TSおねショタ雷十太   作:WhatSoon

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第十三幕「壬生狼の牙」

誘拐事件から数日が経過した。

大きな出来事もなく、何事もなかったかのように日常は続いている。

 

……吾輩も日常をなぞっている。

内心では平穏とは程遠かったが。

 

誘拐事件を指示した『何者か』の正体に目処は付いている。

だからといって行動に移る事は出来ずにいた。

何故ならば、その行動で誰かが助かる訳でもないからだ。

内心、煮えくり返っていたが。

 

その『何者か』が悪人ならば問題なかった。

……ソイツは清らかな善人ではないが、悪人でもない。

寧ろ、己が悪と断じた者を斬る……正義を掲げる男なのだ。

いや、由太郎を傷付けたのは本当に許さないが。

 

……これも、漫画の記憶だ。

また、自分の知る筈のない知識に振り回されている。

自覚すれば自己嫌悪しそうになる。

 

奴は吾輩から探さずとも、神谷道場に来るだろう。

何故なら、奴の狙いは──

 

 

「先生!」

 

 

視線を向けると、由太郎は竹刀を肩で持っていた。

 

 

「む……どうかしたか?」

 

「出稽古、終わりましたよ。道場に帰りましょう?」

 

「……あぁ、そうか。そうだな」

 

 

目頭を揉みながら、立ち上がる。

どうやら考え事に没頭し過ぎていたようだ。

 

今日は出稽古で、中越流前川道場まで来ていた。

師範代の薫が代表として。

由太郎と弥彦は門下生として。

剣心と吾輩は付き添いとして。

 

……あぁ、しかして、前川道場に来るのは気まずい。

少し前に吾輩が道場破りをした道場なのだ。

しかし……道場主の前川宮内に頭を下げれば、心が広いようで許して頂いたが。

その前川宮内は、肩にまだ包帯を巻いていた。

吾輩が負わせた傷だ。

気まずい。

 

しかして、門下生の好奇の目に晒されてしまう事となる。

随分と辛かった……思考に没頭し現実逃避する程には辛い。

 

門下生の好奇の目が辛かったのは剣心も同じようだが、剣心は座ったまま眠って居た。

これだけ視線に囲まれても眠れるのは、鈍感なのか、流石に大物なのか。

後者だと思いたい。

 

前川宮内が用意してくれた座布団から立ち上がると……すぐ側で剣心が寝ぼけた顔をしていた。

そんな剣心は、業を煮やした薫に引き摺られていった。

 

吾輩は前川宮内に頭を下げ、由太郎と道場を後にした。

 

その頃には剣心も自分の足で歩いていた。

目も覚めたようだ。

 

帰路を歩きながら、薫が剣心へ目を向けた。

 

 

「そういえば、いつもは眠っても浅いのに……今日は随分と深く眠っていたわね」

 

「それは……少し、昔の夢を見ていたでござるよ」

 

 

昔の夢、という言葉に弥彦が食いついた。

 

 

「幕末の話か?」

 

「まぁ、そうでござるな……幕末の──

 

 

桜が散る中、剣心が指を立てた。

 

 

「新撰組の夢でござるよ」

 

「新撰組?って言うと、アレか。維新志士の宿敵として有名な新撰組、だよな?」

 

 

吾輩も耳を傾ける。

剣心も少し気分が乗ったのか、口を軽くしていた。

 

 

「そう。維新志士の宿敵、新撰組。拙者が昔、幾度となく剣を交えた相手でござるよ」

 

 

それから剣心は新撰組の話を続けた。

京都の治安を守る為に結成された治安維持組織。

国の姿を変えようとする維新志士を取り締まる為、幕府によって結成された最強の剣客達。

 

血風纏う京都の治安を守る為、剣を振るった者達……。

 

卓越した剣の腕前と、死をも恐れぬ闘志。

揺るぐことのない『正義』。

壬生の村で結成された事から『壬生狼』と呼ばれ恐れられていた。

 

 

