TSおねショタ雷十太   作:WhatSoon

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今日から投稿再開します。


第十二幕「私怨、燻らせて」

吾輩は縁側に座り、茶を啜る。

空を見上げれば燕が視界を横切った。

深く息を吐き、湯呑みを置く。

 

平和である。

驚くほどに平和である。

本当にこの世界が、剣客浪漫譚なのか心配になる程に。

 

吾輩は神谷道場、その縁側に座っていた。

よく手入れされた庭を見つつ、茶を啜る。

 

時は昼過ぎ。

由太郎と弥彦は日課の稽古を終え、薫の頼みでお使いに行っている。

重い物を運ぶのも、一人で物事を判断するのも鍛錬の一環……なんて言っているが用は丁稚扱いである。

鍛錬を兼ねてのお使い、という訳だ。

 

これに関しては吾輩も納得している。

弥彦はまだしも、由太郎は一人で何かをするという経験が少ない。

故に、判断力というか……その、社会常識というのを学んで欲しいという気持ちもある。

うむ。

 

 

剣心は左之助に連れられて行かれた。

会話の端の盗み聞きから推測すると……左之助が賭場に無理矢理連れて行ったというのが実情だろう。

飛天御剣流の目を活かしてボロ儲け……ではなく、当人の気分転換も兼ねてだろう。

 

左之助は先日、何やら生き別れの友人と出会って一悶着があったそうで……少し落ち込んでいた。

剣心もそれを知っている故に、左之助に付き合っているのだろう。

仲の良い事だ。

 

 

よって、神谷道場に居るのは薫と吾輩のみである。

といっても薫は家事をしており、縁側に居るのは吾輩だけだ。

 

 

ずず、と茶を飲む。

 

 

薫が家事をしている間に、こうして腰を下ろして茶を飲んでいるのは……何とも罪悪感が沸く。

手伝おうか?と聞いても、断られた。

吾輩は客人扱いらしい。

 

……部外者扱いか、と。

そう思って落ち込んだが、薫に悪意はないだろう。

ただ吾輩の扱いに困っているという様子だ。

 

由太郎のように門下生ではなく、他の面々のような居候ではない。

要約すれば門下生の付き添い、という扱い。

 

なるほど、道場内の家事を手伝わせるには気後れするだろう。

 

 

「……はぁ」

 

 

再度、ため息。

 

何と言えば良いのか、こう……自分だけサボっているような気がして、何とも落ち着かないのである。

剣でも振りたい気分であるが、他人の道場で勝手に素振りをする訳にもいかない。

そもそも自分用の竹刀を塚山邸から持って来ていない。

素振りをするなら借りる必要がある。

 

故に。

 

今はただ、この間延びした平和を堪能するしかない。

……いや、別に平和が嫌いな訳ではないが。

吾輩は幕末の人斬り共とは違い、争い事が好きな訳では──

 

 

甲高く玄関の木板を打つ音が聞こえた。

二度、それも焦るように早く。

 

 

「む?」

 

 

ちら、と室内へ目を向けて……薫が手を離せなさそうな事を確認し、玄関まで向かう。

 

今日は普段着だ。

(カラス)の羽飾りの付いた威圧的な男物の着物……ではなく、柄の入った薄紅色をした女物の着物である。

髪には櫛も挿している。

まぁ足先は下駄ではなく、草履だが。

 

踏み固められた土の上を歩き……玄関の門を開けた。

 

 

「すまないが、薫さんは少々手を離せなくてな──

 

 

視線の先には誰も居ない。

そうして、視線を下げると──

 

 

「……三条、燕か?」

 

「えっ、と……由太郎、くんの師匠、さん?」

 

 

『赤べこ』の店員、弥彦と親しい小さな少女がそこに居た。

しかし普段の内気な笑みではなく、汗をかいて息を切らし焦燥していた。

 

ただ事ではない。

問いただそうと口を開き──

 

 

「あれ?燕ちゃんじゃない?って……どうしたの!?そんなに焦って……」

 

 

直後、薫が顔を出し、尋常じゃない様子に駆け足で寄ってきた。

そんな薫へ、燕が焦った様子で口を開いた。

 

 

「そ、それが!弥彦くんと由太郎くんが!」

 

 

目を瞬く。

弥彦と由太郎は今、買い物に行っている。

それが一体全体、どうしたという──

 

 

「人攫いに遭っちゃったんです!私、見ました……見ちゃったんです!」

 

 

人攫い?

