ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
結局あの後、エルティナがワカヒルメ様と秋葉さんの二面打ちという形で囲碁をたしなむことになっていた。私は横に座ってみているだけだったけど、素人ながら二人ともとても綺麗な碁を打つように思え、見ているだけでも楽しめた。
ワカヒルメ様は長考することが多く、エルティナは割と容赦なく打っているように思えたが、秋葉さんに対しては指導碁に徹していたようで、かなり打ちやすそうに見えた。
結局ワカヒルメ様はエルティナに勝てなかったけど、エルティナ曰く、「相当の腕前と判断いたしました」とのことなので、某藤原の幽霊さんぐらいの腕前はあるのかもしれない。
「もう1局」
というワカヒルメ様にエルティナは「分かりました」と再度対局を始めようとしていたので、私は「そろそろ寝ますね。明日も朝から用事がありますので」といって寝室に引っ込んだから、その後どうなったのかは知らない。
ちなみに、秋葉さんもそれに刺激されてか、4子置きで対局を申し込んでいた。
私はというと、そのままパジャマに着替えて歯磨きをしてベッドに入り、すやすやと眠って起きるとちょうどいいぐらいの時間帯になっていた。
「えーっと、集合時間は9時っていってたっけ。そんなにゆっくりもしてられないか」
今日はアーマーを着込む必要は無いが、護身用の小太刀は持って行くことになる。これのメンテナンスが目的だからね。普段から持ち歩くかどうかは検討中だ。
私とエルティナだけだったらトラブルが起きても逃げればいいだけだから手ぶらで十分だけど、ワカヒルメ様や秋葉さんが一緒の場合はやっぱり、抑止力として保有しておく必要はありそうなんだよね。
なにかちょっかいかけたら、刃物で対応するよと周りに見せておけばよっぽど腕に自信がある人じゃない限りは大丈夫だとは思う。
まあ、幼女が刃物を持ち歩くだけで怖がってくれるかどうかはいったん考えないことにする。
起き抜けの鈍い頭を左右に揺らしながら、洗面所に入って顔を洗って口をゆすいで歯を磨き、最後にうがいをしてから寝室に戻ってパジャマを脱ぎ捨てて、初夏のお出かけ用に作って貰ったノースリーブの白いサマードレスに着替えると、せっかくの休日なので軽めのメイクを施そうと思いドレッサーの前に腰を下ろした。
といっても、基礎の部分は「ビスクドールメイク」と「グラッシーグロスリップ/2」に設定しているので手を入れる箇所はそれほど多くはない。今回はちょっとだけチークに明るい色を入れて、ピンク色のリップに少し艶を入れる程度にしておく。あとは、まつげの形を少し整えて、眉毛は何もしなくてもいいな。
見た目が女児なもんで、しっかりとメイクをしてしまうと、逆に違和感が出るので、意外と難しいんだよこれが。ノーメイクでも許される
しかし、その女児体質のおかげで腋とか脛とか
「うーん、こんなもんかな。最近日差しがきつくなってきたから、帽子も被ってこうかなぁ」
といっても、生命維持装置が有害な紫外線の影響から肌をかなり守ってくれるので、それほど気にする必要は無いのだけどね。まあ、気分の問題だよ。
私は部屋の隅のツリーハンガーからつばの広いリボン付きの麦わら帽子を取り上げると、姿見で蝶々結びの位置を調整しつつ、他に変なところがないか最後の確認をすると、小太刀を忘れずに腰に差して部屋を出た。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
ギルドの受付は流石に閑散としていたけど、先に到着していた二人とすぐに合流し、早速目的地のスィデロさんの工房に向かうことにした。
ジョンさんは普通のシャツにズボンに小さなナイフという、実用性に全振りしている姿だったけど、メイヤさんは質の良さそうな布を貫頭衣のようにして腰をリボンで結んだデザインのワンピースだ。質素ではあるが、年頃の女の子として精一杯のお洒落をする努力が見えて健気だね。
後でお姉さんがお洒落なアクセサリーと、手頃なコスメを買ってあげよう。
「いつも思ってたけど、ベルディナってお洒落だね。今日も最初見たときはどこのお嬢様だろうって思っちゃったよ」
道中、隣を歩くメイヤさんが私をチラチラ見ながらそういう。
「そうかな? 今日はかなりシンプルにしたつもりだけど?」
