ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
早朝に出発した先発部隊はとうの昔に18階層に到着していろいろな補給を済ませて後発の私達を待っていたようだ。
ガネーシャファミリアの部隊であれば、何の障害もなく半日ぐらいで18階層まで到着して再出発の準備を着々と進めているところのようだ。
「私達は何かやることあるのかな?」
とりあえず、ガネーシャファミリアの駐留地みたいになっているちょっと開けた平野に腰を下ろして私はエルティナに問いかけた。逗留する予定はないのか、テントらしきものは一つも見えない。
「ありませんね」
「だよねー」
シャクティさんは他の部隊の人達と打ち合わせに出かけてしまい、スィデロさん達は研磨剤や鍛冶道具の点検に向かい、ここにいるのは私達とアミッドさんぐらいだ。
「聞いたところですと、シャクティ様はリヴィラの顔役という方と補給についての打ち合わせを行っているとのことです」
「そうなんだ。こんなところで補給なんかしたら破産しちゃわない?」
「それですと、出発までしばらく時間が空きますね」
私達同様に手持ち無沙汰なアミッドさんもいることだし、年長者としてはなにか娯楽を提供する義務があるだろう。
「うーん。時間もちょうどいいですし、お昼ご飯にしませんか? ゆっくりお料理できるのってもう、何度もないと思いますし」
途中で何度か安全階層は通るだろうから、ここが最後って事もないだろうけど、ここほど落ち着いてはいられないに違いない。
「確かに、今のうちに食事を取っておくのも大切ですね」
「それじゃ、アミッドさんも一緒に食べましょう……ねえ、エルティナ。食材のリスト出せる?」
「こちらに」
「ありがとう。やっぱり、保存食が多いから、新鮮なやつから使った方がいいよね」
エルティナが差し出してくれた紙を眺めるフリをしてアイテムパックのリストをHUDに投影して内容を確認する。紙に書かれたリストとHUD表示されたリストが一致しているのはさすが几帳面なエルティナと言ったところだろう。
ちなみに、ゲームにないシステムとして個人用のアイテムパックとは別にサポートパートナーと共有できるアイテムパックというのがある。
こっちには食材やドロップアイテム、ポーションなどの物資を保存して二人で話し合いながら使おうと言うことになっている。ワカヒルメ様とも共有できるアイテムパックもあれば便利なんだけど、オラクル船団のシステムにワカヒルメ様を登録しないと無理なので残念だ。
「そこまで凝ったものは作れないよね。さすがに出発時間があるし」
「そうですね」
アミッドさんも少しこちらが気になるようだ。
「アミッドさんは、何か食べられないものとかありますか? アレルギーとか、これだけは食べられないものとか」
ちなみに私はホタテと牡蠣とホタルイカがどうしてもダメなんだ。アレルギーとかじゃないけど、どうも風味とか臭みとか歯ごたえが口に合わない。
特に牡蠣に関しては一度ひどいあたり方をして丸一日寝込んで以来、匂いをかぐことすら出来なくなってしまった。
「いえ、得にはありませんが」
さすがお医者さんだ。
「分かりました。それじゃ……生鮮品であんまり時間がかからなくて、深いところでは到底出来ない料理で、しかもボリューム満点でガッツが出て美味しいやつ……もう、これは唐揚げしかないね!」
ハンバーガーとちょっと迷ったけど、ハンバーガーならギリギリ下層でもやれるし、ホットサンドはきっと人気になるだろう。それだったら、贅沢に油を使う唐揚げをここでやってしまうべきじゃないのかと思った。
「すでに鶏モモ肉はいい感じの大きさに切ってありますので、後は塩胡椒をしっかりと揉み込んだやつにニンニクと生姜をおろしたやつを醤油とお酒と一緒に馴染ませるために五分寝かせるのがコツだね。タマゴを使うこともあるけど、使わなくても十分美味しいから今回は使わない。じゃあ、この間に油に熱を入れてしまおうか」
私は鶏モモ肉を袋に入れて、塩胡椒とその他調味料をしっかりと揉み込んでしばらく寝かす間に、エルティナのバックパック(物理)から携帯コンロと揚げ用の鍋に揚げ油を入れて火を付け、大体160℃ぐらいまで温度を上げて、いい感じに調味料が馴染んだ鶏肉に衣を揉み込んでいよいよ揚げ始めだ。ちなみに、衣は小麦粉と片栗粉を半々がおすすめだ。サクサク感が欲しければ片栗粉を多めにしてもいいよ。
「手慣れてますね」
「お料理は生きがいですからね」
「そうですか」
お料理はいいよぉ。自分が作ったものが一番美味しいって思えるぐらいになったらそれ以上の贅沢はないからね。しかもそれを仲間に食べて貰って、美味しいって言って貰えるときが一番嬉しい。