……人、攫い?

弥彦と、由太郎が?

 

 

「……は?」

 

 

瞬間、身体中の血が沸騰するほどに熱くなった。

空気を震わすような感触が身を包み……直後、薫に着物の袖を掴まれた。

 

視線を落とすと、燕が怯えたような顔をしている。

……怖がらせてしまった。

 

 

「……すまない」

 

「い、いえ……」

 

 

落ち着け、落ち着くんだ。

努めて、冷静に……冷静に振る舞う。

息を深く吐く。

 

よし、大丈夫。

 

そして、視線を燕へ向けた。

 

 

「警察には言ったか?」

 

「い、言いました。警察の方も不審な人を見たそうで……ええと、これを」

 

 

燕は服の袖から、紙を取り出した。

中には住所が書かれている。

 

 

「警官さんが、ここかも知れないって……人攫いは剣をさしてたので、えっと剣客崩れかも知れなくて……逃げる方向から、きっとこの溜まり場だろう、って」

 

「分かった」

 

 

吾輩は紙を燕から取り上げる。

目を落とせば……成程、ここからそれほど遠くはない。

 

……しかし、少し訝しむ。

何故、警官がそれを知っているのか。

何故、こうも都合よく物事が進むのか。

誘い込まれているかも知れない。

 

だが、そんな悩みや不安よりも……何倍、何十倍もの怒りが胸の内を占めていた。

 

 

「ら、雷十太さん?」

 

「薫さん。すまないが、剣心と左之助さんに、この話を。それと──

 

 

吾輩が紙を押し付けると、薫は驚いた顔をした。

 

 

「竹刀を一本、借りさせて貰えないだろうか」

 

 

彼女は、何度も頷いた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「く、っそ……」

 

 

俺は床に転がっている由太郎を見た。

コイツ、俺が剣客崩れ共に殴られそうになった時、庇いやがった。

 

 

「痛、っつ……」

 

 

由太郎は頬を赤く腫らし、少し涙目になっていた。

そりゃそうだ、大の大人に思いっきり殴られたのだから。

 

俺も由太郎も腕と足を縛られている。

まるで芋虫のような状態だ。

俺は頭を回し……這いずって窓の外を見る。

さっき硝子(ガラス)が割れちまった所為で、窓っつうか窓枠だけだが。

 

見覚えのある場所が見えた。

あまり東京でも治安が良くねぇ場所だ。

 

……神谷道場に拾われる前、スリをやっている頃に何度か来た事がある。

 

 

「チッ……」

 

 

薫から面倒くさい用事を頼まれ、買い出しに行く途中……急に後ろから襲われた。

踏んで蹴られて……このざまだ。

俺はまだ良いが……由太郎に視線を向ける。

 

 

「オイ、大丈夫か?」

 

「心配……するぐらいなら、挑発するなよ。お前の所為で殴られたんだぞ」

 

 

そうだ。

捕まった後、俺は下手人の剣客崩れを挑発し……殴られそうになった所を庇われた。

 

 

「そりゃ、悪かったな。すまん」

 

「……クソッ」

 

 

俺が謝れば、由太郎はバツが悪そうな顔で視線を逸らした。

コイツ、俺が謝ると思ってなかったんだろうな。

 

そう呆れつつも、由太郎の背中に声を掛ける。

 

 

「ま、無駄に煽った訳じゃねーけどな」

 

「……あれに意味があったのか?」

 

「当たり前だろ、俺がそんな無駄な事をする奴に見えんのか?」

 

「見えるぞ?」

 

「しねーよ、バカ」

 

 

その返答に少し苛立ちながら、手元にある物を由太郎に見せた。

握ってる内に手を切っちまって、ちょっと血が出てるが。

 

 

「……何?」

 

「さっき割れた窓の硝子(ガラス)片だ」

 

 

三角形に割れた、硝子(ガラス)片を見せる。

 

 

「いやそれは見れば分かるけど……割ってすぐにアイツら片付けてただろ?いつの間に?」

 

「頭に血が上ってる奴の目を盗むのは簡単だったぜ?」

 

 

ひらひらと、切れた手を見せる。

元々、剣心や薫に拾われる前、俺はスリをやっていたからな。

手先は人並み以上に器用だ。

 

