ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
秋葉さんにリザさんたちのことを伝えるのは、まだ時期尚早――昨日の夜、リビングでのお茶の時間の末に、私たちはそう結論を出した。隠し事をするのは少し心苦しいけれど、今は彼女の精神的な平穏を優先すべきだろう。
朝の少し早めにベッドから降りた私は寝巻きのままカーテンと一緒に窓を開いてすがすがしい朝の空気を目一杯吸い込むと、パジャマのままキッチンへと向かう。
昨晩にしっかりと焼いて袋詰めして置いたハンバーグと、添え物のパンとレタスとトマトを冷蔵庫から取り出して、食材が傷んでいないかしっかりと確認しておく。
「うーん。問題なし、だね。お昼が楽しみ」
三人分のお重になったお弁当箱に、パンとお野菜、そしてメインのハンバーグを丁寧に分けて詰め、蓋を閉じる。それを丈夫な布袋に入れ、リュックの奥深くへと収納した。
日帰りの探索だとこういう日持ちしない食材を持って行けるのもいいよね。遠征だとどうしても保存食がメインになっちゃうのが辛いところだ。アイテムパックなら鮮度も固定できるけどさ。
「うーん。これだけはメイヤさんに持ってて貰った方がいいかも」
私はなにぶんよく動くから、お昼になって中身がぐちゃぐちゃになってたら嫌だしね。
その後、最後の身だしなみを整えるべく自室に戻った。小さめの洋服タンスの上に置いてある小太刀を取り上げて、一度だけ鞘から引き抜いて刃こぼれも錆びもないことを確認すると、しっかりと腰に差して固定させた。
それから、部屋の隅に立てかけてある巨剣をアイテムパックに格納していつでも出せるようにしてから、アーマーラックから初心者冒険者っぽいなめし革の胸当てと、所々に金属のプレートを継ぎ足した腰のアーマーを取り外して、身につけ始める。
「うん、いいね」
最後に姿見の前に立ち、自慢のピンク髪のツインテールを揺らしながら、一度だけくるりと回ってみせた。腰のアーマーがスカートの広がりを適度に抑え、激しく動き回っても過剰にめくれ上がらないようガードしてくれている。多少、めくれるのはご愛敬ということでひとつ容赦いただきたい。
特注の胸当ても私の体型に完璧にフィットし、自慢の双丘が戦闘中に型崩れするのをしっかりと防いでくれそうだった。
「おっと、あんまりゆっくりもしてられないか」
私はHUDの時刻表示を確認し、いそいそとリュックを背負ってポーチを腰に回して装着し、リビングを通り抜けて、工房の準備を終えて休憩に入ってきた秋葉さんに「行ってきます」と声を投げて門から外へ駆け抜けていった。
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最近、街を歩いていてふと気がづいたことだけど。巨剣を持たない私はそれほど注目を集めないみたいだ。巨剣を腰にマウントして街を歩いている時は、道行く人の三人に二人は二度見してくるぐらいだったけど、初心者防具と身の丈相応の小太刀だけを装備している私はチラッと見られるだけで、それほどの興味をもたれる存在には見えないみたい。
「眼鏡ならぬ、巨剣が本体的なやつ?」
私の場合は巨剣が印象が強すぎて、本体の私のイメージが弱いのかもしれない。こんなにでっかいツインテールしてるのにね。しかも、珍しいピンク髪だ。
まあ、奇異の目で見られないのは気軽でいいと思っておこう。
「おはようございますエイナさん。今日もよろしくお願いします」
朝のラッシュアワーが一段落し、少しだけ静けさを取り戻したギルドの受付に声をかけ、今からダンジョンに入る報告を行う。
「おはよう、ベルディナさん。その格好も随分馴染んできたわね」
エイナさんが感心したように私の姿を眺める。
「分かります? ちょっと奮発して作って貰ったんですよ」
機能性だけでなく、ちゃんと下の服にもフィットするように、無骨になりすぎずかつカジュアルすぎない絶妙なデザインをいくつも起こして貰ってようやく完成した自慢の一品なのだ。