暑いから薄着で白無地のワンピースで、アクセサリーもせいぜいツインテールを結ぶリボンと、小さなピアス程度で、ブローチやネックレスのようなジャラジャラしたものは身につけていない。
「いや、その服の布地はかなり上質なものだろう?」
「お? ジョンさんってそういうの分かる人なんだ。実は、この服はうちの主神様に織っていただいた布地であつらえて貰ったんだよ」
ワカヒルメ様は『余った糸を集めて、空き時間の手慰みに織っただけ』と言っておられたけど、仕立屋さんが一瞬見せた緊張感から、たっぷり心を込めて織っていただいたことは明らかだったね。帰り際にワカヒルメファミリアとの取り引きを希望してきたのは意外だったけど。
「へぇ、ベルディナのとこの神様って機織りが得意な方なんだね」
「そうだね。私はそういうのが苦手だからダンジョンに入ってるんだよ。少しでも神様を支えたいって思うし」
当初はダンジョンに入る事でワカヒルメ様の事業の立ち上げに貢献するのが目的だったけどね。
イシュタルファミリアとの
ここで、秋葉さんが入ってくれていなければ、私がこうやってのんびりとダンジョンに入る余裕すらなかったかもしれないね。
「へぇ、私達と同じだ。小さいのに偉いね!」
「小さいは余計かな?」
なるほど、二人も自分たちの主神様を支えるためにダンジョンに潜っているわけか。どんな方なんだろうね? ワカヒルメ様みたいな神格者なんだろうなとは思うけど。
「なあ、工房というのはあれか?」
私とメイヤさんがおしゃべりに講じているところにジョンさんが道行く先を指さして聞いてきた。
「うん、そうだね。あそこがヘファイストスファミリアの鍛冶師のスィデロさんの工房だよ。私がお世話になってるところだから気楽にね」
ヘファイストスファミリアの名を聞いて、二人とも少し表情を硬くしたように見えた。おそらく、新米であってもヘファイストス様の名前は、最高の武器の代名詞として有名なのだろう。そんなところで武器のメンテをするのだから懐の心配をするのはしかたないことだね。
私はそのままスタスタと駆けていって、低い位置のドアノッカー何度かガンガン鳴らしてから躊躇することなく扉を開いた。
「こんにちは! スィデロさんいますか?」
工房の奥で作業をしているときは、大声を出してもなかなか聞こえないところだけど、今日は割とすぐに姿を見せてくれた。
「よう、そろそろ来るんじゃないかって思って待ってたぜ」
先ほどまで煙草でも吸っていたのか、少し独特な香りを漂わせながらスィデロさんがテーブルから水差しを取り上げてガブガブと水を飲んだ。相変わらずお茶も出さないなこの人は。
「じゃあ、早速ですけど、この間あつらえて貰った小太刀のメンテをお願いできますか? それと、この子達の面倒もちょっと見てほしいんですよ」
私はようやく扉のところまでやってきた二人を手招きして工房に招き入れ、スィデロさんの前に立って貰った。
「ん? 見かけねぇ顔だな。お前んとこの新しい眷属か?」
スィデロさんは値踏みするみたいに少し顔を持ち上げつつ側の木の椅子に腰を下ろした。
「私のところじゃないですね。エルティナがしばらくダンジョンに潜れなくなっちゃったんで、サポーターとしてお手伝いして貰ってるんですよ」
「なるほどな。俺はヘファイストスファミリアの鍛冶師をやってる、スィデロ・フィラカス。レベル2で、二つ名は【徹甲《スティフ・アイアン》】だ、よろしくな」
そういえば、スィデロさんの苗字を私は知らなかった気がするな。フィラカスっていうんだ。忘れそうだから一応、システムにメモっとこ。
「俺は、ジョン・コーネルだ……です。タマノオヤファミリア所属で、レベル1です」
「私は、メイヤ・バーンズと言います。同じくタマノオヤ様の眷属で、レベル1です。よろしくお願いします」
メイヤさんが深々と頭を下げたのに合わせるようにジョンさんも頭を下げた。
「タマノオヤファミリアか……聞き覚えがねぇな。ホームはどこにあるんだ?」
「えーっと……ダイダロス通りの隅っこにある教会ですね」
メイヤさんはジョンさんをチラチラ見ながら、少し答えにくそうにしている。
「ああ、なるほど、そういうことか……。別にそんなに改まる必要はねぇぜ、俺だって鍛冶師としてはまだまだ新米みてぇなもんだからな。それじゃ、仕事の話をしようか」
おや、スィデロさんもそんなに謙虚な事が言えたんだね。ランクアップしたときに椿さんとかヘファイストス様からなにか薫陶を受けたのかな?