そう剣心が語ると、弥彦が首を傾げた。

 

 

「そいつら、剣心の『敵』だったんだろ?何でそんな好意的に話せるんだ?」

 

「うむ。まぁ、それは──

 

 

剣心は過去に思いを馳せ、そのまま弥彦に目を向けた。

そして、穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「敵ではあったが、その信念は本物であった。この国を良くしたいという想い……立場が違えど、信念を懸けて戦った事に変わりはない」

 

「……そんなモンかねぇ」

 

「そういうモノでござるよ」

 

 

そう言いつつ、剣心は苦笑しつつ言葉を繋ぐ。

 

 

「そう、それこそ……今、政府の要職に就いている維新志士(なかま)達よりも親しみを感じている程に──

 

 

懐かしむように言葉を口にした剣心に、薫が少し笑った。

そんな薫へ剣心は目を向けた。

 

 

「……やっぱり変でござるか?」

 

「ううん、でも少し珍しいなって……そう思っただけ」

 

「おろ?珍しい、でござるか?」

 

「うん、幕末(むかし)の事で饒舌になる剣心が珍しいなって……」

 

 

薫がそう言うと、弥彦も笑いつつ……頷いた。

 

 

「おう、そうだな。昔話を語りたがらねぇ奴が二人居るもんなぁ」

 

 

そう言いつつ、弥彦が吾輩を一瞥した。

 

苦笑する。

吾輩の過去は別に剣心のような重い物ではなく、ただただ情けない話だからだ。

剣を振るい過ぎて実家から勘当された女の話など、酒の肴にもならないだろう。

一緒にしては剣心に悪い。

 

剣心に目を向ける。

彼は少し神妙な顔をしつつ……吾輩の視線に気付き、誤魔化すように笑っていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

そうして歩いて、東京の空は茜色に染まりつつあった。

川のそばを歩きつつ、(カラス)の声を耳にする。

 

 

「……剣心、どうしたの?」

 

「む、何もないでござるが……」

 

「ちんたら歩いてっと、陽が暮れちまうぜ」

 

 

そう各々が口にし、最後に由太郎が口を開いた。

 

 

「あまり遅くなると親父が心配する」

 

「へっ、まだ親離れ出来てねーのかよ」

 

「……そんなんじゃねぇよ」

 

「どうかなぁ……?乳離れも怪しいだろ」

 

「なにをっ──

 

「やるかっ──

 

 

ギャーギャーと喧嘩し始めた二人を微笑ましく見ていると……普段は直ぐに止める薫が首を傾げた。

 

 

「元気ないわね……剣心、お腹でも痛いのかな?」

 

 

なんて事を言っている。

恋は盲目というのは本当らしい。

 

思わず吾輩は眉尻を下げた。

剣心も気の抜けた様子……この喧嘩を止めるには吾輩しかいないらしい。

 

吾輩は由太郎と弥彦、両名の首元を掴んだ。

 

 

「そこまでにしておけ」

 

「「ぐえっ」」

 

 

喧嘩するほど仲が良いとは言うが、少々心配になりそうだ。

二人とも勝ち気で負けず嫌いだ。

故に、互いに譲らず、細かい所で競い合おうとしている。

それは剣の上達という意味では良い事だろう。

事実、同年代の中ではずば抜けて剣に精通して──

 

 

「お、おろ、雷十太殿──

 

「む?如何がしたか」

 

「二人の首が締まっているでござるよ……」

 

「首……?あっ──

 

 

視線を下げると、顔を青紫色にしている由太郎と弥彦がいた。

慌てて手を離すと、二名共に地面にへたり込んだ。

 

 

「す、すまない」

 

「こ、殺す気かよ!大猿(ゴリラ)女!」

 

「げほっ、弥彦ごほっ、先生を侮辱する、な、げほっ」

 

「てめぇも息が出来てねーじゃねぇか!」

 

 

おろおろとしていると……くすり、と笑う声が聞こえた。

ちら、と吾輩と剣心、薫が声の方を一瞥した。

そこには黒髪で長髪の、美人がいた。

 