手に付いた技術は、足を洗っても手には残るってか……ちょっと複雑な気持ちだが、今は役にたつ。

 

縛られたまま目を盗んで拾うのはちと難しかったが、そこは由太郎が庇ってくれたお陰で楽に済んだ。

 

その硝子(ガラス)片を後ろ手に取る。

 

 

「ほら、背ぇ向けろ」

 

「ま、待ってくれ。ここで逃げる素振りを見せたら……今度は殺されるかも知れない。先生や剣心が助けてくれるまで、待った方が良い。だろ?」

 

 

……なんて弱気な事を言う。

確かに一理あるだろうが、その考えは悪手だ。

俺は頭を近づける。

 

 

「バカ。縛られてるフリは続けるんだよ。万が一の時に逃げれるようにしとくんだ」

 

「そ、そうか?」

 

「それにアイツら、殺すつもりはないだろ」

 

「……どういう事だ?」

 

「殺す気なら、さっさと俺らを殺してるだろ?つまり──

 

「人質って事か」

 

「そういう事だろうよ」

 

 

俺は由太郎と背中を合わせて……由太郎の手を縛っている縄に硝子(ガラス)片を押し付ける。

きりきりと、擦って切ろうとする。

 

だが縄は硬くて、硝子(ガラス)片の切れ味は悪い。

少し時間が掛かりそうだ。

 

 

「……頬、痛むか?」

 

「え?あぁ……まぁ、少しは」

 

「そうかよ」

 

「……何が言いたいんだ、お前は」

 

「何でもねーよ」

 

 

ぶちり、ぶちりと縄が切れて……由太郎の両手が空く。

俺は由太郎へ目を向ける。

 

 

「今度はお前がやれ」

 

「……分かった」

 

 

硝子(ガラス)片を渡して、手を縛る縄を切らせる。

こういう荒事に慣れてないようで手こずっている。

焦れったく思っていると──

 

 

「……オイ、由太郎。何か聞こえないか?」

 

「何か?何かって……」

 

 

耳を澄ますと、何かが壊れる音、怒声、悲鳴が聞こえる。

 

由太郎も気付いたようで、表情を明るくした。

間違いない、誰かが助けに来たんだ。

 

俺達は顔を合わせて──

 

 

「剣心か!」

 

「先生だ!」

 

 

意見をすれ違わせた。

思わず、互いに不服な顔をした。

 

 

「剣心だろ」

 

「いや、先生に違いない」

 

 

直後、俺を縛っていた縄が切れた。

 

 

「まぁ、どっちでも構わねェか」

 

「……それも、そうだな」

 

 

俺は切れた縄を自分の手首に巻き、先端を指で挟んだ。

 

 

「これでしっかり見られねぇ限り、縛られてるように見えるだろ」

 

「なるほど……?」

 

 

由太郎も慣れていない手付きで真似をする。

ちょっと拙いが……縛ってると思い込んでるだろうし、バレやしないだろ。

 

……騒音が近付く。

剣心が……いや、由太郎の言う通り雷十太なのか、どちらかが迫って来ている。

 

だが、なんつーか……物音の出方が尋常じゃない気がする。

人を殴ったり暴れてる音じゃない。

 

まるで建物が取り壊されているかのような、強烈な騒音。

……こりゃ、俺じゃなくて由太郎の方が正解かも知れねぇな。

 

 

思わず身震いしていると──

 

 

直後、この部屋の戸が開いた。

剣客崩れ共が部屋に入ってくる。

先頭に立ってるのが頭……由太郎をブン殴った奴だ。

黒髪、長髪の……外套を来た男。

その手には、真剣。

 

そして、刃物のような鋭い気迫を身に纏っていた。

 

……コイツ、ただの雑魚じゃねぇ。

見ただけでハッキリと分かった。

 

 

「オイ!ガキども、殺されたくなかったら付いてきやがれ!」

 

 

由太郎が、俺に視線を送る。

俺は小さく頷く。

 

ここで抵抗するのは拙い。

一旦は逆らわない方が良い。

 

由太郎と俺は剣客崩れ共に連れられて……廊下を歩かされる。

建物がボロいからか、木板の音が鳴り響く。

合わせて、耳に男の悲鳴や怒声が聞こえる。

 

 

「クソッ、化物め。確実にここで殺してやる……!」

 

 

