ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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4話分の分量ですが、分けずに投稿します。


死線 ―the end of the safety―

 


 

ランクアップとはただ強くなるだけのことではない

人の殻に閉じこもり、繭に守られた蛹でしかない私の魂を

それから解放し、大空へと飛び立たせる儀式だったんだ

 


 

 

 結局、私には12階層しかないのかと今日もここにやってきた。

 12階層は確かに良いところだ。敵は徒党を組んで、時々PSEバーストみたいにどんどん出現し、たまには身の程知らずの冒険者がモンスター集団から逃げてトレインしているのを横取りして殲滅して、経験値と魔石をたらふく貰っていくのだ。これで私も悪(幼)女と呼ばれるようになるだろう。オラリオでは無礼なめられたら終わりなんだ。

 

「しっかし、ここまで来ると一気に湧きが増えるよね。ダンジョンもいよいよ本気を出してきたかって感じ」

 

 モンスターパーティを意図的に発生させる方法をまだ確立できていないが、それでもダンジョンとは弱いものほど美味しく食べようとするのか、二人きりの私達に差し向けられるモンスターの量は比較的多いように思える。

 

「モンスターはダンジョンにおける免疫細胞のようにも見えます。私達冒険者という異物を排除するため生み出され、死兵のごとく襲いかからせて貪食し、蹂躙していく。深くなればなるほど、その力が強く出ると言うことでしょうか」

 

「そうなると、私達は、ダンジョンの身体の中にいるってことになるけど。そういうの、なんかぞっとするよね」

 

 丸呑みは趣味ではないのだ。それか、一寸法師よろしく体内を破壊して参ったと言わせてやろうか(やめとけ)。

 

「ねえねえ、エルティナ。あえて、床とか壁を壊したら、敵がわらわら湧いてくるとかないかな?」

 

 強烈な破壊行動を起こせば、それこそダンジョンが私を排除しようと大群をよこしたりしないだろうか。そうなると、意図的にモンスターパーティを引き起こしたことになって、よりよい経験値を得られるかもしれない。

 

 いっそ、破壊にはフルクシオを初めとしたアークス装備を使って、敵が湧いたらすぐに解除して通常武器を使えばいいのだ(暗黒微笑)。

 

「それは、冒険者としての発想ではないと思われます」

 

 ダンジョンを破壊する冒険者は不思議とみたことがない。迷宮みたいな隔壁が大量にあるのだから、せめて入り口から出口までは、もちろん崩落を防ぐ構造にする必要はあるが、隔壁を打ち抜いて直線にすればより下層へと行きやすくなるのではと思う。

 

「しかし、このダンジョンには現状復旧能力があるようですので、隔壁を穿っても、いずれは元通りになってしまうのではないでしょうか」

 

「うーん。そうかなぁ」

 

 試してみないと分からないだろけど、誰もやらないのはなにか理由があるのだろうとも思う。

 

「今は保留かな。いろいろな人の意見も聞いてみて決めよう」

 

「絶対に止められるとは思いますが」

 

 まあ、そういわないでよ。誰かが最初にやらないと新規性なんて生まれないんだからさ。

 

「今日もいつも通りになりそうだね」

 

「通常周回とインファントドラゴンを見つければ優先的に討伐ということですね」

 

「そういうこと。横殴りはなるべくしないけどね。戦闘放棄して逃げてる場合は、横殴りにはならないよね?」

 

「今のところ苦情は来ておりませんね」

 

「そう。よかった。何がクレームにつながるか分からないからね」

 

 まあ、クレームが来ても、

 

自分で逃げてたくせにウケるー(  ざぁこ  )もっと強くなってから出直してね(  ざぁこ  )

 

 と煽ってやろうと思っている。もうちょっと、煽りの語彙力ほしいなぁとは思う。

 

 最近は、トレイン(こっちではパスパレードというらしい)を横取りしているのが知れ渡ったのか、わざとこっちに向かって押しつけてくる連中もいてちょっと得をした気分になったりする。わざわざ自分の獲物を渡してくれるなんて親切(バカ)な人もいたもんだね。

 

 そして、しばらくはいつもと変わらず、数十体の単位でわき散らかすモンスターどもをちぎっては投げしていると、遠くのほうでドラゴンの巨大な咆哮が鳴り響いた。まるでそれはダンジョンに雷が落ちたのではないかというほどの叫びだった。