そういえば、アッシュとアフィンも私の唐揚げは大好物だったなぁ、なんか懐かしいや……今頃どうしてるかなぁ、会いたいなぁ……。
「マスター、そろそろ頃合いと思われますが?」
「あ、ゴメンねエルティナ。大体三分ぐらいを目安に油から揚げて、少なくとも三分間は余熱で中まで火を通してね。その間に油の温度を180℃以上に上げちゃおう。油が新しかったら200℃ぐらいまで上げてもいいからね」
あんまり油の温度を上げすぎると自然発火しちゃうから注意だ。地球のコンロなら安全装置があるけど、こういうキャンプ向けのコンロとかはそういう便利な機能がないから特に注意しよう。
「マスター、油から煙が上がり始めました」
「おっと、それ以上はいけないね」
私はコンロの火力を少し落として煙が上がるか上がらないかのところを調整する。油料理はとにかく温度が全てだ。油料理用の温度計があれば是非とも使ってみよう。赤外線の非接触型がとくに便利だけど、安物は誤差が結構大きいから気をつけよう。
私の場合はHUDに対象の温度を表示させることが出来るからとても助かっている。
「よし、寝かしも十分だから仕上げに入ろうか。二度揚げは音が重要だからね、一気に熱を入れてさっと上げちゃうのが大切。大体一分ぐらいを目安にするといいよ」
寝かして100度ぐらいまで温度の下がった唐揚げを200度近い油に入れれば甲高い音が響き渡り、衣の表面に残った水分が一気に蒸発して油に置き換わっていく。
そして音が静まる直前で順番に上げていくのだ。水分がなくなった後はただ温度が上がって、今度は焦げるプロセスに入っていくので、最低限の水分を残しつつ香ばしさを演出するのが一番難しいのだ。
外はカリッと中はしっとり肉汁たっぷりなんていう理想の状態を作るには本当にプロの仕事が必要になる。そのために溶き卵を使うんだろうけど、やっぱり難しいんだよ。私のお料理なんて、所詮は素人の仕事に過ぎないからね。
「さてさて、出来ましたよ、アミッドさん。これは熱々のところをいただくのが一番美味しいですからね。さあ、食べましょう……うーん、美味しい!」
やっぱり、こういうのでいいんだよ。本来ならビールかご飯がお供であるべきだけど、こっちではパンか大麦のおかゆぐらいしかないのが辛いところだね。お米と言えば細長いあっさりさらさらタイプのやつしかないから、これじゃない感が強いんだよね。パエリアとかには最適なんだけどさ。
「あふ、あふ……ん……美味しいですね」
パリパリの衣をかみしめれば肉汁と油の混じったやつが口の中に一拝に広がって、熱々の鶏肉の香りが鼻に抜けて最高の体験を与えてくれる。
「こうやって、ちょっと厚めにスライスしたやつをパンに挟んで一緒に食べると……これもいいものですよ」
唐揚げサンドというちょっと変則的だけど、そこにレタスとかのシャキシャキ系の野菜をかませてやるといい感じに油が中和されて口の中がリセットされる思いだ。
ホットドッグのソーセージの代わりに唐揚げを入れて、チキンドッグにするのも一つの手だ。その場合はケチャップ&マスタードをかけずに、鶏肉のうま味だけで勝負するべきだね。
「うーん。やっぱり、唐揚げはどれだけ作っても足りませんね。アミッドさんはどうでしたか?」
「あと二切れほどほしいぐらいです」
「でしょう? 帰ってきたらまた作りますね」(フラグ)
「お願いします」
美味しいものを作って、それをみんなで美味しいと言って食べられる以上に幸せなことはない。
「マスター。そろそろ集合時間のようです」
「分かったよエルティナ。ちょうどいいぐらいでしたね。ごちそうさまでした」
私は手を合わせて食材へ感謝の意を表してから立ち上がり、粗熱の取れた油を油壺に移して密閉し、さらに断熱ケースに収めてエルティナのバックパックに保管して貰って、コンロと鍋を近くの小川で軽く洗ってから水分を飛ばし、布でくるんでこれもバックパックにしまって貰った。
「やっぱり、ダンジョンで油物は難しいね」
調理自体は短時間で終わるけど、後始末がちょっと大変だったね。ここは反省すべきところだ。
「次はもう少し余裕を持って行いましょう」
「すみません、ご相伴にあずかってしまいました」
「ご飯はみんなと一緒が一番ですよ。今度はシャクティさんも誘いましょう。ヘファイストスファミリアの皆さんを仲間はずれにしちゃダメですよね」
美味しいものを美味しいと言って食べられるうちはきっと大丈夫だ。だから、みんなでご飯を食べることが出来れば、きっと私達は帰ってこれる。私はそう信じる。
美味しい唐揚げを作るのは思いのほか難しい