ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
軽い幼児退行を起こして、その日と次の日はお休みをいただいて、ずいぶんとすっきりした。
記憶が若干曖昧だが、エルティナに甘えたり、ワカヒルメ様に膝枕して貰ったりと、結構やりたいほうだいだったようだ。ワカヒルメ様には急にアルバイトを休んでいただくことになり、大変申し訳なかった。
「ふぅ。なんだか、まだ戦いの熱が抜けきっていない感じ」
意識ははっきりしているが、どうも、体がだるい。頭が重い感じもしてなんとなく動く気になれない。
「各種反動が来ていますね。痛覚遮断や思考制御が緊急レベルで持続していましたから、脳にかなりの負担がかかっていると思われます」
痛覚遮断も思考制御も結局は生命維持装置がフォトンを介して脳を操作することに他ならない。脳は当然生身なので、無茶をすれば疲弊もするし反動も来る、場合によっては副作用さえあるから、本当に注意しなければならないのだ。
「うーん。もう一日ぐらいはお休みした方がいいのかな?」
「それがよろしいかと。身体は治っておりますので、動き回るには問題ないとは思いますが」
「そっかー。生命維持装置も身体強化も最低限だから、ダンジョンとか荒事は無理ってことだね」
システムが身体保護を優先しているのか、フォトン出力がかなり抑えられていて、自己の判断では解除できない状態になっている。システム自体がお前は休めと言っているということだ。
「そういうことですね」
だったらそれに従うしかないので、午前中は横になってずっとまどろんでいてもいいかもしれないな。
「強かったねー、あいつ」
ぎりぎりの命のやり取りはどれほどぶりかと聞かれると、数か月ぶりといったところだ。それまでは割と日常的にそういう状況に立たされていたような気がするから、なんか今更って感じでもあるが。
しかし、船団のバックアップなしでの死闘は初めてといえるので、よい経験になったと思う。よい子は真似しちゃだめだね、これは。
「はい、今までにない強敵でした。まさか、マスターが通常装備のまま戦うとは予測ができませんでした」
まさか、あれほど苦戦するとは思わなかった。というより、本来なら、一撃食らった時点でフルクシオをはじめとしたすべてのアークス装備をフル起動して対応する状況であったとはいえる。
「いや、最初はね、ちゃんと全部装備してかかろうって思ったんだよ」
「そうでしたか」
「だけどね、うーん。なんというか、ここは踏ん張りどころだなって、なんだか思っちゃってね。まあ、ご心配をおかけしました」
私は、素直にエルティナに頭を下げる。本来なら、アークスとしてするべきではない選択であったことは間違いないのだ。
「私はマスターを信じておりましたので。それと、最後の一撃が通らなかった場合は全力でテクニックを撃つ準備は整えておりました」
「さすがだなぁ。私にはその判断は無理だ」
そう言って、私は小さいソファーによじ登って、猫みたいに身体を丸めて目を閉じた。
「ふぅ……なにかあったら起こしてね」
意識が深く沈み込んでいくことがわかる。私はそれに身をゆだねた。
「マスター、起きてください」
という声と共に肩が揺さぶられる感覚に、まどろみにあった私はすぐに目を覚ました。
「うーん。なんか、変な夢見たな……思い出せない……」
「お目覚めですか? マスター」
「うん、だいぶすっきりしたよ」
私は丸まった身体を伸ばすように腕を伸ばし、立ち上がって軽く屈伸運動をしてみた。
身体が痛いと言うこともなさそうだ。
「何時ぐらい?」
「そろそろお昼時です」
「そうなんだ。お腹は……結構すいてるね」
「いかがいたしましょうか? 申しつけていただきましたら買ってまいりますが」
「いや。いいよ、今日は外で食べよう。ついでにスィデロさんに新しい武器の発注もしたいからね」
「資金は問題ありません。先ほどの強化種の魔石が高く売れましたので」
「うーん。助かる。だけど、いいところプラマイゼロか」
まあ、あれだけの強敵と戦う機会を得られたのだ。それだけでも良しとしよう。
「ランクアップしてるといいなぁ」
「今晩更新をするとワカヒルメ様が息巻いておいででした」
「目に浮かぶなぁ。ワカヒルメ様も苦労神だからね、ここで喜ばせてあげないと」