 

「なんだろう。いつもと違うね」

 

 オークの頭部を跳ね飛ばし、インプの群れをその場でつむじのごとく回転して蹴散らす私にもそれははっきりと聞こえた。

 

「緊急事態かもしれません」

 

 戦闘には参加せず、ひたすら私が討伐したモンスターの遺骸から魔石を取り出しているエルティナも一瞬手を止めてそちらの方向に目をやった。

 

「行ってみようか。なにか、強い個体が出現したのかもしれない」

 

「了解しました。いったん戦闘を終了させます」

 

 そういって、エルティナは残ったモンスターに対してリバレイトウォンドを向け、

 

「ギ・ゾンデ」

 

 フォトンを励起させ、雷へ変換し、雷撃がモンスターに着弾しそれがどんどん別の個体に連鎖していった。

 

「うーん。やっぱりテクニックは便利だね」

 

 後に残るのは灰の山だ。出力の調整をミスったのか、魔石まで消し飛ばしたな、これは。まあ、魔石を放置していくのはルール違反だから、都合がいいと言えばそうなんだけど。

 

「ありがとう、それじゃ、行こうか」

 

「了解しました」

 

 そして、また、巨大な叫び声がフロアを支配した。

 

「なんだろう? モンスターも怖がってるのかな?」

 

 フォトンで強化した脚部をさらに加速させて、強く踏み込んで地面に大きな穴をあけて跳躍し、それを見た。

 

「やっぱりインファントドラゴンみたいだね」

 

「しかし、何でしょうか? 動きがまるで違うように思います」

 

 少し先で逃げるか戦うか決めあぐねている冒険者のパーティがあったが、下手したら私たちよりも先に会敵しそうに思える。

 

「できればファーストアタックはもらいたいなぁ」

 

 分け前とか言い出されるとちょっと面倒なので。

 

「視界に入ります」

 

 そこには、一回りか二回りほど肥大化したインファントドラゴンとそれを見上げるばかりでまるで、蛇ににらまれたカエルのように固まって動けない冒険者数名がいるばかりだ。

 

「まずいな、ドラゴンのほうがもう攻撃態勢に入ってる。間に合うかなぁ」

 

 あれはおそらく尻尾で薙ぎ払うために体を横にして威力をためているようだ。隙だらけだが、一番強い攻撃で、生身でクリーンヒットしたらただでは済まないだろう。

 

「エルティナは、あの人たちをお願い。私は尻尾を止めるよ」

 

 受け止めることはできずとも、威力を利用して尻尾を切り裂くことはできるだろ。そう、あれが、あくまで今まであったことがあるインファントドラゴンであればの話だが。

 

「よせ! 強化種だ!!」

 

 私とすれ違う冒険者がまるで腹の底からようやく引っ張り出した言葉がそれだった。

 

「強化種? なんだっけ?」

 

 頭に疑問がよぎるが、敵はすでに目の前なので考える余裕はなく、いよいよ離れた尻尾による強攻撃を押し返すべく、剣を構えて突進の勢いをそのまま回転する力に変換して、その尻尾を根元から断ち切ろうとした。

 

 まるで鉄と鉄がぶつかり合った、甲高い音が響き、その中にわずかに鉄が引き裂かれる音が混じり、私の体は宙を舞った。

 

「私が、押し負けた?」

 

 HUDに表示させる【WARNING】の表示に驚き、視界に赤いものが混じりつつあることに戦慄を覚えた。

 

【痛覚遮断】【思考制御】などなど、物騒な表示が徐々に増えていき、うっすらとしてくる意識のまま背中に再び強い衝撃をうけた。

 

「これは、折れてるね。うわぁ、結構な箇所だ」

 

 HUDに人体の簡易図が表示され、脇周辺や、剣を握っていた前腕部に頭部に数か所の裂傷が確認された。視界が赤くなってるのは、額から流れる血の色だったみたいだね。

 

「一撃でこれとか、大したものだね」

 

 過剰な痛覚は遮断されていて、思考制御システムによって脳内物質も調整されているのでそれほどの苦痛も恐れも感じていない。

 しかし、折れてしまった腕はあらぬ方向に曲がってしまっていてまともに力が入らない。それでもなお、剣を握り続けていられるのは、一般アークスとしてのせめてもの誇りか。

 