 

「ごめんなさいね、笑うつもりは無かったのよ?」

 

「あーっ!め、恵さん!?どうしてここに!?」

 

「あら。ここは天下の往来、私が歩いていてちゃいけないかしら?」

 

「そ、そーいう訳じゃないけど……」

 

 

医者である高荷 恵がそこに立っていた。

由太郎や吾輩の応急手当てをしてくれた、神谷道場と縁のある女医である。

 

困惑する薫を横目に、恵は意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 

 

「なんてね。ホントは明日、明後日が仕事お休みだから遊びに行くつもりだったの。剣さんにも会いたかったし」

 

 

ちら、と恵が剣心に目を向ける。

剣心は呆けていたのか、「おろ?」なんて言っている。

 

しかして、その仕草に薫の目が厳しくなった。

 

 

「ダメ!神谷道場は女狐出入り禁止だから!」

 

「あらあら?由太君と雷十太さんの治療したのは誰だったかしら?」

 

「うぐっ」

 

「しかも無料(タダ)で」

 

「ぐぐぐ……!」

 

 

薫は悔しそうに唸っている。

同じ人を好きになった女同士の争いだ。

巻き込まれないよう吾輩は少し距離を取ったが……由太郎が横から顔を出した。

 

 

「治療費は親父が払ったと思うんだけど」

 

「え?あ?そうなの!?恵さん!」

 

「あら?バレちゃったかしら」

 

 

オホホなんて笑いながら、恵は手を口に当てている。

そんな二人の様子に、弥彦がため息を吐いた。

 

 

「はぁ、俺はどっちでも良いけどよ──

 

「ね?弥彦君、良いわよねぇ。夕飯は私が作ってあげるから」

 

「おう、泊まっていけよ。良いじゃねーか薫。ケチケチすんなよ」

 

「弥彦の裏切り者!」

 

 

正直、弥彦の心変わりの気持ちもわかる。

薫の料理が……まぁ、その、独創的で。

対して恵は料理が上手いのだ。

 

左之助曰く、「月とすっぽんぐらい違う」らしい。

 

怒っている薫を他所に、恵は剣心へ顔を向けた。

 

 

「ね?剣さん、私も遊びに行っていいわよね?」

 

「……うむ」

 

 

少し遅れた気のない返事に、恵は表情を強張らせた。

 

 

「何だか本当に元気がありませんね?何か変な物でも食べたのかしら──

 

「いや、大丈夫でござるよ……少し、考え事をしていただけでござる」

 

 

……まぁ確かに、今の剣心は少しおかしい。

だが、それは自身の過去を思い出したからだろう。

 

壬生狼、新撰組……過去に敵対していた者達を。

 

 

 

 

道場の近くまで来た頃には、空が少し暗くなり始めていた。

 

 

「では、薫さん。吾輩達はここらで」

 

「えぇ、由太君もまた明後日ね」

 

「はい!」

 

 

三人に手を振り、別れる。

そのまま、帰路につく。

 

少し薄暗い道を歩き、塚山邸へと向かう。

ほんの少しの胸騒ぎと、罪悪感を感じながら。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

二日後、神谷道場にて。

 

 

「トリ頭が襲われたって!?」

 

 

由太郎が弥彦の言葉に驚いた。

曰く、吾輩達と別れた後、道場に大きな穴が空いているのを見つけたそうだ。

そして、その先で……傷を負った左之助が倒れていたのを見つけたと。

 

 

「あぁ、一命は取り留めたらしいけど……今も恵と薫が様子を見てるぜ」

 

「……そ、そうか」

 

 

由太郎は安堵して息を吐いた。

……アレだけぞんざいな扱いをしているが、命の危機には心配するらしい。

嫌っている訳ではないのだろう。

 

対して吾輩は内心、罪悪感を感じていた。

この襲撃は予想できた話なのだ。

……なのに、吾輩は何も対処しなかった。

日和見で、見捨てたのだ……故に、左之助が怪我を負ったのは吾輩の所為だ。

 