長髪の男が悪態を吐きながら、俺達の背中を押し急かせる。

そうして歩かされ広間を通る途中、漆喰の壁の向こう側で大きな騒音が聞こえた。

すぐそこまで、助けに来ている。

 

 

「チッ、向かい側まで来てやがるのか!?ガキども、急ぎやが──

 

 

直後、強烈な音が響いた。

漆喰の白い破片が、飛び散る。

何かが壁を貫通して転がった。

 

 

「な、何だ!?」

 

 

砕けた漆喰と木板、それに埋もれていたのは……人だった。

剣を折られた、人相の悪い男が白目を剥いて転がっていた。

 

パラパラと、砕けた漆喰が落ちる。

砂埃が散って、今出来た大穴から……一人、広間に入って来た。

 

 

「……見つけたぞ。屑どもめ」

 

 

今朝見た、着物姿のまま竹刀を握る雷十太が、そこに立っていた。

 

 

「せ、先生!」

 

 

由太郎の奴、嬉しそうに笑って……苛立った剣客崩れに首元を引っ張られた。

 

瞬間、雷十太の眉間に、メチャクチャ皺が寄った。

 

目に見えて分かる。

怒っている。

 

由太郎もその表情に気付いたのか、さっきまでの笑みは薄まり、少し引いたような顔をしている。

分かるぜ。

尋常じゃない迫力だ。

 

まるで、山の中でデケェ熊と出会っちまったかのような……威圧感。

俺らの周りにいる剣客崩れどももビビってやがる。

 

そんな雷十太が、威圧感を振り撒きながら……俺らを掴んでる長髪の剣客崩れに目を向けた。

 

 

「……今すぐ、その二人を解放して貰おう」

 

 

空気を肌が叩いたような気がして、少し腰が抜けそうになる。

助けに来てくれたってのは分かるが……それにしても、怖過ぎる。

 

そしてまた、口を開いた。

 

 

「さすれば──

 

「解放すりゃ俺達を見逃してくれるってか?」

 

 

大粒の汗を流しながら、長髪の剣客崩れが言葉を口にした。

強がりだと、俺にも分かった。

 

 

「いいや。半殺しで済ませてやる」

 

 

ピクリ、と長髪の剣客崩れの眉が動いた。

目に見えて苛立っているのが分かった。

 

 

「調子に乗るなよ……雷十太さんよぉ」

 

 

……名前を知っている?

つまり、コイツ……雷十太か由太郎絡みの奴か?

そんな俺の困惑を他所に、剣客崩れが言葉を繋ぐ。

 

 

「てめぇにシバかれた所為で、ウチの門下生は道場を見限りやがった。今じゃ道場主と名乗る事も出来ねぇ」

 

 

そこでようやく、俺は理解した。

コイツ、雷十太に道場破りされた道場主か!?

 

 

「んで、こうして剣客崩れの長なんてしてる!てめぇの所為で俺はここまで落ちちまった!」

 

 

血管が浮くほどに、剣客崩れはキレていた。

 

 

「代々続いてた道場をてめぇがブッ壊しやがった!てめぇの所為だ!てめぇの──

 

「それがどうした」

 

 

しかし、それ以上に……雷十太はキレていた。

目に見える空気が歪んで見える程に、怒気を放っていた。

 

 

「道場破りは、確かに吾輩も悪いかも知れん。だが今、貴様がやっている事は何だ?」

 

「あ……!?」

 

「子供を誘拐し、丸腰の者へ刃物を突き付け……身に付けた剣術で暴れているだけだ。吾輩が道場を壊したのなら、その道場を汚しているのは……貴様だ」

 

 

雷十太が、剣客崩れを睨んだ。

 

 

「違うか?甲源流の中岡……いや、元甲源流か?」

 

「ッ……!」

 

ぎり、と剣客崩れの……中岡が、歯を鳴らした。

図星ではあるが、認められないのだろう。

 

 

「……へ、ヘヘッ」

 

 

しかし、即座に……軽薄な笑みを浮かべた。

 

 

「何がおかしい?」

 

「てめぇは立場が分かってねェようだから教えてやる。少しでも俺らに抵抗する素振りを見せたら──

 

 

刀を、首元に突き付けられる。

 

 

「そのまま御陀仏だ。二人、仏が増える事になるぜ」

 

「…………」

 

 

雷十太は返事をしない。

……クソッ、ここまで凶器が近いと逃げようとしても斬られる方が早えか。

 