 インファントドラゴンは、大きな攻撃をした後にありがちなことで、大きく体制を崩している様子だ。こちらはかなりの損傷を受けたが、相手側もしっぽの中程に浅めの亀裂が走っていることから、完全無傷というわけにはいかなかったらしい。

 

「といっても、完全に切るには何発も打ち込まないといけないわけか。これは、やばいね。あいつよりも剣が先に折れそうだ」

 

 すでに剣に小さな亀裂が入ってることは確認済みだ。

 

「遅くなりました、マスター、すぐに回復します……レスタ!!」

 

 エルティナの周囲に光のフォトンが励起して私を優しく包み込み、すぐに骨が引っ付き、頭部の裂傷も消えて、さらには流れた血液も奇麗にしてくれた。HUDの人体略図の警告サインが全部消えたことを確認して、ようやく一息つくことが出来た。

 

 【思考制御】の表示が消えないのはちょっと怖いが、そのお蔭で冷静でいられるのはありがたい。

 

「ふぅ……ありがとね、エルティナ」

 

 エルティナがいなかったらリアルで死んでたと思う。

 

「どうしましょうか。あれは、あまりにも強力です」

 

「そうだね。仕方ない……フルクシオで……」

 

 

――戦いなさい――

 

 

 何かが脳裡をよぎった。それは、まるで宇宙のような広大さの中に母なる抱擁を思わせる、一握の光だ。

 

「そうか、あなたが私の試練か」

 

 意識が明確になっていく。ランクアップまであと一歩などと考えていたことがまるでバカバカしくなった。そんな(こころざし)でいては、いつになってもランクアップに至れるわけがなかったのだ。

 

 私は勘違いしていた。ランクアップはただのレベルアップではない。ただの人間を英雄へと至らせる試練なのだと。

 

 ただ戦って経験値を得るのではなく、生と死の境を一歩踏み込み、襲いかかる死の運命をはねのけて最後まで立っていられたものをこそ、英雄の道へと導く儀式であるのだ。

 

「ありがとう、あなたは私に大切なことを教えてくれた恩人だ。だから、あなたの命は決して無駄にはしないと誓う。おそらくあなたは、情けない私にダンジョンが与えてくれたギフトだったんだよ」

 

 強化インファントドラゴンはようやく体勢を整えなおし、私を見つけて再び高い咆哮を上げた。

 

「エルティナ。ごめん、デバンドをお願い」

 

「分かりました。武器は?」

 

「このままでやるよ。フォトンをまとわせたら、少しは持つと思う」

 

 私は、亀裂の入った刀身にフォトンをまとわせて強制的に強度を上げて構えた。

 

「まて。君たちにあれは荷が重い。この場は僕たちに任せるんだ」

 

 いよいよ、本当の戦いが始まろうというところに横やりが入った。

 

「どちら様でしょうか?」

 

 私はドラゴンを別モニターで監視しつつ、話しかけてきた少年のような声に目を向けた。

 

「失礼。僕はフィン。フィン・ディムナ。ロキ・ファミリアの団長を務めさせてもらっている」

 

 ロキ・ファミリアと言ったら二大派閥といわれるぐらいのトップのファミリアだ。そこの団長といえば、応にオラリオ――世界トップクラスの冒険者と言うことだ。素面で会ったら、緊張でちょっとキョドっていたかもしれないな。その姿は、よく手入れされた短い金髪で、身なりも整っていて背筋もピンと伸びている。なによりも、あらゆるものを飲み込み包み込んでやるという野望に満ちた不敵な笑みが、むしろこちらを安心させてくれるように思えた。ぶっちゃけすごい好み。問題は小人族なのか、背丈がエルティナとあまり変わらないということか。

 

 そして、その団長さんを守るように二人の男女が周りを固めていた。

 

「自分はラウルって言うっす。ここは任せてほしいっす」

 

 どう考えても普通という言葉しか出てこないような男性がこちらをのぞき込んできた。うーん。特徴が無いというのが特徴というか、間違いなくいい人なんだろうけど。

 

「私はアナキティよ。助けに来たわ」

 

