかな。そう思い至れば、夕食の準備と一緒に仕込んでしまうのが効率的だ。

 

 私はそう思い至ると、すぐさま行きつけのお肉屋さんへと足を向けた。

 

 いつものように安めの合挽肉を購入し、馴染みのパン屋さんと八百屋さんを回ってから、私たちの拠点である絹糸(けんし)の館へと帰還した。

 

 

 リビングの扉を開けると、そこではワカヒルメ様が、エルティナを相手に将棋の盤面を囲んでいた。

 

「どうしたんですか、それ?」

 

 私が声をかけると、ワカヒルメ様は盤面から目を離さずに答えた。

 

「秋葉の荷物の中に紛れ込んでいたみたいでね。駒がいくつか足りなかったから、エルティナに複製してもらったんだよ」

 

 そう言って、ワカヒルメ様は静かに次の手を指す。パチリと言う木製の心地よい音が部屋に響く。

 

「そうなんですね。エルティナ、ワカヒルメ様の腕前はどう?」

 

「大変お強いです」

 

「なるほどね、さすがは神様ですね」

 

 私はニコニコしながらお茶の準備を始める。傍らでは秋葉さんが、一言も発さずにじっと盤面を見守っていた。その真剣な眼差しを見るに、彼女もそれなりの棋士なのかもしれない。

 

「……足りないか。参った、降参だよ」

 

 やがてワカヒルメ様は小さく肩を落とすと、潔く投了を宣言して頭を下げた。

 

「ありがとうございました。良い対局でした」

 

 エルティナもまた、淀みのない動作で深く一礼して応じる。

 

「ワカヒルメ様が敗北されるところを、初めて拝見しました……」

 

 秋葉さんは、信じられないものを見たという風に声を失っている。

 

「そうなんですか? さあ、お茶が入りましたよ。皆さんどうぞ」

 

 私は三人をテーブルへと誘った。

 

「これでも斎服殿(いみはたどの)では負け知らずだったんだけどねぇ。手も足もでかなった。いやはや、世界は広い」

 

「エルティナは、そういうゲームなら、たぶん負けなしですよ」

 

 そもそも、思考速度も並列処理も人間離れしたAIを相手に、チェスや将棋のようなゲームで勝とうなんて土台無理な話なのだ。麻雀やポーカーとかも無理だろうね。

 それこそ、サイコロの半丁博打やバカラのような、純粋な運任せのゲームでもない限りね。

 

「次はワカヒルメ様の実力に合わせて、難易度(レベル)を調整いたしましょうか?」

 

「いや、それはなんだか手加減されているみたいで落ち着かないから、このままでいいよ」

 

「承知いたしました」

 

「あの……私もよろしければ、お手合わせ願えますか?」

 

「問題ございません。受けて立ちます」

 

 お、秋葉さんも挑戦するんだね。私は遠慮しておこう。私はこういう頭脳戦はからっきし弱いからさ。2020年代のAIなら、素人の無茶苦茶な手でAIの演算を混乱させるみたいな攻略法があったみたいだけど、オラクル船団のAIには全く通じないからね。万が一の勝ち目もないよ。私がやるときは私が楽しめるレベルにして貰おうかな。

 

「さてと、私はお夕飯の準備に取り掛かりますね。今日はハンバーグですよ」

 

「あ、お手伝いします、団長!」

 

 秋葉さんが立ち上がり、私についてキッチンへと向かった。

 

「それじゃ、タマネギをみじん切りにして、キツネ色になるまで炒めてください。とろ火でじっくり、このタイマーが鳴るまでお願いしますね」

 

 私は以前エルティナに作ってもらった、ダイヤル式のキッチンタイマーを取り出して見せた。秋葉さんに使い方をレクチャーし、炒め始めたら一回転させてから『15』の位置に合わせるように伝える。

 これで少なくとも15分間は炒め続けることになるから、旨味の凝縮されたソフリットが出来上がるはずだ。トマトソースに使うなら30分は欲しいところだけど、ハンバーグなら多少の食感が残っているくらいがちょうどいい。

 

「分かりました、みじん切りにしてその後炒める……ですね。お任せください」

 

 秋葉さんは私の予備の菜切り包丁を手に取ると、手際よく皮を剥き、ヘタを取って刻み始めた。その無駄のない所作を見るに、料理の経験もそれなりにあるのだろう。

 

「私はミンチの下処理だね」

 

 ボウルに買ってきたばかりの合挽肉を入れ、手をしっかりと洗い清めてから、肉の繊維が毛羽立つまで丁寧に揉み込む作業に入る。ここを適当に済ませると、焼いている間に肉汁が逃げ出したり、熱で身がボロボロに崩れたりするから、一番神経を使うポイントだ。

 

「さてと、パン粉を牛乳に浸して……あ、塩胡椒を忘れてた。ナツメグも入れて……。後で目玉焼きも添えちゃおう」

 

 静かな絹糸(けんし)の館に、小気味よい包丁の音と、肉をこねる音が響き渡る。こういう穏やかな時間こそ、何物にも代えがたい贅沢なんだよね。

 

 私は付け合わせの彩り野菜としてブロッコリーとジャガイモを塩茹でにし、バターでソテーして香りを立たせつつ、秋葉さんが担当しているソフリットのコンディションをチェックした。

 

「うん、そのくらいで十分かな。一旦バットに移して粗熱を取って。そっちに団扇があるから、よろしくね」

 

「はい」

 