神妙な顔をしている二人を見ていると、薫が襖から顔を出して来た。

 

 

「弥彦、剣心に豆腐を買ってくるように言ってくれない?」

 

「は?何で俺が……ちっ、分かったよ」

 

 

薫の手に濡れた手拭いがあるのを見て、弥彦は頷いた。

彼女は未だ目を覚さない左之助の面倒を見ている。

それを察して、弥彦は普段の憎まれ口を叩かなかったのだ。

 

まぁ、弥彦は悪童だが最低限の気遣いが出来る少年なのだ。

 

吾輩は薫殿に視線を向ける。

 

 

「吾輩にも何か出来る事はあるか?」

 

「え?あぁ……それなら、悪いけど水汲みをお願いして良い?」

 

「うむ、分かった」

 

 

左之助が『こう』なる事を知っていた。

だが、口にしなかった。

その罪悪感を振り払う為に、手伝いを申し出たのだ。

 

……やはり、物語の記憶など、普通に生きる上で邪魔にしかならない。

いっそ割り切ってしまえば楽な物だが……何とも。

 

 

一つ、ため息を吐く。

 

 

井戸があるのは中庭だ。

途中まで弥彦と共に行こうと、由太郎を連れて歩いていると──

 

 

「おう、剣心!」

 

「おろ?」

 

 

剣心が縁側に座り、何かを読んでいた。

しかし、弥彦が声をかけた瞬間に着物の中に隠した。

 

アレは……手紙か。

折られた紙に墨で文字が書かれているのが見えた。

端には……一の文字(いちもんじ)、送り主の名前だ。

 

しかし、吾輩の動体視力でギリギリという事は、弥彦も由太郎も視認できてはいないだろうな。

 

そう思考していると、弥彦が剣心へ声を掛けた。

 

 

「剣心、薫がひとっ走りして豆腐を買ってこいってよ」

 

 

剣心が弥彦の方へ、申し訳なさそうな顔を向けた。

 

 

「すまんが、弥彦……拙者はこれから野暮用があるでござるよ」

 

「は?それじゃあ、俺が豆腐を買いに行かなきゃなんねーだろ!」

 

「頼むでござるよ」

 

「はー?……くそっ、しゃーねーな」

 

「すまないでござるな」

 

 

嫌そうな顔をしている弥彦から目を逸らし、剣心が吾輩を見た。

 

 

「雷十太殿」

 

「……何かあったか?」

 

「本当に野暮用でござるよ。しかし、頼み事をしても良いでござるか?」

 

「……頼み事か。言ってみるといい」

 

 

吾輩がそう言うと、剣心は少し表情を強張らせた。

 

 

「神谷道場の皆を頼むでござるよ」

 

「……頼まれなくとも。だから安心して野暮用に向かうと良い」

 

 

そう返すと、剣心は頬を緩めた。

 

 

「頼りにしてるでござるよ」

 

「……あ、あぁ。うむ」

 

 

頼りにされてしまったらしい。

思わず緊張して声が上擦ってしまったが……言われなくとも、神谷道場に何か危険が迫れば、吾輩は守るために戦うつもりだった。

 

 

「では、弥彦。遅くなるかもしれないから……戸締りはしっかり頼むでござるよ?」

 

 

そうして剣心は後ろ手を振って出て行った。

その背には……戦いに向かう者の覚悟が見て取れた。

 

しかし、頼りにしている……か。

思わず、自身の腰の辺りに手が伸びた。

 

……真剣は持ち歩いていない。

剣心に打ち負けた時から、持ち歩いていないのだ。

 

それは戦う意志の欠落……剣客としての己と距離を取っているのだ。

だが、今は……それでも、真剣の重みが欲しかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

由太郎と弥彦は共に豆腐を買いに走った。

先日、誘拐された事もあり、弥彦は竹刀を持ち歩くようにしている。

由太郎もだ。

 