 もう一人はすでにロングソードを構えている猫耳の美少女だ。この猫耳はただのファッションではなく、れっきとした猫人(キャットピープル)である印だ。かわいい。

 

 インファントドラゴンが先ほどから襲い掛かってこないのは、彼ら彼女たちを警戒してのことだろう。この状況でありながら、この余裕はおそらく強いのだろう、彼らは。

 

「ありがとうございます。ですが、すみません。あの子は、私に任せて貰えませんか? あの子はたぶん、私の試練なんだと思います」

 

 私は三人を振り切るように背を向け、いよいよインファントドラゴンと向き合い、剣を構えた。

 

「君は、やれるのか?」

 

 ふと、背後から少年のような声――フィンさんの声が聞こえた。思わずデートの申し込みをしたくなるほど、イケメンでカッコイイ男の子の声は、しかし、厳しくこちらに問いかけるような雰囲気を(まと)っている。

 

「ええ。私は死ぬ気はありませんから。それに、私にはエルティナがいます。死ぬことはあり得ません」

 

 たとえ、私がダメでも、最後はエルティナが全部決めてくれるだろう。言ってしまえば、イル・グランツを連打して攻撃はミラージュエスケープで回避したら後は作業だ。サポートパートナーだから複合テクニックは使えないが、ダークファルスでもあるまいに、この程度の敵にダメージを貰うほど、エルティナは弱くはない。私が稼いだアビリティも加算されてるからね。

 

「すまない。君の名前を聞かせてほしい」

 

「私ですか? ベルディナです、名字はありません」

 

 不思議と、オラクル船団にいる人は名字を名乗らないというか、ない。同じ船に乗るものは皆家族というのか、あるいは完璧に個人として管理されているから、家の名前という発想がないのかとも考えられる。それが、オラクル船団の文化だ。

 

「くれぐれも、無理はしないでほしいっす。助けを求めるのも、冒険者として大切なことっすからね」

 

 いや、ラウルさん、いい人すぎる。こんな人が、魑魅魍魎(ちみもうりょう)渦巻く冒険者の中で生きていけるのだろうか。とても心配だ。

 

「頑張ってね」

 

 アナキティさんがとても心配そうにしているのは、私が見た目幼女だからだろう。なんか、良心的な冒険者がいるのだということを知れてとても感動している。

 

 だからこそ、期待に応えてみようじゃないか。

 

「さあ、本番と行こうか。ここからは私が生き残るか、あなたが生き残るかの勝負だよ」

 

 勝てるかどうか、正直微妙だ。負けることはないだろうけど、勝ちを拾うにはかなり工夫しないとダメだろう。

 

 マグを起動してフルクシオを初めとしたアークス装備を有効化したら、この程度の敵であれば刹那で排除することが出来る。

 

 だけど、それじゃ、試練をこえたことにはならない。神々はそんな作業を見たいのではなく、心躍る死闘娯楽を欲しているのだ。

 

 本当にろくなもんじゃない(バカばっか)

 

 エルティナのおかげで完全に元に戻った身体に自己制限されたフォトンを巡らせ、さらにそれを片足に集中させて力強く跳躍した。

 

 空中に飛べば身体の自由は効かなくなる、当然のことを敵も理解しているのだろう、こちらに向かって口を開き、赤く輝く火球をいくつも打ち出してきた。

 

「こんなにたくさん……弾幕ゲーは苦手なんだけど!!」

 

 私は、フォトンによる姿勢制御を駆使して、数発かすりつつもなんとか直撃は免れて、頭部とすれ違いざまに片目に向かって斬撃を数発打ち込んだ。ここまでは、初めて戦った彼の焼き直しだ。

 

「うろこが硬けりゃ目も硬いってか。どうしようかな、これ」

 

 本当に眼球をわずかに傷をつけられたものの、以前のようにつぶすには至らなかった。そして、ドラゴンはそのまま首を振り回して私を薙ぎ払おうとした。

 

「今度はそう簡単にはいかないよっと!!」

 

 私の横っ腹に向けてクリーンヒットするはずの頭部に向かって、私はもう一度剣を打ち込んでそれを相殺するべく力を籠める。

 