いつ注文したんだって? 昔のことは忘れたよ。
「二人は……まだ来ていないか」
HUDの時計を確認すると約束の時間まで10分ぐらいあるから、もうちょっと待つか。
「そうだ、忘れるところだったわ。ベルディナさん、あの子たちから相談されたんだけど、昨日の報酬、かなりの額を渡したそうじゃない。あの子たち、かなり戸惑っていたわよ?」
エイナさんの言葉に、私は少し首を傾げた。
「うーん、そうですか? 換金した魔石とドロップアイテムの分は私が半分もらいましたし、日当は事前に約束した通りですから、常識的な範囲内だと思うんですけど」
「そうだったのね。……確かに、渡しすぎというわけでもなさそうね」
あの子たちが二人きりで活動していた頃の収入がどれほどだったかは知らないけれど、急に手取りの報酬が跳ね上がって驚かせちゃったってことかな。
「まあ、しばらくは調整してみます」
日当は二人で5,000ヴァリスだから、ちょっと格安すぎるかなとも思ってたんだけどね。今日は、日当を含めた全体の半分を私が受け取る形にしようかな。
例えば、ドロップ品の換金が10,000ヴァリスだったとしたら、日当5,000ヴァリスと合わせて総額15,000ヴァリス。その半分である7,500ヴァリスを私の取り分にして、残りの2,500+5,000ヴァリスを二人に渡すってところか。ややこしいな。
「おはよう、ベルディナ」
ベンチに座ってそんな収支計画を考えていると、約束の時間ぴったりにメイヤさんの涼やかな声が届いた。
「おはよう、メイヤさんとジョンさん。今日もよろしくね」
「よろしく頼む」
メイヤさんの背後を守るように少し周囲を警戒するジョンさんも、少しぶっきらぼうに答えを返してくれた。なんとなくアッシュを思い出すね。そうなるとメイヤさんがマトイちゃんか……ちょっとイメージとは違うかな?
「エイナさんへの報告は私の方で済ませたから、早速入ろうか。準備はいい?」
「ああ、いつでもいい」
ジョンさんはそう言って腰のロングソードに手をかけて感触を確かめているようだ。
「よかった。それじゃ、メイヤさんにお願い。この荷物を大切に保管しておいてほしいんだ。これは、今日のお昼ご飯だから、大切に持ち運んでね」
「うん、頑張る」
メイヤさんは私からお弁当の入った布袋を慎重に受け取ると、丁寧にリュックに収めてくれた。これで一安心だ。後は、私とジョンさんがしっかりとメイヤさんを守れば、今日は完璧なお昼ご飯にありつけることだろう。今から楽しみだね。
「あ、そうだ。今日は5階層をメインに周回しようって思うけどどう? 4階層で止めとく?」
昨日の段階で4階層でも十分動けていたから、5階層でも特に問題ないだろうという判断だ。
「……問題ない」
ジョンさんはチラッとメイヤさんに目配せしてから、大きくうなずいた。ちょっとペースが速すぎるかなとも思うけど、私としてはさっさと12階層まで行って身体の調整を済ませたいところだ。最終試験としては、小太刀一本とスキルなしでインファントドラゴンを討伐するところぐらいかなと思っている。焦る必要は無いけど、それほどゆっくりもしていられないというのが、正直なところかな。
5階層まではまだ、ウォーシャドウやキラーアントといった、いわゆる『新米殺し』と呼ばれる厄介な個体は出現しないはずだから、この階層でじっくりと経験を積んで貰うのがいいとは思うけどね。
「昨日は4階層でウォーシャドウが出てきたけど、あいつは本来6階層のやつだから、底まで警戒しなくてもいいと思う。もちろん、気を抜かないように慎重にね」
冒険者なんて多少臆病な人の方が長く生き残れるからね、ランクアップを目指すのなら冒険をしてなんぼだけど、経験値を積み上げるだけなら危険を冒さない方がいい。私の場合は、その経験値を積み上げる方がよっぽど大変なんだけどね。変な話だよ、まったく。