 秋葉さんは手際よく火を止めると、中身をバットへ丁寧に広げ、団扇を使い始めた。

 一連の動作に淀みがなく、見ているこちらまで心地よくなるような作業だ。彼女もまた、ここでの生活に馴染んできたってことかな。

 

「さてと、フライパンは二つ使っちゃおう。油は……菜種のでいいか」

 

 オリーブオイルを使うのもいいけど、ちょっと贅沢だし、こっちはトマトソースに残しておきたいからね。

 

「団長、粗熱取れました」

 

「いいね。じゃあ、こっちのボウルに移して肉の種と一緒にしてくれる? 全体が均質になるまでしっかりこねてほしい」

 

「分かりました」

 

 秋葉さんは素早くソフリットを投入し、しっかりと手を洗い清めてからさらにお肉を混ぜ始めた。洗った()もにっこりだ。

 

「それぐらいでいいかな? それじゃ、次は成形だね。適当なサイズに分けて、両手でキャッチボールするように空気を抜いていくよ」

 

 この工程をスキップすると、加熱時に空気が膨張して隙間ができて、そこから大事な肉汁が流出してしまうのだ。

 

「こんな感じでどうでしょうか?」

 

「うん、完璧。仕上げに表面を撫でてなめらかにして、火が均一に通るようにして……表面に極薄く小麦粉を纏わせて……本来なら冷蔵庫で冷やしたいしたいところだけど、今日は時間短縮でいこう」

 

 私は4人分の大きめのものと、3人分の小さめの種を用意した。

 

「大きいのは今夜のメイン。小さい方は、私の明日のお弁当だね」

 

「明日もダンジョンへ?」

 

「そうだね。食べ盛りの冒険者が二人もいるからね。作りがいがあるよ」

 

 私はそう言ってフライパンに熱を入れ、二つのうち片方を秋葉さんに任せることにした。

 

「最初は強火で両面をしっかり焼いて、次に弱火にしてちょっとだけ水を入れて蓋をしてから、10分ぐらい蒸し焼きにするよ」

 

「分かりました。最初はしっかり、後は弱火で蒸し焼きですね」

 

 ハンバーグはお肉をバラバラにして混ぜ込んでいるから、表面の細菌も内部に入り込んでしまうため、中までしっかりと熱を通す必要があるわけだ。

 こっちには低温調理器なんて便利なものはないから、ちょっとお水を入れて蒸し焼きにしてやるが一番確実だと思うんだよね。

 

「油がたくさんあったらコンフィとかも美味しいと思うけどね。ハンバーグ以外なら」

 

 ハンバーグでコンフィしたら身が全部分解されるからね。今度、鶏肉の足の美味しそうなところが手に入ったらちょっと考えてもいいな。

 

「さてと、両面焼き終わったから火を弱めて……キッチンタイマーを10分に合わせて……ちょっとだけお水、それから蓋でOK。後は洗い物をしながら待とうか」

 

 こういう隙間時間に洗えるものを洗ってしまうのがスマートな料理人の証みたいなものだ。食洗機欲しい。

 

「さてと、仕上げに入ろうかな。主食のパンを切り分けて、お皿に彩りの野菜を盛り付けて……あ、そうだ。トッピングの目玉焼きを忘れずに。ねえ、秋葉さんは目玉焼き焼ける?」

 

「もちろんです。お任せください」

 

 まあ、そうだよね。目玉焼きなんて料理の基本中の基本だし、彼女ならお手の物だろう。

 と言っても、テフロンじゃないフライパンで焦げ付かずに焼くのって意外と難しいんだよね。昔はよくひっつけてぐちゃぐちゃにしてしまったなぁ、懐かしい。

 

「じゃあ、そっちはお願い。私はソースを作るよ。そろそろ頃合いだね」

 

 キッチンタイマーがジリリと鳴り響き、私は蓋を開けると、肉の芳醇な香りを孕んだ白い蒸気が一気に立ち上った。私は気分を良くしながらも、念のためにハンバーグの中心に串を刺して焼き加減を確認してみた。

 

「うん、透明な肉汁が出てきた。これでバッチリだね」

 

 もしこれが赤い液体だったら、まだ中まで火が通っていない証拠だ。温度計を差し込んで75℃を越えてたら完璧だね。

 

「それじゃ、最後に少し強火にして余分な水分を飛ばして……よし、お皿に移して完成! あとは、フライパンに残った美味しいところを活用してソースを作っちゃおう。余分な脂を拭き取ったら、赤ワインを少し加えて……」

 

 ちなみに、こうして赤ワインで肉の旨味をこそげ落とす工程をデグラッセと言うらしい。

 

 本来ならここでケチャップやウスターソースを混ぜれば手っ取り早いんだけど、こっちにそんな便利なものなんて(たぶん)ない。

 だから、デグラッセ下赤ワインに作り置きのトマトソースを混ぜて、塩胡椒と砂糖を足して、じっくり煮詰めていく。

 少しだけ小麦粉を混ぜてとろみをだして、酸味と甘みのバランスが整えば特製ソースの出来上がりだ。

 デミグラスソースなんて手間のかかるものは、個人じゃそう簡単には作れないからね。コンソメスープでも売っていれば話は別なんだけどさ。

 

「よし、最後にソースをたっぷりかけて……これで本当に完成! 冷めないうちに皆のところへ運ぼう」

 

「分かりました!」

 

 明日の分のハンバーガーは食後にゆっくりと作ろうかな。

 

 







料理だけで終わってしまった…………
リアルが忙しくて料理ができないストレスをここで解消している感もある。





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