 しかし、今回は同じ轍は踏まない。私とドラゴンの力の差は歴然で、私はもう一度木の葉のように吹き飛ばされるのが落ちだろう、しかし、私はそうなる前に両つま先にフォトンを集中して噴射することで側転するように宙返りをして、ドラゴンのヘッドアタックに抵抗せずそのままの勢いを自身の回転の勢いに利用させてもらい、その勢いのまま地面に剣を突き立てようと降下を開始した。

 

 降下する目標はインファントドラゴンの足の指。フォトンで姿勢を細かく調整し、できる限り指と指の間、最も防御力が低いと思われる箇所へとまっすぐ突き進んでいった。

 

「頼むよ……」

 

 あとはワカヒルメ様に祈るばかりだ。

 

 地面に衝突する勢いと、その勢いをわずかに軽減してくれるような肉質のある抵抗とともに、暖かい体液が私を包む。

 

 火山の噴火を思わせる絶叫は、苦痛にまみれて、そして、私を振りほどこうとするようにめちゃくちゃに振り回される足に、いいようにやられる前に離脱して、今度はしっかり足から着地した。

 

 見ると、前足の指の間がぱっくり割れていて、どろりとした体液がとめどなくあふれている。

 

「よかった、今の私でも、十分戦えるってことだね」

 

 これが効かないとなると撤退も視野に入れなければならなかったら、ギリギリ及第点だったってわけだ。

 

「神は越えられる試練のみを与えるだっけ? やっぱり何かの意思の介入を感じちゃうんだよね」

 

 例えば、こんな上層になぜかロキファミリアの団長がやってきて、たまたま私たちの戦いに出くわしたとかね。

 

 激高したドラゴンの叫びが再び周囲を震えさせる。モンスターも恐れているのか、それともエルティナがしっかりと処理してくれているのかはわからないが、ちょっかいはかけてこないようだ。

 

 ドラゴンにとってはまだかすり傷程度であるはずだが、おそらくこいつにとって初めて感じる強烈な痛みなのだろう。激高すればするほど冷静さは失われ、攻撃は単調になっていく。

 

 今度はまだ負傷していない方の腕を振り回し、私を踏み潰す、あるいは吹き飛ばそうとするが、結局は同じことの繰り返しだ。ドラゴンはその巨体ゆえ、体を振り回すだけで十分な脅威になりえるが、ある意味それ以外の行動といえば、火を噴く程度のことしかない。翼もないから、空も飛べず、空から炎で地上を絨毯爆撃することも無理だ。

 

「ちょっと大きくなって、硬くなって、力が強くなった以外は普通のやつと変わらないんだよね」

 

 そう考えると少しは心に余裕が生まれるというもの。もちろん、クリーヒットしたら容易に骨は砕けるし、硬い皮膚はそれだけで攻撃が通りにくく、戦闘が長期化するという脅威がある。

 

 だから、長期戦を覚悟して、一撃ずつ丁寧に返していけば、いずれはダメージが蓄積して、しかるべき時が来るだろう。それまで耐えれば、あるいは勝機は見える。

 

 私はいったんその場で体を強く回転させて、先ほど浴びた体液を犬猫の様にふるい落として多少すっきりした。後で、エルティナにアンティをかけてもらおう。

 

「それじゃ、後半戦だね。よろしく!」

 

 そして、それからは決まったことの繰り返しだ。腕が襲い掛かってきたら、それを利用して首を傷つけ、頭を振り回せばその力を腕に返す。まるで、私は嵐の中に舞い散る花びらのように見えたかもしれないが、実際は蝶のように舞い蜂のように刺すように見えていればいいなと思う。

 

 かといって、無傷というわけにはいかない。相手の攻撃を極力受け流してこちらの攻撃に転化しているわけだが、腕や体、足に至るまでそのダメージは徐々に蓄積されていっていることは自覚できた。

 

 私に限界が来るのか、彼に限界が来るのか、その天秤はどちらに傾いているのか、私には判断できない。

 

「―――!! ―――――――!!!!!」

 

 私の少し気がそれてしまったことを相手は見逃さなかった。ずっとタイミングを見計らっていたのだろう、後ろ足を思いっきり踏みしめて、もう片方を私へ向かって振りぬかんと、轟々と衝撃波すらも漂わせて襲い掛かってくる。

 

「ふっ!!」

 