本当なら吾輩も付いて行きたい所だが、過保護すぎると彼等の成長の邪魔をしてしまう。

放任するのも子育て……いや、吾輩は未婚だが、何故、子育てに関して悩まねばならんのだ。

 

閑話休題(それはともかく)

 

しかして、水汲みを終えた吾輩は薫に事情を話していた。

 

 

「剣心が用事?」

 

「うむ、野暮用で遅くなるかも、と」

 

「そう……?」

 

 

不安そうな薫を他所に、水瓶に水を入れる。

ちら、と左之助を見れば血色のいい顔で眠っていた。

元気そうに見えて、安堵のため息を吐く。

 

そんな吾輩を他所に、薫が首を傾げた。

 

 

「でも何か変よね……神谷道場以外で用事と言っても……赤べこか前川道場ぐらいだし。雷十太さんは何か知らない?」

 

「……む。と言われても……そうだな、左之助関連ではないか?」

 

「……やっぱり?また一人で危険な事を抱え込んで……」

 

 

はぁ、とため息を吐きつつ薫は心配そうな顔をしている。

 

……事実、剣心は今、争いの場へ向かっている。

 

いや、誘き出されているが正しいか。

しかして、罠と言えど剣心は負けはしない。

 

彼に勝ちたければ、それこそ幕末の人斬りを連れて来なければならない。

 

 

直後──

 

 

「ごめん下さい」

 

 

ガラガラと、道場の戸が開いた。

そこに居たのは警官だ。

目の細い、優しそうな警官……。

 

 

「こちらの道場に、緋村 抜刀斎さんがいらっしゃると聞いたのですが」

 

 

薫が顔を強張らせた。

剣心の捨てた筈の名前を呼ぶ男……警官と言えども警戒せざるを得ないのだろう。

 

そんな薫を見て、警官は人好きのする笑みを浮かべた。

 

 

「あ、私、この度、この街に配属される事になった藤田という者でして。緋村さんの事は署長からお聞きしましてね」

 

「あら、そ、そうなの……署長が……」

 

 

薫が安堵のため息を吐いた。

吾輩は藤田と名乗った警官に、視線を向ける。

 

ピクリ、と彼の眉が動いた気がした。

 

少し、剣呑な空気を発した直後──

 

 

「藤田さん、剣心はあいにく今、留守にしていますが何か……?」

 

 

薫の言葉で、その空気は霧散した。

それでも吾輩は藤田に目を向けているが。

 

 

「ええ、実は未確認ながら緋村さんを狙っている輩がいるという情報が、警察の方に入りましてね」

 

「や……やっぱり!」

 

「おや?ご存知でしたか……失礼ですが、中で少し待たせて頂いても構いませんか?」

 

「あ、はい!帰りが遅くなっても良ければ──

 

 

なんて、薫の不安を煽り……彼女の後ろで藤田が足を進めた。

吾輩は横に並び……無言で視線を向ける。

 

疑っているのではない。

既に確信しているからだ。

 

……巻き煙草の臭い。

無意識のうちに眉が顰められる。

 

そんな吾輩を嘲笑うかのように、藤田は先程の人好きのする笑みではなく……獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

警官、藤田は道場まで通された。

 

神谷道場の掛け軸を前に、彼は正座をし……手元に真剣を握っていた。

既に薫はここを離れ、恵と会話している頃だろう。

 

吾輩は、警官……藤田と名乗っている男に視線を向けていた。

 

 

「さて──

 

 

明治の警官にしては珍しく、西洋剣(サーベル)ではなく日本刀を持った藤田が……口を開いた。

 

 

「何の用でしょうか?そこまで警戒されるような真似をした覚えはありませんが」

 

 

そうだ。

確かに、警戒するような謂れはない。

彼の本性を知っていなければ、だが。

 

 

「貴様だろう」

 

「何が、でしょうか」

 

「由太郎と弥彦の誘拐を指示したのは」

 

 

ピクリ、と藤田の背中が動いた。

 