ということで、私達はメイヤさんを真ん中に隊列を組んで先頭を私が進み、殿をジョンさんにお願いして寄り道せずにまっすぐと5階層へと侵入していったのだった。
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「うーん……、ねえ、ジョンさん。ちょっといいかな?」
5階層の大きめの広間に出現したモンスターの集団を処理して一息ついたところで私はジョンさんに声をかけた。
「なにか、問題でもあったか?」
ジョンさんは周囲を警戒しつつも、追加の出現が無いことを確認して少し肩の力を抜いたところだった。
「うん、ジョンさんの武器なんだけど、機能に比べてちょっと切れ味が落ちてるんじゃないかなって?」
「そうか? 俺は、気がつかなかったが」
「どうかなぁ? 例えば、リザードマンの鱗を切るとき、昨日よりもちょっと抵抗が強いように思わなかった?」
「言われてみればその通りだが……階層が1つ増えた分、敵のレベルも上がったと思ったんだが」
まあ、理屈としては正しいね。だけど、上層のモンスター程度なら1つぐらい階層が深くなったところで、いきなり鱗が硬くなるなんてないよ。たぶんね。
「うーん。ひょっとしてだけど、その剣あんまり手入れしてないんじゃないかな? ほら、ここの曇り、昨日のままだし」
「錆止めはしっかりと塗っているつもりだが、それだけでは駄目か?」
「ちゃんと研いだ?」
「…………研いでいないな。道具もない」
「やっぱりね。早めに気がついて良かったよ。それじゃ、明日はお休みの予定だったから、一緒に行きつけの鍛冶師さんのところにいこうか。そこで、いろいろ教えてもらったらいいよ」
「分かった、すまない……」
ジョンさんは申し訳なさそうに頭を下げた。こんなちんちくりんの幼女に頭を下げられるジョンさんはとても謙虚な人だと心から思う。
まあ、こんな風に偉そうに言っている私だが、刃物を研ぐのはそれほど得意じゃないのが申し訳ないところだ。今使っている小太刀も、行ってしまえば愛用の包丁だって、素人なりに研いではいるけど、やっぱり定期的にスィデロさんにメンテして貰わないとすぐに使い物にならなくなるわけだし。
「魔石の回収終わったわ。あと、ドロップ品がそれなりに」
メイヤさんはリュックを見せながらにっこりと笑いかけてくれた。さっきまでモンスターの大群の真ん中で涙目だったのにね。まあ、切り替えが早いのは冒険者としての資質が高い証拠と思っておこう。
「うん、お疲れ様。時間もちょうどいいし、ここいらでお昼にしようか。メイヤさん、お弁当出してくれる?」
「分かったわ!」
メイヤさんは満面の笑みでリュックの奥に保管していた弁当箱を取り出して私達に掲げて見せた。見た感じ崩れているようにも見えないから一安心だね。
「それじゃ、レジャーシートをひいて……お湯も沸かしちゃおう。メイヤさんはお重を広げてくれる? ジョンさんは、お茶の準備をお願いね」
「分かった」
ジョンさんは手甲を解いて、荷物からカップとお茶の抽出機を取り出すと茶葉を人数分入れて準備を進めた。
火の加減はメイヤさんに見て貰い、お湯が沸いたらジョンさんと協力してお茶を入れて貰うように伝える。その間に私は、分けて保存してあったバンズにハンバーガーとレタスとトマトをのっけて、その上からさらにバンズを挟んで少し押しつぶす感じで形を整えた。
「今日のお昼は昨日の残りのハンバーグを使ったハンバーガーだよ。温かくはないけど、野菜のしゃっきり感とお肉の歯ごたえが抜群だから、きっと気に入って貰えると思う。それじゃ、いただきます!」
私は小さな口を精一杯開いて、両手で抱えるほどのハンバーガーにかぶりついた。
「これは、美味いな……」
食べ盛りのジョンさんでも満足なボリュームだから、メイヤさんにはちょっと量が多すぎるかもしれないね。まあ、残してもたぶんジョンさんが食べてくれるから大丈夫だよ、きっと。