 それでも私は同じことを繰り返すだけだ。木の葉のように抵抗せずに、インパクトと同時に飛び上がって、足を高く伸ばしてフォトンを噴射して威力を回転へと変換して、返す刀で胴体へと攻撃を加えようとする。これだけの威力をカウンターで返すのだから、かなりの威力になるだろう。もしかしたら、体内の重要器官を損傷させてそれでチェックメイトもありうると思っていた。

 

 その向こうからさらに轟々と、まるで炎でもまとっているのかと思えるほどの速度で迫る尻尾を見るまでは。

 

「あ、やっば」

 

 カウンター中はまったく無防備だ。こちらも威力が乗っているので、ここからいきなり軌道修正はできないし、できることといえば、襲い掛かる尻尾に対してカウンターの一撃を叩き込む程度のこと。もしかしたら尻尾を両断できるかもしれないが、あちらの威力もおそらく、真正面から受けることになるだろう。

 

「ワカヒルメ様……リザさん……、エルティナ。私は……負けないよ!!!」

 

 刹那の間、あらゆる感覚が研ぎ澄まされ、私はゆっくりになる世界でフォトンのすべてを腕と壊れかけた剣の強化に費やして、そして、インパクトを迎えた。

 

 剣は砕けた。それとともに眼前の尻尾も洞窟の天井の彼方へと消えていった。

 

「うん。まあ、知ってた」

 

 砕けた剣、ちぎれた尻尾の代わりにその衝撃がすべて私とドラゴン両方に等しく与えられ、私たちはお互いに吹き飛ばされた。

 

 宙に舞いながら何度も回転しつつ、ちらりと見えたドラゴンはそのまま地面を何回転かして止まり、仰向けに腹を天井に向けていた。まだ生きてる。

 

 私も、いよいよ地上へと戻る時が来て、せめて衝撃を逃がそうと体を小さくして、寸前に足で地面をけって何度も宙返りをしようとするが、ついには片足の骨が砕けてバランスを崩してそのまま地面を削るように転がり続けて、ようやく止まった。

 

「きっつ……痛覚遮断がなかったら泣いてたよこれ」

 

 いや、もうすでに脳自体が痛覚を遮断していたかもしれない。つまり、やばいということだ。

 

「ふぅ……とどめ刺さないと……けど、武器がないなぁ。今度は……ちゃんと予備の武器を持ってこないと……」

 

 私は折れた片足を引きずりつつ、フォトンで無理やり固定させつつドラゴンのほうへと歩いていき、徐々に駆け足になっていく。

 

 あと一回ぐらいは大きく跳躍できるが、その後どうするかだ、結局武器がないと、奴の心臓を貫くことは無理だ。

 

「まあ、だけど、やるしかないね。まだ私にはこの両の手があるから。まあ、何とかなるでしょ」

 

 ちょっと冷や汗が流れてきた。HUDには【緊急事態】【武器の装備を強く推奨】の表示が消えない。

 

 そりゃそうだ。アークス装備なら、あの程度のエネミーであれば刹那で片が付くのは自明である。だから、システムは私の行動が全く理解できていないことだろう。もしも、今オラクル船団とシステムがつながっていたら過剰な危険行為として自動的に通報されて、後日懲戒処分が下されるレベルだろうと思う。

 

 だけど、今は私はアークスとしての任務ではなく、一人の冒険者として、この冒険を乗り越えたいのだ。

 

 感情は無茶苦茶だが、思考制御システムが脳内物質の調整をしてくれているようで、表向きは冷静でいられるのがありがたい。

 

「帰ったら一日寝込みそうだね。いや、一日で済むのかな?」

 

 そんなことを考える余裕があるのは、やはり、エルティナがちゃんと後に控えてくれているという安心があるからだ。これでなにもバックアップがなければ、おそらく絶望しかなかっただろう。冒険者はそんな絶望と常に隣り合わせに戦っているのだろう。尊敬しかない。

 

「やっぱり、私は弱い!」

 

 と言って、ようやく私はフォトンを折れていない足に込めて、高く跳躍した。そして、今度は両腕に最後のフォトンを集中させて、最後の戦いを挑もうとする。出来ることと言えば、相手の脳天に鉄拳を打ち込んでかち割ってやるぐらいだ。拳と両腕が潰れる前に何とかなって欲しいけど……望み薄かなぁ……。