 

「何の話やら──

 

「現場に紙巻の煙草があった。その臭いを吾輩は覚えている」

 

「……ほう、随分と鼻が利きますね。まるで犬のようだ」

 

 

組んでいた足を広げて、藤田が立ち上がった。

先程とは立ち方が違う。

 

剣の素人と偽るために、佇まいを偽装していたのだ。

今は……熟達した技量が垣間見える。

 

しかし恐れず、声をかける。

彼に関わる事に対する不安より……遥かに、今は怒りが胸を占めていたからだ。

 

 

「本来であれば、貴様に関わるつもりはなかった。緋村 抜刀斎に任せるつもりであった」

 

「……それで?」

 

「しかし、貴様は……吾輩の触れてはならぬ所に踏み込んだ。故に、もう一度問いたい」

 

 

目の前の剣客が握っているのは真剣だ。

対して、吾輩が握っているのは木剣。

 

しかし、それでも向かい合わなければならなかった。

 

 

「由太郎と弥彦の誘拐を、賊に指示したのは貴様か」

 

 

空気が爆ぜる。

吾輩が剣気を放てば……しかして、藤田は柳のように受け流した。

 

 

「……そうだ。『俺』の目的の為には必要だった」

 

 

口調すら変わった藤田が、目を開いた。

鋭い……鋭すぎる、目。

 

幕末の人斬りの目だ。

 

そして、その肯定を聞いた瞬間……吾輩の脳が沸騰した。

一発、殴らねば気が収まらなさそうだった。

 

 

「貴様は──

 

「故に謝ろう。すまなかった」

 

「……は?」

 

 

冷や水を頭から浴びせられたようだった。

……この男が、謝罪をした?

 

困惑する吾輩へ、藤田が視線を合わせた。

 

 

「本来ならば彼等は無傷で返すつもりだった。言い訳にはなるがな……度が過ぎれば俺が介入するつもりだった」

 

「……何が目的だ?二人を誘拐するなど──

 

「お前の力が見たかった。そして、それは俺だけの都合ではない」

 

 

それは本心に聞こえた。

 

吾輩の力量を測るために誘拐を……?

しかし、そうか。

 

そうだ。

この男は、子供を……守るべき弱者を傷つける様な事は好まない。

 

悪人ではなく、善人ではあるからだ。

ならば、あの作戦は……別の、上の……明治政府の意思か。

 

 

「……その言葉、信じよう」

 

 

木剣を床に付けた。

争う気が失せたからだ。

 

あとは……物語通り、剣心に何とかして貰おう。

なんて消極的なことを考えていた。

 

 

「ほう……どうやら、引き際も弁えているらしい」

 

「……しかし、問おう。吾輩は貴様らの眼鏡に適ったか?」

 

 

力量を見るという企み……その結果に興味が湧いていた。

これからの物語にどれだけに影響をするのか、その指標にもなるからだ。

 

 

「……フ、どこまで知っているのやら……だがまぁ、やはり、思ったより鼻が利くようだな」

 

 

記憶の下を語るつもりはない。

未来の記憶など、厄ものでしかない。

吾輩という異物が世界をかき乱した結果、誰かが死ぬようなことになれば耐えられない……そんな後ろ向きな理由だ。

 

吾輩の剣呑な顔を見て、藤田は鼻で笑った。

 

 

「上からすれば、お前はお眼鏡に適ったようだ」

 

「……そうか」

 

 

面倒ごとに巻き込まれそうだと、内心落ち込ん──

 

 

「だが、俺からすればお前の剣は飯事(ままごと)に過ぎない」

 

 

ぴくり、と肩が跳ねた。

無意識のうちに、だ。

 

 

「……吾輩の剣が飯事(ままごと)だと?」

 

 

これからの物語の争いに巻き込まれたくないのであれば、彼等には評価されない方がいい。

だが……それでも。

 

捨てた筈の誇りが……剣客としての矜持が、目の前の男の侮辱を許さなかった。

 

