ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
食事が終わり、洗い物もサッと済ませて後はお茶の時間でまったりだ。なんか、『お茶ばっか飲んでんなこいつら』と思われてもしかたが無いが、実際こっちではリビングでお茶を飲みながらみんなで談笑するぐらいしか娯楽が無いのも確かなんだよね。まだまだ自室に本棚をおけるほどお金に余裕はないし。印刷技術がそれほど発展していないので、書物が高級品なんだよ。わざわざ図書館に行って模写するのも面倒だし。
ましてや、スマホやゲーム機もないし、通信アプリで友達と会話することもなければ、知り合いと長電話もできない。
ついでに言うとテレビもない、ラジオもない。ないないづくしだ。刺繍や彫刻とか楽器演奏とかの趣味でもあれば別なんだけど、私のような不器用者には三日坊主で終わるのが関の山だね。
「うーん。せっかく通信機があるから、ラジオ番組みたいなのも作れそうだよね?」
ラジオは端的に言うと、一方的に言葉を伝えるだけの通信機と言っても過言ではないと思う。受信機にはチューナーが付いていて、聞きたい番組の周波数を合わせてチャンネルを変えるみたいな感じか。地球ではAMとかFMとかあったな、懐かしい。
「周波数の管理が課題となります」
「まあ、そうだよね。混線とかしたら大変だし」
通信機とかモバイル端末とか、今後周波数を使う機器が増えていくから、どの機器がどの周波数帯を使うかはきっちり決めていかないと駄目って事だ。
周波数は国民の共有財産だって前世の日本でもよく行われてたしね。いろいろ利権も絡む難しいところだ。
「ところで、”らじお”ってのはなんなんだい?」
「えーっと、ラジオってのはですね……なんと言えばいいのか分からないですけど……」
私はワカヒルメ様と秋葉さんに、ラジオについて説明した。通信機は離れた場所から連絡を取り合う装置だけど、ラジオは基本的に一方向声を届けるもので、いろんなニュースや宣伝に、歌を届けたり、有名人を招いて面白おかしく話をする、あるいは知的好奇心を満たす教養などを放送したりする、一種の娯楽だと言うことを説明した。
「なるほど、番組が面白くなるかどうかは、その”ぱぁそなりてい”の腕の見せ所って事か」
「ですねぇ。その道のプロとかわんさかいましたよ」
まあ、戦時中は国民を洗脳するプロパガンダの道具にもなっていたらしいけどね。
「そうなのかい? どうやって糧を得るんだい?」
「うーん、私もその業界にはあまり明るくないんですけど、番組の間にいろいろな広告が入るって言いましたよね? そういう広告を出したいっていうところから広告料を貰うっていうのがメインだと思いますけどね」
ラジオ番組の殆どが受信機さえ購入すれば殆どタダで視聴できていたから、殆ど広告収入だけで番組を作ってたんじゃないかな? この放送はご覧の各社の提供でお送りしますってやつだ。
「上手いこと考えるね。そういうのに、セールス情報があると助かるかも」
「ですね。このラジオを聞いてくださった人限定でディアンケヒトファミリアの中級ポーション5割引とかあると面白いかもしれませんね。あ、それと”はがき職人”というのもありましたね」
「なんだい、それは」
「ラジオ番組にお便りを届けるんですよ。それを番組内で読んで貰うことで、パーソナリティと視聴者が交流するみたいなやつですね。あとは、番組から専門家に直接通信をして話を聞くとかもありましたね」
思えば前世地球のyoubuteとかも、プラットフォームと通信技術が発展しただけで根本的なところは変わらなかったのかもね。
「まあ、これ以上エルティナの仕事を増やすわけにはいきませんので、話しだけにして置きますけどね」
エルティナなら作れるだろうけど、それは今やることじゃない。もしも、オラリオにアイドル活動をする人達が出てきたときに、そのCMの一環として提案してみるぐらいになるかな。
「マスターは明日もダンジョンでしょうか?」
「ん? そうだよ。流石に明後日はお休みしようかなって思ってるけど」
私はカップに残ったお茶を飲み干しつつエルティナに答えを返した。
「分かりました。ではこちらをお持ちください」
「これは……ああ、時計だね。2つも用意してくれたんだ」
エルティナは、アイテムパックから腕時計を2つ取り出してテーブルに置いて見せてくれた。1つは男性向けの文字盤が大きいタイプと、もう一つは女性向けで文字盤が小さいタイプだ。これは、間違いなく以前頼んでおいた、ジョンさんとメイヤさんへの試供品の時計だね。
「軸受けに貴金属を使用しておりませんので、概ね半年で摩耗が進み、必要な精度を発揮できないよう設計しております」
「うん、ありがとう。無理な注文をつけちゃってごめんね」
私は試しにゼンマイを巻いてみて時刻を合わせてしばらく眺めてみた。見た目にはそれほど問題があるようには思えないが、それでも毎日10分以上の誤差が発生するらしいので、必ず毎日時報にあわせて時刻合わせをしないと駄目みたいだ。