 

「これを使え!!!」

 

 と、鋭くも暖かな少年の声が耳朶をたたき、ふと視界のふちに映ったものに手を伸ばすと、まるで意思を持っているかのように私の両手に、するりと長い槍が飛び込んできた。

 

「上物だ。きっと、君に応えてくれるだろう」

 

 なるほど、フィンさんが自分の武器を私に貸してくれたのか。命の恩人ばっかり増えていくなぁ、私は。

 私は、みんなに何かを返せたのだろうか。

 

 眼下にはもがきながらも自身の行く末を悟ったようにたたずむインファントドラゴンがあり、一瞬それと視線が交差した。その瞳には私が確かに映っていて、そこには憎しみや怒りなどといった光はもうない。

 

「私のためにこんなにも強くなってくれて、本当にありがとう。もしも、あなたたちにも生まれ変わりがあるのなら、その時はきっとリザさんのように、心をもって現れてほしい。友達になろう。だから、またね……」

 

 インファントドラゴンは静かに眼を閉じ、私は、虚空を両足で蹴り飛ばし(・・・・・・・・・・・)て、さらなる加速をして、その眉間に借り物の槍を突き入れた。

 

「さよなら……」

 

 確かに手ごたえがあった。

 

 私は、貫いた槍から手を放し、徐々に灰になりつつあるそのまぶたを、そっと閉じて、立派な角に手を置いて頭を垂れた。

 

 どうすれば、リザさんのような、友人となりうる子達が生まれてくるのかは分からない。全くの偶然なのか、強い運命がそうさせるのか、分からない。

 

 しかし、敬意を持って戦い、真心を持って送ってあげれば、きっとその魂はすぐにとは行かずとも、いずれは浄化されて、憎しみや悲しみのない、純粋な心として再び世に現れるのではないかと信じたい。

 

「私は、たぶん異端なんだろうね」

 

 こんなことを考える冒険者はおそらく私以外にはいないのだろう。

 

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 

「うん。大丈夫だよ。なんか、とてもすっきりした」

 

 私は汗をぬぐうフリをして流れ出た涙を払った。エルティナはすぐに私にレスタをかけて、砕けた足も、攻撃の余波で曲がってしまった五指も、傷だらけの肌もすべてまとめて直してもらい、すべては元通りとなった。

 

「信じられない。レベル1が単独で強化種を倒すなんて」

 

 アナキティさんが目を真ん丸にしてこちらに近づいてきた。

 

「すごいっす、自分、感動したっすよ!」

 

 ラウルさんは感動しすぎだと思う、落ち着きたまえ。

 

「ベルディナ、そして、エルティナ。キミ達の勇気に敬意を」

 

 私はフィンさんに借りた槍を返却し、頭を下げると同時に、肩に手を置かれてその言葉をいただいた。うーん、様になるなぁ。オラクルの友人にはこういう人はいなかったから、新鮮な感覚だ。

 

「おめでとう、ベルディナ、エルティナ」

 

「おめでとうっす、ベルディナ、エルティナ。自分も負けてられないっすね」

 

 アナキティさんも、ラウルさんも心の底から祝福をしてくれていることがはっきりと分かった。いい人たちだなぁ。私も、後輩たちにはこういう先輩になりたいものである。

 

「ありがとうございます」

 

 私は素直にエルティナと共に頭を下げた。

 

「疲れただろう。地上までは僕たちがエスコートしよう。同胞の彼女も、ずっと魔法を使いっぱなしだったから、精神力もそろそろ限界だろう」

 

 小人族の男の子が言うのは、おそらくマインドダウンのことだろう。こっちの魔法使いが魔法を使いすぎると意識がもうろうとして、最後は気を失ってしまうというやつ。しかし、エルティナが使ったのはあくまでテクニックなので、放っておいたら1分ぐらいで完全回復するので何の問題も無いのだ。しかし、それを伝えるわけにはいかないので、今は黙っておこう。

 

 なによりも、この男の子はエスコトートという言葉をやたらかっこよく声にしていたので、たぶん、エルティナにいいところを見せたいのではないか。いいね、エルティナ、モテてるよ。うらやましい。

 