 

「事実だ。確かに、お前の『剣術』は凄まじかった。認めよう。だが、それは『剣術』としてだ」

 

「……何が言いたい」

 

「薄らと分かっているだろう。自身の大切な者を人質に取られて尚、人殺しを忌避する性根……そんなもの、『剣』の足手纏いにしかならない」

 

 

藤田が鞘から真剣を抜き、縦に持った。

右手は柄に、左手は鍔に。

 

正面に、見せるように持った。

刀の側面、片方は藤田を映し、片方は吾輩を映していた。

 

そして、口を開いた。

 

 

「『悪』と見做した相手に加減など不要だ。その下らない加減の所為で、いつか致命的な失態を犯す。守るべき者を失う事になる」

 

「…………」

 

 

理解した。

藤田は吾輩の剣術を愚弄したのではない。

剣客としての心構えを見下したのだ。

 

 

「『悪』は斃せる時に斃す。そこに加減は不要であり、見定めた『悪』は『即』座に『斬』るべきだ。即ち──

 

悪・即・斬。

 

それこそが真実だ」

 

 

彼等の……幕末の人斬りが掲げる『正義』だ。

自身の敵を迷いなく斬り捨てる覚悟。

命の奪い合いに於いては重要な事だろう。

 

どれだけ剣術が得意だろうと、その真価を発揮できなければ格下に負けるのだから。

そして、敗北とは即ち己の死……守るべき者の死に繋がる。

 

藤田に目を向ければ、吾輩の顔を見て鼻で笑った。

 

 

「人を殺さぬ剣など、やはり飯事(ままごと)。活人剣など謳っていようが、所詮は人を殺せぬ者の言い訳に過ぎない」

 

「…………」

 

「どうやら理解したようだな。これからの戦いに、中途半端な『剣客』は不要だという事だ」

 

 

藤田の言葉に、目を細めた。

 

 

「……なるほど、確かに吾輩は人を殺めた事のない……殺める事もできない人間だ」

 

 

吾輩は手に持った木剣を強く握った。

これからの争い……物語に吾輩は不要だと断じられた。

 

あぁ、それで良いだろう。

物語の異物である吾輩が、自ら死地に飛び込む必要など……ない方が良い。

 

しかし、それでも……彼の言葉には一つ許せぬ事があった。

 

 

「しかし、活人剣を愚弄する言葉は撤回して貰おう」

 

「……ほう。神谷活神流に対する名誉の庇い立てか」

 

 

活人剣は夢や、幻ではない。

人を活かす剣は存在する。

 

それを吾輩は剣心や、薫……神谷道場の皆から教わった。

 

吾輩の人を傷付ける事しか出来なかった剣で、人を活かす事が出来るのだと話してくれた。

信じてくれたのだ。

 

無価値ではないと……。

 

故に、その言葉、思想は撤回させる必要があった。

 

原作通り等と、考えている場合ではなかった。

木剣を強く握り……正面へ構える。

 

 

「……フ、良いだろう。お前の『剣』……もう少し、見定めさせて貰おうか」

 

 

藤田……いいや、元・新撰組三番隊長『斎藤 一』が真剣を構えた。

彼は剣を水平に、腰を落とした。

そして、右手で切先に触れ………左手は柄尻を掴んだ。

 

あの構えは『牙突』だ。

新撰組隊士独特の技、『平刺突(ひらづき)』……その中の一つ、左片手で放つ『平刺突(ひらづき)』……それが『牙突』。

斎藤一の代名詞でもあり、相手を確実に仕留める必殺の一撃だ。

 

それが吾輩に向けて、構えられている。

 

しかし、怖気付かない。

身体に満ちる闘争心が、恐れや不安を全て押し除けていた。

 

 

「吾輩が、貴様の思想を否定しよう」

 

「ならば、俺は……お前の全てを否定してやる」

 

 

互いに剣を構えた。

 

水平に構えた斎藤一の剣が、まるで牙のように鋭く見えた。

 

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