中岡の周りにいた剣客崩れが、剣を構えて……雷十太へ向き合う。

 

 

「抵抗なんてしてみろよ。うっかりしちまうかもなぁ……?」

 

「…………」

 

 

手に持った竹刀をだらりと下げたまま……雷十太は正面の剣客崩れを睨んだ。

 

 

「……ヘッ、ちと顔は怖ぇが綺麗どころだ。死ぬ前に良い思いをさせてやるぜ」

 

 

なんて下衆な事を言いながら、一人、雷十太へ近付き──

 

 

「女一人に頭数揃えて、恥ずかしくないのかよ!」

 

 

由太郎が声を上げた。

中岡は苛立った様子で、由太郎を見下ろした。

 

 

「大の男を何人も殴り倒す奴を、俺は女だって認めねぇよ」

 

「ハッ、器量の狭い奴だな。勝てないからって、そうやって……情けない事この上な──

 

「うるせぇ!」

 

 

由太郎が殴られた。

……だが、由太郎の視線は俺へ向いていた。

分かってんだよ、そんな目を向けなくても。

 

俺は中岡の足を強く踏んだ。

 

 

()っ!?」

 

 

怯んだ瞬間、由太郎が地面を蹴り……中岡を後ろにのけ反らせた。

コイツの周りにいた剣客崩れは雷十太の方へ向かっている。

だから、今はコイツさえ何とかすれば逃げられる!

 

 

「なっ、中岡さ──

 

 

一人、雷十太から視線を外して中岡へ顔を向け──

 

 

「ぷぎゃっ」

 

 

直後、人が打ち上がった。

 

 

「は?」

 

「え?」

 

「あ?」

 

 

雷十太が、竹刀で剣客崩れの顎を打上げ……天井に頭を突き破らせたのだ。

だらりと、まるで『てるてる坊主』のように大の男が釣られてしまった。

 

 

「なっ──

 

 

直後、別の人間が横に吹っ飛んだ。

まるで鞠のように、床を跳ねて襖に突き刺さった。

 

 

「やめっ──

 

 

もう一人、宙を吹っ飛びながら錐揉んだ。

まるで正月のコマみてぇに、くるくると……回って。

ぐちゃりと、受け身も取れず床に転がった。

 

 

「さて」

 

 

数度の瞬きの間に、剣客崩れ共は物言わなくなっていた。

 

雷十太は……さっき、由太郎が殴られたのを見た所為か、更に顔を険しくしていた。

まるで般若面のような顔をしている。

 

そんな雷十太が……中岡へ目を向けていた。

 

 

「残りは、貴様一人だ」

 

 

俺と由太郎は壁に張り付くように距離を取って、中岡が恐怖を感じているのを見た。

俺もちょっとビビった。

 

だがそれでも中岡は、心が折れていないのか……小さく、笑った。

 

 

「ヘヘッ……大した腕だな。俺を一度、倒しただけあるぜ……?」

 

「いいや、吾輩は強くはない。貴様らが弱過ぎるだけだ」

 

「抜かせ、てめぇ程の奴は見た事がねぇよ」

 

「井の中の蛙だな。羨ましい限りだ」

 

「褒め言葉は素直に受け止めるべきだぜ?俺程度じゃあ、自分にゃ勝てねぇってな」

 

 

そう褒め称えるような言葉を吐きながら、力はお前が上だと認めながらも……何故か、中岡は笑っていた。

 

そして、自身の外套を掴んだ。

 

 

「だが、そりゃ俺とてめぇが同じ装備だったらだ!」

 

 

そのまま、引き剥がす。

黒い、金属製の甲冑が姿を現した。

 

 

「見ろ!黒南蛮鉄の甲冑だ!最硬を誇る逸品!刀でも貫けねぇ……ましてや、竹刀なんかでは傷一つ付ける事だって出来ねェだろうよ!」

 

 

そのまま、刀を構えた。

 

 

「武器も防具も!全てにおいて!俺がてめぇに優っている証拠だ!」

 

 

合戦でもするのかと思える程、中岡は身を固めていた。

俺でも分かる。

装備の差は、戦いにおいて決定的な差になる。

 

勝ち誇ったような中岡が、笑う。

しかし……その姿を、雷十太は冷めた目で見ていた。

 

 

「御託はいい。さっさと来い」

 

「……ヘッ、強がりを」

 

 

数歩、中岡が雷十太へ近付いた。

左手に、先程脱いだ外套を持ちながら──

 

……まさか!?