といっても、ダンジョンではお昼の鐘が聞こえないので、地上で解散するときに私の時計に合わせて貰う形になるかな。
私やフィンさん達がしている時計の誤差は一日当たり30秒以内で設計されているので、その差は歴然だろう。しかも、あちらは軸受けに貴金属を使っているが、こっちにはある程度摩耗しやすい金属の軸受けになっているため、半年もすれば使い物にならないほど制度が乱れるようになっている。
また、ゼンマイそのものは10年程度はもつ設計になっているが、軸と固定する金具の寿命が概ね半年ほどと計算されているというらしい。
半年間のお試し品とするには十分な性能だろう。むしろ、半年の寿命を計算して設計する方が難しかったかもしれないね。コストダウンを図るため、内部のギアやフレームもクラフターから出力したままの荒い表面処理しか施されていないみたいだから、なんとなく安っぽく見える。
ちなみに秋葉さんにはすでに私達と同じグレードの時計を持って貰っているので、時間の共有もバッチリだ。今のところ秋葉さんは雑用でいろいろ動き回ることが多いので、懐中時計よりも腕時計の方が良かろうということでそうさせて貰っている。本人は、ワカヒルメ様とおそろいの懐中時計が欲しそうだったけどね。まあ、デザインは私とおそろいにしたから、それで我慢していただきたい。
「ところで、今君が雇っている二人は、どのファミリアの子達なんだい?」
「ファミリアですか、えーっと……そういえばまだ知りませんね」
というか、こちらのファミリアも伝えてないじゃないかな? 最初に会ったときになんとなくうやむやになってしまって、そのままになっちゃってるね。
「まったく、君は……。まあ、聞くところによると心持ちの良い青年みたいだから心配はしてないけどさ。だけど、世間には隙あらば騙してやろうとか、持ち物を盗んでやろうって言う連中もたくさんいるからね。本当に気をつけるんだよ」
ワカヒルメ様はまるで、一人暮らしを心配する親みたいなことを言い始めた。まあ、神様にとって眷属というのは自分の子供同然みたいだから、仕方ないか。
「うーん。イシュタルファミリアとの
それ以前でも、身の丈の倍はある巨剣を背負う幼女なんて怪しすぎて誰も声をかけてこなかったけどね。今は、小太刀しか装備してないから、むしろちょっかいをかけられることもあり得るのか?
もしも、私=巨剣みたいに認識されていたとしたら、巨剣を装備していない今だと、私=誰? になってる可能性もあるか。いや、それでもこの特徴的なピンク髪のでっかいツインテールを見間違うことはあり得ないとも思えるね。
ちょっと面白いかも。
「なんだか、よこしまなことを考えていないかい?」
「ふふふ、ご想像にお任せします」
神様に嘘は通用しないので、曖昧なところでごまかしておこう。
「ですけど、そういう人は本当に巧妙ですから、本当に気をつけてください、団長」
秋葉さんはちょっとうつむき加減で私に忠告をしてくれた。想像でしかないけど、秋葉さんもそういう人に騙されて歓楽街まで流されることになったのだろう。そう思うとあまり茶化すのも良くなかったな。
「分かってますよ、秋葉さん。何かあったら必ず通信機で相談しますから」
私はそう言って、部屋の隅に置かれた私の通信機に目をやった。これを使わなくても、アークスの通信機で私とワカヒルメ様+αは常時通話可能だ。思念通信が可能だから、会話の最中でも常時確認しながら進めることができるので、心配はしなくてもいいと思う。
いざとなったら、ワカヒルメ様に虚実の判定をして貰えばいいわけだし。
『そういえば、ワカヒルメ様、エルティナ……あと、リザさんも聞こえますか?』
私は秋葉さんと談笑をしながらこっそりとアークスの通信を開いた。
『ん? こっちで話すことかい?』
『こちらは問題ない。何かあったのか?』
リザさんも応答してくれた。エルティナは……言わずもがなか。
『何かってことではないんですけど、秋葉さんにリザさんのことを伝えておくべきかなって。一応これは、ワカヒルメファミリアの秘密なので、秋葉さんだけ仲間はずれもどうかって思いましてね。もちろん、リザさんが駄目って言うなら秘密にしておきます』
『私は構わぬ。お前達が認める人物であるのなら信用に足るだろう』
リザさんの信頼が身にしみるね。そんなリザさんに恥ずかしくない自分でありたいものだ。
『難しい話しだねぇ……と言っても、秋葉が直接ダンジョンに潜ることはほとんどないだろうから、あえて教える必要も無いかもしれないけど』
ワカヒルメ様はどちらかというと反対の立場か。
『エルティナはどう?』
『マスターの判断に従います』
まあ、エルティナならそう答えるだろうって分かってた。だけど、こういうのはちゃんと聞いておくのが大切だからね。
『私は話してもいいと思ってますけど、まだ時期尚早かもしれないので一旦保留にします』
『すまないね』
秋葉さんは、今を生きることに精一杯だ。いずれは張り詰めた糸が切れて、体調を崩す日も来るだろう。そんな状況で常識を覆すような情報を与えるべきじゃないけど、いずれ落ち着いたらゆっくりと話しをしていくのがいいかもしれないね。