ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
彼がそれを見たのは本当に偶然だった。
「ふぅ……これで、今日の分の書類は以上かな……」
朝っぱらから執務室の机に座り続けて、小山となっていた書類も、今では平原にまで風化してきている。
「まだ、あの事件の爪痕は深いか。仕方ないといえばそうだけど」
破壊は一瞬だが、再建には途方にもない時間がかかる。だからこそ、悪は許しておけないのだ。
「闇派閥はまだ滅びきっていない。まだ地下に潜って虎視眈々と地上の破壊をもくろんでいるのは明らかだ。なによりも、ヴァレッタを逃がしてしまった僕の責任は重い」
あの悪党が諦めるはずがない。その身が滅びるまで悪道を突き進み、あらゆるものに呪詛をまいて死んでいくのだろう。
「さてと、ギルドへの報告書と、シャクティへの手紙はこの程度でいいか」
そういって、フィンは手紙を丁寧に折りたたんで封筒に収めて、加熱していた蝋を垂らし、印璽を押して封蝋を施した。それを、ギルド向けとガネーシャファミリア向けの二通作成し、一段落とした。
「さてと、これは後でラウルに届けて貰うことにして……これで書類仕事は終わりか」
ようやく書類の山もさばききったところで中途半端に時間が余ってしまった。
「ふむ……明日はそれほど大した仕事も入っていないから、久しぶりにダンジョンに潜るか。身体も動かさないとダメだしね」
ほかの幹部は朝から消耗品の買い出しに行くついでに、各々休暇を楽しんでいるはずなので、今日はソロでのアタックになりそうだ。
「今日は、18階層で一晩してから、24階層を回ってみようかな」
下層までは行かないが、24階層のソロ周回でもそれなりの修練になるだろうという判断だ。あそこはそれなりに換金性のいいアイテムも自生しているし、運が良かったら宝石樹を手に入れることもできるかも知れないという思惑もある。
部下に通告をお願いし、ついでに机に置き手紙をしてから装備を調えてそそくさとダンジョンに向かう。道連れがいれば団長として振る舞わなくてはならないが、一人であれば自分はフィン・ディムナという一人の冒険者でいられる。その時間はやはり大切にしたい。
ダンジョンに入るべくバベルに向かい、その地上階では若干の注目を浴びはするが、その眼差しには敬意や畏怖と言ったものを多く感じられる。勇者としてはそうあるべきだ。
そして、上層は最短距離で駆け抜け、中層への入り口とも言える12階層にたどり着くまでにそれほど時間はかからなかった。
「うん? なんだか、12階層が騒がしいな。ねえ、キミ達、何かあったのか?」
12階層への通路を駆け抜けていく10人近い冒険者の集団は、何かから必死に逃げている様子にしか見えない。この階層で冒険者が逃げ惑う対象と言えば、だいたい想像は付く。
「インファントドラゴンが出たんだ。今、ヒューマンのチビと小人族の女が取り残されたが……ちくしょう、俺たちじゃどうにもならねぇ!」
「わかった、僕が何とかしよう」
よくあることだ。実質12階層の主と呼ばれる巨大な竜であるインファントドラゴンと真正面で戦って勝てる下級冒険者は少ない。むしろ、下級冒険者が集団で戦って、多くの経験値を得て、それを重ねることでいずれ偉業が果たされランクアップを迎える。
そして、偉業を焦って自らインファントドラゴンの前に出て、そして、はかなくその命を散らすことも、よくあることだ。
「間に合えばいいが」
だからこそ、それを助けてこそ、フィンが目指す勇者たるものだ。
そして、フィンは驚愕した。炎を上空に向けてはき出すドラゴンの先にいる小さな影。
「小人族……いや、子供か?」
フィンはすぐさま長槍を取り出して、せめてドラゴンの射線をそらせようと攻撃を画策するが、それは不意に終わった。その子供が寸前で身体をひねり、火炎を回避してお返しとばかりにその片目をつぶしたのだ。
「あの身のこなし……レベル2か? いや、ランクアップのリストには無かったはずだ」
そして、少女は背中に降り立ち、更にドラゴンの背中に剣を突き入れ、いよいよドラゴンを機能不全に陥れた。
「まるで、流れるようだな」
フィンはいったん長槍をおろし、その行く末を見守ることとして、ふと周りを見回した。これほどの大立ち回りがあれば、大抵そのおこぼれを貰おうとするモンスターが湧いて出てくるはずだが、それが見当たらないのはなぜだろうと思った。
「後ろです! グランツ!」
ふと、横から女性の声がしたと思うと、フィンの背後の土が盛り上がり形を取ろうとしていた。しかし、それは、天井から降り注ぐ幾重もの光の剣によって、形を取るまでもなく消滅して魔石を残し灰となった。
「今のは?」
フィンの能力なら、背後にいきなり出現したところで十分反応できるぐらいだったが、それ以前に兆候が現れたところですぐさま反応し、魔法を放つことが出来る対象に興味が湧いた。
「大丈夫でしたか? 同胞のお方。ここは危険ですので、いったん退避を。念のため、回復しておきます」
そこに近づいてきたのは同胞……小人族の女性だった。
「ああ、いや、僕は……」
別に何も負傷はしていなかったが、どうやら聞く耳を持たれなかったようだとため息をつく。
「レスタ!」
そして、小人族の女性は、そう唱え、その瞬間に光が満ちて二人の身体が活力が与えられた。
「それでは、私はお嬢様のサポートがございますので、これで失礼します」
と、彼女は一礼して、インファントドラゴンの周辺の掃除に戻ったようだ。
「お嬢様か……なるほど、あの子供を自由に戦わせるために舞台を整えていると言うことか。並ではないね」
見ると、インファントドラゴンも少女によってとどめを刺されており、その巨体を地に伏していた。
お嬢様と呼ばれた子供に、例の小人族の女性が駆け寄り、また回復魔法をかけている。
「彼女は……エルティナと言うのか。なるほど、大したものだ」
もう、自分はここにいる必要は無いと判断し、フィンは先を急ぐ、その口にわずかながら笑みをたたえて中層へと突き進んでいった。
ついに見つかってしまった。どうするエルティナ。