それにしても、二人の主神はタマノオヤ様というのだね。なんとなく
「それじゃ、私からお願いしますね」
話しが一段落したようなので、私は腰の小太刀を鞘ごと引き抜いてスィデロさんに差し出した。先日作って貰ったばかりなので、大した特にはなっていないだろうけど、初回なので早めに持ってきたということだ。ならし運転が終わったみたいな感じだね。
「なるほどな……確かに力のかかり方が少しズレてるみてぇだな」
鞘から刀身を引っこ抜いて光にかざしながら、スィデロさんはそうつぶやいた。
「あ、やっぱり分かります?」
「まぁな。つっても大したズレでもなさそうだから、修正には1時間もかからねぇよ」
スィデロさんはそう言うと小太刀を鞘に丁寧に納めて、ゆっくりと作業台にのせた。大したことが無くて何よりだ。私は肩の力を抜くと、ジョンさんにチラリと目配せをして腰に差されたロングソードに目をやった。
「俺の剣の修理もお願いしたい」
改まる必要が無いって言われたから丁寧語がなくなったね。といっても、今後いろいろなところと関わるつもりならちょっとは練習した方がいいと思うけど。
「おう、見せてみな」
ジョンさんが差し出したロングソードを受け取り、そのまま引き抜くとスィデロさんはあからさまに眉をひそめてしまった。
「私の目だとなかなかの業物に見えるんですけどね?」
自分の目が節穴であることは重々承知だけど、それでもジョンさんの剣はそんなに悪い物じゃないと思うんだけど、専門家から見たらどうなんだろうね?
「ああ、業物ってのは確かだが……錆止めが塗ってあるだけマシだけどよ、中身はかなりくたびれてやがるな。一度炉に入れて、焼き直しをしてから叩いて、研いでやれば見違えるだろうけどよ……」
「時間かかります?」
「そうだな。半日はほしいところだな」
うーん、結構かかるな。私の小太刀も入れると完成は明日のお昼ぐらいと見といたらいいのかな?
「なるほど、分かりました。ちなみにおいくらで?」
私の方は研ぎ直しだけだからそれほどかからないとは思うけど、ジョンさんの武器は工数が多そうだからそれなりにかかりそうに思えるね。
「小太刀の方は研ぎ直しだけだから2000ってところだな。剣の方は……まあ、初回だからおまけしといてやるとしても、10000は貰わねぇと割に合わねぇか。払えるか?」
私には目もくれず、スィデロさんはジョンさんにまっすぐ目を向けた。ジョンさんはメイヤさんに目を向けて、彼女がうなずくのを確認すると、ポーチから10000ヴァリス分の交換券を取り出し、黙ってスィデロさんに差し出した。これで、私があげた日当の2日分が飛んじゃったけど、命には代えられないからね。
「なんだ、お前も持ってたのかよ。いいぜ、これで契約成立だな」
「スィデロさん。私も、私も」
私も2000ヴァリス分の交換券を取り出してスィデロさんに見えるようにヒラヒラと降ってみた。
「わーってるよ。そんじゃ、作業にかかるぜ。明日の昼までには仕上げておいてやるからな」
スィデロさんは受け取った交換券を奥の金庫にしまうと、私の小太刀とジョンさんのロングソードを抱えて奥の工房へと引っ込んでいった。
一応、午前中の予定はこれで終わりだね。この後は早めのお昼ご飯を食べて、ポーションとか諸々消耗品の買い出しと、メイヤさんのアクセサリを見に行くという大事な仕事が残っている。
まずは、行きつけの広場の屋台で腹ごしらえだね。今日は何にしようかな。