 

 

「死にやがれ!」

 

 

外套を広げて、雷十太へ投げ付けた。

宙を漂い、視界が遮られる。

 

そのまま、間髪入れず刀で外套を貫いた。

 

 

「先生!?」

 

「き、汚ぇ!」

 

 

俺と由太郎は、中岡の後ろに居た。

外套に遮られて、どうなっているかは分からない。

 

 

「戦いに汚いもクソもあるかよ!相手を殺した奴が勝ちなんだ──

 

「そうだな。それには同意してやる」

 

 

外套の向かい側から、声が聞こえた。

雷十太の声だ。

 

 

「チッ!まだ生きてやがったか!だが!今度こそ貫いてやる!」

 

 

そう言いながら、中岡は剣を抜いて──

 

 

「は?」

 

 

その上身の半分の所で……真っ二つに斬られている事に気付いた。

綺麗な断面をさせて、刀身が半分の長さになっている。

 

何をしたのか、アイツには分からないだろう。

だが俺は知っている。

アレは……雷十太の十八番(オハコ)『飯綱』だ。

竹刀で真剣を斬りやがったんだ。

 

 

瞬間、外套が取り払われた。

 

 

雷十太が、暴力が目の前に現れた。

眉間に皺を寄せ、腕に血管が浮いている。

 

そして竹刀は……上段に構えられていた。

 

 

「待っ──

 

「誰が待つか」

 

 

刹那、俺は爆発を幻視した。

木板を砕く程の踏み込みと共に、竹刀が急加速した。

そのまま……中岡の肩へ、上段からの一振りが命中した。

 

およそ、竹刀から出たとは思えない程の爆音。

そのまま、中岡は地面に叩き付けられた。

……黒南蛮鉄の甲冑は、ひしゃげている。

 

地面に倒れた中岡へ、一歩雷十太が近付いた。

 

 

「中岡。私は今、怒っているんだ。分かるだろう?」

 

「う、ぐ……だ、が元はと、言えば、てめぇが──

 

「そうだな。吾輩の浅慮が招いた事だ。故に……吾輩が怒っているのは貴様らだけではない」

 

 

ぎちぎちと、どこからか音が鳴る。

……竹刀の柄に巻かれた革からだ。

途轍もない握力で握られ、音が鳴っているのだ。

 

怒っている。

怒っているのだ。

 

 

「吾輩自身にも怒っている。不甲斐ない。情けない。許せない……そう怒っている」

 

 

雷十太は自分自身に怒っているのだ。

この事態を招いてしまった事に、由太郎を誘拐されてしまった事に。

己の失態に怒っているのだ。

 

 

「だから、先程の一撃は『八つ当たり』でもある。悪いとは思って……まぁ、いないが」

 

 

既に、中岡は気を失っていた。

白目を剥いて、泡を吹いていた。

先程の一撃で内臓にまで衝撃が来たのだろう。

 

気の毒だとは思わないが……哀れだな。

まるで潰れた蛙みてぇだ。

 

ちょっと引いてると──

 

 

「先生!」

 

 

由太郎が飛び出して、雷十太に抱き付いた。

雷十太は少し手を彷徨わせて……抱き返した。

そして、俺を一瞥した。

 

 

「……すまなかった、由太郎。それに弥彦も」

 

 

……一瞬、何で謝られたのか分からなかった。

少し考えて、苦笑した。

 

 

「気にしてねぇよ。つーか、助けたんだから、もっと偉そうにしてもバチは当たらないと思うぜ?」

 

「……そうか、ありがとう」

 

 

まぁ、こうして……しおらしくしてりゃ、ちょっと背丈(タッパ)がデカいだけの美女だな。

さっきまでの暴れ具合を見てると、何とも言えなくなるが──

 

って、由太郎の声が聞こえねぇぞ?