しかし、そうならなかった場合はどうしようか考えたくもない。もしも、これで出来なければ、もう、ルールを破って中層に進出しないとランクアップはないだろうという覚悟も必要だ。
そうして私たちは拠点の戸締りをしっかりと確認し、二人で鍵をかけたことを確かめあって「よしっ!」と言って家を後にした。
指差喚呼はとても大切。
外食といっても、あまりお金の余裕がないので、屋台で食べ歩きツアーで済ませることにした。
「じゃが丸くんでいい?」
「お嬢様は、じゃが丸くんがお好きですね」
「うーん。そうかな? そうかも。手軽というか、手っ取り早くお腹を膨らませるのにちょうどいいしね」
穀物を油で揚げたものは全体的に手軽でいいよ。フライドポテトとか、ポテトチップとか、コロッケとかね。
戦闘後は大人3人前ぐらいは食べたくなる(お金がもったいないので、泣く泣く1人前と半分に抑えている)が、今日みたいな日常ではじゃが丸くん一個でお腹いっぱいだ。
幼女はコスパ良くていいね(自虐)。
「ねえ、エルティナ。私の代わりにエール買ってもらってもいい?」
いつもなら、柑橘系の炭酸水を買うところだが、今日は大人のエルティナがいるので、エルティナに私の分のエールも一緒に買ってもらったら完璧じゃないかと思った。
「まあ、かまいませんが……」
「ありがとうエルティナ。私はじゃが丸くんを二人分買ってくるから」
「お願いします」
エルティナからすれば、なぜそこまでしてお酒が飲みたいのか理解できないだろう。だけど、これは理屈じゃないのだ。冒険者はお酒を飲まないといけないんだよ(そんなことはない)。
ということで、行きつけのじゃが丸くんの屋台で塩胡椒味を二枚買って、その間にエルティナに飲み物を調達してもらい、準備完了だ。
「じゃあ、そこのベンチで一緒に食べよう」
「分かりました。せっかくですのでエールを冷やしておきましたよ」
「おー、さすがエルティナ。ありがとうね」
エルティナは氷のテクニックを若干応用して、常温ぐらいのエールを冬場の水道水ぐらいに冷やしてくれていた。優しい。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
エルティナも私の真似をして両手を合わせ、膝に置いたじゃが丸くんに食前の祈りをささげる。オラクルの人たちから見てもこういうのは宗教的に映るのかなぁと思いながらも毎食やっているのでみんな慣れてくれた。
「ん……この塩辛い口の中に冷えたエールをこうやって……あー、たまらん!!」
これは、枝豆が欲しくなるほど罪深い。真昼間から私はかなりの業を背負ってしまったようだ。
「ラガーじゃないからいまいちキレは良くないけどね、仕方ないね」
とある異世界で居酒屋をやっているマンガの受け売りだが、エールと私が地球で飲んでいた一般的なビールとでは製法が違うらしい。よく分からんが。
「うーん。この世界でも、とりあえず生って言える時代が来るのだろうか」
後は、じゃが丸くんをつまみに、エールをちびちびやりながら、道行く大人達に怪訝な目で見られつつも堂々としてればバレないのだと胸を張り、至福の時は過ぎていった。
「はぁ……今度はいつ楽しめることやら」
じゃが丸くんの包み紙をクシャリと丸めて、近くのくず入れに投げ捨てて立ち上がった。フォトンを少しだけ纏わせてやれば、投げた後でも多少誘導できるから便利だ。
その後は、スィデロさんの工房に行って、強化種と戦って剣が木っ端みじんになったことのお詫びと同時に新しい剣の発注をして、三日後に取りに来るよう伝えられた。
その間は、代剣として似たような感じの片手剣を借りることが出来た。こっちはちょっと高級品なので、壊さないように注意された。
「じゃあ、明日はこの剣でダンジョンかな?」
「そうですね。念のため10階層程度に抑えておきましょう」
「さすがにまたあんなのに出会ったら、折っちゃいそうだしね」
強化種なんて滅多に出ないと言っても、出会う可能性はゼロではないのだ。ギルドの受付に強化種の単独討伐を報告したら、しこたま怒られて、過去の事件についていろいろ教えて貰った。
「じゃあ、ワカヒルメ様が帰ってくるまでどうしよう? 拠点の掃除でもしてようか」
「それがよろしいかと」