 ちなみに、フィンさんがエルティナを心配している理由は、私が戦っている間、ずっとその周囲の雑魚敵をテクニックで倒し続けていたからとのことだ。本当に、エルティナは最高のパートナーだ。

 

「では、地上へ向かいましょう、お嬢様。皆様、護衛のほど、よろしくお願いいたします」

 

 と、私に変わって深々と頭を下げてくれたので、私もそれに習って頭を下げた。なんだか、私の方が子供みたいだな(今更)。

 

 道中は割と和気藹々とした雰囲気で、ラウルさんとアナキティさんは私に気を遣うように話しかけてくれて、フィンさんは案の定というか、エルティナに魔法とかいろいろなことを聞いていたようだ。

 

「…………すると、君は三種類以上の魔法が使えると言うことなのかい?」

 

「はい、そうなりますね。先ほど使っていた回復と支援二種に加えて各種の攻撃魔法を使用可能ですが。それがなにか?」

 

 まあ、エルティナにはちゃんとテクニックを覚えさせてあげたから、そりゃあ、もうプロフェッショナルですよ。本当に複合系が使えないのが悔やまれる。

 

「いや……嘘をつくはずもないか……君はすばらしい魔導師なのだね」

 

「魔導師……なのでしょうか。私はあくまでお嬢様のサポーターですので、お嬢様が気兼ねなく戦えればそれでよろしいかと」

 

「いやいや、何言ってるのよあなた。回復と支援が使えるってだけで、どんなファミリアからも引っ張りだこでしょう」

 

 アナキティさんがちょっとあきれるようにそういうが、まあ、なんだ、言いたいことはわかるけどね。

 

「多分それは、私のせいですね。私は、こんななりなんで、いろんなところから断られてしまいましたよ」

 

 これは事実だ。

 

「もったいないな。僕たちのところなら……と、これは言わない約束か」

 

 ロキファミリアは大手のファミリアだから、最初から候補に入ってなかったよ。幸か不幸かだね。

 

「あの……ベルディナさんは、どうやって、そんなに強くなれたんっすか?」

 

「私ですか? 私なんてまだレベル1の駆け出しですよ?」

 

「そうなんすか? それならなおさらっす。レベル1で強化種を倒すなんて、ふつうあり得ないっすからね」

 

「それは……なんでしょうね? 冒険者になる前にいろいろ戦う経験を積んでいたので、それが功を奏したってところじゃないかなぁって思いますね」

 

 さすがに、数年間オラクル船団で宇宙を守る戦いに身を投じていましたなんて言えないからね。言えるとしてもこの程度だろう。

 

 話しているうちに地上階にでて、螺旋階段を上って地上に戻ってきた。

 

「それじゃ、また機会があれば」

 

 と、フィンさんは手を振って、颯爽と去って行く。かっこつけが自然に決まるのはズルいと思う。モテるんだろうなぁ。

 

「お疲れ様、二人とも。今日はよく休んでね」

 

「それじゃ、また、よろしくっす」

 

 私は杓子定規的な受け答えで別れを告げて、思いっきりため息をついて空を仰いだ。

 

「なんだかどっと疲れた。お風呂入りたい」

 

 レスタとアンティでコンディションは完璧だが、精神的な疲れはさすがに軽減してくれない。生命維持装置も戦闘状態から徐々に通常に戻りつつあるので、いろいろかかっていた負荷が戻ってきているように思えた。

 

「そうですね。今日はワカヒルメ様を誘って公衆浴場に行きましょうか」

 

「明日は休んで、甘いもの食べたいな」

 

「目をつけていたカフェに行きましょう。ワカヒルメ様はおそらくバイトでしょうけど」

 

「美味しいもの食べたい」

 

 死線を抜けた衝撃を少しでも逃がそうとしているのか、軽めの幼児退行している感覚があるが、私はそれに抵抗せずに身をゆだねることにした。

 

「私は料理が出来ませんので、仕出し屋に注文します」

 

 今日、明日は思いっきり甘えたい気分だ。いいよね? 見た目幼女だし。

 

 あ、そうだ。スィデロさんに新しい武器を発注しないと……いや、今はもう何も考えたくない……。

 

 

 

 

 




難産でした。

戦闘シーンについてはいろいろ突込みがあるでしょうが、どうかご容赦願います。
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