ふと視線を、雷十太に抱き締められてる由太郎に向けると……痙攣していた。

 

俺は慌てて、視線を雷十太に向けた。

 

 

「て、てめっ、オイ!雷十太!由太郎が!」

 

「む?由太郎がどうかしたのか──

 

 

なんて言いながら呑気に視線を落として……抱き締められ、窒息寸前になってる由太郎に気付いた。

 

 

「わ、あっ!?由太郎!?」

 

 

すぐに腕を解くと、ふらふらと由太郎が尻餅を突いた。

 

 

「す、すまない。由太郎……!その、大丈夫か?怪我も……」

 

 

おろおろと雷十太は由太郎の様子を窺う。

由太郎は首を左右に振った。

 

 

「だ、大丈夫です!こんなの擦り傷で──

 

 

たらり、と由太郎が鼻血を出した。

 

 

「な、血が出てるぞ!?殴られて、は、鼻が折れたのか!?」

 

「あ、いえ殴られましたけど……」

 

 

由太郎が殴られたのは頬だ。

鼻じゃねぇ。

つまり、この鼻血は──

 

 

「ケッ、エロガキが」

 

 

胸元に抱き締められて興奮したって事だな。

俺の言葉に、由太郎が顔を真っ赤にした。

 

 

「なっ!?俺はそんなんじゃなっ──

 

 

ぴゅー、と。

血が出た。

 

怒りで興奮した所為で、血が集まったのだろう。

 

しかして、そんな血塗れの様子とは対照的に、雷十太は顔を青ざめた。

 

 

「ゆ、由太郎!?拙い、はやく診療所に行かねば!」

 

「え?うっ、大丈夫ですよ!?先生!」

 

「だ、だが、血が……血が」

 

「……ほ、ホントに大丈夫ですから!」

 

 

慌てる二人を見て、少し愉快な気持ちになる。

 

 

「プッ、クク……」

 

 

そうして、笑っていると──

 

 

「おろ?既に終わっていたでござるか?」

 

「は?つまんねーな」

 

 

剣心と左之助が現れた。

……あり得ねーぐらいの遅刻だ。

 

俺は二人を睨んだ。

 

 

「遅ぇーぞ!もう終わっちまったし!もう少し早く来れねーのかよ!?」

 

 

「そ、それは申し訳ないでござるよ」

 

「何でコイツ、助けられる側なのに偉そうなんだよ」

 

 

剣心は申し訳なさそうにし、左之助は呆れた顔をした。

……俺はため息を吐いて、二人に向かって笑いかけた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

警官が目まぐるしく、現場の調査と片付けをしている。

吾輩が竹刀で気絶させた剣客崩れ達が、縄で縛られ連れて行かれる。

 

床も壁もメチャクチャ、気絶した人間が多数。

そんな現場を生み出してしまった吾輩は、警察から軽い取り調べを受けていた。

 

いや、剣心が警察の署長と知り合いで良かった。

部外者であれば、取り調べは遥かにキツくなっていただろう。

 

そうして、時間が過ぎ。

ようやく、取り調べから解放された。

 

先に神谷道場の面々は帰らせた。

居ても仕方ない面子が二人と、怪我人が二人だ。

いつまでも現場に留まらせて居ても仕方ないだろう。

 

 

だから、吾輩は一人で帰路に着こうと……現場である屋敷の外へ出た。

そして、少し考え事をする。

 

奴等は『誰か』に雇われていたらしい。

何でも吾輩を襲うように言われ……私怨も手伝い、悪知恵を働かせて勝手に人質を用意しようとしたらしい。

何とも腹が立つ話だが……それよりも、その雇った『誰か』とは誰なのか。

 

剣心ではなく、吾輩を狙う『誰か』。

剣客崩れ共も詳しくは知らないらしいし、手詰まりだ。

 

 

……ふと、嗅いだ覚えがあるも、珍しい臭いが鼻に通った。

何の臭いか……ふらりと、屋敷の裏へ足を向ける。

 

枯れ草の中から臭いがする。

掻き分けて、踏み潰されたそれに目を落とした。

 

 

「これは……?」

 

 

そうか。

この臭い……煙草(タバコ)の臭いか。

 

踏み潰されても尚、仄かに燻らせている煙草の吸い殻があった。

それも、この明治には珍しい舶来品の……紙巻の煙草だ。

 

それを拾い上げる。

そして、その向かい……屋敷の窓が側にある事に気付いた。

その窓から中を覗けば、吾輩と中岡が争っていた広間が見えた。

 

……燻っている火からも、吾輩が戦っている間……ここで煙草を吸いながら観戦していたのだろう。

 

 

「……あの男か」

 

 

犯人に目星が付いた。

 

吾輩は、その吸い殻を指でへし折った。

動乱が近付いて来ているのだと、嫌でもそう予感させられた。

 

吾輩は目を、細めた。

 

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