帰りに市場に寄って、絞めてから一番いいところの鶏肉が安く手に入った。今日は香草と一緒にステーキにしようとうっきうきで拠点に戻り、後は、エルティナと二人でのんびりと掃除をしながら、食材の下処理もして、「パンも手作りしたいね」とか「そろそろお米もほしいな」といいながら時間がたって、いよいよワカヒルメ様が戻ってきた。
「お帰りなさいませ。ワカヒルメ様」
と、私がリビングソファでダラダラしていると、玄関先でエルティナの出迎える声が聞こえて、すぐにワカヒルメ様が入ってきた。
「ただいま。いやぁ、こうやって出迎えてもらえるのっていいね」
「お帰りなさい、ワカヒルメ様。夕飯はどうしますか?」
「もちろん食べるさ」
「じゃあ、準備しますね」
下処理も済ませて、後は焼くばかりの鶏肉をすでに用意していたフライパンに移して火をつけた。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
「丁寧な料理をありがとう。なんか、感動した」
と、ワカヒルメ様は食後のお茶を傾けながらずいぶんほっこりとしていた。
「今日はいいところが手に入ったので良かったです」
ついでに、時間もあったので、アロゼというちょっと面倒な調理にも挑戦してみて、おおむね上手くいったと思う。
「ワカヒルメ様がいただいてこられたクッキーです」
エルティナが、ワカヒルメ様が職場で貰ってきたというクッキーを皿に乗せて持ってきてくれた。
「うーん。なんだか、高級な感じがしますね」
「私はあんまり詳しくはないけどね」
「美味しければいいんですよ」
エルティナにお茶のお替わりを貰って、早速クッキーをいただいた。美味しかった。
「明日からダンジョンに復帰かい?」
「そうですね。いよいよ再開です」
「じゃあ、今晩中にステイタス更新をしてしまおうか」
「そうですね。すみません、かなり私ひどかったですね」
ワカヒルメ様もバイトを休まずにはいられないほど私は疲弊していたようだ(オブラートに包んだ表現)。
「いやぁ。かわいかったけどね」
「忘れてください」
誰かに膝枕してもらったなんて、前世の幼少期ぐらいだろう。今世では、両親の記憶がないので。
「お茶のお代わりはいかがでしょうか?」
「うーん。私はこれで十分かな」
私はエルティナにカップを渡してそのまま下げてもらった。
「私も十分だよ。ありがとう、エルティナ」
ワカヒルメ様も満足したようにカップを下した。
「さてと、残りの洗い物は私がすませておくから、エルティナも休むといいよ」
私はそう言って席を立って、エルティナから洗い物を受け取って井戸の水で洗うと、タオルで軽くふいて棚に収めた。
「私は寝室にいるから、準備ができたら二人とも来るといいよ」
ワカヒルメ様はそのまま寝室に戻っていった。
「あれだけ強力な敵を倒したんだから、かなりアビリティも上がってるかなぁ」
私は実はステイタス更新が楽しみで仕方なかった。それまでは頭打ちだったアビリティだったが、あれだけの経験を積めば割といい感じに上がってくれているのではないか。今までは回避ばかりだったが、あれほどぎりぎりの戦闘を繰り広げたのだから、耐久値も相当上がっているのじゃないかとも思う。
「マスター、テーブル拭きが終わりました」
「うん、ありがとう。こっちもあとは、乾かすだけだからいいかな。じゃあ、ワカヒルメ様をお待たせしてるからすぐ行こうか」
タオルで手をぬぐってエルティナの手を取り、すぐそばの寝室へ足を向ける。エプロン買ったほうがいいかな。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
とりあえず扉を三回ノックして「どーぞー」という返事で扉を開く。
「別に、いちいちノックなんてしなくていいのに」
と、ワカヒルメ様はベッドに腰かけて何かを書いていたようだ。
「まあ、念のためですね。なにか、お仕事されてたんですか?」
「いや、久しぶりに和歌を読もうかって思ってね。趣味みたいなものだよ」
なるほど、ワカヒルメ様は名前の通り和歌にも堪能でいらっしゃるようだ。
「いいのは思いつきましたか?」
「なかなか片手間で思いつくものじゃないね」
和歌には短歌や長歌などいろいろあるらしいが私にはわからない世界だ。俳句なら、小学生の時の授業でやったことあるけどね。
「さてと、じゃあ、こっちに座って」
と、今まで座っていたベッドを私に譲って貰い、私は上着を脱いであらわになった背中をワカヒルメ様に向けた。
「いやぁ、楽しみだね。かなりの強敵だったんだろう?」
「はい、上がってるといいですけどね」
「期待できるよ。それじゃ、いくよ」
と、ワカヒルメ様は私の背に血を垂らし、ステイタスをあらわにして、その数知を刻んでいく。
「えっ!? 嘘だろう? いくら何でも早すぎる……」
また、なにかあったな、これは……。
「何かありましたか?」
「いや……その、ランクアップしてる……レベル2だ」
「おー、ようやくですか。結構時間かかりましたね」
12階層に入ってからは割とグングンと上がったが、結局頭打ちの時期が長く、ランクアップには一歩届かずが続いていたからヤキモキしていたのだ。思えば、アレでランクアップしてなかったら、どこでランクアップしろって言うのだろうかってぐらいの死闘だったから、ちょっと安心した。私でもランクアップする余地があったということにね。
「とんでもない! 今までの最速記録は1年ぐらいだったのに、君はたった4ヶ月。3倍も速くランクアップしちゃってるよ」
そうか、レベル1から2に最低でも1年以上かかってたのか。それを更新したと言うことはちょっと自惚れちゃうね。
「うーん。でも、それはいいことですよね? それだけ早く中層に行けるってことですし」
いやはや、青天の霹靂と言うよりはとんでもないサプライズだ。これで、堂々とリザさんに会いに行けるということじゃないか。
「そ、それはそうだけど……いや、ちょっとまて。ベルディナがランクアップしたってことは……エルティナも?」
「あー、なるほど?」
私のステイタス更新が終わったので、いったんエルティナに場所を譲った。ワカヒルメ様はまだ自分の膝に乗せたがっているが、本人がベッドの上を所望したのでそうなったようだ。
「やっぱりだ。エルティナもランクアップしてる。二人とも同時に最速記録更新とか、どうしよう……」
「いや、普通に報告したらいいじゃないですか? レベル詐称は重罪なんですよね?」
「その分、ギルドから税金が上がるんだよ?」
「それは……困りますね。中層で稼がないと」
増税は悪だが、決まりとなれば仕方が無い。それならなおさら中層にさっさと行って、稼ぎを上げなくてはならない。
「あぁぁ……。神会行きたくない……」
ワカヒルメ様はなんだか、頭を抱えているようだが、別にいいんじゃないかな? 記録なんていずれ破られるものだから、それがたまたま私だったってだけで、またすぐに誰かが記録更新するでしょうよ。
「次はレベル3ですね。頑張らないと」
しかし、次のランクアップにはまた命がけの戦闘をしないとダメだと思うとちょっと憂鬱になる。戦ってる間はいいんだけどね、その後の反動がきっついのが難点だ。
「中層は、武器が戻ってからですね」
「まぁね。だけど、スィデロさんに中層でもちゃんと使えるかどうか確認しとかないと」
壊れたやつは上層では問題ないが、中層では心許ないと言う話だったから、次のやつも同じかも知れない。そうなると、すぐに壊れてしまいそうだからちゃんと確認する必要がある。
「明日、スィデロさんのところに行こうか」
「了解しました」
「あー、なんて説明しよう……不正を疑われたら……」
「ワカヒルメ様も、過ぎたことをいつまでも悩むのは意味ないですよ。不正してないなら堂々としとかないと痛くない腹を探られちゃいますからね」
そういえば、槍を貸してくれたフィンさんにお礼に行くべきだろうか?
スィデロさんのところに行った後にギルドにランクアップの報告がてら聞いてみよう。
なお、次の日、スィデロさんに確認すると、多少の追加料金で中層に対応した改良をしてくれるというのでそれを依頼しておいた。ギルドでは、私達のランクアップが一瞬話題になったが、とりあえずギルドから即日で公表されるということだ。
フィンさんには後日お礼に行ってもいいだろうと言われて、ロキファミリアのホームの場所を教えて貰えた。
お礼の品も選ばなくてはならないけど、こうして関係が広がっていくのは、冒険の醍醐味というものだろう。
新しい武器ができあがったらいよいよ中層だ。何ヶ月ぶりにリザさんと会えるのだ、楽しみでならない。
さすがにベル君よりは遅いです